幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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十話 筒の電気の源

 日にちは流れ私が里に着いてから十日が経った。新たな生活に完全に慣れたとは言えないが、少なくとも勝手はわかってきた。周りの者――主人や本屋の店主等々――によるとやはりこの地には妖怪といった現代で架空上の存在であると規定されている生物たちが暮らしているらしい。そしてこの里はそんな危険地区にポツンとある人間の住まう場所であるとのこと。

「危なくないのでしょうか」

 私が至って普通の疑問をぶつけると、尋ねられた者はキョトンとした後、真顔で皆一様(いちよう)に「大丈夫だ。そういう約束がある」といった旨の返答を投げ返してくるのだ。ただ眼にはモノスゴイ力をもって。

 本によると妖怪というのは私が知識で持っているそれ――人間を襲ったり、害を及ぼしたりする存在――と完全に同一だったのだが、しかしながら人間は(おび)えてはいないようだった。それよりも畏れという感情を私は彼らから感じた。(うれ)うことなのだろうか。感激するべきなのだろうか。

 さて、いま私はたまの休日ということで人里を練り歩いていた。隣にいつものように二童子はいない。何か用事があったのだろう、家の中に彼女らの姿はなかった。まあ、いつまでも二人におんぶにだっこでは何であるし、そろそろ一人で行動したかったので良い機会だったのだろう。

 通りには幾らかの人々が闊歩しており、その足取りはゆったりとしていた。太陽は真っ白な雲に隠れて光を間接的に里に届けている。商いの声や、誰かの楽しそうな笑い声が道を進んでいく。その様子は、正しく私が生前本の中で知っていた日常の風景であった。

 一日中ただ歩いているのも良いかもしれない。私はその幸せな光景に囲まれて、漠然とそう思った。

 それにしてもこの里は、中々にして広い。街ほどではないが、町ぐらいはあるかもしれない。あ、あれは確か霧雨魔法店というところだな。確か雑貨屋だったか……。脳裏に、店のことを真剣に説明している里乃さんと舞さんの姿が浮かび上がって、ならば入ってみようという心持ちになった。

 ドアを押すとカランカランと音が鳴った。少々店内は広く、様々な物が整然と並べられており、奥のほうへと陰が伸びている。店内から反応は来た気がするが、それも古ぼけた雑貨屋の中に吸い込まれて消えてしまった。

 ロウソク、布、食器類……。多種多様な商品が並んでいる棚の間を歩いていく。埃など全くと言っていいほど無いのだが、しかし年季の入った建物であると感じさせられる店だ。その独特な雰囲気と様相から、まるで森の中に建っている洋館をさまよっているような感覚に陥ってしまう。魔女でも出てきそうだ。

 私のそんな少年のワクワクとドキドキを引き連れた冒険は、やがて終わってしまった。カウンターが視界に入ったのだ。下に目を向ける白髪の男性。その人物を見た瞬間、私はここは店の中だという意識を取り戻せた。彼は下、おそらくは手元で開いた本に目を落としており、全くその顔つきは聡明そうでありながらどこか頭でっかちな印象を受けた。長々と蘊蓄(うんちく)でも語りそうな人物である。

 近づくと彼は視線を私に寄越した。そこに無興味や無感動は意外にもなく、気さくそうでありながらも、どこか人間離れしたものがあった。

「いらっしゃい。商品はお決まりですか」

 男は私の奇特な恰好にも眉一つ動かさずに話しかけてきた。豪胆なのか、普段から異様なものを見慣れているのか。どうでも良いことか。

「スミマセン。ここのおすすめの商品はなんでしょうか」

 ジッとこちらを見ている店員と思わしき青年に応えるべく取り敢えずの返答をした私に、彼は言葉を聞くと本を閉じた。腰を上げるとカウンターから近づいてくる。結構乗り気なのだろうか。そういえば、私がこの店を探索している間、他の客を見なかった。あまり人気はないのか、それとも今が早朝であるのが起因しているのか。どうにも私は別の理由がある気がした。

「おすすめですか。……そうですね、これなどいかがでしょうか」

 彼は隣まで来ると、棚から小さく細長い、黒い棒を取り出した。それは光沢があり、まるで表面は太陽光を浴びた沼のようにぬらぬらと鈍く光っている。周りの商品から浮いているその物品。それの正体を私は知っていた。私も文献でしか聞いたことがないが、これは確か()()()という物である。

「ほう……。一応聞いておきますが、これは何という商品でしょうか」

「これは乾電池という物らしく、良くこの幻想郷に流れ着く外来品だよ。電気を放出するためのものらしい」

「使い道はどういったものなのでしょうか」

「実用的なこととしてはわからない。ただ使ったら取り換える必要がある」

 男は一息つくと私にその商品を渡した。男の説明はおおむね私の知識と一致していた。ライト等の電気製品の内部に入れ、そこでエネルギーを発生させて電気を作り何かを稼働させる。そして、中に入っている物質が切れたらゴミ箱に投げ入れてまた新しいそれを内部に組み込む。旧時代的なものであり、一時的なものである。

 しかし、それはおよそこの店の主である商品たちと比べ飛びぬけて科学的であり、持っていた男とも似つかわしくなかった。

「何だか珍しい感じですね。外来品ということは貴重品なのでしょうか」

「本来は売るものではないのですが、かなり数が多くなってきたので、他のおすすめ品に比べると貴重という程ではないですね」

「なるほど。しかし店側が使い道のわからない物を売っても良いものなのですかね」

「趣味で置いているようなものなので、観賞用、ですかね。まあ(やしき)に設置されている家具のようなものさ」

 そう言うと白髪の男性は愉快そうに笑った。要するに実用性は皆無であるが、知的好奇心を満たすような物であるようだ。

 ここはかなり昔の地球であると私は思っていたが、電気の利用する物というとそれほど昔の産物ではない。そして外来品という言葉。ここいらはもしかすると現代に入りかけの時代で、隔絶されたために取り残されてしまったのかもしれない。前に聞いた外の世界とは、すなわち現代社会のことだろう。そして科学の蔓延(はびこ)る時代に妖怪は存在しない。幻想郷という名前……。この世界はもしかすると幻想的な事象の保存場所なのかもしれない。

 スサマジイ昔には人々に妖怪といった未知に対する畏怖が溢れていたと読んだことがあるが、それも時が経つにつれて消えていってしまった。精神的な存在を保ち続けるには精神の要因を組み込む必要がある。昔の気風(きふう)を封じ込めることによってその存在を固着し続ける、そういうことだろうか。そうであるとすると、ここを治めているのは人外なのだろうな。全ては予想でしかないのだが。

 私がうだうだと考えていると、男は動作が止まってしまった者を不思議そうに見ていた。

「大丈夫かい?」

「ああ、すみません。……ちなみにこの商品はどうやって仕入れたのでしょうか」

「秘密にしておきます。結構危ないので」

 私の頼みごとを、青年はやんわりと取り下げてしまった。この世界で危ないということは、妖怪の渦中(かちゅう)にでも行くのだろうか。聞き出せそうもないし、私もそれを聴いてどうこうするといったつもりもない。

 しかし乾電池か……。個人的に興味はあるが、銭を払って手に入れたいというほどでもない。

「せっかくご紹介いただいたのですが……」

「いや、こんなものは物好きしか欲しくないだろうし、気にしなくていいよ」

「そんな物を紹介したのですか」

「僕は欲しいからね」

 そう言うと、彼はカウンターへと戻って行ってしまった。後には私だけが残った。とりあえず乾電池を元の棚に戻し、各商品を拝見しながら、どうしても必要な物はなかったので出口へと歩いた。変わった店主、あるいは店員だった。

 暗い店内を抜けて日の本に出ると、そこには一人の金髪の女性が霧雨店を背にして立っていた。

 彼女は傘を差しており、一般から逸脱(いつだつ)した雰囲気を持っている。怪しげに笑っている。関わったら面倒そうなので横を通り抜けようとして、できなかった。まるで体が死体になったように動けなくなったのだ。それは物理的なものではなく、喉の奥まで寒さがせりあがってくる恐怖心によるものだった。その気配は私のちょうど真横にいる先ほどの彼女からだった。

「良い物はありましたか」

 彼女は流れるように声をかけてきた。全身を支配された感覚に陥りながらも、私はなんとか口を動かした。

「珍しい物は」

「そうですか。ところで、子どもは元気ですか」

「子ども、とは」

「貴方の傍にいる、彼女たちのことですよ」

 間違いなく里乃さんと舞さんのことだろう。なぜこの女性が私と彼女らを知っているかは、もちろんわからない。二人の知り合いだろう。クスクス笑いが聞こえる。尋常な人物ではないことは、いくら私でもわかる。これは、森であった仙人様以来の感覚であった。

 通りに人はまるでいない。もしかすると今まで普通に歩いていたが、横の女性によって……。そう思わせるものがあった。

「さあ、あまり知らないもので」

「あら、そうなの。意外と仲は良くないのね。まあ彼女らは元気ね」

「知っているならなぜ尋ねたのですか」

 至極当然な疑問をぶつけると、しかし少女は何も答えなかった。不思議な者であり、全く人物像が掴めない。視界の端に映っている傘の縁がくるくると回った。

 彼女は、私に興味はなさそうであった。それよりも二童子と私の関係に気になるようであった。しかし、どうやらその問題もついさっき解決したようであり、軽い溜息を彼女は出した。その吐息は何ものをも驚嘆(きょうたん)させる繊細さがあり、また近しい者を感じさせた。

(こた)えてくれてありがとう。また会うかもしれませんね」

 風が吹き、カラカラと両者の空気を笑っていた。自らの服の外形を見る。私はこんなにも小さかっただろうか。こんなにも脆弱だっただろうか。相対的になり、私は自然のうちに自分を卑下(ひげ)してしまっていた。それほどまでに隣の彼女からは力と強さを感じた。

 ぐにゃりと視界が揺れる。私が横を向くと、もはやそこには誰もいなかった。まるで最初から何もなかったかのように、まっさらとした壁があった。向こう側には太陽が雲のスキマに挟まって、身動きが取れないでいる。舞さんと里乃さんの用事とはなんだったのだろうか。ふと、そう思った。

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