一夏と円夏、箒が小学生になり4年…
3人はその身体を大きく成長させ、心も大人へ大きく近付いた。
一夏の強くなると言う思い。それによる約束、武術の師範を紹介を、小学生になった翌日に冬吾は叶えた。
篠ノ乃流剣術道場。
その名の通り、箒の実家だった。
篠ノ乃流と共に剣道を学び始めた一夏は、千冬とまでは行かないが、それでもみるみるうちにその頭角を現し今…。
一夏はジュニア剣道の関東大会、その決勝戦に挑もうとしていた。
「…ふぅ~…。」
大きく、大きく息を吐き出す。
この一戦を勝ち抜けば、次は全国大会。
相手は1つ年上の埼玉県代表。
遠目に偵察したが、圧倒的な実力で勝ち進んできていた。
何よりも目を引くのは、その構え。
『二刀流』だ。
通常の竹刀と共に、短い竹刀を合わせて使う、余り見ないものだ。
「大丈夫だ。」
自身のセコンドのように傍らに居るのは千冬。
大学で剣を振るう彼女は、世界大会で優勝した経歴を持つ、世界最強の姉だ。
「二刀流という手数こそ厄介だ。…しかし振りは…お前の方が速い。そこがお前の長所であり…勝機。」
「あぁ。わかってる。」
目を閉じ、再び深呼吸。
肺一杯に息を吸い込み、
そして肺が空になるかと思うほどに大きく吐き出す。
過度の緊張という強すぎる刺激を、今までこれによって適度に調節してきた。
言わば試合前のルーティーン。
面の格子の向こうに、竹刀以外の全てが真っ黒に染まった相手に集中する。
「…俺なら、やれると信じる。」
箒も勝ち進んでいるのだ。
同じ門下生として、こちらが破れるわけには行かない。
「行って来るよ。千冬姉。」
目の前の相手に勝って、証を立てる。
幼き日に、今は会えない大切な友人に誓った強さの証を。
ゆっくりと二歩進み、礼。
剣道のみならず、こう言ったスポーツは礼に始まり礼に終わるのが基本だ。
更に三歩進んで蹲踞。
近付いたことにより、より一層感じる対戦相手の圧に、ゴクリとツバを飲み込む。
じんわりと、竹刀を持つ手。それに装着する小手に汗が滲む。
桐ヶ谷和人
対戦相手の名を脳内で再び再生する。
何故だろう。
彼とは闘うのが必然のように感じた。
「始め!!!」
審判の声により立ち上がり、互いの手に持つ竹刀(もっとも、和人の方は長い方の竹刀だが)を打ち合わせた。
「おぉぉぉぉぉ!!!!」
「しぇぁぁぁぁ!!!!」
会場を揺るがさんばかりの雄叫び。
相手を威嚇する。
それもあるが、尤もたる目的は自身への鼓舞。
相手に吞まれぬよう、自身を奮い立たせる。
刹那
互いに踏み込んだ間合いで思いっきり竹刀をぶつけ合う。
小学生とは思えぬ激戦が、ここに幕を開けた。
「…残念だったな、兄さん。」
「………。」
頭に巻いていた手拭いを頭に被せて垂らして、一夏は会場の隅で項垂れていた。
2分とは思えぬ濃厚な試合。
それを制したのは、相手の桐ヶ谷和人だった。
一夏は確かに強い。
それこそ、同年齢では全国区に行っても問題ないくらいに。
しかしこの年代では、たった1年という年齢差が大きく開いていた。
基礎身体能力や基礎体力。
経験差による優位性。
そして、二刀流という類い希な型に対する圧倒的な経験不足。
それでも一夏は食らいついた。
数多の手数を繰り出す二刀流。
有効を取られると感じたものを捌き、それ以外は無視する。
極限の集中を以てして、試合時間ギリギリまで1本を取らせなかった。
「桐ヶ谷和人…か。」
ボソリと、自身を負かした少年の名を呟いた。
面越しにも感じたあの身の毛もよだつような威圧感。
とても1つ年上とは思えないほどの。
お前のような小学生がいるか、と。
「随分な言い草だな。」
聞き慣れない少年の声。
見上げれば、短い黒髪の少年が、面を脇に抱えてこちらを見下ろしていた。
「…なんだ、お前は。」
円夏が噛み付くが、その少年はどこ吹く風。
「人のこと、お前のような小学生がいるかって。俺はれっきとした小学生だぞ。失礼な。」
「声に出てたのか。…てことは…お前が桐ヶ谷和人か。」
「…一応、俺の方が年上なんだけどな。…まぁ良いか。織斑一夏、で良いか?」
「おう。…で?何しに来たんだよ?…敗者に勝者が話し掛けるのはタブーだろ?」
一夏自身、我ながら随分ドライな対応だと思った。
思った以上に負けたことが堪えたらしい。
目の前の少年は、嘲るために来たわけでは無いことはわかっているのに。
「いや…正直、ここまでお前ほど苦戦させられなかったからさ。ぶっちゃけるとあの試合はヒヤヒヤものだった。」
「そうかよ。」
「でもそれ以上に楽しかった。…良ければ、また手合わせしてくれないか?」
「…俺なんかより、全国区の奴のほうが良いんじゃないのか?」
「いや、お前だから良いんだよ。ダメか?」
正直、目の前の少年がわからなかった。
どうしてそうまでして自身が負かした相手に関わろうとするのか。
「いや、無理にとは…」
「おにぃちゃぁぁぁん!!!」
「うぉっ!?」
そんな和人を、一人の少女が横から飛び付いた。
黒く、綺麗に切りそろえられた前髪のショートカット。そんな少女が泣きながら彼に抱き着いていたのだ。
「負けちゃったよぉぉぉぉ!!相手の人、怖かったよぉぉう!!」
「お~、そ、そうか…。ん?強かったじゃなくて?」
「すっごい威圧感と声で!もう私、怖くて怖くて…あんなの同い年じゃないよ!!」
「し、失礼なことを言うな!!」
そんな少女の後ろからやって来たのは箒だった。
その声に、ひっ!と悲鳴をあげて、和人に飛び付いた少女は彼の後ろに隠れる。
「お~、箒か。…その様子だと勝ったのか?」
「何とかな。」
「で、その相手が…。」
視線を移せば、和人の影から箒を涙目で睨むおかっぱの少女。
どうやら当たりのようだ。
「ひ、人を年齢詐称したかのようなことを言うな!私は歴とした小学生だぞ!」
「嘘だっ!!!」
「本当だ!!!」
「こらこらスグ。大声だすなよ。」
「箒も。ちょっとは落ち着けよ?」
「そうだな。…注目の的になっているぞ。」
気付けば周りの人々が何事かと、そのやり取りを見ていた。
注目の的になっていることに、件の少女2人は、見る見るうちに赤面していく。
「と、とりあえず、場所を移そうぜ。」
「そ、そうだな。…ほら、箒、円夏。」
「う、うむ。」
2人の少年と3人の少女は連れ立って、その場をあとにした。
「この辺で良いか。」
少し人がまばらになった、会場前の広場。その向かい合わせのベンチに5人は座る。
「とりあえず、自己紹介しとくか。俺は桐ヶ谷和人。で、こっちが…」
「………。」
未だ、和人の胴着の裾を掴んで箒を睨むスグと呼ばれた少女。対し、箒もジト目で彼女を睨んでいる。
「ほら、スグ。自己紹介しなって。」
「………桐ヶ谷直葉。」
ムスッと、それでいてそっぽを向きながら、である。余程箒との試合が堪えたようだ。
「俺は織斑一夏。こっちが妹の…」
「織斑円夏だ。」
「………。」
「ほら、箒。」
「…篠ノ乃箒。」
直葉と名乗った少女とどっこいどっこいの名乗りに、一夏と和人は顔を見合わせて苦笑いする。その2人の間には、先程のようなぎこちなさは全くと言って良いほどなくなっていた。
「で?さっきの俺と仲良くしたいって、どういうことなんだ?」
「ん?深い意味は無いんだ。ただ、お前とは何か上手くやれそうだからさ。…ダメか?」
「いや、断る理由は無いんだけど…。唐突すぎて頭が追い付かない。」
「まぁたしかに不躾だったかもしれないな。」
「…お兄ちゃん、正直に言えば?男の友達いないから、頼むから友達になってくれって。」
「す、直葉、さん?」
「お兄ちゃんてコミュ障でさ。こんな兄ですけど、どうか仲良くしてつかあさい。」
「なぜに福岡弁?…ていうか、お前の兄さん…めっちゃダメージ受けているんだが?」
「ガラスのハートですから。」
先程とは打って変わって、饒舌になった直葉と、直葉の容赦ない口撃に精神的ダメージを受けた和人はガックリ項垂れ、目は死んでいた。
「まぁ…男の剣道友達は俺もいないからさ。…仲良くするのはやぶさかじゃない。」
「お、おぉ…!お兄ちゃんに男友達が…!」
最早宴を始めかねない直葉に苦笑いしながら、しばらくして立ち直った和人と連絡先を交換し、敗北という辛酸をなめながらも、将来何物にも代え難い友人に出会った一夏だった。