幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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一話 神秘への憧れ

 紙の前から目を離す。漆黒の机が白と合わさっており、その上を文字が泳いでいた。小さい一部屋に一人のわびしい男が座っている。私だ。先ほどまでゴリゴリと白面に跡を残していた鉛筆を脇に置き、ほっと一息をついた。執筆活動は順調であるためか、周りの景色が全くわからず、横手にある窓の外を見た。

 赤く上昇する太陽に、わずかに映りこむ朝ぼらけと緑。朝の空気がガラス越しに感じられるほど情緒(じょうちょ)漂うその光景に、やはりここで良かったと心の中に安堵の気持ちが湧いてきた。

 都会暮らしの中、持病が悪化したことにかこつけて自然に囲まれた生活を始めたのだが、やはりこちらの方が(しょう)に合っているようだった。アイディアが突如(とつじょ)降ってくるあちらも良いが、チマチマと構想が発生するのも嬉しさを覚える。

 それにしてもいい朝だ……。立ち上がり、インスタントコーヒーを作って窓を開ける。初夏の開放的でありまた神秘的な雰囲気がするものだ。片手に持ったカップに入った、熱く黒い飲み物を口に含む。苦味が私の口内に侵食し何とも言えない心地よさが体の奥から溢れ出た。目が冴えていきより視界が明けていく。幻想的な光景にうつつを抜かしながらしばしの休息を(たしな)んでいた私は、急に我が目を疑った。

 遠く離れた木々の間。そこに一つの人影があったのだ。いや、それは普通だ。問題は、それが明らかに地面から浮いているという点だった。……何と。老い先は短くないがそれなりに年を経たこの身、ついに呆けてしまったのか。いや、ありえない。小説のストーリーも考えられるし、頭はハッキリしている。では徹夜明けの幻覚か。いや、それにしてもあまりに鮮明すぎる。

 私が衝撃を受けていると、影はふよふよと移動しながら木の裏へと消えていってしまった。――待ってくれ! 好奇心はもはや外へと飛び出していた。玄関へ行き、靴を履いて外に出る。少しばかり涼しい風が吹くなか、私は遮二無二(しゃみむに)走り、林の手前まで来た。

 木の後ろにチラリと姿が見えた。私はもう急がざるをえなかった。弱った身体がきしみ、年不相応(ふそうおう)の走りに足が悲鳴をあげる。しかし、止まる気は毛ほどもなかった。あの者の姿を見たならば最高のものを書けるようになると、私は無根拠にそんな気がした。現代に欠けたもの。私が若いときに持っていた何かを取り戻せる気がした。葉を踏み光陰を進み、蒸散された気体の臭いがする。彼の後ろ姿は変わらずにそこにあった。――頼む、待ってくれ! 待ってくれ!

 ほとんど踊っているように前のめりになりながら、後二十歩ほどの距離になっていた。彼――いや、彼女か? いや、性別などどうでもいい。後十五歩、その神秘性を感じながら、知りたいという欲求はより強くなっていった。後十歩、消えてくれるな。私はそう叫んだつもりだが、果たして自分の耳にはそう聞き取れなかった。前の人物は、ピクリと肩を震わせこちらを見ようとしていた。後五歩、顔が逆光に照らされてい――

 瞬間、私の視界は一気に開けた。鬱蒼(うっそう)とした木々が周りから消え、映るのはただ開けた空間と足場のみ。何者かの足が視界から外れ、私の体は宙を翔んでいた。下に見えるは自然な緑と太陽の赤の混じった森。顔を打つ風が痛く、何もしなくても体が進んでいる。そして私は唐突に、やっと気づいた。私の体が高所から落下したことに。

 はるか先に林冠(りんかん)が見える。私は、心の内に恐怖というよりもむしろ空しさが到来していることを感じた。グングンと木々が近づいてくる。ああ……。目前に茶色の地面が迫り――

 

 ひんやりとした石の感覚が覚醒した体を伝う。細長い、石の間の溝が肉に食い込んでおり微少な痛みがした。体をゆっくりと起こして、私は周りの景色に目を配った。

 ここは……どこだろうか……。

 どうやら私が今いる所は神社の境内(けいだい)であり、石が敷き詰められた(みち)の上に倒れていたようだった。

 おかしい。確かに先まで私は落下し、正に地面と激突しその生涯を終えようとしていたはずだが……。地獄だろうか、まさか天国だろうか……。それとも生き残ったのだろうか。どうにもそのどれとも当てはまらないのではと直感がささやき、私はその考えにおぞけが走った。ここは生と死の境界か? それともそれらの後ろか? それとも偽りだろうか……。

 もう少し辺りを把握してみよう。神社は寂れており、境内の側面の土からは草本が無節操に生え、後ろには鳥居と狛犬がいずれも欠けた状態でそこにあった。二つは折れるか倒れるかしており、後ろ手にわずかに見える階段を見事に塞いでいた。神社の周りは一様に木々で囲まれており、太陽の光は射さず灰色の退廃的な神社の姿がそこにはあった。ひと気などあるはずもなく、オオオと不気味な風音がどこからともなくしてきて、まるで霊の住まう地であるかのようだった。

 本当に……どこだここは。森の奥に隠された神社のようではあるが、その割に神域らしい一片の神秘性もなく、ただ忘れられた悲しさだけがあった。とにかく、先までの状況はどうなったのか、この異様な神社は一体何なのか気になることは山積みだが、ひとまず神のいる場に来たならばすることは一つだろう。

 私は乾燥した空気のうごめく石道を進み(すす)けた賽銭箱の前に立って手を合わせた。すると、頭の中で何とも奇怪、酷く聞き取りづらい声がした。

"我は神、この神社の弱き守り神なり。神の住まう場の真なる姿を視るものよ。汝、なにをか知ることを欲す"

 私は突如として降りてきた神と名乗る者の発言に驚愕しながらも、気をとりなしつつ、ここはどこか、私はどうなったかを訊いた。少しすると、やはりおぼろげな返事がした。

"ここは博麗神社の(しん)なる場にて我の結界内である。汝、幻想の者の不手際で外界にて死ぬる定めにあったため、我が助け出したのみ。困惑も憤りもしよう、しかし、今は抑えよ。すぐに生命を蘇らせる"

 ほう……。助け出した、ということは先ほどから脳内に語る者は私の恩人というわけか。そして生き返らせてくれると。無論、博麗神社など聞いたこともないが、この者はそこの祭神であるらしい。外界も幻想の者という言葉も抽象的でわからないが、まあ大した意味ではないだろう。

 何とも不可思議でまた信じがたい事実ではあるが、どういったわけかスンナリと頭が理解を受容していた。何にしてもありがたい話である。死に急いだと思ったが救済があったとは。私が申し出を受けると、しかし神様は唐突に声を小さくした。

"なれど、元の時代に戻す、あたわず。我の力は弱く、決まった時間空間に魂を固着は不可能。過去か、未来か、現代か。日の本か、海の先か、宙の中か。その事象は偶然性に左右される"

 私は、自らの頭を疑った。元の時代には戻れない。その言葉は思っていたよりも重く私の双肩にのしかかってきた。友との思い出、親族との日々、執筆作品の数々。それらが目蓋の裏で次々と弾け飛んでいく。

 私の持つ記憶や存在がもはや無用の長物であることを知ったとき、足下が液状化してグラリと体が揺れる感覚に陥った。そうか。ああ、そうなのか。

"種も判らず。人か虫か妖か神か。しかし、我は鬼ではなく神である。もし必要ならば、何か能力を授けよう"

 神様が同情するように語りかけてくる。今、私の内では二つの相反する想いが駆け巡っていた。一つは元の世に戻りたいという帰属の念。もう一つは好奇心のままに新しい地を見たいという進展の念。それらがゴチャゴチャと動き回り、心が七転八起を繰り返している。

 私は、とっさに主張した。隠れたい。かくしたい。想いを、存在を、何かを。ふと、誰かの後ろ姿が私の脳裏に浮かび上がった。

"良かろう。何れかを秘となし、透過にて座し、捜す者から逃れる。汝は隠者となり世を生きよ。……生よ廻れ、死よ来い。哀れな探索者は今秘匿者に生まれ変わらん!"

 頭に叫び声がすると同時に、前方から凄まじいほどの強風が私を襲った。力に反して目を開けると、神社の内から光とともに四つのものが吹き出していた。桜の花びらに緑葉、紅葉に雪。それらがまるで台風のように前から無数に私にふりかかってくる。

 四つのふぶきが神社に彩りを与えていく。笑い合う人の声が横から聞こえたような気がした。葉の爽やかな香りと古風な着物に染み付いたような匂いがする。細くなった視界に、二つの人影が見えた。バサバサと着ていた服がたなびく。光が強く、強くなっていき――

 

 小鳥の鳴き声が振動となって中耳の器官に届く。ピヨピヨと可愛らしい声が聞こえ、さっと私は目を開いた。背の高い木の先が遠くにあり、生い茂った葉の隙間から照射(しょうしゃ)される薄い光が私の眼を刺激した。眩しい。どうやら私は仰向けになっているようだった。

 背後にサラサラとした葉と、いくばくか湿った土の感触が布越しにする。静けさが流れる森の中で、一人の男がそっと身を起こした。

 死んだのだろうか……。いや、先の光景が真実ならば蘇ったと言うべきだろうか……。新しい空気が身に染みるなか、私はとりあえず膝に付いていた落ち葉を払おうとして、見た。

 目の前で動く二本の筒を。……何だろうか、これは。横、ちょうど私の肩辺りから出ているようであり、粗末なぼろ切れでできている筒を眺めていると、意志に従いピタリと止まった。おや? そういえば私の手はどこだろうか。先ほどから前に出しているつもりなのだが、一向にその姿を現さない。

 もう一度腕を動かすようにする。すると、またしても二本の筒が上下に振られた。……何? 激しく腕を動かしてみる。筒は、やはり風を切るようにブンブンと音を鳴らした。しゃがんで足元を見てみる。足が無い。下目に鼻先と首を見ようとする。無い。再び手を動かし目の前にもってくるようにしたはずだった。

 私の目には筒――いや、袖の口とその内、真っ暗な空洞しか――

 私は叫んだ。声は出ている。そのことで酷く安心する自分がいた。森の一角で服を着た()()()()のわめき声が、しばらく、しばらく反響していた。

 

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