幻想童子祭~Two girls who behind a door~ 作:文章崩壊
里に来てからさてはて約二週間ほどが過ぎた。生活としては順調であり、ストレスで死んでしまうのでは、といったことはない。人並みの暮らしを送る私に、しかし人間としての役目が達成されていないという事実がのしかかっている。すなわち家主の子ども二人に精神の成長を促すというものである。これがどうやって何から手を付ければいいのか見当もつかないのだ。
今の彼女らと私の関係は、突如やってきた来訪者と
この家に泊めてもらえるのは善意によるものではあるが、しかし、やはり社会にいる一個人としてはその好意に応えるのが当たり前というものだ。そして、私はその課題を与えてもらっている。それが先ほど述べた成長云々の話なのだが……。行き詰っているというのが現実である。
うまくお近づきになるには……プレゼントでもすれば良いのだろうか。しかし、私はそういった、誰かを祝うための物品についてはうとい。前の乾電池などはどうだろうか。いや、あれは一本しか店内に置いてなかったな。二人が喜ぶ物など、私には見当も付かない。互いを良く知らないのだから当たり前ともいえるが、そうして停止してしまえば何の解決にもならない。
「何を悩んでるの?」
私が夕日の注ぐ縁側でうんうんと頭を唸らせていると、ふと後ろから少女の声がした。首を動かすと、そこには里乃さんがいた。彼女に、初日私と会う際に見せた怯えの色は、慣れたのかもはや見られない。大きな目を開け不思議そうにしている彼女は、夕日も相まってまるで血の池地獄に浮かぶひな鳥のようだった。
「いえ特に。昔のことを思い出そうとしていたのです」
私はとっさに嘘をついた。別にやましいことはなかったのだが、当人たちに言うのも妙にこっぱずかしい。ここで私が素直に悩みを打ち明けられる人間だったならば、ここの家族とも良くなじめるのだろうか。
私の当てもない疑問を知るはずもなく少女はへえと少々興味ありげにすると、私の横へと移動した。サアサアと風が
「何か思い出せましたか」
「何も。この世界以外の記憶は消えてしまいました」
「そうなんだ。大変なんだね」
彼女はそう言うとよっという掛け声とともに地面へと降り立った。はだしが雑草を押し潰す。里乃さんはボケーと立ち、空を見上げていた。小さな雲は自由にその姿を変えている。いや、自由なのではなく風が動かしているのだった。ふわふわと宙に浮くそれは、自らではどうしようもないものによって変えられ、消えていく。そう考えると、ズイブン哀れなものに思えてしまい、しかしそれが本質なのだと同時に気づいた。
「私も、小さかった頃の記憶がないの」
「今、十分小さいと思いますが」
私が疑問を持って問いかけると、少女はふるふると首を振った。束ねられていない髪が揺れ、やがておさまった。
「そうじゃない。例えば本当のお母さんの顔、自分の本当の名前。……知ってた? 私と舞がここに来たのって、一年前なのよ」
彼女はこちらを向くと、にへらと笑った。
先ほどの言葉。額面通りに取るとすれば、里乃さん、そして舞さんはつい最近この家に来たらしい。本当の名も、両親もわからないということであるとか。つまりそれは、そういうことなのだろう。
「とてもそうは見えません」
「……ありがとうございます。これもね、今のお父さんとお母さんから聞かされたの。お前は、私たちの本当の子どもじゃないって。でも、それ以外のことは何も言ってくれないのよ。私も舞もどこで拾ったかさえ」
里乃さんの顔にはほんの少しの不満そうな色があった。
彼らは善人である。このような年端もいかない少女に自らの境遇のみを言い、その他一切のことを説明しないのにも何かわけがあるのだろう。無責任だと糾弾することもできないことはない。このような幼い者に伝えるのはいささかヒドいのではないか、と。しかし、彼らが時折見せる重い泥を背負ったかのような雰囲気を感じていると、非難するそれ自体が無責任であるような気がした。
里乃さんの話を聞いて、私は何も言えなかった。語るべき言葉を持つには私がこの家族と暮らした期間が短すぎたからだ。そんなツマラない男に対して、少女は視線を落とした。
「ごめんなさい……。ただ私たちとおじさんはちょっと似てるって言いたくて。自分だけがツラいのは、さみしいし」
「ありがとうございます。失礼ですが、今は幸せですか」
「――うん! 舞もおっちょこちょいで、お父さんもお母さんもちょっと厳しいけど、でも私は」
その瞬間、彼女は目の前の男が大笑いをしてることに気づいた。そう、私はもう腹が痛くて痛くて仕方なかった。むろん対象は前にいる純粋で、今も驚いて目を大きく見開いている少女ではなく、あまりにもわかりきった事を質問した私もバカさ加減にだった。
「え、え? 今どこかおかしなところが」
「ヒ、ヒ、アーすみません。し、幸せ、ハッハッハ」
自分の能無し具合は把握していたつもりだったが、よもやこれまでとは。オロオロとする少女と、バカの笑い声は、少し後までそこに残った。
夕食後、いつものごとく食べるのが遅い私がボソボソと白米を
私は再び彼女の顔を見ることができなかった。怖かったのだ。まるで水分を失ったミカンがめくれて身を出すのと同じように、振り向くとようやく見慣れた顔ではなく一体のロボットが立っているような……そんな予感がしたからだ。
「すみません。もう少しで食べ終わりますので」
「いえ大丈夫です、ゆっくりで。……里乃ちゃんから聞いたみたいですね」
その柔らかい、しかし気疲れした人間味ある声を受容して、私は何とか振り向くことができた。彼女は笑っていた。悲しそうに笑っていた。外からだろう、コロコロと虫の鳴き声がしている。
私は別段何も言わずに向き直り、
「かわいそうだと思いましたか?」
「私は、一切口を出しません。出せません。貴方たちの子育ては、やはり貴方たちが決めるべきなのですから」
私がそう言うと、後ろからため息が聞こえた。それには二つのものが含まれていた。一つは安堵であり、もう一つは失望だった。
本当は言いたくなかったのだろうか。仮とはえ、我が子を率先して傷つける親などいないし、あってはならない。娘二人を不安にさせたくはなかったのだろう。しかし、それをやらざるをえなかった。それはきっと私を家に招いた理由と同じ、彼女らを
彼女は、やはり背負わせたくなかったのだろう。自らが孤児であるという事実と、その辛さを。あの子たちに。
「すみません、私は他人なのです。ただ言えることは、どのような結果になろうと、貴方がたは彼女らをその最期まで見届けなければなりません」
「そんなこと、わかっています。親として、私は……」
彼女は言葉を切ると、トタトタと居間を出て行ってしまった。
私は一瞬、彼女と主人を扉につけられた留め具のように自らの与えられた使命を淡々とこなしているのみかと考えてしまった。そこに人情はなく、ただ機械のごとく幼木を育てているのかと思ってしまったが、それはどうやら間違いであったようだ。少なくとも一方に愛情はあり、苦しんでいた。強制されているというよりも、運ばれているといった方が表現としては適切であるようだった。だから、私に家族に対する
みそ汁を一口すする。例え彼らがどのような運命に流されたとしても、後悔はして欲しくないものである。この一家の行く