幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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十三話 博麗神社へと(後編)

 私が出たところは境内(けいだい)の、まさにその側面であった。前に見えるのは、太陽の光を受けている神社に、綺麗に舗装(ほそう)された石道とそこにいる舞さん。そして鳥居に、その横に座る狛犬、小ぎれいな賽銭箱……。鳥居と私が来た道以外の神社の周りは全て木々で囲まれており、正しく世間から隔離されていた。

 そこは、私が訪れたものとはだいぶ違っているとはいえ、本質的には紛れもなく、あの神がいた博麗神社という神社そのものであった。脇道には落ち葉が溜まっており存外(ぞんがい)長い間家主がいないことがうかがえる。

 なんということだろう。もはや来ることはないと思っていた地にまた足を運ぶことになるとは。私が衝撃を受けていると、そんなことは露も知らず舞さんがいそいそとどこからか箒を持ってきて散乱している落ち葉を掃き始めた。

「ひどいなあ。掃除してないなんて」

 ポツリと放たれた舞さんの独り言で、私はようやく正気を取り戻した。

 改めて目の前の建物を見る。秘匿的であるその姿は、人外が闊歩(かっぽ)するこの世界に、完璧に馴染んでいた。いや、これが無ければこの幻想郷は元から存在しえなかっただろう、そう感じた。それほどまでに幻想的であり、普遍的だった。

 ……今私の顔が白昼にさらけ出されていたならば、一所懸命に箒を動かしている少女は目を白黒とさせるのだろうな。何とも形容のし(がた)い、自分すら、心を読む妖怪ですら把握することは不可能だろう複雑な胸中を、そのまま透明な顔に浮かべているのだから。

「……立派な神社ですね」

「うん、そうでしょ。ちょっとさびれちゃってるケド、それでも十分」

 舞さんは私の言葉に対して微笑みながら誇らしそうに、手は休めずに応じた。自然音以外にはサッサッという音しか聞こえない。確かに言われてみれば、神社は私の訪れた時よりはマシであるもののそれでも少し古びていた。年季がいっている、というよりは管理されていないという感じだ。

 音はマッタク前述したもの以外はしない。ひと気といえば舞さんのみである。

「この神社に神主(かんぬし)さんや巫女さんはいるのですか?」

「あー、今はいないなあ。ちょっと前から無人だね」

「このように立派であるのに? 跡継ぎの方はいなかったのでしょうか」

「うーん、まだ見つかってないようだね。……前の巫女様がお亡くなりになられてから、二か月は経つんだけどなあ」

 そう言うと舞さんは口を閉じた。二か月……。私がこの世界に来たのも確か二か月ほど前だったな。それにしてもどうして巫女さんなのだ? 普通そこは神社の所有者が亡くなったとなるのではないのか? こういっては何だが、巫女さんが一人神社を離れたところで、経営は立ちいくのではないのだろうか。

 私が首をひねっていると、掃除に集中していた舞さんが不思議そうにこちらを見た。

「どうしたの?」

「いえ、その、シツレイだと思いますが、どうして巫女さんなのですか」

「へ? ……ああ。そういえばおじさんは聞いていないの? 博麗の巫女様の役割について」

 聞いていないも何も、博麗の巫女という言葉自体が初めてであった。まさか私の知識に間違いがあったのだろうか。神社とは私の時代になく全て本から得た情報だったのだが、もしやカンヌシなどはおらず、巫女さんが統治者(とうちしゃ)だったのか? やれやれ、やはり目に見ていないものは少し当てにならないようだ。

 私が頷くと、彼女は少し驚いたように肩を上げて、動作を中断した。

「はい。博麗の巫女という言葉も初めて聞きました」

「あれ、そうなの。てっきりちょっと日にちも過ぎたから知ってるものだと思ってたけど……。えーと、この神社に神主さんはいなくて、巫女様が一人で管理してるんだ。博麗様は日々幻想郷内の安全に目を光らせて、調子に乗ってる妖怪はこてんぱんにして、困ってる人は助けてくれるっていう人だよ。すっごく強い人が選ばれるんだ」

「妖怪を……。ははあ、つまりその人はこの幻想郷の()()()()()()()()()()()()なわけですね」

「ぱわー? うん良くわからないけどたぶん合ってる」

 どうやら私の知識に間違いはなかったようだ。通常神社とは神主と呼ばれる元締(もとじ)めがおり、巫女と呼ばれる女性方が祈祷(きとう)を捧げるといった構成になっているらしい。しかし、どうやらここは特異的であるようだ。巫女さんが、しかもたった一人で治めているとのこと。そして、その人物はそうやら妖怪退治も行っているらしい。

 先ほど舞さんはその者を博麗様と、固有の敬称で呼んだ。つまりその博麗様は人々から尊敬を受ける者であり、一介の人物ではないことを表している。この世界で尊敬を集める。つまりそれは身近に潜む脅威から自身を遠ざけてくれる者で、脅威とはすなわち妖怪。そして先の妖怪をこてんぱんにするという言葉から考えるに、妖怪を退治する人間であるという結論が得られる。

 ここで注意したいのは、ただひたすらに妖怪を消滅させるのではおそらくないのだろう。そんなことをすれば人外の者らが反発し、この幻想郷という箱が完璧に崩壊してしまう。つまり、()()()は妖怪に対する人間たちの抵抗力であり、妖怪と人間の関係の均衡を保つという役割を果たしているのではないのだろうか。

「なるほど。しかし、そのようなお人がいないとは、大丈夫なのですか」

「うん。……博麗様がいないのは不安だけど、でもなんでか妖怪たちは何もしてこないし。おじさんのように、妖怪に会っても何もされなかった人も結構いたらしいよ。博麗様が死んじゃってから……」

 舞さんは悲しそうにうつむいた。箒を支えにして立っているようなその様は、博麗様、という単語を出すほどに悪化しているようだった。正直不明瞭(ふめいりょう)な部分――例えば死因など――もあったが、それを聞いても仕方ないし、流石に酷だろうと思って私は話題をそらした。

「そうですか。それにしても、舞さんは偉いですね。神社を率先(そっせん)してきれいにするなどと」

「そうかな、普通だと思うけど。……でもこうしてると、何だか自分が巫女さんになったみたいで」

 舞さんは言葉を途中で切り上げると照れ臭そうにニシシと笑った。私に少女の感覚は理解できなかったが、しかし私たち以外誰もいない神社の中では彼女こそが神職につくにはふさわしいような気がした。深緑色の髪は巫女装束には合わないだろうか。いや、そんなものは本人の気の持ちようだ。

 私たちはそれぞれそこで少しばかり時間をつぶした。少女は巫女さんごっこを、男は石道に立ってひたすら空を見ていた。穏やかな時が流れていく。

「ふーんふんふふーんふんふふーん」

 どこかで聞いたようなフレーズを小さく舞さんが繰り返しているのが風に乗って聞こえてきた。それを集中して耳に入れていると、空の上に誰かの影が見えたような気がした。自由に飛んでいるそれは、錯覚なのだと知りながらも不思議とそこにいるような感触がした。

 影は、太陽に照らされながら山へと向かい、突然消えてしまった。私が舞さんの方を向くと、彼女は歌を止めて私と同じようにボーと空を見上げていた。そちらには一羽の鳥がおり、グルグルと神社の真上を旋回(せんかい)していた。

「いいなあ。僕も飛びたいなあ」

 ポツリと呟かれた少女のむなし気な言葉は向けられた当鳥のいななきによって消えてしまった。

 

 昼になり特に危なげなく私たちは里に戻ると、そのまま鈴奈庵へと向かった。その道中やかましい若者に会ったりしたがそれ以外は異常なく歩き続けて、そして店の暖簾(のれん)が視界に入った。

「今日はありがとうございました」

 私の言葉に舞さんは後ろ手に両手を組んで笑った。全く幼子とは思えないその風格に、しかし私は親しみを覚えていた。

「どうも。里の外には大人が着いていかないとダメだったからさ、調度良かったよ。こちらこそありがとうね」

 その言葉を聞くと、思わず私は苦笑してしまった。要するに私は手段であったわけだ。良いように利用されたともいえるが、しかし同時に意外とシッカリしているのだな、とも思った。もしかすると私よりも全然。

「さて、今日はどんな本を読もうかなあ」

 童子が興味に跳ね踊っている。その姿はずっと私の目に残ってほしいと無意識のうちに思ってしまうほどだった。

 

 誰もいない神社で、一人の女性が屋根に腰かけていた。傘を差し、紫色の服を着たその女性は鳥居の先をただジッと見つめていた。かと思うと、突然額を押さえて深い溜息をついた。

「結界が……」

「お前がここにいるのは珍しいな。あの日以来か」

 後ろから声を掛けられて女性が億劫(おっくう)げに振り返ると、そこにはただ開いた扉のみがあった。その先はぐちゃぐちゃと混沌とした配色に彩られており人の姿はどこにもない。しかし、不思議とそこからまた声が来た。

「妖怪とは薄情だな。私など日に一回は来ているというのに」

「神様は暇ね。私はこれから眠りにつくから、ついでに見に来ただけよ。後の仕事はお願い」

「余裕を持たずして何が神だ。……それで、候補はさっきの二人のどっちだ?」

「あら、貴方もここにいたのね。全然気づかなかったわ。流石秘神(ひしん)、隠れるのはお手の物ね」

「問いかけに応えよ。それに貴様もたいがいだろうが、このスキマ妖怪」

 後戸からの問いかけに、妖怪と呼ばれた女性は顎に指を当てた。相も変わらず境内には一人の女性と扉しかない。

「女の子の方よ。男はどうでもいいわ」

「あれは男だったのか。秘匿されていたからわからなかったわ」

「あともう一人、彼女と一緒にいる子もいるから、そっちもね」

 そう言うと、女性は先ほどまでの胡散臭げな表情から一転して、眼光を鋭くしてドアの先を見た。ざわざわと広域の木々がざわめき、異様な空気が漂い始める。並の霊力の持ち主であれば昏倒してしまいそうなほどに重いその力の中、しかし扉は飄々(ひょうひょう)としてそこにあった。

「猶予は刻々となくなっている。早急(そうきゅう)に次代の博麗の巫女を立てないと幻想郷は限界を迎えるわ」

「……あと一年か。この世界のシステムは単純でありながら、なんと脆いものね」

 (うれ)うような声音に、女性は何も言わなかった。

 

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