「さて、どうしようか」
『私はどこへでもマスターについていきます』
研究所内の仮眠室でひとまずの休息を得た俺は、自分の将来について頭を悩ませていた。
プロジェクトF,A,T,E。
使い魔を越える人造生命体の作成を目的とした研究プロジェクトで、どうやら俺はアリシア・テスタロッサを素体としたクローン……の失敗作らしい。
この研究所はチームを離れて独自にプロジェクトを解析していた違法者たちが、秘密基地的な感じで密かに作り上げていた建造物であるようだ。
で、管理局というこの世界のおまわりさんにここを嗅ぎつけられそうになったため、意識が芽生えなかった失敗作である俺を置いて、すたこらさっさと廃棄したみたいだ。
もっとも、この場所は発覚せずに当時のまま残っており、こうして俺が失敗作に憑依してしまったわけだが。
聞けばなんでも答えてくれるレイペディアさんの存在はたいへんありがたい。
しかし、ちょっと情報が多すぎる気がする。
この身体の記憶容量が極端に少ないのか、それとも俺、二十四歳のサラリーマンが鳥並の海馬なのかは定かではないが、頭がショート寸前だ。
「ちょっと待って。今整理中だから」
『All,right! My,master!』
「…………お前、なんで時々英語喋るの?」
『気分です』
「……ああそう」
俺を憑依早々に苦しめたあの忌まわしき記憶は、アリシア・テスタロッサの記憶を植えつけたメモリー・クローンであったが故の弊害だったようだ。
レイペディアさんの見解では、その記憶の残滓と二十四歳児の記憶が混じり合った結果、記憶の欠如と激痛が起こったのではないか、ということらしい。
どうりで知らないはずだ。
他人の記憶だったのだから。
いや、この場合俺が他人になるのだろうか。
わけがわからないよ。
で、今の時代は新暦六十四年の冬なのだそうで、この研究所がある世界は、管理外である無人世界なのだとか。
異世界だとは思っていたけれど、まさか異世界がいくつもあるとかは予想外だった。
地球に帰るのは諦めた方がいいのかもしれない。
「それにしても、魔法ねぇ……。ボクも使えるの?」
『もちろんです』
ファンタジー物のテンプレート、魔法がこの世界には存在した。
まぁ、残念ながら太陽みたいな炎の塊を魔物にぶつけるとかのロマン溢れる魔法使いではなく、俺の場合は魔法少女的な線が濃いようだが。
ちなみに、一人称はレイペディア先生に懇願されて、喋る時だけは「ボク」にすることにした。
なんでも外見と似合わなすぎて、ギャップというレベルを超越しているから変えて欲しいのだとさ。
その時のレイペディア先生の声が震えていたように感じたのは、きっと気のせいだろう。
「なら、練習したいな。ボクの立場は危ういんでしょ?」
『マスターは魔力に特化して作られていますからね、最悪の場合、研究所に送られて実験動物扱いされる可能性もあります』
レイペディアさんの言うとおり、目下最大級の懸念事項は、違法研究者たちに目をつけられることだ。
なにせ、失敗作だと断じた個体が、時を空けて意識を覚醒させ、なんの障害もなく動き回っているのだ。
まぁ、記憶の件は障害に分類されるかもしれないが、そんな些細なことは関係ない。
むしろ関係ないついでに奸計を企んで、恰好の餌である俺をなんとかハメようとするだろう。
なら、どうするか。
決まっている、自衛手段の確保をするべきだ。
どの程度の自衛かというと、最低でも、敵から逃げきれるようになるくらいには。
ご都合主義なことに、この身体は魔力に特化しているらしく、魔法を使う資質的な意味では、まぁ充分すぎるほどにあるらしい。
さらに幸いにも研究所内には保存食が残っており、数ヶ月は籠もっていても問題ないとのこと。
で、あるならば。
「レイペデ……レイジングハート」
『マスター? 今、何を言いかけたのですか? 大丈夫です、私は怒りませんよ。さぁ、包み隠さずに吐き出してごらんなさい』
「そ、そんなことより、魔法の練習をしよう。付き合ってくれるんでしょ?」
『マスター?』
こうして俺は魔法を覚えるために研究所に引きこもることになった。
なお、レイペディア先生と心の中で呼んでいたこととか、根ほり葉ほり聞き出された挙げ句、怒られて涙目になったことをここに明記しておく。
☆☆☆
研究所に籠もってから三ヶ月が経過した。
お天道様を拝まずに送る生活は、時間感覚を狂わせ、保存食ばかりの簡素な食事と相まって、日に日にストレスは積もってゆく。
肉体年齢が若いからまだ耐えられているが、これが二十四歳の肉体であったなら、今頃ストレスで禿げ散らかしているかもしれない。
それくらい今の俺はイライラしている。
『マスター、そろそろ私で遊ぶのをやめて下さい』
具体的に言えば、レイジングハートをお手玉にしてしまう程度には。
「しょうかないじゃないか。ボクは今イライラしてるんだ。怒髪冠天をつくだよ」
『ですが、予定通り魔法戦の実力はある程度つきましたよ?』
「そうだけどさぁ……」
そうなのだ。
この世の鉄則は等価交換だ。
行動の自由と食材の自由を代償にした錬成は、魔法運用技術の上昇という結果として成功した。
自由はもっていかれたが左腕はもっていかれていない、肉体的損傷はゼロなのだ。
悲観してばかりでは何も始まらないのだ。
「ていうかさ、このバリアジャケットの見た目、どうにかならないわけ? すごい恥ずかしいんだけど……」
『恥じる必要はありません。よく似合っていますよ』
「いやいや、これで空飛ぶんだよ? 頭おかしいでしょ。仮にもこの身体は女子であるわけだし」
バリアジャケットとは己の身を守るための防護服だ。
ベルカなどでは騎士甲冑と呼ぶらしい。
なんか、かっこいいな騎士甲冑って呼び方。
たしかに、はるか昔の戦乙女とかもスカートみたいな甲冑をつけていた。
ジャンヌ・ダルクとかね。
が、空を飛ぶとなると話は変わってくる。
だって、もろ見えになるじゃないですか……ねぇ?
俺はため息を一つ吐き、前々から疑問に思っていたことを口にする。
「そもそもさ、この服装はなんなの? レイジングハートの趣味なの? 死ぬの?」
『いいえ、違います。死にません』
「……じゃあ、なんなのさ」
もったいぶるようにチカチカ点滅するレイジングハートを見て、得も知れぬ嫌な予感が全身を駆け抜けた。
なぜか、この先は聞いてはならないような気がする。
『そのバリアジャケットのデザインは、マスターの心が望む、魔法少女像を体現して形成されたものです。つまり、それは私の趣味ではなく、マスターの趣味であるということですね。ねぇ、どんな気持ち? ねぇねぇ、恥ずかしいとか言ってた服装が自分の趣味全開だったことを知って、どんな気持ち?』
「嘘だぁぁぁぁァァァァァア!!!!!」
その日の夜、枕を涙で濡らしたのは言うまでもない。
☆☆☆
俺が枕を濡らした翌日、いつものようにカロリーメイト的な保存食を啄んでいると、レイジングハートがふよふよと俺の目の前に浮かんできた。
「………ふぁに?」
『マスター。お行儀が悪いですよ。ちゃんと飲み込んでから喋りましょう』
「んぐっ、……なに?」
お前はママか。
『魔法の実力もついたことですし、そろそろ外の世界へいきませんか?』
「え、ホントに? いいの? お米がべたい!」
『お米ですか。管理外世界の地球という場所の食べ物ですね』
「………………は?」
なんとなしに放たれたレイジングハートの一言に、俺は金槌で頭を打たれたかのごとく衝撃を受けた。
今コイツはなんと言った?
うん、管理外世界の地球と言ったよね?
俺はともすればかすれたようにも聞こえるか細い声で、レイジングハートに問いかける。
「………………地球……………あるの…………?」
『はい、もちろんありますよ』
「……そっか、あるんだ」
違法研究者たちの勢力に対抗することだけを、とりあえずの目標としてこの三ヶ月間生き抜いていたが、ここにきて明確な目的が出来た。
憑依の謎が解き明かせるかもしれない。
見知った場所を見れば、記憶が戻るかもしれない。
推測ばかりではあるが、動かないよりはいいはずだ。
なら、まずやるべきことはーー
「名前、どうしよっかな」
自分の名前を考えよう。
うん、名無しの権兵衛のまま地球にいくのはちょっと……ね?
自分で自分の作品に評価つけれるんですね。
知らなくてついやっちゃったんだ☆