幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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十五話 弟子のお使い

 冬も終わりの色を見せていた。地面のいたるところからは植物が芽吹き、雪が一斉に融けているその有様は何とも圧巻であることこの上ない。人々は徐々に道を出歩くようになり、その服装も軽くなっていく。特にふきのとうが食卓に並んだときは、ああ冬は終わりそうになっているのだなと実感したものだ。

 それまであった景色が一変し、周りの人々も新しい季節にまるで性格が変わったように明るくなっている。……私がこの里に来てからおよそ半年以上が経過した。私もここに馴染んできたのではと調子づく一方で、まだまだ彼らとの違いを思い知らされることも多い。そのことを主人に言うと「同じ人間なのに何を考えているのか」と笑われてしまった。

 そして、その最たる例が私に迫っていたのだが、それを予見できるはずもなく、私はのうのうと日々を過ごした。

 ある晴れた午後のことだった。日光を浴びることなく私が本屋の番をしていると、入り口にかかっている暖簾が押された。その二対の小さい影。その正体は、やはり舞さんと里乃さんだった。いつものことなので私は手元で広げていた一冊の本に目を落とした。彼女らと私は同じ屋根の下で暮らす者だが、あくまで知り合いのようなものだ。特にこの読書という最も互いで関連性が密接であるものでも、外で話すことは少ない。

 今日も業務的な会話で終わるだろうな。そう思って中々に面白い本を読んでいると、前の方に気配がした。そちらを見ると、はたして真剣な表情でこちらを見ている二童子がいた。

「もう決め終わったのですか。今日はズイブンと早いですね」

 私がそう言うと、しかし、二人は首をふるふると振った。

「ああ、違うの。今日は本の貸し借りとかじゃなくて……」

 里乃さんが目をパチパチさせながら今日の用を話した。どうやら彼女の言葉によると、二人は私にあるお願いをしたいらしい。その内容とは、お薦めの本を紹介してほしいとのこと。

 私はその言葉を聞くと、思わず椅子に深く座り込んでしまった。舞さんは何とも微妙な顔つきをしているが、しかしその視線は私のフードの見えない向こうに注がれていた。それは、驚愕でもしたり顔でもバカにするような顔でもなく、子どもらしい、相談することに対する羞恥心とか抵抗感とか、そういった複雑な色を帯びていた。

 本について聴くということ。それも私にということはいつも読んでいるような参考書が目当てではないのだろう。自分が常日頃持っている、小説調であったり、文献のようなものを彼女らは欲しているわけだ。かつて二人は私の趣味に首をひねった。それに対して私は一時期自分でも恐ろしいまでに落ち込み、このまま服を脱いで消えてやろうか、とも思った。しかし、今、かつてのその拒絶の主が再度私に魅力を伝えるチャンスを与えている。私は、もう飛び跳ねてしまいそうなほどに嬉しかった。

「あー、忙しいなら構わないけど……」

「とんでもない。それで、どんな本を所望しているのですか?」

 舞さんの言葉を遮り、私は舌を多少巻きながらしゃべった。二人は少しビックリしていたようだが、すぐに気を取り直して、再び真剣な様子になった。

「えーと、本なら何でも……。あ、でも呪い関係はダメだよ。普通? のものが対象らしいから。あと一冊でいいから」

「ははあ。ではちょっと待っていてください」

 私は立ち上がると、少し歩いて本を探し始めた。

 整然と本棚に詰め込まれた本の中から適当だと思われる一冊を抜き出す。表紙には竹取物語と書かれており具体的に子どもでもわかりやすい絵が添えられている。私はここに来るときこの本を知らなかったが、読んでみるとかなり面白いものだった。おおざっぱな内容としては、地上に墜ちてきた月の姫が成長して月に帰るという単純明快なものだ。

 渡すと、舞さんはその本を怪しそうに、里乃さんは口を結んで私を見ていた。その視線は正に未知に対する不安の表れだった。そうであっても私に解消する術はないのでおずおずと黙っていると、やがて舞さんが首をブンブンと振って、私に頭を下げてくれた。

「おじさんありがとね。ちゃんと読むよ」

 その言葉を聞くと、私の体から力がふっと抜けた。その場にへたり込むのはあまりにも情けないので、何とかぐッと気を持ちながら椅子まで歩み寄り腰かけた。誰かに頼られるというものは、どうにも疲れるが充実したものなのだな。

 そう感慨にふける私など知るよしもなく、目の前の少女らは一所懸命今しがた手にした本の内容をにらみつけていた。……それにしても一体全体どういった風の吹き回しだったのだろうか。昨日までの二人は、私に対してそれらしい素振りを欠片も見せていなかったように思うのだが……。私だってアホウではない。子どもが、特に舞さんなら、悩んでいる様相ならば普通に気がつく。しかし、彼女らはいきなりやってきた。私が見落としていたのだろうか。

「忙しいところスミマセン」

「へ? なあに?」

「どうしてまた、急に、私に本の相談などを持ちかけてきたのですか。いや、答えたくないのなら良いのですが」

 私がそう言うと、二童子はお互いを見て溜め息をついた。

「お師匠様が、お前らはもっと一般教養を身につけろって言ったから……。僕たちにはそんなものいらないのに」

「でもすごい不機嫌そうにしてたよねー。とよさと……なんだっけ? そんなに偉いのかなあ」

 口を尖らせている舞さんに、里乃さんがケタケタと笑いかけた。深緑色の髪の少女は、その時の空気を思い出したのかぶるりと身体を震わせて本を胸元に引き寄せた。

 なるほどどうやら二人、ないしはどちらかがその師匠という人物に強要されて常識をつけるために、最も手近な方法である読書を行おうとしているらしかった。結局は手段でしかなかったのは少々残念ではあったが、しかしそれよりも私は他のことに興味を惹かれていた。ズバリ、彼女らのお師匠様という呼び名についてである。里乃さんと舞さんにとってそういった存在は、私が知っている限りだと主人かと予想してしまうが、それは間違いだろう。平常この娘らは彼のことを、お父さんとしか呼ばないからだ。それに、仮にも自分の子であるのに、お前たちは一般教養を身につけろとは、ズイブン変な言葉ではないか?

 知りたいという単純な欲求が私の頭をグルグルと回っていた。

「ぶしつけですみませんが、その師匠とはどなたなのでしょうか」

「へ? うーんと、お師匠様はお師匠様ですけど」

「まあ貴方たちからすればそうなのでしょうが……」

 猫のように首をかしげた里乃さんに、私は苦笑した。これを知って私が何をしてどうするのかなどマルデわからない。しかしながら、私はどうしようもないぐらいに知りたかった。その師匠という存在を。私の中に眠っているだろう脳髄が、記憶がその情報を欲していたのである。漠然としたこの情動を私は冷ややかに見ながらも、全く無視できないでいた。

 結局私がその先を知ることはなかった。用事があると言って舞さんと里乃さんはさっさと本屋から出ていってしまったからである。 

 男一人しかいなくなった店の中で、小銭同士がぶつかり合う音が、コーンとむなしく響いた。

 仕事場から帰宅している夕暮れ。カアーカアーと烏がどこかで鳴いており、通りに人はまばらである。道のわきには葉のみのタンポポが並び、その先には幅の狭い川がごうごうと流れていた。その音に耳をかたむけていると、やはり今は冬と春の間なのだなと感じた。雪は欠片もなくなっている。

 見慣れた物が無くなることのさみしさを幾ばくか噛みしめながら歩いていると、前に白髪の男性の姿が見えた。彼は――確か霧雨道具店の店員だったか――は私を見ると眉を上げて、また手も上げた。何とも知り合い然としたものだが、私と彼は一度霧雨店で会い、そして鈴奈庵にも店員と客として相まみえた程であるので、彼はそのクールな外見から反して存外開放的な人物なのだろうな。私も反応して手を挙げると、彼は少しだけ笑った。

「久しぶりですね」

「ええ、しばらくでした。この前会ったのは、確か冬の半ばでしたな」

「時が経つのは早い。季節があるとなおさらそのことを実感しますね」

 私たちはお互いに別種の笑いを浮かべた。しかしそれは年を経た者が見せる、擦れたような純朴なようなそれであることは一致していた。彼は二十代にしか見えないが、その雰囲気からはもしかすると私よりも高齢なのではないのか、というような感覚が呼び覚まされた。

「それじゃ」

 彼が別れの言葉を残して、私の横を通り過ぎた。彼の夕焼けに照らされた横顔を見ていると、そこになぜか私は生前の時代の気風を感じ取った。科学の匂いだ。とある一面のみではあるが、その時、私は彼にある種の親近感を覚えた。

「待ってください」

 私は思うよりも先に静止の言を彼に放っていた。青年はピタリと歩行を止めると、こちらを向いて首を傾げた。

「なんだい」

「突然ですみません。しかし、貴方にしか聞けないような、そんな質問があるのです。――聞いていただけますか」

「……別に良いけど、碌な返答は期待しないで欲しいかな。なんせ、突然だから」

「ありがとうございます。もし、貴方の傍に雁字搦めの人がいたら、その人の呪縛を解いてあげようとしますか?」

 青年は私の質問に目を丸くすると、顎に手を当てた。ザアザアと風が吹いて白髪を揺らしている。黒い衣装を身にまとったチッポケな男を、理知的な青年は言葉の真意を探るように見つめて、ふっと肩の力を抜いた。

「調度在庫にハサミが余っていてね。僕ならそれを貸してあげるかな。君はどうするのかな?」

「ほどき方を教えます。自分の知ってる限りのことを」

「道具か、知識か。いずれにしても当人が解決しなければならない。その見解は一致しているようですね」

 彼は微笑んだ。私はその顔で在りし日の、数少ない友人の一人を思い出した。彼は眼鏡をかけていたな……。目の前の男性も似合うかもしれないな。白髪の道具屋店員と私はその後特に何も言うことなく別れた。

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