幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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二話 幻想に住む神

 時が幾分(いくぶん)か経った頃、私の心はおおかたの平静を取り戻していた。自らが透明になっていると気づいたときは恐ろしくビックリしたものだが、何とか感情を抑えつけることができた。……それにしても、よもや透明人間とはな。自分の姿が見えないというのは中々に不安なものだが、今までにない、普通に生きていて体感したことのない感覚だ。どれ、自伝でも出せばかなりウケるのではないだろうか。冗談である。

 とにもかくにも姿はどうであれ、また世に生を受けて地に立つことができたのだ。これに感謝を言わずとして何をしようか。手を合わせて神に祈ると、また一歩冷静さを取り戻した気がした。

 さて、今私は森の中にいるようだが、地面がなだらかな坂になっているところを観るに、どうやらどこかの山の麓のようである。ならば、上ではなく下に行くほうが賢明というものだ。近くに落ちている葉を確認すると、小さく円形を描いており、そこまで高い所に来ているわけではないだろう。

 とにかく、私はここから下山することに決め、緑の中を歩き始めた。ザクリザクリと何もない足元に次々と足跡がついていく。木々の間から覗く太陽の位置から判断して今は正午のようだ。早くひと気ある場所に着きたいものだが……。

 しばらく歩いていると、野性動物などは警戒心が強いためか出くわさないが、ふと清涼な少女の歌声がしてきた。人間がいるようだ。曲調は何とも寂しげなものだが、生命の謳歌(おうか)と繁栄を感じさせるフレーズである。草の少し多い地面を進みそれの発信源まで近づいていく。

 接近してみて気づいたが、どうやら二人で歌っていたようであり、微妙に音がずれておりそれもまた妙であった。……心なしか涼しくなってきた。カッチリとした冷たさではなく、心地よいなんとも夏然とした周りの景色に合っていない涼風だ。そもそも今の季節はいつなのだろうか。この少女らの声を聴いていると、どうにも秋のような雰囲気に感じられた。こんなにも緑葉がもりもりとあるのではあるが。

 少しすると、やっと二人分の人影を見つけた。それは少女の姿をしており……またしても宙を浮いていた。オレンジ色が特徴的な二人は、一人は葡萄(ぶどう)を付けた赤い帽子を頭に被り、もう一人はいくらかの紅葉を直接髪に差していた。

「こんにちは」

 私が挨拶をすると、二人の、おそらく姉妹だろう、は歌をやめてフワフワと飛びながら振り返った。

「あら、こんにち……うわ」

「どうしたの姉さ……誰?」

 淑やかにしていた姉と呼ばれている紅葉を差した少女が、私を見るなり顔をしかめた。一方妹だろう葡萄の少女は隣の姉を不思議そうに見て、そして私に注意を向けて目をパチクリと開閉した。

 そうか。私は透明人間だったのだ。空を飛ぶか服が立っているかすれば、間違いなく後者の方が異様だろう。そうであるならば、彼女たちの反応もあながち変なものではなかった。むしろこれは私の不注意である。ならば、考えなしに急に出てきて驚かせてしまった非礼を詫びなければならない。

「これは急にすみません。私、透明人間でして。決して怪しいものではございません」

「まあ、そうでしょうね。むしろ透明人間じゃないっていうほうが驚くわよ」

「服の妖怪とか、あり得なくはないかもねー」

 コロコロと笑う妹とは反対に、姉の方はジッと私を油断なく見ていた。不愉快だが仕方なく、むしろいきなり異様な存在が現れたにしては冷静な対処である。もし私が彼女らの立場だったならば、驚きに、まばたきをすることさえ許されなかっただろう。そう考えると両者の反応は良く、私は中々どうして幸運であると言えるに違いない。

 しばし沈黙が降り、やがて姉が肩の力をゆるめた。少しばかり警戒心が薄れたようだ。

「はあ、こんにちは妖怪さん」

「妖怪? 私は人間ですが」

「はいはい。それで私たちに一体何の用?」

 軽く流されてしまった。ここは是非(ぜひ)を問わず断固主張したいところだが、致し方ない。私は、自分は人間だ、という言葉を呑み込んでこちらを見下ろしてくる少女に向かい合った。妹の方は木を見ていた。自由なものだ。

「私、先ほどここに来たばかりで右も左もわからず、困っていたのです。もし宜しければ貴方たちの所属するコミュニティに案内してくれませんか」

「こみゅ? なにそれ」

 私の期待していた反応とは違い、彼女はただ首を傾げるのみだった。発音よりもカタカナ語じたいが通じていないようであり、妹の方は気にせず葉をむしっていた。

「言い換えると、人が集団で暮らしている場所のことですが」

「ああ、なるほど。……ねえ、貴方。話は変わるけど私たちって何だと思ってる?」

 随分と抽象的な返答だ。目の前の彼女たちを良く良く観察しても、奇特な格好をした少女、という印象以外に何も浮かばなかった。

 ……はて、少しばかり答えに困りかねて意識を別の方へ向けると、果物の匂いがした。上を見ると、少量ではあるが熟した木の実がポツポツとなっていた。少女は、姿が見えないからか私が余所見をしたことに気づいてないようだった。

「人間、いや妖精だろう。おそらくは」

「よ……! ふ、ふーん。酷くなめられたものね」

 おや。私は勿論冗談のつもりで言ったのだが、彼女は本気にしたようで体を大きく仰け反らせると、すぐ様こちらを睨んできた。ふうむ、私なりのユーモラスのつもりだったのだが、どうやら思ったよりも傷つけてしまったようだ。いかんな。茶目っ気など今の状況で出すべきではなかったか。

「申し訳ありません、少女よ。このような森の奥に住むなどと並の人間ではないのでしょう。非礼をお許しください」

「にんげん……。ああ、そう! いい? 私はねえ、私たちはねえ」

 少女は私の言葉に対して呆然と呟くと、親殺しを見る目を私に向けた。

 妹は木の手入れをしているのか、その時私は自らの目に飛びこんできた光景を信じることができなかった。彼女は、瞬間的に側芽を成長させ鮮やかな花となし、果実を作っていたのだ。

 そういえば、なんだ。周囲を見渡すと、正しく秋の光景が広がっていた。木々の葉は紅く黄色く色づき、落ち葉が地面一帯に敷き詰められている。ハラリと紅葉が落ち、私の肩へと乗る。再び目を二人に向ける。これをしたのか? 目の前の二人が? 私の頭は理解が追いつかず完全に取り残されていたが、次の少女の、いや童女の外形をした何者かの言葉でついにオーバーフローした。

「神よ! 名は秋静葉、こっちは秋穣子。紅葉と豊穣を司る山の神!」

 我慢の限界だといったように彼女が、静葉と名乗った神が叫んだ。もう一人は手にリンゴを持って無邪気に笑っていた。私は乾いた笑い声を上げてしまった。

 神とはな。先も神を自称する者に会ったが、よもや立て続けに、その、神に出会うなど現代人であれば誰が予期できるだろうか。仮死体験をし、神に助けられ、体が透明になって、どことも知らない所でまた神に遭遇する。刺激は人生の最高のスパイスとは呼ばれるが、どうにも多すぎて胸焼けしてしまいそうだ。

「はあ、神、ですか」

「そうよ、わかったでしょ? 神は人の信心を力とする存在。貴方みたいな怪しいやつにホイホイと案内するわけにはいかないの」

「はいどうぞ。信仰してね」

 私の気の抜けた返事に秋の神は決然と言うと背を向けた。彼女の妹は私に赤く熟れたリンゴを手探りで渡すと、姉に続いて去っていこうとした。勿論浮いて。私は二つの小さな後ろ姿に、声を大にして呼びかけた。

「すみません。ここは、ここはどこなのですか」

「ずいぶん抽象的ね。ここは山の麓よ。……いえ、この地域の名を知りたいのかしら」

 姉の神様はこちらを振り向くと、クスクスと笑った。周囲の葉がいっそう黄色く、そして紅くなり、パラパラと落ちていく。それらが風によって舞い上がり、辺りは秋で埋め尽くされた。――そうか。今はちょうど初秋なのか。

 その時、私はここの季節と目の前の二人、周りの景色をハッキリと認識することができた。何者にも縛られない自由さと不確かさという気風を感じとった。そうすると、神々の格好は、なんら不思議ではないと悟ったのだった。

「幻想の楽園。重苦しい失楽園(しつらくえん)。いろいろ例えようがあるけど、そうね。一般的にこの世界はこう呼ばれているわ。幻想郷って」

 ザアザアと音を鳴らしながら風が紅葉を浚っていく。一回まばたきをすると、もはや姉妹の姿はなく、幻のように忽然(こつぜん)と消え去っていた。唖然とした男を一人残して。

 幻想郷……。これはまた風情のある呼び名だ。短絡的に取るとするならば、幻想の郷。つまりは想像が集まる場所だろう。想像とは何だろうか。彼女らは確か私のことを妖怪と言っていた。最初は冗談の類いだろうと決めつけていたが、今考えると、どうにも、その……。

 この状況で私が思い浮かべている、空想上の生物がこの世界に存在する、といった考えを一笑にふす者がいるならばお目にかかりたいものだ。それはかつての私自身だろうか。しかし、私は知ってしまった。近くに潜んでいる超自然的な存在を。超科学的な存在を。

 視線を落とす。そこには赤くいかにも美味しそうなリンゴが空中に浮いていた。ああ、そうか、なるほど。思ってみれば、私こそまさに非現実的ではないか。周囲に目を配ると何もかもが調和をしており、ある所では紅、ある所では黄であるにも関わらず全く不自然ではなかった。そして、その中には私も入っていた。

 ハッハ、ハッハッハ、アッハッハッハッハッハ!

 透明な生物のなんと幻想的なことか。私はほとんど気が違わないようにすることに必死だった。両手で足元の葉っぱを掬って空中に散らばらせる。ヒラヒラとうごめきながら降下していくそれらを見ていると、私はやはり自分はこの世界の住人になったのだなと感じた。そして、それは悲しくもあり、同時にどこか嬉しくもあった。

 

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