幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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十七話 博麗の名誉を

 あたたかな陽光が降り注ぎ始めてから、少しの時間が経った。人々は春の訪れにいち早く順応(じゅんのう)し優しい環境の中で笑いあっている。この前、小さい、羽の生えた少女が空を飛んでいた。嬉しそうなその様子に不思議なものだと思って見ていると、隣にいた本居の店主が、あれは春を告げる妖精だと教えてくれた。春を運ぶ自らの役目を終え、充足感に満たされているのだろうか。ピンク色でフワフワと浮かぶその姿は、遠き未来も変わらないのだろうという予想を私に立てさせた。

 本屋の仕事から帰ると、もう夕方になってしまっていた。デンと建っている家の中に入ると、ドタバタと幾人かの人が走り回っていた。その顔は、見知らぬ人も、見覚えもある人もいる。しかし(うたげ)のような騒がしさはなく、むしろ葬式だとか、出産だとか、そういった荘厳な場の雰囲気だった。

 何本かのロウソクを持った少年に、私は話しかけた。

「これは一体どうしたのですか」

「何が?」

「このように人が来訪しているなどと」

「ああ、貴方はこの家の人でしたか。でしたら、奥に進んで。僕よりも詳しい人がいるだろうから」

 そう言われていつも通り私は家の中を歩き始めた。誰もが多少せわしなく道を行き交っているが、その顔には焦燥よりも安堵の気持ちがにじみ出ていた。――これでひと段落着いたな。――ああ。誰かの話し声が四方から聞こえる。しかし、私の知り合いとも言える人物は全くと言って良いほど見つからなかった。

 ひとまず私は縁側に向かった。私の勝手な予想だが、そこに見知った誰かがいると漠然と思ったからだ。

 はたして、そこには一人の少女が背を向けて座っていた。懐かしく、以前もこのようなシチュエーションがあったような気がする。その茶髪の少女は、里乃さんは、私が近づいてきたことを足音で察したか肩を揺らして、しかし目線は外に置いていた。

「こんにちは。今日は騒がしいですね」

「お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」

 彼女は行儀よく、いつものように丁寧な物言いで私の返事に応じた。一呼吸おいて、彼女は自発的に私に語りかけてきた。

「……夢が現実になった瞬間って、おじさんは体験したことがある?」

「……はあ、ずいぶん唐突ですね。どうしてまた」

「すみません、少し気になって」

「……あったとしても、私にその記憶はありません」

 私がそう言うと、里乃さんはカラカラと笑った。

「良いなあ」

 彼女の後ろには私がいるため、互いに表情は見えなかった。今、彼女の顔を見てもその表層しかわからないのだろうなと思うと我ながら情けなく、しかしそれも当然だと感じた。出所も知れない男と己のことすら知らない少女では、あまりに違いすぎたからだ。

「私ね、私と舞ね、博麗の巫女になるの」

 彼女は振り向いた。その顔には悲しさと、嬉しさと、さみしさと、苦しさと……。そういった単純な感情がわちゃわちゃと集合していた。児童とは思えないその様子に、反してそれは子ども特有の行く当もない不安感から来ているのかもしれなかった。

「夢だったけど、でも、どうしてかな。あんまり嬉しくない。本当に私で大丈夫なのかなあ……」

 そう言うと里乃さんは目を伏せた。後ろの方から全くの継ぎ目なしに誰かの歩く音がしている。私は、目の前に座る少女に、()()()()()()()()()()()

「……何も言ってくれないの?」

 意外そうな面持(おもも)ちになった彼女に、やはり私は言葉を発せなかった。無責任な、おめでとうだとか大丈夫とか、そういったねぎらいどころか、今自分が思っていることさえ。私にできたことは、ただジッと不安にさいなまれている人を見ること、ただそれのみだった。

 そうしていると、段々と少女の眼が淡く光り始めた。

「なんで? いつもみたいにわけわかんないこと言ってよ。煙に巻いてよ。私を安心させてよお……」

 彼女は私に失望しているようだった。私という最も外部にいる人間から安心材料を貰いたかったようだ。里乃さんはその後も貝のように押し黙っている私を見続け、やがてごめんなさいと呟くと立ち上がりどこかへと行ってしまった。

 私は自己中心的だ。

 先ほどの状況で何かを言ったならば、間違いなく彼女はその言葉を(かて)として進むだろう。それこそ彼女のこれからの人生を左右するほどに。それが怖かった。私は目の前で責任を背負わされている少女の、その一端を担うことになるのを恐れたのだ。ほかの世界で生きてきた人間に手を差し伸べられるほど私に勇気はなかった。だからといって、何か軽い言葉を投げかけられるほど私は二童子に関心がないわけでもなかった。

「おいおい。何か言葉をかけてあげなさいよ」

 私が茫漠(ぼうぜん)としてそこにいると、突如背後から声をかけられた。

 ビクリそして振り向くと、そこには金髪の女性があきれ顔で立っていた。頭には黒い山のような帽子を被り、前掛けのついた、古代中国風の服を着ている。

 その姿を見た瞬間、私の背筋に衝撃が走った。その威風堂々(いふうどうどう)さ、その絶対さ……。今にも腰が抜けてしまいそうな感覚を、私は一度体験したことがあった。前に道具屋で女性に会った、あれだ。その本質は全く違っているが、寿命が縮むような存在感と、あわせ持つ秘匿性(ひとくせい)は同じ程だった。

「かわいそうじゃないか。それともあいつの言った通り、仲はそんなに良くないのか」

 絶対的な少女は、腕を組むと可愛らしく首を傾げた。気落とされていた私は、その動作でようやっと正気に戻った。

「貴方は、一体」

 カラカラになった喉からなんとか言葉を出すと、目の前の者はジロリとこちらを見下ろしてきた後、支障はないかと独り言を発した。

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。弱き人間よ。私の名前は魔多羅隠岐奈(またらおきな)星神(せいしん)であり、宿神(しゅくしん)であり、後戸(うしろど)の……。いや、この()()()()()()()賢者の一人、と言った方が早いかな」

「賢者、作った?」

 私がぼんやりとした思考の中、隠岐奈と名乗った者の言葉を一部繰り返すと、彼女はうんうんと得意げに頷いた。

 幻想郷を……この世界を作った者。――気狂(きぐる)いのたちだろうか。一瞬よぎった余りにも失礼な考えを、私はすぐさま一蹴した。そんな下賤(げせん)な思考を目の前で浮かべること自体が不敬(ふけい)であると感じさせるほどに、彼女は堂々として、当たり前の様相をしていた。

 先にこの者は星神と名乗った。つまり神であるわけだ。そうであるならば、ヒシヒシと感じるカリスマと超常識的な雰囲気を漂わせている隠岐奈さんは、今までに会った神様よりはずっと納得できた。

「それで、その賢者様が私に何の用でしょうか」

「いや、次代博麗の巫女の教育も一段落着いたし、一回ぐらい彼女らの言うアドバイザーに会ってみたくてね。もっとも幼気(おさなげ)な者を泣かすような下種(げす)だったわけだが」

 彼女はニヤリと笑った。誤解だと主張することもできたが、どうやらワザと言っているようだったので、訂正する必要はなさそうだ。

「教育……。すると彼女らの言っていた師匠とは貴方のことだったのですか」

「間違いはない。彼女らに先生と呼べる者は複数いるが、私はその内の一人だな」

「はあ。複数ですか」

「個性的な奴らが揃っているぞ。隙間(すきま)に座る奴とか、妖怪封印男とか、四六時中布を(まと)った変態とか」

 微妙に穏やかな空気が流れる。その雰囲気に似合わず隠岐奈さんは中々どうして親しみやすい人物なようだが、私の緊張が解けることは一切なかった。

 彼女と一方がチグハグな世間話を続けていると、私は胸の奥にあるもう一つの感情に気づいた。畏敬(いけい)の念である。確かに隠岐奈さんはこれまで会った神より断然そのオーラは名に合っていた。しかし、それ以外にも私はこの気持ちには理由があるとした。まるで昔から信奉し続けていたようなこの想いは……。

 私たちがその後も取り留めもない話をしていると、廊下の角の方から一人の少女が顔を出した。舞さんである。彼女は、先ほど里乃さんがしていたような普段とは少し違う神秘的な装いをしていた。彼女は隠岐奈さんに目を向けると、多少顔を引きつらせて、そのままこちらに近づいてきた。

「お師匠様、こんにちは」

「お? 舞か。彼らへの堅苦しい挨拶はすませたのか?」

「もう、途中で里乃が勝手に抜けて大変でしたよ。……今日は修業はありませんよねー。なんたって特別な日ですから」

 笑顔のままにスルと少女の口から出てきた言葉に対して、隠岐奈さんは特に何も言わなかった。私はその時の彼女の顔を見ていなかった――少しの恐怖心からである――が、舞さんは顔に一筋の汗を垂らして、逃げるようにして私に目を向けた。

 私がジッと黙っていると、彼女はいかにも純粋であるという目をした。嬉しさしかないように思える目には、しかし、その深層には、少し突っつけば出てきそうなほどに不安定なモノが潜んでいた。彼女は隠そうとしているのだろうが、それはもしかすると里乃さんよりもハッキリと出ているかもしれなかった。

「おじさん! 僕、夢が叶ったよ」

「はい」

 単調な返事をする。少女は予想外の反応に一瞬固まると、少しわたわたとした後、隠岐奈さんを上目遣いに見てどこかへと駆けて行ってしまった。いつもよりも上級の服装をした彼女の後ろ姿はいつも通りの天真爛漫(てんしんらんまん)なそれであり、だからこそ私は多少安心することができた。

「労いの言葉も祝福の言葉も吐かんか。やっぱり貴様は冷たい奴だ」

 隠岐奈さんがこちらを睥睨(へいげい)しており、その様相は正しく小さい者を憐れんでいる強者だった。

 私は笑った。声を出さずに肩を揺らさず笑った。

「神様、これから彼らはどうなりますか」

「教える価値はないねえ、お前に」

「ですよね。……では、私は貴方を信奉してもよろしいでしょうか」

 彼女は突然の私の申し出に(いぶか)しげな表情をした。カアカアとカラスが外で鳴いている。その時、今まで何とも思っていなかったその声々に、私は懐かしさと同時に嫌悪感を持った。それは目の前の少女から発生している雰囲気に呑まれたからであることに他ならなかった。

 後戸の神は不思議そうに、穴が開くほど私の顔を見て、そして手をいきなりバッと広げた。

「好きにせよ。何が目的かは知らんが、私は神。敬うのならどのような大悪人であれ、一握りの聖人であれ、等しく信徒である。信仰した瞬間から、双方の意志を問わず神は雨となり人はカエルとなるのさ」

「ありがとうございます」

「……本当に何を考えているかは知らないけど、変な奴だなあ」

 彼女は困ったように呟くとふすまの方へと歩き、消えてしまった。

 私がなぜ彼女を信仰するように思ったのか。

 全細胞が私に命令したのか、俗に言うカンというものなのか。全くわからないが私は自らに芽生えていた、彼女に対する畏敬の念とともにある種の親しみに気づいていた。それは同じ秘匿性を持っていたからか、それともずっと過去か未来かの因縁から来たのかサッパリではあるが、しかしここで彼女との関係を藁一本ほども持っておかなければ、私は遠い未来で後悔するような気がしたのだった。

 庭を見ると、紅い霧が立ち込めたような景色が私の眼を突いた。幾分かおさまった物音が後方から聞こえ、めでたりゃめでたりゃと言う声がしていた。フラフラと揺れている草本たちを見ていると心の中が不自然にザワつき、やがてその不安感さえも、私のこころにくっついてしまった。

 唐突に、本当に突然私はふすまをけ破って精神病のようにわめき騒ぎたい思いに襲われたが、実体のない体も脳も全く働かなかった。


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