あの喧嘩の翌日から、一夏、円夏、木綿季、藍子の輪の中に、箒という新しい顔が加わり、一夏はその活発ぶりに拍車が掛かっていた。
その恩恵か何かは分からないが、普段駆け回っている足の速さは園児の中でも抜きん出ており、運動会ではダントツの速さを誇っていた。ちなみに次いで円夏、木綿季、藍子が並び、その次に箒と言った具合の運動神経だ。
因みに箒の喧嘩による一件で、一時期は腫れ物を触るかのように避けられていた一夏だったが、その人当たりや性格が、その隔たりを取り払うには余り時間を要しなかった。
そして…5人はその親睦を深める中で、時は経ち、幼稚園へと入り、年が明ける…。
「「「「あけましておめでとう!!」」」」
三箇日で親戚との挨拶を済ませ、織斑家に集まったちびっ子は、ジュースの入ったグラスをカチンとぶつけ合う。
織斑家のリビングで集まるのは、織斑一家と紺野一家た。
篠ノ乃一家が居ないのは、家が神社なので多忙を極めるとのことらしい。
「ほうきがこれないのはざんねんだね。」
「そうだな。まぁ…家が家だけに仕方ないだろう。新年の挨拶はまた今度にすれば良い。」
千冬としても、束をぞんざいに扱いながらも、根は大切に思う親友なので、今の彼女の表情は少し寂しげだ。
しかし、束はと言えば、
『家の手伝いでちーちゃんと会えないのは残念だけど、今年は箒ちゃんの巫女デビュー!こりゃ束さんとしては網膜に焼き付ける以外無いっしょ!!』
と、相変わらずの妹煩悩を暴走させており、篠ノ乃両親も神社のあっちやこっちやに監視カメラを設置している。
その目的は防犯対策…は二の次で、箒の巫女衣装を撮るためが本懐である。
一家揃って箒バカであった。
「はい、いちかさん、だてまきはいかがですか?」
「お、ありがとうあいこ。」
「あ~ん。」
「へ?」
「あ~ん。」
一夏の隣に座る藍子は、おせちの取り皿によそわれた伊達巻きを、箸で一口大にすると、そのまま一夏の口許へと運ぶ。
「あの、あいこ…おれ、じぶんでたべれるぞ?だから…」
「えんりょはむようですよ?ほら、おちないうちに…ね?」
ずいっと圧してくる藍子に、一夏はタジタジだ。
彼が助けを求めて視線を向けた両親と言えば、織斑両親と紺野母は微笑ましく見つめ、紺野父はと言えばどこか悔しげにそれをみている。
これはいろんな意味で助けてくれそうに無いようだ。
円夏よ、なぜ目を輝かせてみているのかは敢えて聞かないでおこう。
「あ…あ~…」
意を決し、口を開けた一夏。
その腔内に伊達巻きがゆっくりと…
「あむっ!」
運ばれることはなかった。
「ありがと、ねえちゃん、ボク、ちょうどだてまきがたべたかったんだよ。」
藍子と反対隣に座る木綿季が身を乗り出して、彼女の差し出す伊達巻きをパクリと食べたのだ。
「あら、そうだったの?ふふふ…」
目が笑ってない笑みを浮かべる藍子。
それを知ってか知らずか、今度は木綿季が反撃に出る。
「ほ、ほらいちか!くりきんとんたべなよ。あまくておいしいよ!」
「え?あ、お、おう。」
木綿季が差し出すのは、しっとりと甘口の栗きんとん。それが一夏の口に差し出されるが、しかしそれは藍子が横からパクリ。
「ふふふ…わたしもちょうど、くりきんとんがたべたかったのよ。」
「そ、そうなんだ…あは…あははは…。」
「ふふ…うふふふふ…。」
互いに視線でバチバチと火花を散らしながら黒い笑みを浮かべる紺野姉妹に挟まれた一夏は顔を青くしており、その重圧はどれほどのものかは想像に難くない。
「な、なぁまどか。なんでふたりは…なかわるいんだ?けんかでもしたのか?」
「しらん、わたしのかんかつがいだ。」
妹に助けを求めども冷ややかにあしらわれる始末。
俺、何かしたか?
疑問符しか浮かばない一夏に対し、円夏は兄の鈍さに呆れるばかり。
まぁ幼稚園児に恋愛沙汰を察しろというのもおかしな話ではあるが。
「もう2年近くの付き合いになりますか。」
「そうですね、あの子達が3つの時ですからね。早いものだ。」
互いに酌をしながらビールを煽るように吞むのは、両家の父親だ。その顔はほのかに赤みが差しており、開けた瓶も2、3本と増えてきている。
「いや、もしあの日に織斑さんと出会わなければ、あの子達はあそこまで笑えていなかったと思います。保育園でも、幼稚園でも…なので改めてお礼を言わせて頂きたい。ありがとうございます。」
深く礼をする紺野父に対し、冬吾は慌てて頭を上げるよう促す。
「そんな…礼なんて不要ですよ。俺達も2人と出会わなかったら、これ程まで楽しい日々を過ごすことは出来なかった。お互い様です。」
「そう言っていただけると…。」
「今日は吞みましょう。折角の正月だ。新しいパンツを履いた正月元旦の朝のように、爽やかな一日にしましょう!」
「えぇ、そう、ですね。」
だがどこか歯切れの悪い紺野父。
「…どうか、したんですか?」
「い、いえ…、なんでも…。」
「…アナタ、遅かれ早かれ…言わなきゃならないわ。」
「…そうだな。」
言わなきゃならず、そして腹をくくらねばならないこと。
それにどこか嫌な予感を拭えない冬吾と真夏。
「実は…」
紺野父が口にした言葉は、織斑夫婦にとって、寝耳に水だった。
「…そうですか。其方のご都合だ。仕方ないと言えば仕方ないが…残念ですね。」
「えぇ、こちらもです。折角仲良くなれたというのに…。」
「この件…お子さん達には?」
「いえ、まだ…。折角仲良くしているのに、水を差すのは…。」
「でも、その時までにはしっかり伝えるつもりです。仲良くしてても、幼くても、事実だけは受け入れて貰わないと。」
「…そうですね。」
何処か暗い空気となり始めた大人の席に、ちびっ子達はワラワラと群がってくる。
「パパ、ママ。どうしたの?なんだかつらそう…。」
「ん?いや。なんでもないよ。」
「でも…なんだかなきそうだよ?」
「大丈夫、ほら、一夏君達と遊んでなさい。」
「…はぁい。」
「………。」
納得しきれない木綿季と、何も言わずに両親を見ながら子供達の輪に戻る藍子。
「…藍子は、察しているのかも知れないね。」
「そうね、妙に勘が良い子だもの。」
「…紺野さん。今は吞みましょう。」
「え?」
「私達も辛い。でも、それを顔に出してはダメなんだ。だから…吞んで、気分を変えなければ。ね?」
「…そうですね。頂きます。」
父親達の呑み会は…何処かほろ苦いものだった。
そして…時は流れ春。
春は、新たな出会いもあれば、別れもある季節。
それは誰に限らず平等に訪れるものだった。