ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第18章「ジュトー総督府(前篇)」

 ジュトー総督府を目前としたリキア同盟軍は、おそらく過酷になるであろう戦いに備えて一晩の休息を享受していた。

 そんな中、マークは眠るわけでもなく何かしらの作業をするでもなく、一人天幕の内で佇んでいた。

 

「……」

 

 無言で、最低限の明かりを灯した部屋で過ごす時間は、限りなく長く感じられた。

 マークとて明日のことを思えば早々に休むべきと頭ではわかっていたが、それでも待ち人が来るかもしれないと一握りの希望を捨てきれなかったのだ。

 そのように時間を浪費してどれほどの時が経っただろうか、さすがにそろそろ休まなければと言う義務感がマークの頭をよぎったころ、ついにこの天幕を訪れる人影が現れた。

 

「眠れないのかい?」

「……パントか、ルイーズは放っておいていいのか?」

「奥さんも君のことを心配していたよ」

 

 待ち人でなかったことに、マークの表情に隠しきれなかった落胆がわずかに漏れる。

 それを感じ取ったパントは、若干の心苦しさと共にマークの持つわずかな希望を打ち砕く。

 

「……マシュー殿ほどの実力者が、今日まで十分な時間があったにもかかわらず帰還できなかったんだ。もう……」

「それ以上は言ってくれるな……」

 

 パントの言葉を遮り、マークは力なく首を振る。

 そんなこと、パントに言われるまでもなく、わかっていたことだ。

 だが、それでもなお受け入れ難く、認めることができなかったのだ。

 しかし、いつまでも足を止めているわけにはいかないと現実を突きつけられたマークは、最後にぽつりと後悔を漏らす。

 

「マシュー一人に行かせるべきじゃなかったのかな?」

「……あの段階では、私もあの選択が最善であったと思うよ」

 

 全員無事に帰ってきたとはいえ、エリウッド達が苦戦した相手だ。今となっては、もっと慎重に動くべきだったかと思わざるを得なかった。

 もちろん、それは結果を知ったからこその考えである。

 あの時点では、敵は特異な存在でこそあったが、マシューという行為の密偵であれば奇襲は防げるし、逃げ切ることは十分に可能だと考えられたのだから。

 

「神将器の回収は、必要だったと思うよ。それに、それが不可能ならば少しでも敵の情報を得ようと考えるのもまた、当然の思考だった」

「そうして欲張った結果が、仲間を失っただけで何も得る者が無かったと言うんじゃ、どうしようもないな」

「……」

 

 いつになく気落ちしたマークに、下手な慰めは逆効果かと感じたパントは一度口をつむぐ。

 そうして当時のことを思う一度思い返してみたのだが……やはりリスクとリターンを思えばマークの打った手は最善と言えるものだ。

 

(リキア最高の密偵であるマシュー殿が逃げ帰る事すらままならない敵など、事前情報だけでは想像もできなかったんだから)

 

 もちろん、重要な情報を集めようと思ったならその限りではないが、マシューの腕ならば、それこそベルンの王宮にだって忍び込めるはずなのだ。

 それほどの腕を持ったマシューが逃げ切れない相手など、それこそ敵は神将クラスと言っても過言ではないだろう。

 

「とにかく、マシューを討てるほどの実力者が暗躍している以上、今後はパントも単独行動を控えてくれ。神将器の所有者なんだから、いつ襲われてもおかしくない」

「そうだね……こうなると、エリウッド殿の方も心配だが……」

「……フェレ侯爵としてのエリウッドには悪いが、ニニアンについていてもらおう。奇襲さえ防げれば、問題無く迎撃できるだろう」

 

 かつて世話になったニニアン・ニルスの持っていた『不思議な力』を思い出し、パントはそれならば安心かと一息つく。

 初撃さえ凌げば、デュランダルを持ったエリウッドはまさに現代の神将だ。周囲の騎士の力も合わされば、たとえネルガルだって容易には手を出せないだろう。

 こうしてマークとパントの話し合いは徐々に最初の話題から逸れてヒートアップしてゆき、つい明け方近くまで続いてしまう。

 それは、マシューが帰れなかったという事で得られたわずかな情報を、少しでも有効活用するための、マーク達に出来る唯一の弔いであった。

 

 

 

 そうして一夜が明けた決戦当日。

 ロイはエルフィンの策のもと、兵を指揮すべく本陣にてその時を待っていた。

 

「……本当に、私の策を採用して良かったのですか?」

「うん。エルフィンもわかってるでしょう? 二人の策の違いなんて誤差の範囲内だって」

「それはわかりますが……それでも、神軍師の策の方が圧倒的に信用や信頼が上でしょう?」

「そこら辺はほら、マークの名前を効果的に使わせてもらってるから」

 

 一言で言えば、『神軍師が認めた策』と銘打っているだけなのだが、たったそれだけで兵士たちの受ける印象は大きく変わってくる。

 ちなみに、それがいつのまにか大いに誇張され、神軍師が自分の策を引っ込めるほどの策だと言う兵士もいるらしい。

 それはともかくとして、ロイの説得を受けながらも更なる反論を行おうとしたエルフィンであったが、その機先を制してマークが言う。

 

「エルフィンだって、自分の策に自信が無いわけじゃないんだろう?」

「それは……そうですが……」

「なら、いいじゃないか」

 

 何度も言うようだが、今回示された二人の策に大きな違いは無く、兵の士気にも問題は無い。

 むしろ、実力を示せば神軍師の名声すら押しのけることができるとなれば、今後やる気を出す兵も増えるだろう。

 まあ、どちらにせよこの場でエルフィンがいかに二の足を踏もうとも、今更やっぱりマークの策を採用するとロイに言わせるわけにもいかないのだ。

 エルフィンもそのことに思い至ったのか、些か遅くも感じるが覚悟を決めて戦場へと向き直る。

 

「それじゃあ皆……行くよ!」

「オオオォォォッ!」

 

 ロイの号令に大気が震えんばかりに雄叫びが轟く。

 レジスタンス達にとっては総督府へ攻め込むという事に対し、特に思うところがあるのだろう。ロイの指示をしっかり聞くのか不安を感じるほどのやる気を見せている。

 

「エキドナ! ダン! 先走るなよ!」

「わかってるって!」

「そっちこそ遅れんなよ!」

 

 思わず頭を抱えたくなる返答を残しながら突撃するダンに対し、ロイはこの後送る予定の後詰を少し早めに出すことを決めたという。

 

 

 

 リキア同盟軍が総督府への攻城戦を敢行する中、西方三島総督アルカルドは余裕に満ち溢れていた。

 

「くっくっく、愚かな奴らだ。我らに対し勝ち目があると本気で思えるとはな」

「まったく、その通りですな」

 

 玉座にどっしりと腰を据えたアルカルドの品のない笑いに追従するのは、ベルン軍から西方三島へと派遣されたフレアーだ。

 ただ、フレアーの追従は形だけのものであり、その表情を良く見ればアルカルドへの嘲笑が見え隠れしていた。

 そんな余裕を見せる上層部であったが、今まさに攻め込まれている立場である部下たちは慌てて報告を行う。

 

「リキア同盟軍は所属したレジスタンスを先頭に、総督府の正門に迫っております! 兵たちも必死に戦っておりますが、奴らの勢いも侮りがたいものがあり……リキアの騎士共の援護も的確で、徐々に押されております!」

「敵はさらに物資搬入門や裏門を目指して進軍しております! このままでは、程なく城内まで攻め込まれて……」

「問題ない」

 

 部下の報告を一言で切り捨てたアルカルドは、あらかじめフレアーと話し合い決めていた命令を部下たちへと通達する。

 

「わしも戦場へ出よう。せっかく手柄を手にする機会なのだ、このまま座っているだけというのも馬鹿らしい」

「ア、アルカルド様……?」

「フレアー殿、この後は手筈通りに頼むぞ」

「ええ、わかっておりますとも」

 

 まるで勝利を疑っていない様子のアルカルドが出陣するのを見送ったフレアーは、先ほどまで辛うじて隠していた嘲笑を表に出し、吐き捨てるように傍らに控えていたジードに愚痴を漏らす。

 

「ふんっ、我らの力を自身のものと錯覚するか、俗物が! ……まあいい、どちらにしろ奴はこの戦いで善戦むなしく戦死するのだからな」

「いやあ、まさかエトルリアの貴族がここまで愚かとは……オレだってもう少し警戒しますよ?」

 

 フレアーたちはベルンの奥の手を見せ、それにより勝利を確信したアルカルドがそのおこぼれを得るために戦場へと出るように、言葉巧みにそそのかしたのだ。

 あまりにも思い通りに動いた西方三島総督に呆れを隠せないジードであったが、続くフレアーの言葉に気を引き締める。

 

「我らの目的は、リキア同盟軍の戦力を少しでも削ぐことだ。ヴァイダ殿にも言われたように、決して侮ってはならないものが彼の軍には存在するからな」

「……全盛期をとうに過ぎたはずの『老将軍』ですら竜将に食い下がったのですから、ならば未だ現役の『すご腕』や『大賢者の弟子』はどれほどの実力になるのでしょうかね」

「さてな……だが、それらに対抗するための奥の手だ。ジェミーにはしっかり言い含めておけ」

「はっ!」

 

 そう言い残してフレアーが立ち去った後、ジードもまた、先ほどの話を伝えるため自らの妹の待機する部屋へと足を向ける。

 そして辿り着いた目的地にいたのは、ジェミー本人とベルンの奥の手である三人、それに他部署から無理を言って参加してきた四人の計八人であった。

 

「計画は概ね予定通りに進んでいる。ジェミーは予定通りその三人を従えて城内で奴らを迎え撃ってくれ」

「はぁい、お兄様」

 

 ジードの指示に、まれで獲物をいたぶる猫のような笑みを浮かべながらジェミーは答える。

 その様子に過度の緊張や弛緩は無いと判断したジードは、残った四人へと少し厳しめの視線を向ける。

 

「確か『黒い牙』だったか? 密偵が表の戦場に何をしに出てきたのかは知らんが、こちらの邪魔だけはするんじゃねぇぞ?」

「わかってるさ、『お兄様』よぉ」

 

 ベルン軍内でも特殊な立ち位置に存在するという『黒い牙』から派遣されてきた四人のリーダーである男ディーノが、ジードの忠告を軽く受け流しながら立ち上がる。

 

「オレ達もラガルトさん達に認められるために必死なんでな。そっちの邪魔だなんて馬鹿な真似、殺されたってしねぇさ」

「……ならいいがな」

 

 いぶかしげに『黒い牙』の面々を見るジードをよそに、四人は配置につくからと早々に部屋を後にする。

 そこからの四人の動きは早かった。

 

「ネージュは向こうの指示通り、『奥の手』の回復役を任せる」

「ええ、わかっていますよ」

 

 ディークの指示を受けたネージュと呼ばれたモノクルをつけた少女は、リブローの杖を片手に中庭を見渡せる場所へとのんびりと歩いて行く。

 

「ジャックは狙撃の準備をしておいてくれ。優先的に狙うやつの顔は確認しているな?」

「ああ」

 

 言葉少なく頷いたジャックは、ゆらりとまるで闇と同化したかのように影に紛れ立ち去って行った。

 

「ソリルはオレと表に出るぞ」

「……了解した」

 

 普段纏っている柔らかな雰囲気は欠片も感じさせぬソリルは、サカの剣士が愛用する倭刀に手を添えながらディークに先んじて砦の外へと向かおうと大きく足を踏み出した。

 それぞれの限りなくやる気に満ちた様子を確認したディーノは、銀の大剣を担ぎソリルの背を追いながら思う。

 

(なんとしても、今回の戦いで手柄を挙げなきゃな……実戦で結果を残せば、さすがのラガルトさん達もオレらを『黒い牙』の一員として認めてくれるだろう)

 

 そう、実はディーノ達四人は正式な『黒い牙』のメンバーではないのだ。

 それにもかかわらず『黒い牙』を名乗ったのは、それぞれの恩があるラガルト達の力になりたいと、一人前と認められ仲間になりたいという想いからだ。

 そんな願いを持った彼らは、ラガルト達の願いに気付かない。

 もはや闇の中でしか生きられない自分たちの後を継ごうなどと考えず、表の世界で幸せを見つけてほしいと思っているなど、彼らには思いもよらなかった。

 

 

 

「……どういう事だ?」

 

 総督府の中で何が起こっているのか知る由もないロイ達は、戦場に起こった思いもよらない変化に思わず疑問の声を漏らす。

 事が起こったのは、フランが騎兵を率いて後方へと移動を開始したしばらくしてからであった。

 

「後方に回り込む部隊を無視して、正面に更なる兵を投入してきた?」

「馬鹿な……! 拠点となる総督府の防衛を放棄するつもりですか!?」

 

 アルカルドのとった想像の埒外の選択にエルフィンは思わず絶叫する。

 そんなことをすれば、一時の優勢と引き換えにその身の破滅が決定する。これ以上ない悪手としか思えなかったからだ。

 だが、現実としてアルカルドは中央へ自身を含めた総軍で出撃してきており、リキア同盟軍はこれに対処しなければ敗北こそないが被害の増大は間違いないだろう。

 

「まさか、骨を断たせて肉を切るとでも言うつもりですか……!」

 

 本末転倒な考えがその脳裏に浮かんでしまい、エルフィンの思考がわずかに停止する。

 敵の行動が愚かすぎて、その対処に何を行えばいいのかわからなくなってしまったのだ。

 

「とにかく、中央に予備隊を早急に向かわせろ! 重騎士を前面に押し出すから、弓兵と魔道士はその援護を!」

 

 そんなエルフィンを叱咤するかのように、マークはロイへとその場しのぎの策を示す。

 たとえアルカルドの行動が自分たちの思考を上回る罠かもしれないとはいえ、思索にふけって現実を見ないわけにはいかないのだと。

 故に、エルフィンは思考を再開する。

 奇策への対処はマークとロイに任せ、彼はこのような策を打って来た敵の思考を探ることに集中する。

 

 勝ち目はないと自暴自棄になったか?

 

(いや、違う。戦場にいるアルカルドの動きからはそのような気配は感じない)

 

 では、まだ総督府の中に回り込んだ部隊に対抗できるだけの戦力を残している?

 

(それも違う。総督府の容量を考えれば、今戦場に出ている兵で打ち止めのはず……いや、たしかあそこには……!)

 

 総督府にまつわる噂の中に、『人ならぬ人』というものが存在し、それは『竜』に変身するとか……

 

(そのような存在が現実に存在するのなら、アルカルドがあれ程強気になるのも頷ける……だが、あれはベルンの……!)

 

 そこまで考えて、エルフィンの中ですべてが繋がった。

 正直な事を言えば杞憂であればとも思ったが、そうであるならば敵方の好意の全てに説明がつくからだ。

 エルフィンは自分の思い至った考えを、即座にロイ達に伝える。

 

「おそらく、正面にいるのは自覚無き死兵と思われます。敵の目的は最初から勝利に在らず……ただただ、同盟軍の戦力を削るために策を打ってきたのかと」

「……なるほど、そういう事か」

 

 エルフィンのわずかな言葉で状況を把握したマークは、ロイにわかりやすく簡潔にエルフィンの考えを伝える。

 この地にはすでにベルンの影響が及んでおり、アルカルドはベルンの言う必勝の策を鵜呑みにして捨て駒にされた。

 そして総督府とリキア同盟軍の戦いが終わった後に、残ったベルンはアルカルドに必勝を確信させた『人ならぬ人』という存在……すなわち『竜』を疲弊した同盟軍にぶつけてくるはずだ、と。

 

「つまり、僕たちはこの後のことを考えて、戦力を温存しながらエトルリアと戦わなければならないという事か……」

 

 目の前の戦いを優先してしまえば、後に控える戦いで大きな損害を出すことになるだろう。

 だからと言って出し惜しみをすれば、目の前の戦いすら危うくなってしまうだろう。

 絶妙なバランスの采配を求められる戦いを前に息をのむロイであったが、躊躇するだけの余裕は存在しない。

 そしてロイの出した結論は、ある意味とても極端なものであった。

 

「……今戦場にいるすべての部隊をもって、早急に敵を鎮圧する!」

「ほう、限られた強者を温存するではなく、全体の負担を公平に分配することで消耗を押さえるか」

「ああ、皆で力を合わせれば、きっと必勝の策だって打ち破れると僕は信じるよ!」

 

 それはすなわち、かつての英雄たちに頼り切ることなく竜と戦うという決断であり、若き世代による決意表明だ。

 当の本人にそういった自覚は無いだろうが、マークにはロイが自分たちの手から離れて、今この瞬間に大きな一歩を踏み出したかのように感じたのであった。

 

(だが、同時に危うくもある……)

 

 竜との戦闘を一部の実力者に任せなかったという事は、ある意味適材適所という考えに背く行為でもある。

 人に頼りきりになるのも問題だが、逆に頼らないのも問題なのだ。

 とはいえ、今はロイの意思を尊重したいと決めたマークは、ロイの考えに沿った策を早急に構築していく。

 若人の成長という喜びの影に、ほんのわずかな寂しさを感じながら。

 

 

 

「くそっ、ベルンはいつまで待たせるつもりだ! アレはいつでも出せると言っておったではないか……!」

 

 ロイが決断を下したころ、アルカルドは同盟軍が早急に対応したため思ったよりも戦果が挙げられなかったことに不満を抱きつつ、フレアーが連れてきた『奥の手』の到着を今か今かと待ち続けていた。

 そう、事ここに及んでなお、アルカルドは自分が嵌められたことに気付いていなかったのだ。

 

「アルカルド様、後方に回り込もうとしていたリキア同盟軍が転進し、こちらの包囲にかかっています!」

「一度は退いたレジスタンスどもも、重騎士共の脇から再度侵攻を開始してきました!」

「ええい、わかっておる!」

 

 リキア同盟軍の攻撃は苛烈を極め、最初こそ優勢であった趨勢ももはや一方的な蹂躙となりつつある。

 実はこの時、さすがにこれは一方的過ぎるかとフレアーが手を出そうとしたのだが、レークスハスタを持つファリナを筆頭とした天馬騎士団が立ちふさがり、ろくな援護もできずに撤退させられたのだ。

 

「私は西方三島の総督だぞ!? それを、こんな……!」

「ほう! では、おぬしを討てばよいのだな!」

「なっ!?」

 

 この場所がどういう場所なのかも考えずにわめいていたアルカルドの目と鼻の先で、単純明快な言葉と共に戦斧が轟音を立てて一人の兵士を叩き潰す。

 目の前に迫った死を直視したアルカルドがようやく青ざめるが、それはあまりにも遅すぎた。

 彼の前に現れた死の名はバアトル。

 かつて最強を求めて大陸中を旅した猛者を前にしてしまえば、重厚な鎧すら薄紙のように感じてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「き、貴様、わかっているのか!? 私はエトルリアの貴族であり、貴族殺しは……」

「はっはっはっ! 寝言は寝て言え! どこに貴族がいるというのだ! 貴族というのはエリウッド様のような貴き方を言うのだ! わしは決して賢くは無いが、それぐらいの事は知っておる!」

「なんっ……!」

 

 絶句するアルカルドに対しバアトルは再び戦斧を振るい、その戦斧はアルカルドが必死で掲げた槍ごと、打ち砕いた。

 たった一撃、されどエトルリア軍の指揮を完全に砕くには十分すぎる一撃であり、残った兵士たちは完全に烏合の衆とかすのであった。

 

「うむ、これで一段落……かっ!?」

 

 もはやこの場での戦いが終わるのも時間の問題かと、バアトルが次の戦いのために温存を考え始めたまさにその瞬間、一般兵士が放ったとは思えない鋭い斬撃が迸った。

 

「なにやつっ!」

「ほう、まさか今の一撃を躱すとは……これはババを引いたかもしれんな」

 

 黒いコートを羽織った緋色の髪の男が、先ほど振り下ろした銀の大剣を担ぎ直しながらバアトルと向かい合う。

 

「なんでも西方三島総督の戦死だけじゃあちょっと問題があるんで、その首を取った奴の首をもって言い訳にするんだとさ。恨むんなら……」

「ぬおおおぉぉ……難しい話はどうでもいい! 貴様は何者だと聞いておるのだ!」

「……『黒い牙』のディーノだ」

 

 バアトルのあまりにもな態度に、さすがのディーノも毒気を抜かれた思いになるが、続く言葉は単純明快。

 戦士とはかく在るべきと言っても過言ではないのもであった。

 

「わしはバアトルだ。うむ、ディーノよ! 戦場であいまみえたのなら交わすべきは言葉ではない!!」

「……っは! 確かにその通りだ、バアトルさんよっ!」

 

 ある意味挑発そのものと言っていいその言葉に従い、二人はそれぞれの武器を振り回して火花を散らす。

 だが、ディーノも一般兵をはるかに超える実力者であったが、それでもなお、バアトルには届かない。

 武器の相性もあり、勝負にならないという事は無かったが、それでもバアトルの勝利は揺るがない。

 ……ただし、それは一対一の決闘であったらの話であり、この戦場においてはその限りではなかった。

 

「ぬぅ!?」

「わりいが、オレ達も負けるわけにはいかないんでなぁ!」

「まさか卑怯などとは言わないだろう!?」

 

 一人で敵わぬのなら、二人で戦う。あまりにも当たり前の理屈でもって、戦局は覆る。

 サカの剣士であるソリルの加勢を得たディーノの猛攻は、さしものバアトルとて凌ぎきれるものではなかった。

 しかしここは戦場であり、バアトルにだって味方は居るのだ。

 再び割り込んできた斬撃に、ディーノ達は後退を強いられる。

 

「父上、ご無事ですか!」

「フィ、フィル!?」

 

 思わぬ娘の援護に目を見開くバアトルであったが、すぐにその意識を切り替える。

 自分を助けられるほどに成長した娘の事は誇らしかったが、いま眼前にいる敵と戦うのは、まだフィルには早すぎる。

 そう思い口を開こうとしたバアトルであったが、このわずかな時間に状況は大きく動いていたため、彼の危惧するようなことは起こらずに済んだ。

 

「無事か、バアトル」

「おお、ドルカス! 我が友よ!」

「……っち、引き際か」

 

 敵のさらなる合流に勝ち目が失せたと理解したディーノとソリルは、現れた時と同様にあっという間に消え失せてしまう。

 そしてそれに気づいたバアトルが逃げられたと騒ぐのだが、残念なことにその意見に同意する者は現れなかった。

 




次回、総督府内部にてベルンの『奥の手』との対決。
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