重原子力ミサイル巡洋艦 ザンクード、抜錨する!   作:Su-57 アクーラ機

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第22話 パパラッチ・ハント

この第五鎮守府にヴァルチャーこと、ツポレフ達が着任してから1週間が経った。

埠頭の改修工事は順調に進んでおり、あと少しであの爆撃機がまともに離着陸できるようになるだろうが、妖精さん達の作業速度が色々とおかしいと思うのは気のせいだろうか?

一方、朝食を食べ終えたザンクードは提督に呼ばれ、執務室を訪れていた。

コンコンとドアをノックし、「どうぞ」と入室の許可をもらったザンクードはドアノブを捻って室内に歩を進める。

 

「お、来たか。ザンクードに頼みたい事があってな」

 

「俺にできる事なら別に構わないが、頼み事の内容は?」

 

「ああ、実は護衛任務の命令が来てな。それを頼みたいんだ」

 

椅子に座り、こちらを見上げる提督から告げられたのは護衛任務だった。

 

「成程。それで、その護衛対象は?」

 

「物品を満載したコンテナ船だ。制海権を取っているルートを航行する予定だが、前の事もある。念には念を、と言うだろ?今回は航続距離が長い巡洋艦娘達で艦隊を構成する」

 

彼の言う通り、念を入れておいて損は無いだろう。以前のように大型の艦隊が彷徨(うろつ)いている可能性もあるし、護衛なら航続距離が長く、かつ高い機動性を持つ方が格段に有利でもある。

 

「明日の05:00時に出港し、合流ポイントへ向かってくれ。同行する艦娘は俺が組んでおく」

 

「オーケーだ。護衛任務の件は任せてくれ」

 

そう言って敬礼をしたあと、俺は踵を返して執務室を退室した。

 

「あ、ザンクードさん!」

 

このあと特に用事も無かった俺は、このまま自室に帰るか訓練所に行くかを頭の中で迷っていると、不意に誰かから声を掛けられた。

「?」とした表情で声のした方角へ首を動かす。

そんな俺の視界には古鷹が小走りでこちらにやって来るのが映った。

 

「おお、古鷹か。おはよう」

 

「おはようございます。執務室の方から歩いて来られてたみたいですけど、どうしたんですか?」

 

「いやなに、提督からコンテナ船の護衛任務を任されてな。ついさっき執務室から出てきたところなんだよ」

 

「陸運や空輸と言った手段もありますけど、大量の物資を運ぶなら大きな船を浮かべた方が圧倒的に効率が良いですからね・・・」

 

と、2人で会話をしながら廊下を歩いて行く。

 

 

 

「━━それで、暁ちゃんが“一人前のレディーは冷静に対処するのよ!”って言った途端に大きな蛾が鼻に止まって大騒ぎしちゃって」

 

「はははっ、そんな事があったのか。確かに、いきなりそんな事が起きたら驚くのも無理ないな」

 

いつの間にか談笑に発展した会話を楽しんでいた

2人だが、この数秒後にとんでもないハプニングが起こるとは予想だにしていなかった。

 

「そう言えば、この前は━━キャッ!?」

 

また別の話題に移ろうとしていた古鷹が、短く悲鳴を上げる。

ザンクードの方を向きながら話していた彼女は木製の床にできた小さな凸面に爪先を引っ掛けて前のめりに倒れようとしていたのだ。

 

「おっと!」

 

遅れて反応したザンクードは古鷹を支えるように左腕を彼女の正面に差し出し、寸でのところで受け止める。

 

「おいおい、大丈夫か?前見て歩かないと危ないぞ」

 

「・・・へ?」

 

一方、受け止められた古鷹本人は間の抜けた声を漏らし、プルプルと震えながら耳まで赤くなっていた。

 

「古鷹?・・・おい、ふるた━━」

 

ムニュッ

 

「うん?」

 

左手に柔らかな感触を感じたザンクードは眉をひそめながら、自分の手が誰のどこを支えているかを確認する為に少しだけ首を動かし、そして氷のように固まった。

あろう事か、彼の左手は古鷹の胸部の膨らみに宛がわれていたのだ。

 

「」

 

し ま っ た ぁ ぁ ぁ ぁ ッ ! !

 

内心でそう叫ぶザンクードは誰かに見られてしまう前にこの腕をなんとか戻そうと、古鷹に話し掛ける。

 

「ふ、古鷹、取り敢えず腕を戻したいんだが、もう下げても━━」

 

何をしているんだ?ザンクード・・・

 

「「ッ!?」」

 

「構わないか?」と言おうとしたところで、第3者から底冷えするような低い声を掛けられた。

 

「き、木曾・・・」

 

彼は、ヒクヒクと口角の片方をひくつかせながら、声の主の名を口にする。

 

「・・・お前と古鷹の声が聞こえたから来てみたんだが、邪魔したかぁ?」

 

ひ、ひぃぃ・・・!冗談ぶってるが、目が全ッ然笑ってねぇ・・・!

 

「い、いや、やましい事は微塵もしてないぞ!?ただ、古鷹が転けそうだったのを支えたら偶然起きちまっただけだ!」

 

サッと手を引き、慌てて弁明するザンクードを、木曾は眼帯で覆っていない方の目を細めてジッと見つめたあと、まだ赤くなったままの古鷹へと視線を移す。

視線に気付いた古鷹は、彼の言い分を証明するようにコクコクと頷いた。

 

「・・・・・・そうか。疑って悪かったな」

 

「い、いや、咄嗟とは言え、俺の方にも非があったから━━」

 

ピピピッ、パシャッ!

 

突如、廊下の角からカメラのフラッシュ音が聞こえ、何事かと思ったザンクード、古鷹、木曾の3人が音の発生源に振り向く。

 

「「「あ」」」

 

「青葉、見ちゃいました!名付けて、『鎮守府廊下での修羅場!青葉は見た!』です!」

 

カメラを持った青葉が、角からこちらを撮影していた。

 

「よぉし、青葉ぁ。そいつをこっちに寄越せ。妙な真似はするなよぉ?」

 

3人の中でいち早くフリーズから復帰したザンクードは、ジリジリと青葉に詰め寄って行く。

 

「ふっふっふっ。こんな特ダネ、そう易々と渡しませんよっ!」

 

「あっ!待てやゴルァ!!」

 

そう言って、脱兎の如く逃げ出した青葉をザンクードは猛ダッシュで追い掛ける。

 

「ハッ!?い、行くぞ古鷹!青葉の奴、あの写真で変な記事を書くつもり━━ッ!?」

 

遅れて復帰した木曾が、青葉を追い掛ける為に古鷹のフリーズを解こうとして固まった。

 

あぁおばぁぁぁぁ!!!

 

彼女が鬼の形相を浮かべていたからだ。

 

 

「ギャリソン、艤装の定期点検が終了しました。全設備に異常は見られません」

 

工廠のザンクード艤装内では、妖精の1人が定期点検の報告書を片手にギャリソンの前に立っていた。

 

「分かった、ご苦労だったな。休んでくれて構わないぞ」

 

「イエッサー」

 

そう言って敬礼した妖精は退室して行った。

 

「ふぅ。何と無く、今日は一仕事ありそうな気がする。面倒事が起きなければ良いんだが・・・」

 

室内でそんな事を呟くギャリソンだが、彼の予想は見事的中してしまう。

ドアがノックされたあと、先程の妖精がバツが悪そうな顔をして戻って来たのだ。

 

「・・・?どうした、報告漏れか?」

 

「いえ、その、ザンクードさんが緊急事態発生と・・・」

 

今ギャンブルでもしに行ったら、大儲けできるんじゃないか?と現実逃避に走りながら、ギャリソンは甲板へと駆けて行った。

 

「ザンクードさん、緊急事態との事ですがどうしました?」

 

「ギャリソン!青葉が俺と木曾、古鷹を題材に妙な記事を書こうとしている!」

 

「・・・はい?」

 

ギャリソンの口から半オクターブ高めの声が漏れた。

 

「すいません。理解が追い付かないので、もう少し具体的にご説明を願えますか?」

 

「そ、そうだったな、スマン。まずはだな━━」

 

焦燥した顔つきのザンクードは、古鷹の件は一部隠した状態で事の経緯を説明する。

 

「はぁ。つまり、青葉さんが盗撮した写真を使って、あらぬ記事を書こうとしているから、我々にも探すのを手伝ってほしいと・・・」

 

「そうだ。ったく、あのパパラッチめっ!青葉を捕縛できたら、俺が間宮の料理でも羊羮でも、好きなだけ奢ってやるから━━」

 

《総員、戦闘配置!リキッド、ランナー各機は速やかに発艦せよ!》

 

「「ッ!?」」

 

突如、艦内警報がけたたましく鳴り響き、ヘリ甲板の格納庫ハッチが開いて中から艦載ヘリコプターが姿を現した。

 

《管制、こちらリキッド。発艦準備完了》

 

《了解した。リキッド機の発艦を許可する。ランナー、リキッドが発艦したら次は君達だ。なんとしてでも彼女を発見してくれ》

 

《あいよ、任せな!砂浜に落ちたコンタクトレンズを探すよりかは楽勝だぜ!》

 

「ハァ、現金な奴らめ・・・」

 

ギャリソンが眉間に手を宛がい、かぶりを振る。どうやら、ザンクードの“間宮の料理でも羊羮でも、好きなだけ奢ってやる”と言う言葉に、艤装妖精達が反応したようだ。

 

「よ、よし、いいぞ・・・!!オペレーション

『パパラッチ・ハント』開始だッ!!」

 

 

なんとかザンクードを振り切った青葉は先程激写した特ダネが入ったカメラを持って鎮守府庭内の茂みに隠れていた。

と言っても、最も肝心なシーンはギリギリ撮影を免れていたので、記事にされても誇張される程度なのだが、それを知らない3人は青葉を血眼になって探しており、捕まったら終わりの鬼ごっこを繰り広げていた。

彼女は辺りを警戒しながら、茂みからソローっと顔を出す。

 

 

「青葉ぁ!!今直ぐに出て来なさい!!」

 

 

姿は見えないものの、カンカンに怒った古鷹の声を青葉の耳が捉え、反射的に頭を引っ込めた。

 

「おっとっと。向こうには古鷹さんがいるようですね、危ない危ない・・・」

 

古鷹の怒りに満ちた声を聞いて軽く身震いする青葉は、どうやって彼女をやり過ごすかを思考する。

 

「ふむ、ここは明石さんに作ってもらった秘密の抜け道を使って回避しましょうかね」

 

「━━ほう、その秘密の抜け道とやらはどこに繋がってるんだ?」

 

「ふふん。それは勿論、誰も使っていない一室を改造した━━へ?」

 

ここでようやく異変に気付いた青葉は、ギギギッと油の切れたブリキ人形のように背後を振り返った。

 

「き、木曾さん。い、いつからそこに?」

 

「“おっとっと、向こうには古鷹さんがいるようですね、危ない危ない・・・”辺りからだ」

 

「ほとんど最初からじゃないですか!どうやって見つけたんですか?!」

 

その言葉に木曾は無言で空を指差す。

それに釣られて青葉が空を見上げると、上空にはザンクードの艤装から飛び立った2機のヘリコプターが旋回しており、加えて木曾が左手に持っている無線は「ターゲット発見!繰り返す!ターゲットを発見した!」と騒ぎ立てていた。

 

「ま、まさか空から見られていたんですか・・・?!こんな木と茂みの中で?!」

 

あいつ(ザンクード)の航空艤装は本当に優秀だなぁ。ま、上にも気を付けるこったな。・・・ああ、それと青葉」

 

「はい?」

 

「まあ・・・頑張れ」

 

なぜか木曾から憐れみの籠った視線を送られ、「?」と言う表情で彼女を見つめる青葉だったが、突然背後から誰かに肩をトントンと叩かれ、何の気なしに振り返る。

 

「青葉、みーつけたっ♪」

 

「」

 

そこには満面の笑みを(たた)えた、全ての重巡の姉こと、古鷹が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イィィィヤァァァァァァ!!!

 

このあと、青葉がどうなったかは彼女の為に伏せておくが、遅れてやって来たザンクードはただ一言こう語った。

「怖かった」と。

 

 


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