「パパ!ママ!」
遊園地に行った翌日、仕事に行こうとする両親を一夏は大声で呼び止めた。
「どうかしたの?一夏?」
真夏が身体を屈めて、一夏に優しく問いかける。見詰める息子の目は力強く、幼いながらも大きくも強い意志を秘めているのが見て取れる。
「おれ、つよくなりたい!」
「…強く?これまたいきなりどうして?」
「おれ、ともだちをまもれるようになりたい!そのためにつよくなりたい!」
あぁ、なるほど。
昨日の遊園地での一件が大きいようだ。
聞いたところによれば、迷子になって、一夏は木綿季を不安にさせまいと気丈に振る舞ったようだ。結局、家族と再会して大泣きしたのだが、それまで涙を見せなかったらしい。緊張の糸が切れたからだろうが、それでも強がっていたに違いない。
だからこそ、強がりではなく、強くありたい、強くなりたいという考えに至ったのだろう。
「強くなりたい、か。男としてその考えに至るのは、遅かれ早かれ当然だろうな。」
冬吾も若かりし頃、意味は違えど強くなりたいと思うことは多々あった。
それだけに、愛する息子の切なる想いを汲みたいという気持ちは大きかった。
しかし、
「だが、一夏。お前に強くなるための練習や訓練はまだ早い。」
「え!?なんでだよパパ!」
「お前はまだ3つだ。難しいかも知れないけど、まだ身体がちゃんと大きくなってないし、千冬のように成長して丈夫にもなっていない。ヘタをすれば怪我するぞ。」
今からまだまだ丈夫に成長する身体。それに武術の大きな負荷を掛けてしまっては、ちゃんとした身体への成長の妨げや、怪我の原因になりかねない。
だがそれに納得がいかないのか、一夏は俯き、唇を噛み締める。
「だから一夏。本当に強くなりたいのなら、今は我慢だ。頑張って耐えたら、お前が小学生になるときに、俺のツテで武術を教えてくれる人に頼んでやる。」
「ほんとう!?」
打って変わって、目を輝かせる一夏に、冬吾と真夏は内心現金な奴だと苦笑する。
「だがらね。今は沢山遊んで、沢山食べて、沢山寝て、しっかりとした身体を作るの。好き嫌いもしないでね?人参とピーマンを食べれなきゃ、強い身体にならないわよ?」
「う……が、がんばる…!」
「じゃあ今日の晩ご飯は、ピーマンと人参の炒め物ね。いっぱい食べなきゃダメよ?」
「うぇ…が…がんば…る…ぅ…!」
「母さん、一夏をからかうのはその辺にしときなさい。」
「そうね。でも美味しいご飯を用意するから、今日もしっかり遊んで、お腹ペコペコにしていなさい?たくさん食べれるようにね?」
「うん!」
「おっと!話し込んでたらだいぶ時間を食ったな。じゃあ行ってくるよ一夏。」
「お留守番と円夏の面倒お願いね。もう少ししたら家政婦さんが来るから。」
「うん!おしごと、がんばってね!」
大きく手を振って勤めに出る両親を見送る一夏の中に、大きな炎がギラギラと滾ってきていた。
「じゃあ私もそろそろ学校に行ってくる。」
紺のセーラー服に身を包んだ千冬も、その背に大きなバッグと、愛用の竹刀を背負って靴に足を通す。
「ねえさん、きをつけてね。」
「あぁ、円夏、一夏も、いい子で留守番してるんだぞ。」
「「はーい!」」
「良い返事だ。」
愛する弟と妹の頭を一撫でして微笑むと、父母を追うように自宅を後にする。
その後ろ姿を見送った幼い二人。
とりあえず遊びに行くのは禁止されていない。原則として、家政婦さんが来るまでは外に出ずに家の中に居ることが約束だ。
「…なにする?にいさん。」
「…とりあえず、でぃーぶいでぃーでもみてようか。」
撮り溜めした1枚のDVDをプレイヤーに挿入し、家政婦が来るまで暇を潰すことにした。
その日から一夏は、
よく食べ、
よく遊び、
よく寝る、
まさに元気な子供のお手本とも言うべき程に、今までよりも更に活発に日々を過ごすようになった。
円夏はもちろん、木綿季や藍子と遊ぶ日も彼女等を巻き込み、日々くたくたになるまで遊び通した。泥だらけになるのは日常茶飯事。真夏に窘められるのも慣れに慣れ、やんちゃ坊主の名を欲しいがままにしていたのは言うまでも無い。
そして
それから数か月。
織斑家の双子は無事に保育園へと入園した。
「そこでケンジャキが言いました。『ダディアナサン!ナズェミテルンディス!?オンドゥルルラギッタンディスカー!?』」
2人が他の園児達と見ているのは、先生が読み上げる紙芝居カメンライラーブレイロの冒頭。
入園から一ヶ月
ポツポツと慣れ始めた集団生活は一夏にとっては新鮮で、木綿季達と友達になったときとは別の意味で魅力的だった。
友人も少しずつ増え、保育園に通うのが楽しみになっている。
妹の円夏は人見知りと、密かにお兄ちゃん子を発症し、何をするにも一夏の後を追い掛けていたりするが、保育園の生活自体はそれなりに楽しんでいるようだ。
そしてそんな2人にとって、最も保育園に行く理由として大きいのが…
「でね…そのときにねえちゃんがうえんでいんぐどれす…っていうおっきなふくをじっとみててね…。いつかこれをきて、あのひとのとなりをって…」
「ゆうきってば…いちかさんのまえでそんな…はずかしいです…ポッ!」
「…?なんであいこはあかくなってるんだ?」
「しらんがな。」
今まで両親の都合のあう日しか遊べなかった木綿季と藍子。彼女等と保育園で毎日のように会えるようになったからだ。
クラスは違えど、4人は自由時間になれば毎回のように集まり、こうやって他愛のない話で盛り上がり、毎日を過ごしている。
「うえんでいんぐどれすって、けっこんのときにきるふくなんだろう?…わたしもきるのか?…ぜんぜんそうぞうつかないぞ?」
この御年代、将来の夢=お嫁さん、若しくはケーキ屋さんといった、女の子らしい夢を持ちやすいはずが、円夏はそう言ったことに疎かった。
「え~?まどかならにあいそうだけどなぁ…。」
「そうだよ(便乗)まどかはママやちふゆねえみたいに、べっぴんさんになるんだから、ぜったいにあうって!」
「べ、べっぴんさんて…いちかってば、なんかじじくさいよ…?」
「え?そうかな?このまえ、しょうがつにじいちゃんとこにいったら、じいちゃんがちふゆねえをべっぴんさんっていってたぞ?」
「やっぱりじじくさい…。」
言語一つでかなりディスられる一夏は首を傾げるばかりだが、それはそれとして、結婚という言葉に一夏は少し興味を持っていた。
「でもけっこんかぁ…おれもしょうらい、けっこんできるのかなぁ…。」
「いちかさんなら、きっとできますよ。なんならわたしがおよめさんこうほに…」
「だ、だめだよねえちゃん。ボクたち、まだよんさいだよ?けっこんはオトナにならなきゃできないんだよ?」
「あら、そんなへっぴりごしじゃダメよゆうき、こんやくしておく。というのも、ヒロインとしてのフラグなんだから。」
「ひ、ヒロイン?フラグ?」
「ふむ、あいこのいうこともいちりあるな。むしろ、ふくすうのじょせいとこんやくして、ハーレムをきずくのも、ひとつのルートか。」
「ハーレム?ルート?」
藍子と円夏が発する4歳児らしからぬ言語の数々に、一夏と木綿季は揃って首を傾げる。
「ですので、いちかさん。わたしたちがせいちょうしたあかつきには…」
藍子がそこまで口にしたとき、先生が部屋に入るように大声で促すのが聞こえた。
丁度いいタイミングであったために、一夏の近くで舌打ちが聞こえたような気がしたが、気がしただけだろう。
「では、いちかさん。まどかさん。またあとで。」
「ま、またね、ふたりとも。」
とてとてと連れ立って自分達の部屋に戻る紺野姉妹を見送りながら、自身達も自室へと歩き始める。
「なぁまどか。さっきあいこもいってた、ヒロインとかフラグとか…それってなんなんだ?」
「にいさんにはまだはやい、まだな。」
「なんだよそれ。」
織斑円夏
藍子と並び、早くもオタク化し始めていた。
そして、次の休み時間。一夏は早速木綿季達の下へ向かおうとした矢先、隣のクラスでそれを見つけてしまった。
駆け出そうとした一夏がその足を止め、とある方向をじっと見ていた。
「どうかしたのか?にいさん。」
兄のその行動が疑問に思ったのか、円夏も足を止めて彼の見る先に視線を向ける。
「やーい!モップ!モップ!」
「ともだちのちりとりはどこだよ~?」
複数の男子が、1人の少女を囲んで冷やかしていた。
彼女のその目には涙が浮かんでおり、その光景を見ても誰も助けたり、止めようとしない。寧ろ、それを楽しんでいるようにも見える。
「へんななまえだよね。」
「ほんとにね!」
一夏はギュッと拳を握り込む。
爪が食い込んで、普段なら痛いものが、全くそれが感じない。
ただ、怒っていた。
「こらぁ!」
クラス中を揺るがすような大声で、一夏は怒鳴った。
からかっていた男子も、それを楽しんでいた周囲は元より、渦中の人物たる少女もその目を丸くしていた。
「ひとのなまえで…わるぐちをいうなぁ!!」
織斑一夏
生まれて初めて、リアルな大乱闘!スマッシュなんちゃらを引き起こした。
普段から遊び回って鍛えられたその肉体(大袈裟)をフルに使い、大立ち回りを演じる。
そして後に彼はこう呼ばれる。
絶拳の一夏と。
モップ…いったい何ノ乃なんだ…?
早くも一夏に二つ名が…?