幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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十二話 博麗神社へと(前編)

 意外と月日は()っただろうか、秋も終わりに近づいてきた。紅葉の量は一時期、目を見張るほど多くなっていたが、それも納まり、虫の鳴き声も少なくなっている。寒風が家屋(かおく)を、道を突き抜けるようになり人もまた暖かそうな恰好が増えていく。家の障子はあまり開けられなくなり、外の景色を(うかが)う頻度は減ってしまった。朝はキインとした空気を受け、昼は僅かな陽光に身を寄せ、夜は早いうちに眠りにつく。全くここは今までと同じ国かと思う程に生活サイクルが変わってしまった。

 ひょとすると雪でも降るのではないか。まだ初冬であるためそのようなことはないのだろうが、しかし私の急変した環境を受容するモノはそれくらいの錯覚を感じていた。

 私はいま居間でボサとしていた。仕事は午後からであるため暇である。この頃入荷する本が激減してしまったため、そこそこ閑古鳥が鳴いている店である鈴奈庵だ、夫婦二人で十分事足りるのである。両者は私を申し訳なさそうに見ていたが、そもそも仕事がないということは嬉しがることであり、私の目的など所謂(いわゆる)バイトや暇つぶしといったそこらとさほど変わりはなかったため、特に気にならない。昔の日本人は勤労欲に溢れており、私のいた時代はだれもかれもが放棄的だったので、彼らと私の考えの差異はきっとそのような背景から来ているのだろうな。

 閑話休題。家の中には主人も奥さんもいない、仕事だ。二童子は、舞さんはわからない。ことわざの通りならばこの寒さに負けず笑って外を走り回っているのだろうか。そうであるならば、なんとご苦労なことだ。いくら寒いといっても、外よりは家のほうが断然マシである。昨日重たい体を引きずって外出するとなんとあまりの寒さに、空を青く白い人間が飛んでいるという幻覚を見たのである。いやはや、あれは正しく形容するなら冬人間のような雰囲気であった。それとも幻覚ではなく、秋に見た姉妹と同じ、そういった季節の化身なのだろうか。ううむ。

 変なことを考えていると、ふすまが開いて幾ばくか冷たい空気が流れてきた。私がそちらを向くと、そこには深緑色の髪をした少女がいた。舞さんは寒さに身を縮こまらせており、私をチラリと見て、特に気にすることなく歩き障子を開けた。青々しいサッパリした光景が私の少し眼前に広がり、部屋にこもっていた微弱な熱気が朝の寒さに上書きされてしまう。

 伸びをする後ろ姿に私は抗議の目を向けた。

「……おはようございます」

「おはよー。寒いね」

 寝間着姿の彼女は先ほどよりもシャキリとした顔をこちらに向けると、続いて目をぐしぐしとこすった。その表情に悪意はない。

 いつまでもグチグチと考えていても仕方がないので思考をリフレッシュするために少女の背に広がる風景を見た。小さな自然と、カッチリと外と内を分ける壁、漂っている雲に青空……。一日の始まりを感じさせる空気は、私の足をムズムズとさせた。どうせ午前中は暇であるため、食事が終わったら外出でもしようか。

 計画を立てていると、ふと舞さんがこちらを見ていることに気がついた。

「ねえ、お父さんとお母さんは?」

「今日は()()()()早く仕事に出かけました」

「ふーん、そう……。ごはんは?」

「私が作ります」

「げー! 嫌だなあ」

 そう言うと少女は本当に心底イヤそうな顔をした。……以前同じような状況があり、大人としての責務で二人にご飯をふるまったところ、恐ろしいほどの不評を受けてしまった。どうやらこの時代と私の一般的趣向は合っていないらしい。断じて私が下手なのではないと確信はしている。

 私と舞さんは中々おいしいどろどろとした朝食を終えると、縁側に腰かけた。里乃さんは朝、お二方と一緒に出かけたため今はいない。その(むね)を舞さんに伝えると、彼女はただ一言ズルいと呟いた。

 ゴロゴロと滑車(かっしゃ)の転がる音だろうとまばらな人の足音。天気も良く今日は絶好の散歩日和である。時間も経ち寒さも多少和らいだので、何の気なしに今から少し出かけることを隣にたたずむ少女に告げると、私は立った。

「出かける? どこか行くの?」

「いえ、とりあえず里をグルグルと回るぐらいですかね」

「ふーん……。ねえ、新しいところに行ってみたいと思わない?」

 やけに弾んだ声に顔を向けると、そこにはワクワクとした面持ちの童子がいた。身を乗り出して、大きく目を開けているその姿は正しく年頃の子どもであった。新しいところとは、流れ的に里以外の場所であろうか。舞さんがどうして私を誘ってくれたのかはまるでわからないが、どのような事情であれ共に旅立つというのは親睦を深めるチャンスでもある。私に断る理由はマッタク見当たらなかった。

「新しい所、ですか。具体的にはどこでしょうか」

「ここのはずれにある神社だよ。博麗神社って言うのさ」

 博麗神社……。何だか聞いたことがあるような気がする。どこだっただろうか……。いつだっただろうか……。

 私がおぼろげな記憶を引っ張り出そうとしていると、横から布越しにつつかれた。そちらを見ると、眉根を寄せて不審そうにする少女がいた。

「大丈夫?」

「はあ」

「気がないなあ。まあいいや、それじゃあ行こうよ!」

 そう言うと舞さんは立ち上がり、トタトタと早足で家の中へと行ってしまった。おそらく玄関に向かったのだろう、楽しそうな足取りだった。彼女は私と出かけることに対してウキウキしているのでは当然ないのだろう。私たちはそれほどまでに仲良くはない。可能性としては二つである。その神社に行くことか、あるいは里の外に出ることのいずれかか両方が嬉しいのだろう。そうであるならば――

「おーい、何してるのー?」

 遠くから急かされてしまった。私の考え癖も程々にしなければならないな。

 私は独り意味もなく苦笑すると、腰を上げようとして、下に落としていた視線がダンゴ虫を見つけた。この虫が空を飛ぶ日は来るのだろうか。もしそうならなかったら、この者は一生をこの家で過ごすのだろう。漠然とそう思った。

 門は案外あっさりと潜ることができた。主人と出くわさないかドギマギしたが、別の若人が門番であった。舞さんが大人と一緒に行くから神社に行かせてほしい、と言うと、彼は何も言わずに門をサッと開けてくれた。……魑魅魍魎(ちみもうりょう)がひしめく里の外に、人間二人をこうも簡単に放って良いものなのだろうか。少し聞きたかったが、舞さんが先を急いでいたので会釈のみをして外の世界へと踏み出した。

 この里には幾つかの出入り口があるようで、私が初めて通った門とは違っているようだ。平坦な道が林を割くようにして伸びており、その先に山はなかった。ピヨピヨと鳥がさえずり、少々ジメッとした空気が体にまとわりついてくる。時折草本(そうほん)が揺れるが、前を行く少女は全く意に(かい)することなく道を進んでいる。……怖くないのだろうか。私など、物音がするたびに精神をすり減らしているというのに。

「ここまで来てなんですが……危険ではないのでしょうか?」

 私が問いかけると少女は、歩行はそのままに振り返って私を不思議そうな目で見た。

「え? それは僕じゃなくておじさんがよく知ってることでしょ」

「うん? 私は外の情報など人づてでしか聞いたことはありませんが」

「でも里の中では有名になってたよ。おじさん、夜中なのに完全に無傷で妖怪の山を抜けてきたって」

 完全に無傷で……。ああ、確かにあの夜私はもののけ達がいたらしい所を抜けてきた。舞さんはカラカラと笑っていた。

「何の力もないくせにって皆不思議がってたよ。霊力も感知できない奴なのにどうしてって」

「……別に私に秘められた力などはありませんよ、舞さん。それを期待しているのであれば――」

「そんなの僕と里乃が一番知ってるよ。()()()()()()()()()。でも、危険を、いや全くの害なしに妖怪どもの巣から生還した」

 先の道はT字に分かれていた。舞さんは迷わずに前へと進み私もそれに続く。その間、野生動物の息遣い以外は何もなかった。それこそ不自然であるほどに。先を歩む少女の小さな背中は、しかしまるで大木のように頼もしかった。

「おそらく原因は君じゃない。妖怪だ。彼らは今、人間を襲わないようにしている。たとえどれだけ極上の精神や肉体を持つ者がいても、自分たちの欲を抑えているんだ」

「なぜ?」

「それはお父さんがあたりをつけてる。おそらく彼らはあの事件のせいで飢餓(きが)の毎日を送って――あ、もうすぐだよ、おじさん」

 彼女が立ち止まった先には中々に急な坂があった。――あの事件とは何か。私はそう言いそうになったが、横に並んだ時、舞さんの真に嬉しそうな横顔を見てとっさに口をつぐんでしまった。事件というからには何か不幸なことであるはずだ。であるならば深く聞いて良い思いはしないだろう。そのうちわかることだ、私はそう思うことにした。彼女も口を閉じてしまっている。

 私たちは坂を上り、また道を曲がった。両者ともに額に汗を浮かべたが、それもすぐに吹く寒風によって引いていった。徐々に道が舗装(ほそう)されている。それは、この先に建物があることを意味していた。太陽が木々の先端の向こうに見える。道中で多少あった重苦しい雰囲気は掻き消え、神聖な者に保護されている安心感と満足感が一歩進むごとに得られる。それと同時に、なんだか懐かしい空気も感じることができた。

「よーし、とうちゃーく!」

 前に開けた空間がある。舞さんはそこにいち早く踏み出した。私も気持ち急いで後に続く。そうだ、なぜ私は忘れていたのだ。博麗神社。聞いたことがある、どころではない。私は実際そこに行ったではないか。前の世で死にかけ、その時気が付いたらいた場所……あそここそまさに博麗神社と、そこの祭神も言っていたではないか!

 一歩一歩踏み出す。そして、視界が開け――私は博麗神社に着いた。

 


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