幻想童子祭~Two girls who behind a door~ 作:文章崩壊
春が来た。この前いっとう冷たい風が通り過ぎてから気候がガラリと変わった。寒かった空気は暖かくなり、植物が長い休眠を経て芽を出していたり、小鳥が道の脇をわがもの顔でかっ歩し始めたり……。変化を上げれば全くキリがない。もっと身近なことでは、子ども二人の服装も薄くなったし、本もめくりやすくなった。今までのキーンとした厳しさから一転した、ポカポカと陽気な空気は、誰しもを気分屋にしてしまいそうなほどにうららかであり、だからだろうか人々が外に出る頻度も増えたように思う。
四人が食卓を囲んでいるところに同席していると、急に舞さんが身を乗り出した。
「ねえ。今度みんなでお花見に行こうよ」
少女は目をキラキラとして箸を動かしている四人を見た。彼女の言葉に、主人は微笑を浮かべた。
「そうだな。全員で行こう。いつにしようか?」
「そうねえ……」
舞さんを筆頭にして、四人はぽわぽわとした会話をし始めた。花見の件だが、里乃さんは乗り気なようであり、舞さんに
「おじさんも行くでしょ? 綺麗だよ!」
里乃さんは突然私の方を見ると、手を床について純真なまなざしを向けてきた。しかし、彼らの指定した日はあいにく仕事があったので丁重に断ると、二童子は露骨に
「えー、それじゃあ変わらないじゃないか」
「……えっと、その。休むことは、できないのですか?」
奥さんがこわごわと、確かめるような声色で私に予定の変更を変えられるのかどうか聞いてきた。彼女がそんなことを言うのは珍しいどころか、初めてのことであった。いつもなら舞さんを
私が助けを求めるように里乃さんを見ると、しかし彼女はハッとして、あいまいに笑うだけだった。
「ふうむ。私には私の責務がありますから、難しいですね。私は散らないうちに見に行きますから、四人で楽しんできてください」
目的意識のない仕事であっても、やはり勝手に自分の都合で休むというのは気が引けるというものである。二度目の断りに彼らは特にそれ以上の誘いはしてこなかった。多少残念そうにしている彼らの顔を見ているとそんなに私に見せたいほど綺麗なものなのかと興味がわき、今日は午後が空いていたので行ってみることにした。
以前舞さんと歩いた道を、博麗神社への道程をつき進んでいく。門番は昼寝をしていた。起こすもの気の毒なほど幸せそうに寝顔を
博麗神社の森の出入り口の前まで来て、私は足元に幾らかのピンク色の花びらが落ちていることに気づいた。それは私の知っている桜の花びらよりもくすんでいたが、それが確かに自然の趣きをそのままに映し出していた。……そういえば、天然の桜を私は見たことがない。真の意味で自然が溢れているこの世界で、私はいくらの初体験を今までしてきたのだろうな。そう思うと、この一歩先に広がっているだろう光景が先よりも
木々のスキマを抜けると、そこにはピンク色に染まった博麗神社があった。
青い空の下で、数本の桜の木がゆらゆらと揺れており、その花弁からピンク色の欠片をあたりに振りまいている。石道にも、土の地面にも、風によって運ばれた桜の花が程よく散りばめられており、追加され、浚われていく。ザアザアと側面から風が打ち付け、春の匂いが漂っている。神社はより一層その神秘性を増しており、どこまでも突き抜けた青い空と若々しい緑の木々を背景にしており、非常に
美しい光景だ。気を抜いてしまえば思わず涙が零れてしまいそうであり、急に私のこの黒づくしの恰好が恥ずかしくなった。この布を脱いでしまえば、私はこの古風であり柔らかいこの場所に溶けて同化できるのでは。私の透明さなら可能なのではないか。ありえないことではあるが、しかしそれを切に望んでいる自分がいることに気づいて、私は胸が詰まった。
桜の木の下には先客がいた。普遍的な、白い花を持った男がこちらに背を向けて立っていたのだ。その背恰好と髪型から、私はすぐに彼が時折道で会う、初夜に門番をしていた青年であることがわかった。男はこちらに気づかず桜の木をジッと見ていたが、やがて首を振ると振り向いた。
彼は私に気づくと眉を上げて、手に持っていた
「おお、久しいな、黒い奴。お前も桜を見に来たのか」
「はい。見事な桜ですね。この神社に合っています」
そう言うと、彼は、そうだろうそうだろうと言いながら喜色満面の笑みでしきりに頷いた。やがて彼はその動作を止めると古めかしい神社へと目を向けた。その顔には、嬉し気な、さみし気な、複雑な感情が浮かび上がっていた。
「この神社にはな、一人の巫女さんがいたんだよ」
突然スルリと言葉を出してきた彼に、そのいつもと違うおだやかな声音に対して私は思わず眉をひそめてしまった。巫女さん……とは言うまでもなく博麗の巫女のことだろう。場所に関わりはあるが、どうして男はいきなり私に彼女のことを言ったのだろうか。
私が疑問のままに首をひねると、彼は静かに笑った。
「すまない。お前には、この話を聴いてほしい」
「なぜですか」
「カンだ。お前に話せって、俺の感覚が言ってるんだ」
ザワザワと近くの茂みが揺れる。二人しかいない神社には微量に停滞の空気が流れていた。
「博麗の巫女は知ってるか」
「知ってます。確かこの神社に所属している巫女のことで、妖怪退治等をしているんですよね」
「ああ、大方合ってる。そしてここからが本題なのだが、先代の博麗の巫女は、お前が人里に来る前に亡くなったというのも聞いているか?」
私が頷くと、彼は急に渋みを帯びた顔をした。目を押して、口をもにょもにょと動かしている。しかしそれでは
「彼女は、妖怪に殺された」
ヒューと桜の花びらが私と彼の間を通った。それはむき出しの茶色い地面に落ちて、すぐに風に拾われどこかに消えていってしまった。以前来た時に聞いた少女の鼻唄がしたような気がしたがそれは全くの幻聴だった。改めて青年を見ると、彼はやはり笑っていた。
「この情報は部外者であるお前と、あと二人を除いて、里の者は全員知っている」
「なぜ隠す必要が?」
「博麗の巫女のことは、その仕組みに関して言えば外の世界の奴らにはなるべく言わないようにしてるんだ。余計な首を突っ込まれて、変な感情を起こされたくないからな」
彼は言葉をつづけた。
「お前に教えることはもう一つある。これも博麗つながりなのだが……子ども二人は元気か?」
子ども二人。その言葉を聞いて私はドキリとした。無論、それは舞さんと里乃さんのことだろう。博麗の巫女という流れでこの二人が出たことに、私は驚きよりもむしろ納得の感情を抱いていた。何となくは気づいていたが、所謂カンであったため、決して口には出さなかった。出さなかったのだが――
「……元気、と言えます」
「そうか。単刀直入に言おう。彼女らは、次期博麗の巫女、その候補だ。いや、もう確定と言っても良い」
私が黙っていると、彼は死んだ目で私を見下ろしてきた。
「彼女らは、あの夫婦に一年半前に引き取られた。その目的は緊急時の博麗の巫女の育成であり、教育だ。それ以前の記憶は、あの二人にはない。
彼は言葉を切ると、ゆっくりと、ゆっくりと、能面のままに話を続けた。
「彼女らが選ばれたことは単純明快。あの里内で最も霊力を持っていた子どもだったからだ。真の親も、すでに割り切っている。情はもちろんあるだろうが、仕方ないと諦めているようだ。最後に、二人は、あの夫婦が何も説明していないなら、これらのことは一切知らない。自分が巫女の後継であることも」
喋り終えると、青年はまるで実子のように桜の木の幹を
「貴方はどうしてそれほどのことを知っているのですか?」
「俺が特別なんじゃない。里の皆は、全員さっきのことを知っている。全員が了承しているのだ。ただ二点、あの
二童子を除いてな」
彼の後ろ姿が精神的に遠のいていく。ハッとして
この世界は私を内部に組み込むことはできない。どこまで行っても私は第三者であり続け、徹底した傍観者となるしかないと、再確認してしまった。私には、彼の話が限りなく嘘くさく聞こえてしまったのだ。それ程までに私にとって先の説明は常識から逸脱しており、全く考えられないことだった。だから、自分には何もできないと痛感してしまったのだ。
「お前は俺たちを否定するか?」
振り向いた男は自嘲していた。彼は私にどんな回答を求めていたのだろうか。きっとそれは非難だったのだろう。しかし、私はいいえと応えてしまった。偽らざる本心で、それを聴いても私は何もできないと言うと、彼は泣き笑いを浮かべた。
「お前は弱いな。だから、俺は話せたわけだが……」
男は胡蝶蘭を手に、神社の後ろへと去って行ってしまった。彼が何をしにここに来たのか。花見以外の理由を、その時、私は少しだけ感づいた。
主人の家に帰ると、ほの暗い玄関が私を出迎えた。居間には、二人の少女がまるでエビのように体を曲げて静かに眠っていた。机には本が無造作に置かれており、そのページを見るに、中盤まで読み進めているようだった。
「わたしが、かぐやひめー……」
寝言だろう、里乃さんが幸せそうに呟き、舞さんは静かに笑っていた。この後私は毛布を持ってきて彼女らの安眠をより良いものにするだろう。それが今できる私の精一杯だった。