いちわめ
割れた窓ガラスから入り込んだ風が俺の頬を撫でる。
例年季節が訪れる時期がずれ込んで来ているというこの日本の春は、まだ気温が低く、本来であれば俺は肌寒い風に身体を震わせていたのだろう。
そう考えると、衝撃だけでなく温度の高低も中和してくれるバリアジャケットは、文明の利器ーー所謂エアコンなどよりも圧倒的に優秀だ。
高町なのはを観察することを決めた俺は、ひとまずの住処として十階建ての廃ビルに居を構えた。
単に解体するだけの資金が市にないのか、それとも新しく物件を入れる気がないのか……、さぁ、住んで下さいとばかりにこのようなデカいビルが残されていたのである。
ちなみに、現金はレイジングハート考案の瞬間結界強盗により既に入手した。
哀れターゲットとなった店には申し訳がたたないが、こちらも生きるためなのだから目を瞑ってもらいたい。
まぁ、現金がなくてもホームレスのように生きることは可能なのだけれども……。
俺の身体は義務教育を受けるべき子供であり、女性上位の傾向が強くなってきている世の中とはいえ守られるべき女の子であり、生粋の日本人顔好きでなければ誰もが美しいと感じるほどに美少女である。
そんな美少女が路頭にさまよっていたらどうなるか。
警察に保護されるならまだいいが、最悪、大きなお友達に追いかけ回される日々を送ることになるだろう。
そんな生活はゴメンだ。
よって、これは必要な犠牲であったといえるのだ。
必要悪なのだ。
でも、店にとってはただの悪だ。
そんな俺は今、廃ビル内でランチタイムとばかりに牛丼を貪りつつ、本日も高町なのはの観察を始めようとしている。
「牛丼やばいうまいもうボクはこれさえあれば生きていける感動しすぎて涙が止まらないついでに箸も止まらない」
『マスター。怖いです、落ち着いて下さい』
思わず一息で涙を流しながら感想を述べてしまうほどに、現金を入手してからの俺は幸福感を噛みしめている。
実際に噛みしめているのは牛丼だけれども、そんなことはどうでもいい。
食事とは娯楽だ。
美味いものを食べ続けていると舌が肥えるとよく言うが、俺の場合はその逆だった。
三カ月もの間ひたすら保存食を啄み続けたその舌は、ものの見事に痩せ細り、日本の店に並ぶ食事なら何を食べても感激出来る超絶エコロジーな舌に退化した。
しかし、あの苦行もこの時のためだったと思えば悪くない。
なにせコンビニ牛丼ごときで、「舌がとろける」という表現が浮かぶほどに幸せなのだから。
閑話休題。
観察し続けた結果、高町なのははかなりの強者であるということが判明した。
言わずもがな、観察しているのはサーチャー、もとい俺なのだけれども……。
「レイジングハート」
『All,right Wide Area Search』
なんでレイジングハートは魔法を使う時には必ず英語を用いるのだろうか。
やっぱ発動トリガーだからか?
それとも厨二病なのか?
まぁいいか。
さて、本日の高町なのはを観察しよう。
「将来かぁ……。アリサちゃんとすずかちゃんは、もうだいたい決めてあるんだよね?」
どうやら彼女もランチタイムに突入しているようだ、学校の屋上で友人二人と仲睦まじくお弁当を広げている。
「アタシはお父さんの跡を継ぐわ。だから、いっぱい勉強しないといけないのよ!」
「私は機械系が好きだから、工学関係の専門職もいいかなって思ってるけど」
「すごいね、二人ともちゃんと考えてるんだ」
三人は将来の話しをしているらしい。
パイロットになりたい! とかならまだしも、その内容はかなりの現実味を帯びている。
「何よ。なのはだって翠屋の二代目になるんでしょ?」
「うーん……。それも将来のヴィジョンの一つではあるんだけど、何か他にもやりたいことがあるような気がして……。でも、それが何なのかはまだはっきりとしてないんだ」
…………。
俺は無言でサーチャーを引き上げた。
以上が高町なのはが強者だといった所以である。
本人も強者ならその友人も強者揃いだし……、恐ろしい。
普通、小学三年生の女の子三人が集まっていたら、微笑ましいものを見れるはずだろう。
かわいらしい会話に華を咲かせ、それを見た大きなお友達には頭の中に百合の花が咲く。
だというのにこいつらときたら、見ているこっちが疲れてしまうほど妙に大人びていて、なんというかこう……こいつらも転生者なんじゃね? という排他的な疑いをもってしまうのだ。
「現実はままならないね。レイジングハート」
『ままならない前に、そのだらしなく頬についた米粒を取って下さい。私はママではないのですよ?』
「……お前みたいなままいらない」
こうして言葉のキャッチボールをしてみると、レイジングハートの図々しさが日に日に増していくように思う。
「それにしても、これといった収穫もなし、どうするかねぇ」
そう、サラリーマンの俺となんらかの関係性があるとみて、高町なのはを毎日観察していたのだけれど、記憶が戻る予兆はひとかけらも見られず、むしろ余計な記憶ばかりが積み重ねられている。
レジ前で結界を解除した時のおばちゃんの顔とかね。
『ロストロギアは無視するのですか?』
「無視はしないよ。今はとりあえず様子見してるだけ」
ロストロギア。
過去に滅んだ世界から流れる技術の結晶。
その結晶は、基本的には危険物とされている。
なぜなら、過去の世界の技術力は今のミッドチルダよりもはるかに高水準を誇っており、それ故にロストロギアは解析不能なものが多く、扱いを間違えれば災害などを誘発する恐れがあるからだ。
また、管理局などでは便宜上、「遺失物」と一括りにされているが、過去の超高度な魔法などもロストロギア判定を受けることがあるため、必ずしもロストロギアが物質だとは限らない。
そんなヤバいものが昨夜、この海鳴市に一人の少年と共に飛来した。
その数、なんと二十一個。
ワイドエリアサーチで居場所を割り出して覗き見をしたところ、どうやらロストロギアと一緒に飛来した落下型ヒロインーー少年は、事故に巻き込まれたというわけではなく、独自の力のみで事態を収束させるべく動いているようだった。
であるならば、魔法関連の問題事に極力近寄りたくない俺としては、ロストロギアは少年に任せて傍観を決め込むのが得策だろう。
まぁ、万が一に備えて全身をすっぽり覆うローブ状のバリアジャケットと、さらには顔バレしないように偽装スキンも用意した。
いざとなったら正体が割れない程度に手助けくらいはしようと思う。
『そうですか。では、何をしましょうか』
「ん、とりあえずはーー」
牛丼を完食した代償に、お腹は膨れ、唐突に抗いがたい睡魔が波打った。
「……昼寝かな」
『Good night My,master』
☆☆☆
「《誰か……》」
「ひゅい!?」
気持ちよく微睡みに身を任せていたそんな時に、聞き慣れない声が響いて飛び起きた。
「《誰か……僕の声が聞こえますか? ……力を……》」
「えぇー……。ちょっと……」
『どうしますか?』
広域無差別念話。
おそらくあの少年が使っているのだろうけど……これはちょっとマズいことになったかもしれない。
「《……力を貸して……魔法の力を……》」
魔力のある者に無差別に届く念話。
つまり、高町なのはにもこれは聞こえているということだ。
「マジかー……つかず離れず様子をみようか。レイジングハート、お願い」
『All right Accel Fin』
もし彼女が出て来るようならば、影ながら守ってあげようと考えて飛び上がったわけだけど、そこでふと、あることに気づく。
「……ボク、実戦経験なくない?」
『気にしたら負けです』
……ごめんよ、守れないかもしれない。