ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第16章「西方の勇者(後篇)」

 一足先に始まってしまったレジスタンスとエトルリア軍の戦いに介入するため、ロイ達はその足をさらに速める。

 だが、彼らの前に立ちはだかるのは鉱山に配置されたエトルリア軍だけではない。

 賊と通じるリキア同盟軍を討つべしと気炎を上げる遊撃軍を率いるのは、リグレ公爵家の嫡男であるクレイン将軍。

 その配下にはイリア傭兵天馬騎士団でも最高峰の実力を有する『すご腕』ファリナを含むティト隊の面々。

 さらに斥候であるマシューの情報では、竜騎士の影も見えたと言う。

 数多くの実力者が集った戦場は、今まさに衝突の時を迎えるのであった。

 

「フラン! イサドラ達を率いてレジスタンスと早急に合流してくれ!」

「えっ!?」

「ロイ様ッ!?」

「時間が無いんだ! ここにはマークもいるから大丈夫だよ」

「……わかりました」

 

 ロイは機動力の高い騎馬隊をレジスタンス達の援護に出すことに決めて、その指揮官に副将であるフランを指名する。

 それに対し、イサドラは守護すべきロイの下から離れる事に難色を示したが、この場にはまだマークやパントもいるため、そこまで強固に反対することもできなかった。

 だが、その判断にあまり良い顔をしなかったのはイサドラだけではない。

 

(まずいな……竜騎士たちの存在を思えば、あまり戦力を小分けにするわけにはいかないんだが……)

 

 騎士たちを先行させるとなれば、当然部隊は2つに分かれるか間延びしてしまう。マシューが見た竜騎士がただの伝令などであるなら良いのだが、ヒースクラスの実力者が率いる強襲部隊であった場合、イサドラだけでは危ないかもしれない。

 

「……ゼロット達にも、合流に向かってもらおう」

「え? でもここで騎兵をすべて出してしまったら、もし何かが起こった時に取れる対処の幅が狭くなってしまうよ」

「そのデメリット以上に、竜騎士の方が怖い」

「それは……」

 

 マークの言葉に、ロイもオスティアで戦った竜騎士の脅威を思い出す。

 あの時はマーカスを筆頭に仲間たちが実力以上の粘りを見せて、ようやくエリウッドが来るまでの時間稼ぎしかできなかったのだ。

 再びあのような思いをするぐらいだったら、マークの言うようにいくらかのデメリットを飲み込んで戦力を割くべきだろう。

 

「さらにスーやシン、クラリーネも同行すれば、たとえ竜将が現れようとそうやすやすとやられはしないだろう」

「さすがにやり過ぎでは……」

「……いや、マークの言うとおり、可能な限りの戦力を出そう。何事もなかったとしても、レジスタンスとの合流は、早いに越したことはないしね」

 

 イサドラ達からすれば、本隊が手薄になってしまう事から反対したかったが、ロイの隣にいるマークとパントに目をやり、反論を諦める。

 この2人が相手では、下手な反論は時間の無駄にしかならないと悟ったからだ。

 そうしてロイ達に先んじてフランたちが出陣すれば、ロイ達が警戒するのは主に竜騎士とクレイン率いる遊撃軍である。

 

「遊撃軍を率いるクレインは、私の息子だ。戦いの癖ぐらい把握しているし、どうとでもなる」

「問題は、やはり竜騎士の動向だな」

 

 エトルリア軍を相手取りながら、さらに竜騎士の相手をするなど並の実力で出来るはずがない。

 だが幸いなことに、現在のリキア同盟軍にはその並ではない実力者が複数所属していた。

 

「頼りにしているからな、パント」

「できる事なら、私は妻と一緒に息子の方に行きたいんだがね」

 

 これ見よがしにため息を吐いて見せるパントであったが、自身が適任であると理解しているのだろう、その瞳は油断なく周囲を警戒していた。

 ロイが本陣に指示を出すかたわら、マークも昔使っていた合図を駆使して、かつての仲間たちへとそれとなく指示を出す。

 あまり昔からの仲間たちを頼るそぶりを見せれば、それはひるがえって若い仲間たちが頼りないと言っていることになってしまうからだ。

 

(まったく、面倒な事だ)

 

 しかし、仲間たちが気分よく十全の力を発揮できる戦場を用意するのが軍師の役目である以上、マークは最善を尽くすだけである。

 そうしてわずかだがマークによって手を加えられた本陣の前に、ついにクレインたち遊撃軍の尖兵が姿を現す。

 

「天馬騎士達が来るぞ!」

「リリーナ、頼む!」

「わかったわ!」

 

 突如として現れた天馬騎士達から奇襲であったが、予見されてしまえば奇襲の効果も半減だ。

 リリーナに合わせて魔道士たちはエルファイアーを一斉に放ち、天馬騎士達を迎え撃つ。

 パントが予想した通りのこの奇襲に対し、ウォルトたち弓兵を使わなかったのは、クレインを説得した後に被害が大きければすぐに肩を並べるのが心情的に難しくなるだろうと配慮したからなのだが、被害を考慮した一手では押さえきれない相手が躍り出る。

 

「甘い、甘すぎるよっ!!」

「うそ!?」

 

 まるで壁のように展開されたエルファイアーの弾幕をまるで何事もなかったかのように突き抜け、リリーナ達に槍を向けるのは、イリア天馬騎士の中でも最高位の実力者であるファリナだ。

 だが、それも当然。もとよりペガサスたちは魔法に対して高い耐性を持っており、その中でも並はずれた実力を持つ彼女であれば、この程度の事容易くやってのけるだろう。

 炎の壁を突き破ったファリナはリリーナへと自身の持つキラーランスを向けるが、ここまでは予想通りだ。

 あらかじめ配置されていたフロリーナが割って入り、その槍が突きだされることは無かった。

 

「お姉ちゃん!」

「フロリーナ……? って、何でフロリーナがここに居んのよっ! オスティア侯爵夫人でしょ!?」

「うん……侯爵夫人だから、かな」

 

 思わずまくしたてるファリナに、フロリーナは静かに答える。

 侯爵夫人になったから、リキアを第二の故郷にしたからこそ、フロリーナはリキア同盟軍にいるのだと。

 ファリナの疑問とは若干ずれた答えであったが、それがフロリーナのここにいる理由であった。

 そして、それは同時に宣戦布告でもある。

 

「たとえお姉ちゃんが相手でも、リリーナには髪の毛一本だって傷つけさせないんだから!」

「ちょっ、なんでそんなにやる気なのよ!?」

 

 ファリナにとって不幸だったのはフロリーナの娘、すなわち自身の姪であるとは知らずにリリーナに槍を向けてしまったことだろう。

 これが大いにフロリーナの母性を刺激してしまい、かつてないほどやる気にさせてしまったようである。

 だが、ここで妹に封殺されてしまっては、姉として立場が無い。ファリナは力づくでフロリーナの放った一撃を跳ね除け、わずかに押されていた戦局を五分に押し戻す。

 

「くっ!」

「お姉ちゃんとしては、ここで負けるわけにもいかないのよ、ねッ!」

 

 そして、一度五分に戻されてしまえば地力で劣るフロリーナが、ファリナに勝てる道理は無い。

 徐々に劣勢に陥り始めるフロリーナであったが、これもまた予想の範疇である。

 

「シャニー!」

「はいッ!」

 

 フロリーナの呼びかけにより戦線に加わったのは、リキア同盟軍に所属するもう一人の天馬騎士だ。

 もちろん、シャニーの実力はフロリーナ達にまだまだ届かないが、それでも二人のわずかな実力差を埋めるだけの連携技能があった。

 

(面倒な子をあてがってくれちゃって……!)

 

 この面子を差し向けた軍師へ悪態と感謝の念を送りつつ、ファリナはマークの思い描いたであろう通りに接戦を演じ続ける。

 だが、そのこの戦場にいるのはマークの思惑を理解できる者ばかりではなかった。

 

(まさか、ファリナさんが抑え込まれるなんて……!)

 

 相手が二人がかりとはいえ、それでもファリナと拮抗する天馬騎士が相手にいると言うのは、ティトにとって大きな誤算であった。

 しかし、だからと言って白旗を上げるわけにはいかない。ティトは部下たちに合図を出し、先ほど斉射を行った魔道士たちに迫らんと空を翔ける。

 だが、それすらも読まれていたのか、クルザードやオージェがその道を遮る。

 

「行かせはせん!」

「させません!」

「邪魔よっ!」

 

 道を遮られたとはいえ、その手に持つ武器の相性から言えば突破はそう難しい事ではないと判断したティトは、割と小柄なオージェへと槍を突きだし駆け抜けようとする。

 もっとも、天馬騎士を相手取るために準備していた彼らに死角は無かった。

 

「甘いですよ!」

「ランスバスター!?」

 

 武器の優位を覆され、わずかに勢いを失った天馬騎士達に再び複数の炎の魔法が降り注ぐ。

 いかにペガサスがすぐれた魔法防御を誇るとはいえ、そう何度も魔法を撃ち込まれて平気なわけではない。

 ティト達は強行突破を断念し、一度後退しようと翼を翻そうとしたが、それもまた読まれていたのか二人の剣士が立ちはだかる。

 

「ふん、まるで籠の中の鳥だな」

「このっ!」

「ルトガーさん、挑発しないでくださいよ!」

 

 挑発こそすれ斬りかかってはこないルトガーやフィルの様子を見て、ティトはどうやらリキア同盟軍は自分たちを無力化するにとどめるつもりだと理解する。

 しかし、相手の思惑がどうであれ、彼女達にそれを汲み取る義理は無い。

 ティトはクレインの放つ本命の一撃からリキア同盟軍の目をそらすべく、なお一層の奮闘を見せるのであったが、それもまた、マーク達にとって予想済みの事であった。

 

「ロイ殿、そろそろクレインが動くはずだ」

「はい……バース、ワレス殿!」

 

 パントの呼びかけに答え、ロイは目前で戦う天馬騎士達から目を離し、重騎士達へと号令をかける。

 そしてまさにその瞬間、あらかじめ警戒していた地点からエトルリアの若き将軍が姿を見せ、同盟軍に向かって矢を射かけるのであった。

 

「くうっ!?」

 

 盾に響く衝撃にオスティア重騎士団が思わず苦悶の声を漏らすも、大盾に守られた同盟軍の被害は極々軽微ですんだ。

 

「うん、我が息子ながらこれ以上ないタイミングだったね」

 

 あらかじめわかっていても完全に防ぎきれなかったという事実に、息子の成長を喜ぶ父親としての表情を一瞬見せたパントであったが、まだ決着はついていない。

 すぐさま意識を切り替え、ロイに行動を開始する旨を伝えるのであった。

 

 

 

「……防がれたと言うのか? あのタイミングの一撃が!?」

 

 そのすべてを予想の範疇に収めたリキア同盟と違い、挟撃を完全に防がれてしまったクレインはその驚愕を完全に隠しきれなかった。

 ファリナという大陸でも最高峰の実力者を囮にした、クレインにとってわかっていても防ぎようがない一撃であったのだ。それをこともなげに対処されたのだから、その反応も仕方のないことだろう。

 

(ティト達を受け止められたのも想定外だが……問題はその後だ。まるでこの場所から攻撃があるのを知っていたかのように展開していたのは……まさか、読まれていたのか!?)

 

 まさか自身の両親がリキア同盟軍内にいるとは夢にも思わないクレインは、驚愕しつつも策を見破ったであろう同盟軍の将に称賛の意を送る。

 そして、同時に疑問も覚える。

 

(これほど先が読める者が、賊と通じるなんて短絡的な真似をする物か……?)

 

 目先の利益に囚われた小物ならともかく、そうでないのなら真っ当に西方三島を開発したほうが結局大きな利益を得ることになるとわかるはずだ。

 聞いていた話と、実際目にした敵が一致せずに内心疑問を覚えるが、だからと言って今更手を抜くなんて真似ができるはずがない。

 リキア同盟軍と話ができるのであればそれに越したことはないが、それを狙って動いては部隊にどれほどの被害が出るかわかった物ではない。

 

「重騎士が前に出てきます!」

「……機動力に欠ける重騎士相手ならば問題ない。接近される前に、倒してしまおう」

 

 天馬騎士達を捨て石にして退却するという選択肢を取れなかったクレインは、部下たちに迎撃を指示する他無かった。

 事実、並の重騎士が相手ならば、接近される前に倒しきる自信と実績もあったのだが、不幸な事に今回の相手は並の重騎士ではない。

 

「ふははははッ! この程度でこのワレス、止まりはせんッ!」

「嘘だろう!?」

 

 想像を超える速度と頑丈さで迫る重騎士に、クレインも思わず目を見張る。それでも射かける矢が減らないのはさすがだが、迫る脅威に対し攻撃が集中してしまうのは止められない。

 結果、他の重騎士達への攻撃が途絶えて接近を許してしまったのは、クレインにとって、弓兵にとって看過できない失態であった。

 せめて一矢報いるためにさらに矢をつがえようとしたクレインであったが、それも重騎士の影から現れた人物によって静止されてしまう。

 

「そこまでですわよ、クレイン」

「は、母上!? なぜ……」

「私だけでなくて、パント様も来ているわよ」

「父上まで!?」

 

 あまりの驚愕に声も出なくなったクレインに満足したのか、リグレ侯爵夫人は笑みを深める。

 

「説明は後でゆっくりするとして、先に天馬騎士達を止めて貰えないかしら? 流石のフロリーナさんも、ファリナさんが相手ではお辛いでしょうから」

「は、はい! ……いえ、いくら母上の言うこととはいえ、何の説明もなく矛を収めるわけにはいきません!」

「……それもそうですわね」

 

 一度は頷いてしまったクレインの主張に、ルイーズも理解を示す。

 いかに血縁があるとはいえ、いや、血縁があるからこそ、おざなりにしてはいけないものがあるのだ。

 特に今のクレインは、部下の命を預かる立場にあるのだ。状況を理解せず、二つ返事で頷いていいものではない。

 とはいえ、ルイーズにとって軍人仕様のクレインに対して簡潔に素早く事態を説明するというのはなかなか簡単な事ではない。

 結局説明は同盟軍の本陣にいるパントが行うことになり、なし崩し的にその場で停戦に至るのだが、だからと言ってクレインを責めるのも酷というものだろう。

 

 

 

 パントがクレインを説得している頃、レジスタンス達はギリギリの戦いをなんとか続けていた。

 建物の間を縫って走り回り、時にわざと逃げる足をゆるめて敵の動きを操り、または包囲を強引に突破してエブラクム兵を翻弄し、立ち回っていた。

 しかし、いかにレジスタンスに実力者がいるとはいえ、数の暴力は確実にその余力を削っていた。

 

「はっはっ、何だこの程度か? これで正規軍を名乗れるんなら、兵士なんて楽な仕事じゃねぇか!」

「だっから、挑発すんな!」

 

 特攻隊長の名にふさわしい突撃を見せるダンに、エキドナは追い縋ろうとする兵士を斬り捨てながら諌める。

 もう何十人の兵士を斬り捨てたのか、彼等の持つ武具は血糊に染まっていない部分を探す方が難しく、息も大分上がっていた。

 それでもまだ戦えているのは、エルフィンの奏でる竪琴によって活力を与えられ、ティーナの杖によって傷を癒されているからだろう。

 だが、その進撃もついに終わりが訪れる。ダンの武器がこの激戦について来られなかったのだ。

 

「なっ! このタイミングでイカれるなよ!」

「予備の武器は!?」

「あるわけねぇだろ!」

 

 武器が潤沢にあるのなら、そもそもここまで追い詰められることになるはずがないというある意味当然のダンの言葉に、ティーナは言葉を継ぐこともできなかった。

 そして、つい先ほどまで及び腰であったエブラクム兵であろうとも、武器を失うという大きな隙を見逃すような輩は、一人たりとも存在しなかった。

 今こそ反撃の時とばかりに武器を振りかざすエブラクム兵に対し、されどダンは一歩たりとも退かなかった。

 

「こんにゃろ……! こうなりゃ武器が無かろうが関係ねぇ! 全員この拳でぶちのめして……!」

「バカなことを言ってないで、下がってください。ディーク殿!」

「おうよ!」

 

 エルフィンは狂戦士の名にふさわしい思考で暴走しそうになるダンを諌め、すぐにディーク達に指示を出す。

 しかし、いかに優れた指揮もダンの抜けた穴をふさぐには至らない。ディークを先頭にした進撃は、わずか数歩の内に終焉を迎えてしまう。

 

「ここが正念場です! 何としてでも生き延びますよ!」

「当然よ、こんなところで死んでたまるもんですか!」

 

 ダンもなんとか戦線に復帰しようとエブラクム兵の持つ武器を奪うが、一般兵が使う武器程度がダンの膂力を受け止めきれるはずもない。

 いざとなれば本気で素手で戦うのもやむ得まいとまで考えるダンであったが、幸いなことにその時は訪れなかった。

 エブラクム兵の包囲を突き破り、リキア同盟軍の騎士たちが到着したのだ。

 

「レジスタンスの方で間違いないですか?」

「ああ、首領のエキドナだ。援軍、感謝するよ」

「リキア同盟軍副将、ラウス公子フランです。……ひとまず、私の指揮下に入ってください。この場を切り抜けたら、将軍であるロイと話をすることになるでしょう」

「了解したよ!」

 

 合流した勢いそのままにエブラクム兵を蹂躙する騎士達を目にし、エキドナ達はようやく助かったという実感がわいてくる。

 だがそれに反し、フランは何やら納得がいかないものを強く感じていた。

 

「……どうかなさいましたか?」

「貴方は?」

「失礼いたしました。レジスタンスの参謀を務めさせていただいている、エルフィンと申します。何やら懸念がありそうでしたので、私にわかる事ならと思いお声をかけさせていただいた次第です」

 

 エルフィンの丁寧な礼にフランはいくつかの想像を巡らせるが、今はそれ以上に優先すべきことがあると思索を打ち切る。

 そうしてフランの口から、この場に来るまでに感じた違和感が述べられる。

 

「ここに着くまでに、何度か竜騎士の影を見ました」

「……エトルリアの支配地であるこの西方三島で?」

「はい……それに、あなたたちに合流するまでろくな抵抗にもあいませんでした」

 

 まるで、その竜騎士たちの掌で踊らされているような感覚を覚えるのに、障害らしい障害にもあたらずにレジスタンスと合流できたことが不気味で仕方がないとフランは言う。

 さらにいくつかフランが漏らすも、エルフィンには竜騎士がリキア同盟軍が有利になるように導いたという風にしか聞こえず、何か見落としていることがあるのではないかと思考を研ぎ澄ませる。

 しかし、いくら考えても他の考えが浮かぶこともなく、フランとエルフィンはロイ達が到着するまでの時間を無為に過ごすことになったのであった。

 

 

 

「ふむ、竜騎士が裏でこそこそとねぇ……」

「宰相ロアーツや西方三島総督アルカルドは、ベルンと組んでいるという噂もあったのですが……」

 

 イサドラ達がエブラクム鉱山の司祭オロを撃破したのちに合流したロイ達は、挨拶もそこそこに謎の竜騎士の不可解な動きについて考察を重ねる。

 

「エトルリアの宰相派は、この西方でリキア同盟軍を崩壊させて、リキアを属国として傘下に収めたいと考えているのでしょう」

「対してベルンは、リキアがエトルリアに反発してお互いの力を削り合えばいいと思っているといった所か」

 

 そう考えれば一応辻褄が合うのだが、それにしてはフランたちに目撃を許すなど、ベルンの動きが杜撰すぎる。暗躍する気が見受けられないのだ。

 正直に言って、リキアにエトルリアの親ベルン派を排除させ、その上で正面から戦う事を望んでいると言われた方がまだしっくりくる。

 そこまで考えたマークであったが、突然の乱入者によってそれ以上の考察は中断される。

 

「……来るぞ」

「え?」

 

 マークの呟きに反応したのは、パントを筆頭にかつて古の火竜たちと戦った仲間たちであった。

 ロイやエルフィン、それにスーなどの大陸各地の次代を担う事になる若人たちを背に庇い、乱入者たちを迎え入れる。

 

「ずいぶんな歓迎ぶりじゃないかい、マーク」

「まさかこんなところで会えるとは思わなくてな。今度来るときは、できれば前もって知らせてくれよ、ヴァイダ」

「りゅ、竜牙将軍……!」

 

 一触即発を体現したかのような存在感を背負って現れたのは、一般的な飛竜より優に二回りは大きいと思われるアンブリエルにまたがったヴァイダであった。

 さらに後方に三竜将の一角であるナーシェンに意見できるほどの実力を持ったヒースを従え、またマークとのやり取りからロイたちは乱入者がただの竜騎士でないことを知ったが、事ここに至っては遅すぎたと言わざるを得ない。

 

(まずい……弓の有効距離の内側に入られた!?)

 

 周囲への警戒を怠ったつもりは無いが、それを容易く超えて接近したヴァイダとヒースに戦慄を覚えながらも、ロイは必死に対抗策を考える。

 はっきりいって、ここまで懐に入られてしまえば戦略も何もなく正面から戦う以外に道は無い。

 とはいえ、相手はたったの2人だ。パント達のような実力者も多くいる以上そうひどい事にはならないだろうと、そう楽観視していたのも事実であった。

 

「それにしても、どんな心境の変化だ? リキア同盟に手を貸すなんて……」

「誰がそんなことをするかい! 今回は、アンタらに借りを返しに来たんだよ!」

「借り?」

 

 一瞬考え込んだマークであったが、ヴァイダとの関わった期間などそう長くは無い。すぐにヴァイダの言う借りに思い至り、首をかしげる。

 

「あの時の戦いで返してもらったと思っていたが?」

「バカ言ってんじゃないよ。あの戦いは、アタシらにとっても必要な戦いだったじゃないか!」

 

 かつてあった、『災いを招く者』との戦い。

 その時のヴァイダにとっては戦いに参加すること自体が借りを返す行為だと考えていたが、いざふたを開けてみれば大陸全土を守るための戦いであったのだ。

 リキアの若人たちを中心に、サカ、イリア、エトルリアからも参加したあの戦いにベルンからは参加しないというわけにはいかない以上、ヴァイダの参戦は必然的に自分たちのためになってしまったのだ。

 

「だから、今回戦場でぶつかり合う前にその借りを返しに来たんだよ。とはいっても、アンタほど助太刀する甲斐のない奴はいないと思ったけどね」

「危険は少ないに越したことはないし、助太刀は大歓迎なんだがな」

 

 ヴァイダの素直な感想に、マークも苦笑で返す。一瞬空気が緩んだかのように思われたが、それもすぐさま幻のように掻き消える。

 

「一体、ベルンは何を考えて……」

「もう借りは返した。これ以上慣れ合うつもりはないよ」

「……」

 

 少しでも情報を引き出そうとしたマークの言葉を、ヴァイダは問答無用で切り捨てる。

 そこにいるのは、もはやかつての仲間であったヴァイダではない。ベルン王国国王ゼフィールに仕える最強の竜騎士、『竜牙将軍』ヴァイダであった。

 その変化を悟ったマークは無言で引き下がり警戒の色を強めるが、ヴァイダを知らない者にとって、目の前にいる多くの情報を持っているはずの将をこのまま帰すのはあまりにも勿体ないと思ってしまった。

 わずかでも得られる物が無いかと、その身を乗り出してしまったのだ。

 

「……では、次に会うときは敵だと?」

「あぁ? 何言ってんだい?」

 

 エルフィンの問いかけにわずかに眉を顰めたヴァイダは……

 

「エルフィンッ!」

「最初から敵以外だったことなんかないよっ!」

 

 マークとヴァイダの声が重なり、必殺の一撃がエルフィンの心臓へと迸る。

 借りはすでに返し終えている以上、もはやヴァイダに気兼ねなどあるはずがない。マークやパントの警戒具合から諦めかけていたが、最初から機会さえあればこの場でひと暴れするつもりでいたのだ。

 そしてそれは、レジスタンスとして戦場に身を置いていたとはいえ、ただの参謀であるエルフィンでは反応もできない速度であり、確実にその命を奪うに足る一閃であった。

 だが、それほどの一撃であっても、彼の体には届かない。

 古の火竜のブレスすら回避したマークにとって、エルフィンをヴァイダの凶刃から庇うぐらいなら、そう難しい事ではない。

 

「ぐぅっ!」

「マーク!?」

 

 しかし、その代償は決して軽くは無い。ヴァイダの一撃はマークの脇腹の皮を切り裂き、肉を抉り、その骨すら打ち砕いた。

 あまりに強烈な一撃にさすがのマークもバランスを崩し倒れるが、周囲が二撃目を許したりはしなかった。

 

「させぬっ!」

「っち、このハゲ親父がっ!!」

「なんだとぉ、この男女がっ!!」

 

 鉄壁の守りを誇るワレスが2人の間に割って入り、さらにバアトルとドルカスが戦斧を振るう。

 また、フロリーナとファリナがヴァイダの援護に入ろうとしたヒースへと天馬を駆り、これを封殺する。

 もちろん、竜騎士の2人もやられてばかりであるはずがない。一瞬で歩兵の武器の届かない空中へと戦場を移し、天馬騎士達を迎撃しようと槍を放つ。

 

「させませんわ!」

「この程度!」

 

 迎撃に意識を向けた一瞬を狙ったルイーズの精密射撃であったが、それもヴァイダにとってはお貴族様のお遊戯ぐらいにしか感じない。

 わずかにアンブリエルがその体を傾けただけで、簡単に躱されてしまう。

 弓を専門的に扱うルイーズですらそうなのだから、武器を斧から弓に持ち替えたウォーリアでは語るまでもない。

 威力だけはルイーズより数段上であろうが、バアトルとドルカスではまともに相手もされなかった。

 唯一ヴァイダに対抗できるであろう実力を持つパントも、ニノと共にマークの治癒に全力を注いでおり、今しばらく参戦は望めそうにない。

 そして、ヴァイダも引き際を誤るような愚か者ではなかった。

 

「退くよ、ヒース!」

「了解です!」

 

 本音を言えば一人ぐらい墜として置きたかったがと内心で思いつつ、かつての戦友の追撃に細心の注意を払いながらヴァイダは退却を決める。

 そう、彼女は心のどこかで若い世代を舐めていたのだろう。

 

「せめて……この一矢だけでも!」

 

 静かな呟きと共に放たれたウォルトの矢は母レベッカの教えを忠実に再現した、完全にヴァイダの意識の外からの攻撃であった。

 だが、不意の一撃程度で墜とせるのであれば、すでに彼女はこの世にいなかっただろう。

 飛来した矢は寸でのところで気付いたアンブリエルによって噛み砕かれ、そこでようやくウォルトはヴァイダに認識された。

 

「あ……!」

 

 心胆を凍りつかせる一瞥を最後に残し、ヴァイダは今度こそ退却していったのであった。

 

 

 

「死んだかと思った……」

「すみません、私の軽率な行動の所為で……」

「いや、エルフィンを責めてるわけじゃないから」

 

 痛みに顔を顰めつつも、マークはエルフィンの肩を叩き言葉をかける。

 パントとニノによって治療されたマークであったが、さすがに腹に大穴が空いたのだからすぐにいつも通りちょこまかと動き回るのは難しいだろう。

 だが、不幸中の幸いというべきか、つい先ほどマークの変わりが務められる人物が合流していた。

 

「後は任せた」

「……確かにレジスタンスの参謀を務めさせていただいていましたが、さすがに神軍師の後釜を務められるとは言えませんよ」

「別に後釜ってわけじゃないから安心しろ」

 

 マークだって、出会ったばかりの人物に大切な戦友たちを任せきるつもりは毛頭ない。

 だが、いくらか作業を分担する同僚が欲しいと改めて説明する。

 

「それでしたら、むしろこちらからお願いしたいくらいですよ」

「じゃあさっそく、これからの方針について考えようか」

 

 西方の情勢に詳しいクレインと実情に詳しいレジスタンスを加え、リキア同盟軍は今後の方針を固めるべく話を進める。

 

「……レジスタンスから話を聞き、こうして現状を見る限り、総督府へと向かうのがいいと思います」

「そうですね。リキア同盟軍への『賊討伐』要請の件も含めて、西方三島総督アルカルドとの対決は避けられないでしょう」

 

 いくつか情報を出し合った結果、クレインとエルフィンの意見が一致する。

 この面子の中で最も西方に詳しい2人の意見が噛み合った上に、ロイ自身も総督に会うべきと感じている以上否は無いだろう。

 だが、ロイが決定を下す直前になって、マークはもう一つの道を提示するのであった。

 

「西方を救うために総督府へ向かうのは賛成だが、その前にジュトー近くの洞窟へと向かいたい」

「洞窟?」

 

 ロイがマークの意図を掴みかねるその横で、エルフィンがこの地で調べたある武器の事だと思い至る。

 

「……神将器、ですか」

「ああ、オスティアでは少数精鋭を向かわせたんだが、エリウッドが言うにはどうにも厄介な連中が神将器を狙っているらしくてな」

「なるほど、エリウッド殿が厄介というほどの相手なら、別行動は確かに危険だね」

「その何者かと競争するとなると、確かに総督府に行く前に行動を起こした方がいいかもしれませんね」

 

 パントやエルフィンも、マークの意見に一定の理解を示す。

 だが、神将器を優先するという事は、たった今圧政に苦しむ民を放置するという事に他ならない。

 総督府に向かうか、封印の洞窟に向かうか、ロイは一つの妥協案を提案する。

 

「レジスタンス達にやったように、少数を様子見に出すことはできないかな?」

「何事も無ければそのまま回収し、困難を伴うようなら撤退すればいい、か」

「うん、神将器の優先度は低めで行く。もうすでに奪われている可能性もあるし、なにより人命には代えられないと思うから」

「……わかった」

 

 マークの返答にわずかな間があったことにロイは気付いていたが、それでもこればかりは譲れなかった。

 たとえ近い未来に神将器を優先しなかったことを悔やむようなことがあるかもしれないが、だからといって救えたかもしれない命を見捨てるなど、ロイにはできなかったのだ。

 

「じゃあ行こう、ジュトーの総督府へ! 西方の民を助けるために!」

 

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