まるで絶望の中で唯一の希望を見つけたかのような表情で、長めのスカートを翻しながら駆け寄ってきた女の子。
その女の子は、なんというか……すごかった。
「それでね、いきなりアリサちゃんとすずかちゃんが消えちゃったの! 探し回っても誰一人いないし、どうしようかと思ったよぉ。よかったぁ、わたし以外にも人がいて! あ、そうそう。わたし、なのは! わたしの名前は高町なのはだよ! 市立聖祥大付属小学校に通ってる三年生なんだ! あなたも同じ学校だ……よ……ね? 制服改造してるの? かわいいね! それに髪もとっても綺麗! あとあと、目が真っ赤っかなんだね、ウサギさんみたい! あ、そういえば……外人さんなのかな? 今更なんだけど、日本語わかる?」
「……お、おう」
近づくやいなや矢継ぎ早に放たれた言葉の応酬に対して、俺は頬をひきつらせながら短く答えることしか出来なかった。
不安が安心に変わったからなのか、それとも彼女、高町なのはが単にそういう性格なのかはわからない。
簡潔に言ってしまうと、マシンガントークすぎてついていけない。
終始手綱を握られている気分だ。
「あ、日本語わかるんだね! なら、どうしよっか? どうして誰もいないんだろうね? ぽるたーがいすと? お巡りさんもいないし……。街の色もなんだかおかしいような……? わたし、思うんだ。きっとこの謎を解き明かせば幽霊さんとお友達になれる気がするの!」
「い、いやぁ。それは……ないんじゃないかなぁ……?」
眉をキリリと寄せ、ぐっと拳を握って掲げたその姿は子供がやるとたいへんあざとかわいいが、そうだった、結界のことをなんとか誤魔化さなければ。
そもそも、彼女はなぜここにいるんだ?
結界内に入ることを許可した覚えはないし、結界を一部破壊して侵入してきた……とも思えない。
様子をみるに、日常生活がいきなり奇々怪々に様変わりして、驚愕や興奮をしているだけなように思える。
疑心や怒りなどの負の感情は浮かんでいない。
もしかして魔力があるのだろうか。
だとしたら、たまたま範囲内に彼女がいて、結界という魔法に干渉したことで、リンカーコアが活発化を始めた……?
それだと些か芳しくないことになるかもしれない。
結界を用いたお金稼ぎを頻繁に行えば、必ず彼女は関わってくるだろう。
この地球では捕まることはないと高を括っていた俺だけど、初犯早々に捕まる可能性が露見するなんて……。
魔法のない世界なんて認識は捨てよう。
癪だが認める、地球も充分に危険であると。
「えぇー!? そうかなぁ……。これは今世紀最大の謎だと思うの。きっと幽霊さんの仕業だよ! それともーー」
それと、高町なのはという名前。
この服装。
俺と彼女は今日が初対面だ。
その証拠に、彼女は俺の名前をまだ知らない。
そのはずなのに、なぜか脳裏に浮かぶ既視感が思考を蝕んでゆく。
俺は、彼女を知っている……?
自分の理想とする魔法少女像そっくりの服で、魔力もちの彼女。
ついでに言えば、適当に設定した転移先である街に偶然にも居合わせ、こうして結界内で偶然にも俺と出会った事実。
本当に偶然なのだろうか。
必然のような気がしてならない。
無意識下で俺は彼女を求めていた?
こんな小さな女の子を?
そんな馬鹿な。
いや、でも、従兄弟の姪っ子だとかの線ならありえるかもしれない。
欠落した記憶を取り戻すきっかけになりえるかもしれない。
しかし、俺の立場は危険でもあるわけで、魔力をもっているだけの素人を巻き込むのはどうにも……うーむ……。
「あれ、聞いてる? おーい!」
深く考え込みすぎていたようで、高町なのはの銃撃は右から左へとすっぽ抜けていた。
「ほぇ? あ、あぁ、うん。聞いてるよ」
「じゃあ、あなたのお名前は?」
「権兵衛です。はじめまして」
巻き込むのはやめよう、遠巻きに観察するとかにするべきだ。
ちょっとストーカーチックだけど、仕方ない。
俺がストーカーなわけではない、万能魔法であるサーチャーさんがストーカーなのだ。
よって、念のために名前も教えない方がいいだろう。
俺が偽名を真顔で告げた途端、高町なのはの表情は一瞬停止し、即座に表情を回復させた彼女は眉を寄せて両腕をわたわたと振り出した。
「もーっ! ちゃんとお名前教えてよぉ! 意地悪しちゃダメなんだよ?」
「酷いよ……、親がくれた名前なのに……。そんなにボクの名前はおかしい? 権兵衛って名前は嘘だと思っちゃうくらいに変なのかな……?」
俺が迫真の演技でさめざめと泣きながらそう言うと、再びなのはは全身を凍結させ、すぐに今度は眉を困ったように吊り下げ、若干慌てながら言葉を口にした。
「え? あ、え、えっと。ごめんなさい! もう嫌なこと言わないから……。ホントにごめんね。権兵衛ちゃん、泣かないで」
真剣な彼女の言葉を受け、俺は返答をすることが出来なかった。
身体はぶるぶると震え、声を発すればたちまち飛び出してしまうだろう。
爆笑が。
こいつ、名前が権兵衛説信じやがった!
どう考えても嘘じゃん。
純粋無垢にも程がある。
お兄さんは君が飴玉で危ないおじさんについていかないか心配になってきたよ。
そんなことを考えていると、俯いて震えている俺を見て何を思ったのか、高町なのはは言葉を続けた。
「わ、わぁ。えっと、どうしよう……。泣かないで。そうだよね、自分の名前馬鹿にされたら悲しいよね……。私だってされたら嫌だもん。ごめん、ごめんね……」
わたし、罪悪感バリバリ感じてます! みたいな表情で、慰めの言葉を投げかけ続ける彼女を見て、俺も壮絶な罪悪感の波に飲み込まれた。
高町なのは、恐ろしい子!
キチンと謝れるみたいだし、ぴょこぴょこと動くツーサイドアップに似合ったかわいらしい容姿を持ち合わせ、他人を気遣う懐の深さまであるときた。
彼女の親はこんな優秀な子を産んで、さぞ鼻が高いに違いない。
『《マスター》』
と、そこで空気と同化していたレイジングハートに呼びかけられた。
念話苦手なんだよな……。
やっぱりさ、どうせなら口を動かして喋りたいじゃん?
でも、まぁ、……今は仕方ないか。
「《なに? レイジングハート》」
『《いえ、彼女はどうしますか? 敵対するのであれば、私には全力をもって殲滅する準備が整っています》』
なにこの宝石、怖い。
「《いやいや、殲滅って君ね……。こんな小さな女の子に何を言ってるのさ》」
『《甘い。考えが甘いですよ、マスター。ミッドチルダではこのようなか弱い見た目の子供が、犯罪者の大人を蹂躙するなんてことも珍しくありません。現に、マスターはその幼さで、すでに魔力はAAAに到達しています。警戒しすぎるくらいがちょうどいいのです》』
「《でも、どう見たって素人だよ? まぁ、釘は刺しておくけども》」
レイジングハートのおかげで少し冷静になれた。
俺は顔をあげ、高町なのはの目を見つめる。
「謝らなくていいよ。それより、ボクは魔法使いなんだ」
「へっ?」
急に真剣な表情で告げた俺のセリフに、素っ頓狂な声が彼女の口から零れ落ちたが、気にすることなく演技を続行する。
「よく聞いて。これは大事なことなんだ。街に誰もいないのはボクが作った結界の影響で、君はそれに巻き込まれてしまった」
そして一拍。
「君は今、ボクが魔法使いということを知ってしまった。そうだね、証拠を見せようか。ほら」
「わっ、飛んだ!?」
俺が少しだけ宙に舞い上がると、高町なのはは驚愕に目を見開いた。
だけど、ここからが本番だ。
権兵衛説を信じた彼女なら、いけるだろうと確信をもっている。
「うん、これで信じたかな? それでね、ボクが魔法使いってことを、一般人である君が知ってしまったのはいけないことなんだ。もし、誰かに言ってしまったら……」
「い、言ったら……?」
たっぷりと溜めを作った俺に、高町なのはは恐る恐る声をかけてくる。
さぁ、信じたまえ。
これで君は魔法に関わろうとはしなくなるはずだ。
「……………………爆発する!」
「えぇーっ!?」
「もちろんボクが」
「権兵衛ちゃんが爆発するの!? なのはじゃないの!?」
凄まじく衝撃的な事実(嘘)に、どうやら幼児退行してしまったようだ、一人称がわたしからなのはに変化している。
「そうなんだ。だからさ、黙っていてくれないかな? ボクはまだ死にたくない」
「わ、わかった! 絶対に誰にも言わないよ!」
『《これはひどい》』
レイジングハートがなにやら呆れているが、勝てば官軍、負ければ賊軍、信じてくれたのだから手段は関係ないのだ。
「じゃあ、さようなら。五分後に結界を解くから、安心してね」
「あっ、待って!」
呼び止められたけど、振り返らずに俺は雲の上まで高度をあげた。
なのでーー
「なのはって呼んでほしかったな……。よし、次に出会ったら絶対に呼んでもらうの!」
彼女がこの当時から決意していたことなど、俺が知る由もなかった。
原作開始前に魔法を知ったなのはさん。
どうバタフライエフェクトが起きるのかはお楽しみ。