その日から、一夏はワクワクが止まなかった。
初めて友達が出来た。
その事実が、一夏の中ではとても斬新で、そして興奮させるには十分な物だった。
「ぱぱー、つぎはゆうきとあいこと、いつあえるの?」
「ん~、そうだな。次の日曜日かな。…というか、昨日出会ったばかりだろ?もう遊びたいのか?」
「うん!」
2人と出会った翌日の夜。
晩酌する両親に一夏は目を輝かせて声を弾ませながら尋ねた。
一夏にしてみれば、今までの遊び相手は、双子の妹の円夏が主で、次いで千冬、そして両親だ。なので、新しい遊び相手が出来たことで、一夏のワクワクメーターは既に振り切っていたりする。
「へぇ…、新しい友達が出来たのがよっぽどうれしいのね。」
「そうだな。一夏、これから沢山友達が増えるだろうが、遊ぶだけが友達じゃない。これは覚えておきなさい。」
「え?ともだちって、あそぶこのことじゃないの?」
「あぁ。一夏にはまだ少し難しいかもしれないな。今はただ…友達を大切にしていたら、自ずとそれが解るだろう。」
「???」
幼い一夏には、冬吾の言わんとしていることがイマイチ理解し切れていなかった。
今は、木綿季達と遊ぶこと。
それで頭がいっぱいなのだから。
「よし!じゃあ次の日曜日まで我慢しろ一夏。紺野さんとこと一緒に皆でお出掛けしよう!」
「おでかけ!?」
お出掛けと言う言葉は、この年齢の子供にとって魔法の言葉。紺野さんとこ…つまり木綿季や藍子と一緒に遊びに行ける!
「わたしも、いっていいのか?」
「勿論だとも!千冬も一緒に、皆で出掛けるぞぅ!」
「いやっふー。」
棒読みの円夏だが、両手を挙げていると言うことは喜んでいると言うことだろう。
「ちょっと…貴方、何処に行くつもりなの?」
「大丈夫だ、問題ない。一番いい出掛け先をチョイスしておくよ。真夏はフィルム調達や予備のSDカードを仕入れといてくれ。」
「それは問題ないけど…。」
「よし!日曜日だ!皆楽しみにしておけ!」
「「おー!!」」
そうと決まれば…!
早速電話帳に登録された紺野家の電話番号を発信し、日曜日の予定を練る冬吾だった。
「やって来たぞ!デスティニーランド!」
「「「わー!!!」」」
やって来たのは関東某所にある運命の王国。
彼の偉大なアニメーターであるギルバート・デュランダルが手掛けたキャラクターが住まうという国。
その証拠に、そこらかしこにそのキャラクターであるシンやルナ、レイが歩き回り、来園者達に触れあっている。
「ほんもののシンだ!」
「ルナだ…しましま…。」
織斑の双子は目を輝かせ、初めて訪れるこのアミューズメントパークに、まるで上京者のように浮わついかている。
「…ミリーはどこに居るんだ…!?」
ちなみに千冬は、ミリアリア…通称ミリーがお気に入りらしく、血眼になってミリーを探し求めている。
「すいません織斑さん、私達までお誘い頂いて…。」
「いえ、子供達の為です。これくらいならお安い御用ですよ。…それよりも、藍子ちゃん、木綿季ちゃん、どうかな?初めてのデスティニーランドは。」
「とってもうれしいです。ありがとうございますおじさん。」
「あ、ありがとう…ございます。」
「今日は一夏達といっぱい楽しんでくれよ!」
一夏達と友達になったとは言え、まだ緊張しているのか、姉の藍子の服をきゅっとつまんで離れない。こればかりは時間が解決してくれると信じるしかないか。
「よし!じゃあ出発するか!」
『おぉー!!』
こうして…3歳児達の初めてのデスティニーランドの冒険が幕を開けた…。
デスティニーランドの広さは、ギルバート・デュランダル曰くプラント級らしく、その単位の意味はわからないが、兎に角広かった。
隠者の城。
ミリーの家。
オカラの家。
スペース・デブリベルト・マウンテン。
ユニウスセブン。
途中、バルトフェルドとカガリのケバブ屋で昼食をとるが、そこで一夏と木綿季がチリソースにするかヨーグルトソースにするかで喧嘩になりかけたと追記しておく。
ガンマ船ジェネシス号とネオジェネシス号。
サイクロプス・ストリート。
自由と正義と運命のベンチ。
言うには多すぎるほどのスポットを、
全力で、
全身で楽しむ。
織斑家も紺野家も、家族皆が。
とても一週間前に出会ったばかり等と思えないほどに。
しかし、
油断大敵
浮き足立ってはしゃいでいては、足下をすくわれるわけで…
「あれ?いちか…みんなは?」
「え?……いない。」
日が傾き始めた頃
気付けば一夏は木綿季と2人だけ。
周囲を見渡してみても、
冬吾も、
真夏も、
千冬も、
藍子も、
木綿季の両親も居ない。
あぁ、そうか。
ここで一夏は一つの結論に至る。
「みんな、まいごになったんだな…。しかたないなぁ。」
「いちか、それぎゃく…ボクたちがまいごなんだとおもう…。」
「そんなわけないよ。パパもママも、きっとまいごになったんだ!ぼくたちがまいごになるわけないよ。」
その根拠の無い自信はどこから来るのか…。
だが、若干3歳児にとって、一夏のその自信は頼もしく思えるわけで、不安に駆られていた木綿季の心は少し落ち着きを見せ始めた。
「しかたないから、みんなをさがしにいこう!もうくらくなってきてるんだしさ。」
「うん、そうだね。」
流石に木綿季とまではぐれるわけにはいかない。一夏は木綿季の手をしっかり握る。
「へ?」
「はなれるなよゆうき、いっしょにさがすぞ?」
「う、うん…!」
ギュッと、木綿季も一夏の手を握り返す。
全く、手間の掛かる家族だ。
夕日の差し込む広大なデスティニーランドを、2人は駆けた。
回ったアトラクションを見て回り、しかし皆はいない。
次のアトラクションを探すも、やはり居ない。
迷子センターやインフォメーションセンターを探すという手もあったが、さすがに3歳児達にはまだ読めず、案内地図もろくろく役に立っていなかった。
時間が経つにつれ、園内が暗くなるにつれ、木綿季もさることながら、一夏の中にも焦燥感や不安が募り始める。
最初の強気な態度は何処へやら。
木綿季と話す口数も殆ど無くなってきていた。
「うぇぇ…パパ…ママぁ……ねえちゃん…!」
先に限界を迎えたのは木綿季だった。
その場にへたり込んでしまい、べそをかき始める。
こうなるのは当然だった。
この歳はまだまだ甘えたい盛りで、父母から離れるというのは余り経験が無い。それだけに、募る不安も比例して大きな物になる。
「な、なくなよゆうき。だいじょうぶ、だいじょうぶだから!」
「うぇぇぇん!!」
一夏は必死に慰めようとするが、木綿季は一向に泣き止みそうにない。寧ろ、余計に泣かせてしまったように思う。
泣きたいのは自分も同じだ。
だけど、自分まで泣いてしまっては、余計に木綿季を不安にさせてしまう。
「ふぇぇぇっ!ボク…ボク…ひとりはやだよぉぉぉぉ!!」
木綿季は恥ずかしがり屋だと、母親は言っていた。
それだけに家族以外との親交はなく、他人と二人きりという状況すら初めてなのだろう。友達とはいえ、今日2回目の出会い。そこまで親しいものでもない。
一夏も、家族以外と二人きりなど不安でしかない。
だが、だからこそ、自分がしっかりしなければならない。
一夏は泣かなかった。
木綿季を守ってやれるのは、今は自分だけなのだから。
「だいじょうぶだ!ゆうき!ぼくが…おれがまもってやる!」
「ひっく…まも…る…?」
「あぁ!おれはゆうきがなかないように、まもってやる。だから、いっしょにいこう!みんなを、いっしょにがんばってさがすんだ!」
「…う、うん…ボク…もうすこし……がんばる…。」
木綿季の手を引いて立ち上がらせる。
不安にならないよう、より一層力を込めて手を握る。
それによって多少不安が拭えたのか、木綿季のべそは治まっていた。
「よし、いこうゆうき!」
そう駆け出そうとしたとき。
遥か上空で、煌びやかな光と共に、胸に響く爆発音が周囲を支配した。
その大きな音と眩しさに2人は驚きながらも、その元凶を確かめるために遥か空を仰ぐ。
「「わぁぁぁ…!」」
輝かせた目に映るのは、空に咲く大輪の華。
青や赤、緑など、鮮やかな火の色で咲かせた大きな菊の花。
迫り来るような大迫力の花火。
涙に濡れた木綿季の頬を、その数多の火花が照らし出し、その目は花火に釘付けになっていた。
火花一つ一つがしぼんだように落ちる中、間髪入れずに次の花火が笛の音色のような音を発しながら打ち上げられ、再び夜空を火の花が明るく染め上げる。
「きれい…だね…。」
「そうだな…きれいだ…すごく…。」
自分達が迷子。
そんなことを忘れさせてしまうほどにこのイベントの花火…通称『青き清浄なる世界の光』は壮観だった。
大小様々にその煌びやかな花火は、2人だけではなく、それを見る者全てを魅了し、時が経つのを忘れてしまうほどに壮麗だった。
「ボク…こんなきれいなはなび、はじめてみた。」
「おれもだ。…なんか、かぞくでみるのと、ふたりでみるのと、ぜんぜんちがうな。…とくべつなかんじがする。」
「うん。ボクもそうおもうな。」
突如、握られていた手に力が込められる。
痛くはないが、何だろうと一夏は木綿季の顔を見遣る。
「なんか…はなびみてたら、ちからはいっちゃって…ごめんね、いたくない?」
「だいじょうぶ…いたくないよ。」
何となく…一夏もギュッと握り返す。
吸い込まれそうな花火に連れて行かれないように。
隣に居る大切な友達と離れないように。
2人はジッと、空に打ち上げられる花火に目を奪われていた。
2人を両親達が発見したのは、花火が終わって間もなくのことだった。
親達は泣いて喜ぶやら、軽く叱責するやらでてんやわんやだった。
だが総じて一番大きかったのは安堵であったに違いない。
帰りの車の中で、2人は最後部座席のチャイルドシートを並べて座り、駆け回った疲れからか夢の国へと旅立っていた。
「…なんか、ずっと手を繋いだまんまだな、2人とも。」
「いつの間にか仲良くなってたんだな。…迷子は予想外だったが、2人が仲良くなれたのは怪我の巧妙かもしれないな。」
そんな2人を千冬は苦笑し、冬吾はビデオカメラを回す。疲れたのは皆同じで、現に藍子も千冬の隣でウトウトしている。
「色々疲れたけど…一夏が何だか少し逞しくなった気がするわ。」
「そうですね。何となくですけど…今回の迷子が、一夏君を強くしたんじゃないでしょうか?」
「男子三日合わざれば刮目してみよ…とはいいますが…まさか数時間で見違えるとはね。」
こんな迷子のドタバタ旅行も、将来には笑って済ませられる思い出になるだろう。
そんな話の種になるように、一夏と木綿季の寝顔は、SDカードに記録されていくのだった。
そして知らず知らずの内に、一夏は冬吾の言葉を理解できていた。
遊ぶだけじゃない、守ってあげるのも友達ということに。