織斑一夏
織斑冬吾と真夏との間に生まれ、千冬を十歳年上の姉に、双子の円夏を妹に持つ、極々普通の少年…いや、今は幼児。
「母さん!カメラは持ったか!?一眼レフは?!」
「大丈夫よ、問題ないわ!いざという時の非常携帯食は!?」
「あぁ!勿論あるとも!」
何やらリビングで織斑夫妻は慌ただしくリュックサックにカメラやら何やらを詰め込んでいる。その表情はまさしく鬼気迫ると言ったもので、幼い一夏と円夏は何事かと怯え、13歳になる千冬は目を細めて呆れていた。
「父さん、母さん。何をそんなに慌ただしくしているんだ…たかが一夏と円夏の」
「たかが…?何を言うんだ千冬!」
まるで叱責するかのように目を見開き、冬吾は千冬に振り返る。その眼球は血走っていた。
そこまで言わしめるからには、余程切羽詰まった事情があるのだろう…。
「念願の一夏と円夏の公園デビューの日なんだぞ!?不備があっては取り返しが付かないんだ!」
「ちなみに千冬は覚えてないでしょうけど、貴女の公園デビューも勿論記録しているわよ?」
ピッとリモコンを押せば、リビングの壁に設置された大画面テレビに、円夏そっくりの幼い千冬が、とてとてと公園を走り回る映像が映し出される。その表情は今では考えられないほどに無邪気な物だ。
「あぁ…いいっ!いいわ!今の千冬も十分だけど、この頃の千冬も最高に可愛いわ!これだけで白飯10合は余裕ね!」
「うむ!わかる!わかるぞ!真夏!これは正に天使という他ない!」
親バカここに極まれり。
当初の目的は何処へやら。
千冬の所謂ホームビデオ。映し出される幼い彼女の一挙一動に感激し、失神しかけ、そして映し出されている本人は羞恥やら何やらで、真っ赤な顔を覆い隠して座り込んでしまった。丁度千冬がはしゃぎすぎて転んで、べそをかいているシーンだ。
「ぱーぱー、まーまー、おそと、いきたいー」
「まどかも…おそとでたいー」
「おっと!俺としたことが!千冬の可憐さのあまり、今日の本懐を忘れるところだったよ!」
幼い二人の訴えは、親バカにとって偉大な物であって、手早くトリップから帰還する。
「じゃあ行くとしよう!一分たりとも無駄に出来ん!この日のために、俺と真夏は有給休暇を取ったんだからな!」
「えぇ!子供達のためなら、勤務なんて糞食らえよ!フ××キン!」
「母さん。2人の前で余り下品な言葉は控えてくれ…覚えられるといけない。」
「うふふ…興奮のあまり、ついね。」
整った顔立ちの母親だけに、そんな言葉が飛び出すのは控えて欲しい。
この親バカ共の抑止力として苦労してきただけに、織斑家の苦労人としての地位を確立してきた千冬は、この歳にして飲み慣れたバ〇〇リンを今日も1錠口に放り込んだ。
「まどか~いくぞ~」
「に、にいさん、やさしく、やさしくだぞ…?」
一夏は自身らの頭ほどの大きさのゴムボールを、両手で放り投げる。五メートルほど離れた円夏に向かって一直線に、ワンバウンドして見事に彼女の胸に納まった。
「すばらしい!あの歳であの距離を僅かワンバウンドで届かせるとは!やはり一夏は運動神経抜群だ!将来オリンピックも夢じゃない!」
「円夏もいいわ!あんな綺麗にキャッチできるなんて…もはや運動の申し子ね!」
鼻息荒く、ビデオカメラと一眼レフを構えて激写する両親を、ベンチに座りながら、やはり呆れた目で見る千冬。よもや自身もああやって撮られていたとは思いもしなかった。
「相変わらず愛されてるねぇ、いっくんもまどちゃんも。」
「気配を消して隣に座るのはやめろ束。」
「お、消えてた?流石束さん。試してみたらちょちょいのちょいだね!」
いつの間にか隣に座っていたのは、千冬の同級生で友人である束。
「思うに、公園デビューって奴かな?」
「あぁ…たかが公園デビューが、ウチでは一大事だ。」
「たかが…?何言ってんのさ!ちーちゃん!」
「は?」
「愛する家族のデビューって、一大事なんだよ!?ちーちゃんの両親のあれくらいが普通だって!束さんだって、かわゆいかわゆい箒ちゃんのデビューには、マイクロドローンを使ってありとあらゆる角度から撮影する気満々なんだから!」
え?
何?
アレが普通なの?
と言うか、落ち着きすぎている私が異常なの?
そんな疑心に囚われた千冬をよそに、弟と妹の公園デビューは華々しく(?)なっていく。
「あっ…!」
円夏の投げ損ねたボールが、コロコロと公園入り口に向かって転がっていく。
「ごめん。にいさん。」
「いいって!とってくればいいんだからさ。」
とてとてとボールを追い掛けていく一夏。そんな姿すらフィルムやSDカードに収めんとシャッターを押しまくり、カメラを回す両親。
「あ…。」
コツンと、丁度公園にやって来た親子…その2人の子供の内、一人の足にぶつかる。
目の前に転がってきたボールを拾い上げ、じっとそれを見詰める。
「ご、ごめんなさい。そのボール、ぼくのなんだ。」
「あ…!」
目の前に現れた一夏に驚いてか、ササッともう一人の子供の影に隠れる。
「ほら、返さなきゃね?…人の物は返さなきゃだめって、ママ言ってるでしょ?」
「う~。」
「ごめんなさいね?この子ちょっと恥ずかしがりやで。…ほら、この男の子が遊べなくなるでしょ?ほら、頑張って。」
「う、うん。」
諭してきた母の促しにボールを取った子が、怖ず怖ずとその子の影から出てきて、これまた怖ず怖ずと一夏にボールを差し出す。
「その…これ…。」
「ありがとな!ぼくはいちか!キミは?」
「ふぇ!?ぼ、ボク?」
「おう!」
「ボクは…ゆうき…。」
「じゃあゆうき!ぼくと…あといもうともいるんだ!だからいっしょにあそぼう!」
「ふぇぇ!?」
突然の誘いに助けを求めるかのように自身の母に目を向ける木綿季と名乗った子。
「いいわよ、行ってらっしゃい。」
「ふぇぇぇっ!?」
「あ、よかったらお姉ちゃんの藍子も混ぜてあげてもいいかしら?木綿季の双子のお姉ちゃんなのよ。」
「よ、よろしくおねがいします…。」
「もちろん!じゃあ、いこうぜ、ゆうき、あいこ!」
「わわっ!ひっぱらないでよー!」
「ご、ごーいん…そんなとのがたも…ポッ。」
「まどかー!」
「にいさん、おそかったじゃないか。…そのふたりは?」
「ゆうきとあいこっていうんだ!ふたりとも、このこはおれのふたごのいもうとの、まどか。」
「よ、よろしく…」
「よろしくおねがいしますね。まどかちゃん。」
「あ、うん。よろしく…。」
やはりというか、木綿季は再び藍子の影に隠れてしまう。だがそんな恥ずかしがり屋など吹き飛ばさんばかりに、一夏はリーダーシップを見せ始める。
「じゃあなにしてあそぶ?やっぱりよにんでボールなげする?」
「わたしは、にいさんにまかせる。」
「わたしもいちかさんにおまかせします。」
「ぼ、ボク、ボールなげ…してみたい…。」
「よし!じゃあさいしょはボールなげだな!」
先ほどは一夏と円夏が五メートルほど離れて投げ合っていたが、次は四人がそれぞれ四角形の頂点となって、ボールを回していくと言う遊び方に変更する。
「じゃあさいしょは…ゆうきー!」
「ひゃい!?」
「いくぞ~!」
「えっ?ボクから!?…ひゃあっ!?」
先ほど円夏に投げたのと変わらない勢いでボールを放り投げる。ゆっくりと思っていた木綿季は、思わず身を屈めてそれを回避すると、ボールは後方に転々と転がっていった。
「だいじょうぶだって~あたってもいたくないんだからさ~。」
「で、でも~…。」
「じゃあゆうき、ぼくにおもいっきりなげてみたらいいよ。ぜんぜんいたくなんかないんだからな。」
「い、いいの?」
「おう!おとこにこうたいのにもじはねぇ!」
「よ、よぉし…!」
木綿季は力を込める。
本気で来いと、一夏は言うんだ。
それに応えないと…駄目だ。
「い、いくぞ~!」
ごうっ!
風を切るような音がした。
「へ?」
悠長に構えていた一夏の視界一杯に、ゴムボールと同じ色が広がった次の瞬間。
「ひでぶっ!?」
一夏は昼間なのに星を見た。
次の瞬間には泥を見た。
額のヒンヤリとした感覚に、一夏はゆっくりと目を覚ます。
ぼんやりと焦点を合わせれば、大きな木陰に居るのがうっすらと理解できる。
「おぉ!気が付いたか一夏!」
覗き込むのは冬吾だ。ついで真夏もその顔を覗かせる。
「大丈夫?一夏。何処か痛むところ無い?」
「ううん、ぜんぜん。…でもどうしてぼく、ねてたの?」
「ご、ごめんなさいいちか…。」
震える声で謝るのは木綿季だ。
服の裾を掴んで、これから受ける叱責を待ち受けるかのように俯いているその目には涙を溜め、申し訳なさそうにしている。
「ボクがなげたボールが、いちかのかおにあたっちゃったの…。それで…。ごめ……なさ……」
ひっく、ひっく、としゃくりながら、必死に謝る木綿季。そんなに謝られて、一夏は許せないほど器量の狭い日本男児ではなかった。
「じゃあゆうき、かわりにぼくのいうこときいてくれたら、ぼくはゆうきをゆるしたげるよ。」
「いうこと…?きく!きくから…!」
「じゃあ、ぼくとともだちになって、またいっしょにあそぶこと。これでゆるしたげる!」
ポカンと…その場にいた子供達は呆け、大人達は一夏の条件に苦笑している。
「え、えと……ともだちって…なに?」
「え?ゆうき、ともだちしらないのか?」
「う、うん…。はじめて…きいた。」
どうやら彼女も公園デビューどころか、外出すら稀なようで、いまだ友達が居ないようだ。
「ともだちっていうのは…いっぱいいっしょにあそぶやつのことをいうんだ!だからぼくとゆうきはともだちになって、いっぱいいっぱいあそぼう!な!」
「う、うん…!ボク、いちかとともだちになる!その…ボクでいいなら…」
「じゃあきまりだ!これからもよろしくな!ゆうき!」
「うん!」
「「エッヘン!」」
いいシーンになったタイミングで、わざとらしい咳払いをする2人がいた。
「にいさん、わたしもゆうきとともだちになりたいぞ。」
「わたしも、いちかさんとおともだちからはじめたいです。」
「も、もちろん!あいこもともだちだぞ!」
「う、うん、まどかも、よろしく、ね?」
約一名マセた言い分があるようだが、それでも何とか一夏の公園デビューは、名誉の負傷と共に2人の友達を作るという、大金星を上げることで幕を閉じた。
「すいません、織斑さん。うちの子が…。」
「いえいえ、子供というのはああやって仲良くなって、強くなっていくものだとおもいますよ。」
「そう言っていただけると恐縮です。宜しければ、電話番号の交換でもしませんか?」
「ああ^〜、いいっすねぇ^〜。2人とも、うちの子達と同い年みたいですし、一緒にお出掛けしたりも良いのでは?」
「是非是非!では番号の方は…」
どうやらママ友パパ友も出来たらしく、これから家族ぐるみの付き合いとなりそうな織斑家と紺野家だった。