オスティアの城下を制圧したロイ達は、反乱を起こしたレイガンス将軍を討つべく城の内部へと軍を進める。
しかし、そんなロイ達の眼前に『猛将』ヘクトルによって鍛えられた重騎士達が、難攻不落と誉れ高いオスティア城が立ちふさがる。
背後にはベルン軍までもが迫り来る現状、両軍にとって決死の覚悟にて挑む決戦となるのであった。
「……城内の様子は?」
「はい、レイガンスは独力での勝利を諦め、ベルン軍到着まで防御を固める構えの様です」
誰もいない中呟かれたマークの問いかけは、影より現れたマシューによって返される。
お互いに感情を見せぬやり取りであったが、その問答には確かな信頼が垣間見ることができた。
「ふむ、基本に忠実な陣形だな。ヘクトルが用意していたものか?」
「ええ、万が一自分が戻らぬ時に、このオスティアが攻められるようなことがあればと、出陣前にヘクトル様が用意されていた布陣です」
マシューが仕入れてきた情報によると、兵士たちは城の各所にまんべんなく配置されているようである。
それは確かに理にかなった配置であり、攻めるのを難しくしているように思われたが、マークはこの陣形を見て失笑を漏らす。
「ベルンという大軍と戦うための陣形で、俺達を迎え撃つのに適した陣形ではないな」
「……え~と、遊軍が多すぎるってことっすか?」
「そうだ。少数を迎撃するのなら、もっと陣の厚みにムラを作って誘い込み、追い込まないと……」
全体にまんべんなく配置されているため、攻める側が一点に戦力を集中した場合、まったく意味を持たなくなる兵が多くなってしまうのだ。
「でも援軍として……」
「城内にだって援軍を送り易い場所と、送り難い場所はある。そして俺達は、その場所を知っているんだから」
そう、マークは20年前に、今とは逆に玉座を守る立場に立ったことがあるのだ。
故に、どこを攻められたら護りやすく、どこを攻められたら困るかを熟知しているのだった。
「友軍は?」
「リリーナ様が一部の騎士を従えて潜伏してます。一応部下をやったんで、こちらが動けば呼応して動くはずですよ」
「……フロリーナは?」
「城の中央にある小部屋に捕らえられていますけど……まぁ、そっちの心配は必要ないと思いますよ?」
マシューの言い分に、マークは思わず首をかしげる。
マークの知るフロリーナであれば、実力はともかくとしてその性格から、独力でどうにかできるとは思えなかったのだ。
だが、それはフロリーナという女性を甘く見ているとしか言いようがない。
「一介の傭兵が侯爵夫人になって、何も無かったと思ってるんすか? たぶん、あの戦いの戦友たちの中で、一番精神的に成長したのはフロリーナ様だと思いますよ」
「……そうか」
マシューの言葉に20年という時の重みを感じたマークであったが、その重さをゆっくりと感じているような暇はない。
その脳裏にオスティア城攻略の道筋を描きながら、マークはロイと合流すべく足を速める。
マシューもそれに続こうとして、ふとその足を止めた。
「どうした?」
「いえ、どうやらネズミが紛れ込んだようで……ちょっとばかし、失礼しますね」
マシューがネズミと称するからには、レイガンスの外部協力者か、あるいはこの戦いを隙と見た第三者かのどちらかだろう。
しかし万が一という事もある。マークは念のため、シルバーが勧誘したと言う少女についてマシューに伝えておいた。
「シルバーが目をかけるような娘だし、少し手心を加えてやってほしいな」
「……ま、ちょっと脅かす程度に収めておきますよ」
その『ちょっと』というのがどの程度か気になるところであったが、これ以上引き留めるわけにもいかず、マークはわずかな不安を胸にマシューを見送るのであった。
そうして再びロイ達の下へと歩を向けるマークであったが、そこへ決して無視できない人物が訪れる。
「マーク様、少しよろしいでしょうか?」
「ギネヴィア姫? ……不躾で申し訳ありませんが、移動しながらでよろしければ」
「ありがとうございます」
マークは少し歩くペースを抑え、ギネヴィアと肩を並べ歩き始める。
2人の少し後ろに、ギネヴィアに仕えるシスターであるエレンが控えているのをマークはちらりと確認しつつ、今回わざわざ単独で話をしに来た理由について尋ねる。
「はい……今回の戦いは今まで以上に困難なものになると聞いたもので、私にも何かできる事は無いかと思い、お声をかけさせていただきました」
「何か、ねぇ……」
「私も一応王族として、それなりの教育を受けています。さすがに前線で戦う事は難しいかと思いますが、回復の杖なども使えます」
確かに実力的な問題ではなく立場的な問題で前線には送りにくいが、ロイと同程度に守りを固めれば何とか参戦できるだろう。
幸いというべきか、今なら護衛にシルバーもつけられる。竜将や軍将クラスの敵がいない以上、むしろ下手な砦にこもるより安全だろう。
「……終戦の為に、リキア同盟の早期再結成を望むと言う事か?」
「そうですね……私の言葉では、兄を止められませんでした。『炎の紋章』を持ち出してなお止まらなかった以上、もはや話し合いを行うにも相応の戦いが必要になってしまいましたと考えるべきでしょう」
ただでさえ、イリアとサカではベルンが勝利を収めているのだ。この上リキアにも勝利するようなことになれば、ベルンは大陸を統一するまで止まらなくなるだろう。
それを防ぐためには、リキア防衛が絶対に必要なのだ。
「だが、いいのか? ここでリキア同盟軍に参加するという事は、いずれベルンに……」
「……『炎の紋章』を持ち出したときから、覚悟しています」
最低でも、裏切者とそしりを受けることになるだろう。二度と故郷の地を踏むことができなくなるかもしれない。最悪、処刑されることもありえるのだ。
だが、そのような事は最初から覚悟の上だ。彼女にとって、一人でも犠牲者を減らすことができるのなら、全ては些事に過ぎない
「了解した。今回の戦いから、ギネヴィア姫には後方に所属してもらおう」
「ありがとうございます、マーク様」
参戦の受諾を得たギネヴィアは、戦支度をすべくマークの下を離れる。それと同時に、マークはゼフィールの真意について思いをはせていた。
(最終目標が大陸統一国家……なんて馬鹿な事は言うまい。一体何が目的なんだ?)
非公式ではあるが、マークはかつてゼフィールが王子であった頃に面識がある。
その時の評価をもとに考えるのであれば、この戦争をただの侵略戦争と思う事は出来なかった。
(やはり、竜が関係してくるのか……)
今のベルンが竜と協力関係にあることを鑑みればその程度の予想はできるが、ここから先は気軽に口に出せるものではない。
下手な予想は先入観を呼び、柔軟な発想を妨げるからだ。
だが、思考を停止させるわけにもいかない。考えることを辞めてしまえば、戦いは行き着く果てまで行ってしまうのだから。
とはいえ、それももっと先の話だ。今はオスティア攻略を優先するべきだと、マークは思考の方向を修正する。
そうして予定されていた集合場所に到着したマークであったが、そこにはまだロイの姿が無かった。
「珍しいこともあるもんだな」
「ロイ様には、オスティアに攻め入ることに対して思うところがあるのでしょう」
「……プレッシャーか」
「おそらくは」
難攻不落の城を少ない手勢で、短時間で落とさねばならないという事に重圧を感じているのだろうと言うマーカスであったが、その表情に不安は見られない。
ロイならばその重圧をはねのけ、事を成し遂げられると信じているからだ。
「ロイ様は此度の戦いを越え、大いに成長なされました。そして、これからも、更なる成長を重ねていかれるでしょう」
「そうだな」
「しかし、その成長もこの戦いを越えることが出来たらの話……マーク殿、正直に言ってこのオスティア攻城戦の勝機をどのようにお考えで?」
「……」
マーカスがこのような話を切りだしたのは、ロイがいないからこそだろう。
難攻不落の城を攻めるという事を、マーカスは楽観視していなかった。そして何より、目の前の軍師の力を過信していなかった。
だからこそ、マークはロイには隠した本音で答える。
「……どんなに多く見積もっても、五分には届かないだろう。それほどまでにオスティアは堅い」
その答えを、マーカスは当然のように受け止める。もとより楽な戦いとは思っていなかったし、何より兵の絶対数が違い過ぎる。
だからこそ、マーカスはロイには言えない決意を口にする。
「もし、勝つために後一手必要となれば、わしの命を使いなされ。マーク殿ならば、これ以上ない場面で使えるじゃろう」
「……ああ、安心しろ。お前の命は最後の一滴まで、使い尽くしてやる。簡単に死なせてもらえると思うなよ?」
「くくっ、恐ろしい事じゃ」
その決意を、マークは軍師として最大限の誠意をもって受け止める。
主にも、部下にも言う事が出来なかった本心を語り、マーカスはわずかに笑みを浮かべる。
そんな二人の密約を知らずに遅れてきたロイは、いつになく上機嫌なマーカスを見て首をかしげるのであった。
「……マーク、難攻不落と名高いオスティア城を攻めるに当たり、何か策はあるのかい?」
「当然用意してある。……オスティアは確かに攻めがたいが、それでも無敵というわけではない」
前置きから流れるように語られるマークの策は、簡潔に述べると敵の最も配置の薄い場所を全力で穿つという一言に尽きる。
「重要なのは、敵増援が来る前に制圧できるかどうか。ようするに速度だ」
「反乱軍すべてを相手取るには、僕たちは数が足りないからね……」
「ああ、オスティアにも同盟に味方するものは当然いるし、そちらと連携できれば大分楽になるだろう」
問題があるとすれば、オスティアの兵は重騎士を中心としていることだろう。
速度を重視するとはいえ、無理をし過ぎれば倒しきれなかった兵に囲まれかねない。
「全員で一丸となって、敵の守りを貫かねばならない……できるな?」
「ああ、やってみせるよ!」
本来であれば、それに加えて本命の一撃から目をそらすための囮の部隊を用意すべきなのだろうが、マークはそれをしなかった。
確かに囮を用意すれば、ほぼ確実にオスティアの攻略はなるだろう。だが、その後が続かなければ意味がない。
囮とは、十分な手勢があって初めて可能となる手であり、マークは80の兵が確実に生き残る道を捨て、100か0の賭けに出るしかなかったのである。
「一番槍を務める者は速度を重視し、追撃は確実に敵を仕留めるように!」
「了解です!」
ロイの指示を受けアレンとオルドが敵めがけて疾走し、ここにオスティア攻城戦の開戦を示すのであった。
その戦いの始まりを告げた雄叫びは、オスティアを取り戻そうと戦い続けていたリリーナ達の下にも届いたのだった。
「……始まったのね」
「そのようですな……アストール、こちらの動くタイミングは?」
すぐにでも駆け出しそうと立ち上がったリリーナを諌め、バースは同盟軍の到着を告げた密偵へと顔を向ける。
「細かな指示は受けてないねぇ……お頭の話では、こちらの規模が今一つ分からねぇんで、挟撃か合流かは任せるっつってたが……」
「そうか……」
アストールの言葉を受け、バースはわずかに悩み、決断を下す。
「よし、合流せずともよいという事は、同盟軍の方には十分な戦力があるという事だろう。我々は、レイガンスを挟撃すべく動こうと思うのですが、それでよろしいですか、リリーナ様?」
「……バースがそれが一番いいって判断したなら、そうしましょう」
「了解いたしました」
実戦の経験が無いリリーナは、戦場を知るバースの決断を支持することにした。
母であるフロリーナの無事も気になるところであったが、戦いが終わってから救出したほうが安全なのも理解していたのだ。
故に私心を殺し、最善と思われる方針に身を委ねる。
「行きましょう、バース、ウェンディ、オージェ、アストール!」
「はっ!」
威勢の良い返事を耳にし、リリーナは自身を守るべく前に出る重騎士達に続く。
こうして彼女たち、オスティア重騎士団は出陣する。つい先日まで仲間であったものに刃を向けることに、心の中で涙しながら……
オスティア城内に戦いの波が広がる中、一人の少女が城の宝物庫へと忍び込んでいた。
それは誰であろう、トリア侯の屋敷へ忍び込んだキャスであった。
「ちょっと説教された程度で折れるなんて、全然あたしらしくないわよね」
シルバーの話にはそれなりに心が揺れたキャスであったが、それでも彼女は彼のもとへ走ることをしなかった。
というのも、彼女にだってプライドというものがあるのだ。
「お貴族様を狙うこのあたしが、お貴族様に雇われるなんてどんな皮肉よ」
そう、彼女にとって、これだけは譲れない事なのだ。彼女にとって貴族とは、上辺だけは綺麗な事を言って、人々から住処や作物を根こそぎ奪っていくような輩でしかないのだから。
故に、今日も今日とてお貴族様の城に盗みに入ったのだが、今回に限ってはどうにも何か落ち着かない。
「……」
それは、いつも以上に順調に忍び込めたせいだろうと自分を納得させ、キャスは手近に会った宝箱へ手を伸ばし……力の限り、前方へと飛び跳ねた。
「ふーん、なかなかやるじゃないか」
「い、いつの間に!?」
つい先ほどまで自分がいた場所に立つ刃を構えた男を見て、キャスは背筋を凍らせる。
もしあのまま宝に手をかけていたら、今頃胴体と首が泣き別れしていたことに気付いたからだ。
「な、何者よ、あんた……!」
「……減点だな。ここはオスティア城で、そこに在る宝を守る俺が誰かなんて、わざわざ語るまでもないだろう?」
「……オスティアの密偵!」
「そうだ」
ようやく男の……マシューの正体に気付いたキャスであったが、正直に言って遅すぎた。出口はすでにふさがれ、逃げ道などどこにも残っていなかったのだから。
以前似た様な経験をしたことを思い出しつつも、キャスはどうにか逃走を試みようとマシューの隙を窺うが、残念ながら年季が違う。
しかし、この状況でもあきらめないキャスの姿は、マシューにもなかなか好意的に映った。
「まぁ、確かに筋はいいみたいだな。シルバーさんが見込んだだけのことはある」
「……」
「小娘、今回は見逃してやるが、二度目は無いぞ? ここにある財は、ヘクトル様が有事の際にリキアの民を守るために用意したものだ。お前如きが手を出していいもんじゃない」
「なにが……!」
だが、マシューの一言がキャスの反骨精神に火をつける。
過去にあった出来事も手伝い、絶体絶命の状況も忘れて、力の限りマシューへと噛み付いた。
「何が守るためよ! そのお宝も、自分の領地って勝手に決めたとこに住む人から奪ったもののくせに!」
「は?」
「守るためなら何したっていいと思ってるんでしょ!? 村を焼き払って、田畑を荒らしても、ベルンが進行してくるから、作戦上必要だからですますんですもんね!」
「……」
最初は急に怒鳴り始めたキャスに面を喰らっていたマシューであったが、彼女の言葉が続くにつれ、次第にその目が据わってゆく。
「食べていくのがやっとだったのに、家も畑も失って……みんな、バラバラになって……それでいてリキアの為? 何もかも奪って行ったあんたたちが、どの面さげて……!」
「黙れ」
「ッ!」
憤怒にまみれたその一言をもって、キャスは冷静さを取り戻す。
いや、マシューの憤怒に触れ、強制的に頭を冷やされてしまったのだ。
「何も知らないガキが、それ以上さえずるな」
「誰が……!」
マシューの一言に再び激昂しそうになったキャスであったが、続く言葉に、その怒りはいとも簡単に吹き飛ぶことになった。
「村が焼かれなかったらどうなっていたか考えた事もないガキが、これ以上わめくな」
「……!」
怒りに満ちた、それでいて冷たく研ぎ澄まされた視線がキャスを貫く。
「まさか、村が焼かれなかったら、今も幸せにそこで暮して行けたなんて思ってるんじゃないだろうな」
「そんなの……!」
当然だと答えようとしたキャスであったが、その直前に彼女の中で何かがかちりと噛み合ってしまった。
(ちょっと待って、村が焼かれなかったら……ベルンが攻めてくるから……!)
今まで考えもしなかった『もしも』の話を想像して、キャスはその可能性に思い至ってしまう。
軍隊について何の知識もないキャスであるが、もし敵が村に攻め入ったらどうなるかぐらいはわかってしまう。
「敵地に進行中の軍が、その村を見逃すと思っているのか? すべてを奪い尽くすに決まっているだろう」
それを否定することは、いくら無知であってもできる事ではない。
つまり村が焼かれたのは、そこに住む民を守るためだったという事で……
「みんなバラバラになったって言ってたな? 当然だろう。村1つ……いや、近隣の村だって同じ処置をしたんだ。それだけの人数を、1ヵ所で保護できるはずがないだろう?」
「そんな……じゃあ……」
「体力のある男は遠くへ、子どもや老人を近場へ保護したんだろう。村単位では体力差が大きすぎて、落伍者を出しかねないからな」
今まで自分を支えていた何かに、大きなひびが入るのをキャスは感じた。
しかし、マシューはその程度で良しとすることは無かった。
彼は今にも崩れ落ちそうな少女に対し、更なる追撃を加える。
「そういえば、貴族専門の賊が出るって話があったな」
「……!」
「賊が出た直後、近隣の住民に財宝が配られたらしいが……あれ、実に6割近い住民が自主的に返還に来たぞ?」
「え……?」
「盗品なんか送られたって、困るだけだろう?」
そう、貴族の財宝など持っているだけで裁かれかねないのだ。一生貴族におびえて生きていくよりはと、返却という手段を取る者もいるだろう。
ちなみに、残りの4割は貴族に対し盗みを働いたとして裁かれたり、強盗に押し入られたりしており、上手く懐に収めた者は極めて少ないのだ。
「ついでに言えば、盗まれた結果金が足りなくなって、難民へ配られるはずだった食料が買えなくなったところもあるらしい」
「……」
これらの出来事は全ての事例において起こった事ではないが、それでもそう言った事実は存在した。
そしてその事実は、今までキャスを支えていた何かを砕くのに、十分な力を発揮したのだった。
「……被害者を気取って、何も知ろうとしなかったツケだ。精々自分が何をしてきたか、見つめ直すんだな」
茫然自失するキャスを見て、マシューはこの場を立ち去る。
一方で、宝物庫の中に残されたキャスであったが、もはや盗みを働く気力は……いや、逃げ出す気力すら残されてはいなかった。
時を同じくして、オスティア城の一室に捕らえられたフロリーナも決戦の空気を感じとっていた。
「……リリーナ達かしら? でも、今回の戦いはあの子たちだけじゃなさそうね」
今までのような小規模な戦いではない。玉座の間まで貫かんとする意志まで感じる激戦の音に、フロリーナは自身が動くべき時が来たと考える。
「こんな事もあろうかと……ね。本当はリンとちょっと昔を懐かしむためのものだったのに……」
そう言ってフロリーナが部屋の隅から取り出したものは、囚われの身にはあり得ない細身の槍であった。
何故こんな物がこんな所にあるのかといえば、それはまだフロリーナが天馬騎士見習いであった頃の出来事が原因だ。
当時キアランに雇われたフロリーナは、城の兵士たちにある備えを教わっていたのだった。
『もしもの時のために、この城の牢には扉の鍵と武器が隠されているんだ』
それを聞いた時は苦笑しか出なかったものだが、キアランに雇われて1年ほどしたころ、そのもしもの備えが役に立つときが来てしまったのだ。
その後数多の戦いを越え、何の因果かオスティア侯爵夫人になったフロリーナはヘクトルと相談をして、旧友たちとの話のネタとして城内のいくつかの部屋にこの『もしもの備え』を施していたのだった。
もちろん、この武器が実際使われるなんて欠片も思っていなかった。
「……うん、喧噪もだいぶ近づいてきたし、そろそろ行かないと」
そんな感傷に浸っている暇などないとフロリーナは頭を振り、扉の鍵を使い外へと出る。
そこには当然、フロリーナを見張る兵士たちが驚愕を浮かべ立っていた。
「な、なんで扉が……いえ、そんなことより、お戻りくださいフロリーナ様。私は……」
「それはできません。ヘクトル様の妻として、オスティアをこのまま貴方たちに任せるなんてことできないもの」
「ですが……!」
言葉を聞く限り、彼は確かにフロリーナの心配をしていた。
だが、それでも彼は反逆者なのだ。たとえどんな主張があろうとも、これを是とするわけにはいかないのだ。
「…武器を取ってください。わたし達の間に交わす言葉など、もはや存在しません」
「フロリーナ様……」
どこか悲しげで、それでいて毅然とした態度を取るフロリーナを前にし、兵士たちもその意志を固める。
彼らにも彼らの想いがあり、この反乱に参加したのだ。今更、みっともなく言い訳をするつもりなど毛頭なかった。
故に、彼らは再びフロリーナを捕縛しようと槍を振るう。そう、彼らは知らなかったのだ。
「ッ!」
3人の兵士が放った刺突はことごとく躱されて、逆にフロリーナの持つ細身の槍は兵士たちの身を鎧の隙間を容赦なく貫いた。
その結果を、自身の意識が遠く暗闇に落ちていくことで知る兵士たちに、フロリーナは静かに告げる。
「……これでも、ヘクトル様と肩を並べた天馬騎士です。ヒューイがいないから十全とはいかないけど、貴方達程度じゃ相手にならないですよ……」
兵士たちにそう告げる声はやはり悲しげであったが、それでも、フロリーナが引くことはありえない。
騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってくることに心を痛めつつも、フロリーナは細身の槍をしかと握りしめるのであった。
城内の各地で戦いが起こる中、その中でも最も大きな戦いを起こした一団である同盟軍は、オスティアの守りの厚さに攻めあぐねていた。
「くっ、ランスは下がって! スー、交代の援護を!」
「了解です!」
「わかった」
これで本当に陣容が薄いのかと疑いたくなる守りに、何度も足が止まりそうになる同盟軍であったが、要所要所に放たれるシルバーのエルファイアーを筆頭に、各々が力の限りを尽くすことでどうにか進軍を続けていた。
「無事か、オルド!」
「お前こそ、無理するんじゃないぞ、アレン!」
中でも先陣を切るオルドとアレンの損耗が激しく、ギネヴィアによるリブローによる回復が無ければ死んでいたかもしれない様な危地も何度あったかわからない。
「ボールス、アレンと代わって! ノアはオルドのフォローに!」
「フィル、ルトガー、左前方の魔道士を! ゼロット、マーカス、後衛に敵を通すなよ!」
だが、それほどのリスクを背負い攻め入ってなお、オスティアは堅牢であった。
かろうじて優勢を保つ同盟軍であったが、このまま疲労が重なれば玉座までたどり着かない可能性も高い。
「やはりオスティアの防衛力はさすがだな」
「感心している場合か、オルド!」
ノアのフォローを受けてトレックと交代したオルドの呟きは、先に休息を取っていたアレンに咎められる。
しかし、オルドはそれを柳葉のごとく受け流す。
「敵戦力を正しく判断する事も、騎士として重要だろう。それよりも、ランスの動きが疲れのせいかいくらか鈍い。お前が代わりに少し気張れ」
「全くお前って奴は……」
オルドの指摘に、アレンは思わず苦笑を浮かべる。
普段はランスにきつく当たっているオルドであったが、有事の際は誰よりも彼を気にしているとわかっていたからだ。
「……何だ?」
「嫉妬もそろそろ終わりにして、さっさと仲直りしろよ」
「……」
アレンの指摘に黙り込むオルドであったが、この戦場にそこまでの時間の余裕があるわけではない。
オルドの返事を待つことなく、アレンは再び前線へとおもむくのだった。
「……わかっているさ、そんなこと」
残されたオルドは一人呟き、アレンを追うように戦場へ戻る。その先には先の話題に上がったランスが居り、彼は無言で決意するのであった。
久しぶりに肩を並べて戦ったのだ。この機会に、もう一度話をしようと。
もっとも、それもこの激戦を生き延びることが出来たらの話である。
「マーク殿、頼みますよ……」
すでに全力を尽くす前線の戦士たちには、これ以上打つ手はない。この危地を乗り越える策を、軍師にすがるしかなかったのだ。
そしてその軍師も、この危うい優勢を確かなものにすべく、切り札を着るタイミングを見計らっていた。
(やはり、切り札を温存して勝てるほど楽な相手ではないか……)
いくらオスティアが相手とはいえ、主であるヘクトルが居ない以上なんとかなるのではないかという甘い考えは、想定内ではあるが当然のように裏切られた。
このまま戦っても勝てはするだろうが、消耗が許容範囲を超えると判断したマークは、切り札の使用を決意したのだった。
「マーカス、『ニニスの守護』を使う。効果が切れる前に敵前線を崩壊させろ」
「……致し方ありませんな」
切り札が最大の効果を出す瞬間を見切ろうと、マークはさらに戦線に対する集中を高め……その時、反乱軍から妙な動揺が感じられた。
全く不信を感じないわけではなかったが、マークはこれを好機と瞬時に判断しロイに合図を送る。
「これより、全軍をもって進撃する! みんな、行くぞ!」
「慈悲深き氷の精霊ニニスよ、我が祈りを聞き届け彼の者に汝の加護を与えたまえ!」
同時にマークは『ニニスの守護』を発動し、その加護をマーカスに施す。
そうしてローテーションを放棄した同盟軍は、マーカスを先頭に今までで最大の攻勢をかけるのだ。
堅牢を誇るオスティアの反乱軍も、これ程の攻撃となっては防ぎきれるものではない。
マーカスが穿った穴を同盟軍が全員で押し広げ、ついに戦線を崩壊させることに成功する。
さらに、朗報はそれだけにとどまらない。深紅に染まった槍を持った女性が同盟軍に合流したのである。
「フロリーナか!?」
「マークさん、どうしてここに……!?」
共に驚愕する2人であったが、すぐに今優先すべきことを思い出し、戦士の表情に戻る。
「ご助力、感謝します。私も同盟に指揮下に加えていただいても?」
「歓迎する。ロイ、指示を!」
「あ、はい! 怪我をしたものはすぐに下がって、治療を! まだ戦えるものは玉座の間へ急ぐぞ!」
ロイの号令の下、すぐにそれぞれが自身のやるべきことを全力で為す。
いまだ戦闘力を維持した面々は玉座の間へと向かい、今度はリリーナ達と合流を果たす。
「リリーナ!」
「無事でよかった……!」
「ロイ! お母様!」
再会を喜ぶロイとリリーナであったが、それを祝うほどの時間は無い。
すぐそこまで迫っていた目的地に突入し、この戦いの首謀者へと対峙する。
「レイガンス!」
「……まさか、本当にこの城の守りを越えてくるとは思っても見なかったぞ」
反乱に際し、主君を守るべき戦っていたバースが、反逆者レイガンスへと槍を向ける。
それを忌々しく思いながら、レイガンスは同盟の死にぞこないたちを睨みつける。
「貴様、主家を裏切って、騎士として恥ずかしくは無いのか!」
「ふん! ならば愚かな主家につき従ったまま、共に滅びろと言うのか? それこそあり得ん!」
「何だと!」
「我らが死に絶えれば、誰が民を守ると言うのだ!」
怒りのまま放たれたバースの槍が、レイガンスの反論によってわずかにその勢いをそがれる。
「ヘクトル様が破れ、亡くなられた今、リキア同盟に勝ち目が残っていると思っているのか!?」
「レイガンス、貴様……!」
「現実を見ろ! つまらぬ幻想にすがるな! 民を守るために必要なのは、足掻くことではない。せめて1人でも多くの民を守るため、負け方を選ばねばならぬ時が来ているのだ!」
故に、レイガンスは裏切者の汚名を着てでも、反乱を起こしこのオスティアを制圧したのだ。
その並はずれた決意に気圧される者がいる中、それでもフロリーナは当然のように反論する。
「それでも、勝機が全くないわけじゃないんです。どんなに勝ち目が薄くても、最善の可能性を捨てていい理由にはなりません!」
「責任の果たし方なんて、それこそ星の数ほどある。騎士であるなら、最後まで主を信じるべきだったんだ!」
フロリーナの言葉に、マークが想いを重ねる。
その言葉が、レイガンスに届いたかはわからない。だが、一度違えてしまった道は、もはや二度と交わることはありえない。
レイガンスは自身の決断を貫くべく、槍を構える。
フロリーナの言葉に奮い立ったバースが、ウェンディが、ボールスが、主の意思を体現すべく、槍を構える。
だが、いかに3対1とはいえ、レイガンスはヘクトルの留守を任されるような将軍なのだ。チャンスは一撃しかない。
「行くぞ、レイガンス!」
「これぞフロリーナ様直伝!」
「トライアングル、アターック!」
それは、オスティア重騎士団に所属する3人の最大の一撃。
天馬騎士のような立体機動ができない分再現には労力を要したが、その分威力は折り紙つきと言っていいだろう。
さしものレイガンスも、この一撃は避けることすらかなわない。
「ぐっ、おおぉぉぉ!」
しかし、そもそも重騎士とは敵の攻撃を躱すことを想定していないのだ。
敵の攻撃を受けてなお揺るがず、最大の威力を持って迎撃するスタイルを基本とする重騎士は、バースたちの必殺の一撃を見事耐え抜いて見せたのだ。
そして、返す一撃もまた必殺。
されど、彼の一撃はバースにまで届かない。その直前に影から放たれた何かが、レイガンスの手元を狂わせたのだ。
「小癪な……!」
「レイガンス、覚悟ッ!」
そしてその一瞬の停滞を見逃すほど、オスティア重騎士団の訓練は甘くない。
大きく飛び上がったオージェが手に持つのは、厚き鎧をも切り裂くアーマーキラーだ。
大きく目を見開いたレイガンスにその刃は迫り、今度こそその守りを打ち破るのであった。
「……ありがとうございます、マークさん。彼をオスティアに任せてくれて」
「いや、いい。……それより、ずいぶんと逞しくなったみたいだな」
「ヘクトル様と一緒になったんです。これぐらいできないとやっていけないですよ」
ずいぶんと雰囲気が変わったとマークが言えば、フロリーナはむしろそれを誇らしげに微笑むのであった。
もう少しゆっくりと語り合いたい思いもあったが、この後にやるべきことは山積みだ。
ひとまずはそちらを片付けようとリリーナと話すロイの下へ行くと、マリナスが血相を変えて駆けてきたのだ。
「ロイ様、マーク殿、大変です! ベルンの竜騎士どもがオスティアの目と鼻の先まで迫っているそうです!」
「なんだって!」
「馬鹿な、早すぎる!」
マークがフェレとの往復の間に集めた情報を鑑みれば、あと数日の余裕があったはずなのだが、敵はどんな手を使ったのか、マークの予想を上回る進撃をしてきたようである。
「くそっ、とにかく迎撃準備を!」
ロイが指示を出す中、マークはどうにかこの場をしのぐ策を考える。
シルバーに確認を取れば、エトルリア軍が到着するまでもうしばらく時間がかかりそうなのだ。
オスティア攻略の消耗を回復する暇もなく、ロイ達は絶望的とも思える戦いへと身を投じることになるのだった。