クローン&コピー   作:ザラキは尻から出る

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深夜のテンションは恐ろしい。


そのに

 名前。

 それは人間にとってとても重要なものである。

 死ぬまで一緒の存在であり、己の人生を左右する存在であるからだ。

 

 サラリーマンをやっていた頃の日本では、色々と痛々しい名前が増えていく傾向にあった。

 

 俺は思う。

 喫煙者のことを煙を吐き出す存在だけに煙たがるよりも、もっと先にやるべきことがあるのではないのかと。

 

 たとえば、とある名字名無しさん夫婦(DQN)に子宝が恵まれたとしよう。

 彼らは不良としてそれまで生きた己の人生の証として、その子供に不良っぽい漢字で名前をつけるのだ。

 

 それは違うだろう。

 子供自体が生きた証なのであって、名前はその子にどう育ってほしいか、どんな人間になってほしいのかを願ってつけるべきものではないのかと。

 親がどんな人間なのか一回聞けばわかってしまうような名前は、子供に己の生きた証を残すのではなく、子供に己の生きた業を背負わせているだけではないのかと。

 

 長々と語ってしまったが、つまりは、親にはしっかりと考えて子供に名付けてほしいのだ。

 

 では今の俺の場合、親とは何にあたるのか。

 それはーー

 

「試験管お母さん。ボクに素敵な名前を考えてよ」

『マ、マスター?』

「なぁに? ボクは今、偉大なる母に語りかけ中で忙しいんだけど」

『……マスターはきっと疲れているのです。休息を取りましょう。名前を考えるのはそれからでも遅くはありません』

 

 巨大な試験管があった一室で、自分にふさわしい名前を考えるために、俺は試験管に優しく語りかけていた。

 

 それにしても失礼な。

 レイジングハートはなぜか休息を推奨しているが、己の秩序のために言っておくと、決して俺の頭がおかしくなったわけではない。

 

 アリシアの記憶にあった母親ーープレシア・テスタロッサは、俺の母親とは違う。

 

 あれはアリシアの母親だ。

 いかに俺がアリシアのクローンであるとしても、歴とした自我が芽生えているかぎり、俺は俺という新しい一つの生命体なのだ。

 

 そうすると、作り出した違法研究者たちが親にあたるのかもしれないけれど、それは認めたくないし、そもそもこの場所にはいないのだから除外してもいいだろう。

 よって、レイジングハートか試験管がお母さんとなるわけで……。

 というかレイジングハートは俺が名前をつけてあげたんだし、お母さんより子供の方がふさわしい気がする。

 

 以上のことをイコールで考えて、試験管=お母さんという方式に帰結した。

 

「大丈夫だよ。試験管が喋らないことくらいわかっているから」

『そ、そうですか……?』

 

 あたりまえだろ……。

 どうやらレイジングハートは本気で俺のことを心配していたみたいだ。

 機械だというのにその声はこちらを気遣うような色が見え隠れしていて、それがなんだかおかしくてくすっと笑ってしまう。

 

「ふふっ。いくらボクでも無機物が喋らないことくらいはわかるさ。ただ、母親に該当するのがこの試験管だけだったのが切なくて、なんとなく語りかけていただけだよ」

『ですが、待っていても名前は決まりませんよ?』

「そうでもないさ。ほら、あそこを見てみなよ」

 

 そう言って俺は試験管、詳しく言えばその上方を指さした。

 そこにはプレートが貼り付けられている。

 

 Neun。

 ドイツ語で九という意味だ。

 多分俺は九体目の作品で、便宜上の名前としてノインとでも呼ばれていたのだろう。

 今のところ、俺を表す言葉はこれ以外に思いつかない。

 

 俺ーーサラリーマンの名前について、考えることはもうやめた。

 記憶が欠如しているというのは字面で見るよりも恐ろしいもので、悲しくて、苦しくて、切なくて。

 思い出そうとする度に襲ってくる痛みと戦って、俺は俺だと信じるために知らない記憶と戦って、女だということを受け入れたくなかったから葛藤という名の疑心暗鬼と戦った。

 毎日戦い続けた俺の心は疲弊して、いつからか考えることをやめていた。

 

 まぁ、地球があるっていう一筋の光明が見えたし、諦めたわけじゃないのだけれども。

 

 とりあえず、名前をつけることについての忌避感はあんまりない。

 だから俺はたった今、この時からノインと名乗ることに決めた。

 

「レイジングハート。これからボクの名前はノインだよ。気軽にノンちゃんって呼んでね」

『All,right! My Master! ……Neun』

「なぜ英語でマスターを強調したし」

『気のせいです』

 

 レイジングハートはノインって名前が気に入らなかったのか、なんとなくそっけない感じで応答してきた。

 いいと思うんだけどなぁ……。

 俺の感性がおかしいのだろうか。

 

 ま、名前も決まったことだしーー

 

「じゃ、いこっか」

『はい、マスター』

 

 目指すは青い星!

 

 

          ☆☆☆

 

 海に隣接した街、海鳴市。

 春が近いとはいえまだ枯れ葉は積もっていて、潮風に乗って飛沫のごとく舞い上がっている。

 その風が吹きぬけ、俺の長い金髪が数瞬遅れてさらりと揺れた。

 

 朝陽の光を全身に浴びて、俺はゆっくりと屈伸をする。

 この身体となって初めての外は、サラリーマンで経験したことがあるというのに新鮮で、清々しい気分になった。

 

「いい街だねー」

『《そうですね。当たりを引きました》』

 

 地球のどこか! と設定して転移した街は、大当たりだと言ってもいいだろう。

 海に隣接しているが、深い山や丘などもちゃんとある。

 かといって田舎というわけでもなく、文明を感じる街並みと、遠目には巨大な病院も確認出来た。

 ちょっとした観光気分だ。

 

 ちなみに人の目があるため、レイジングハートには念話オンリーに切り替えてもらっている。

 

 だというのに、街を行き交う人々の視線は、俺という一点に集中していた。

 セーラー服を纏った高校生や、通勤途中の会社員、果てには散歩中の老人夫婦までもが微笑ましい目で見つめてくる。

 俺はその視線をこれでもかと受けてしまい、ガックリと肩を落とした。

 

「……服、手に入れよう」

『《はい。目立ってしまうのはあまりよろしくないです》』

 

 今の俺の服装は、よく言ってもゴスロリ、悪く言えばコスプレにしか見えない格好だ。

 レイジングハートいわく俺の理想の魔法少女像然としたその服装は、どれだけ身を隠そうともとてつもなく目立ってしまう。

 

 自分の身体が子供でよかったと切に感じる。

 今でこそ微笑ましく見られているが、これが二十四歳サラリーマンであったならば、たちまち怪しいものを見る目に変わることだろう。

 ……可及的速やかに服を手に入れなければ。

 

 だが……。

 

「お金、無いんだよねぇ……」

 

 当然ながら日本円などもち合わせていない。

 服を手に入れるためには、物乞いのようにお金を誰かにもらうか、美少女という容姿を利用してお爺さんに甘えるか……それとも槍をもった蛮族のごとく奇声を発しながら、『《マスター》』………ん?

 

「なぁに? レイジングハート」

『《私にいい考えがあります》』

 

 いくつもの駄案を企んでは捨て企んでは捨てとしている時に、レイジングハートから横槍が入った。

 いい考えか……知的な大先生ならばきっとスマートな案を出してくるに違いない。

 聞こうじゃないか。

 

「なになに?」

『《結界を張ればいいのです》』

「ほぅほぅ、その心は?」

 

 結界を張ってどうするのだろうか。

 この世界にリンカーコアをもつ人間はいないし、敵対勢力もいないわけで、意味があるとは思えないが。

 

『《まず、結界内では張った者の許可を得ている者か、魔力のある者でなければ基本は動けません》』

「うんうん、そうだよね」

『《そして、この世界には結界内で動ける者はいないと見ていいでしょう》』

「それでそれで?」

『《ならば、服を盗んで即座に結界を張りましょう。そうすればマスターを止められる者は誰もいません。最強無敵です。剛胆無双です》』

「思ってたよりもゲスかった!?」

 

 いくらなんでもそれはまずいでしょ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、やっちゃうんですけど。

 のどかだった街並みは結界により俺一色に染まり、今やこの街を支配する存在はただ一人。

 

「ふはははは! ボクに平伏せ愚民どもよ!」

『いよっ! かっこいー!』

 

 レイジングハートもノリノリである。

 こう……あるでしょ?

 周りに誰もいないと無性に叫びたくなる時が。

 叫びたくなるを通り越して脱ぎたくなるになってしまった変態は御用となるわけだが、叫びたい衝動だけに抑えることが出来て一安心だ。

 

「……さてさて」

 

 ひとしきり叫び終えたあと、俺は唇をペロリと舐め、獲物を狙う瞳で眼前の喫茶店を捉えた。

 目標はレジ内部の現金、諭吉さん。

 盗むんじゃない。

 ちょっと借りるだけだ。

 レジ前で一瞬結界を解除して、諭吉さんを取ったらすぐにまた結界を張る。

 大丈夫だ、俺ならやれる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 結界内は人がいないのだから、なんの問題もないさ。

 

「……よし!」

「あの、すみませーん!」

「ひゅい!?」

 

 意を決して一歩を踏み出そうとした瞬間に、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこにはーー

 

「よかったぁ、人がいた!」

 

 ーー俺の身体と同年代くらいの女の子が、バリアジャケットに似た服装を身に纏い、こちらに笑顔で走り寄ってきていた。




やっぱなのはさんがいないと始まりませんよね。
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