幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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三話 人を想う賢者

 歩みを止めるわけにはいかないので歩き続けていると、段々と林床に射す日光の量が多くなってきた。日が徐々に傾き始めたのもあるかもしれないが、そうであっても下部に降りていることは坂の傾斜(けいしゃ)が緩やかになっている時点でも明らかだった。このまま直進していけば、いずれは森の中を抜けられるかもしれない。

 そういえばあの姉妹の後も、おそらく人外の者に一人遭ったが、そちらは私のことを気味悪がって話そうとすらしなかった。いくら同種属間(どうしゅぞくかん)ではないとはいえ、意思の伝わる者に対して故意に避けられるのはやはり良い気分ではない。

 私は手に持ったあたかも空中に浮いたようなリンゴを穴が空くほど見つめた。周りの景色と相まって酷く不自然なそれは、ただ赤い表面を肩身が狭そうに鈍くひからせていた。このまま仮に人々の住む地が見つかったとしても、今の格好ではいかんせん不都合だろう。……服を脱げば大丈夫か? いやいや、私がいくらチッポケなプライドしか持ち合わせていないとしても、流石に自らの尊厳を踏みにじるようなことはしたくない。それに誰からも認識されないのでは正しく本末転倒ではないか。

 バカバカしい。私の口から低く重い呟きが漏れ出た。いろいろあって疲れた。若くないこの身では、自己定義としての今日は、様々なことがあったために展開についていけない。……オーイ、あまりにも急展開の連続じゃあないかね。このようなストーリー、私の元担当に渡したらそれこそ目の前でビリビリに破かれるだろう。

 それほどまでに理不尽であり考えなしであり、しかしその不断(ふだん)な荒波に私はどこかリアリティを感じていた。次は何が起きるのだろうか。私の予想や常識を遥かに上回るなにかが来るのではないだろうか。実は年甲斐(としがい)もなくワクワクしている部分も心の底にあったのである。

 それ、今度はなんだ。そうだな、例えば後ろを見たら……扉があったりなどと。突拍子もないことだろうか。いやいやあり得るかもしれないぞ。その先には、うーむ、神がおり、その者こそが私が信奉するに相応しい――

「止まりなさい」

 私がとりとめもない妄想をしていると、ふと前方から若い女性の声がした。浮遊していた意識を戻して前に置くと、そこにはまたしても何とも奇抜な、中華の服装の少女がいた。右手は怪我でもしているのだろうか包帯でぐるぐる巻きにしており、ピンクの髪に両サイドを纏めているシニョンが特徴的だった。

 とりあえず私は彼女の言うとおり静止した。雰囲気から少女は相当の強者だとわかったが、別段どうでもいいことだ。

「この先は人の住む地よ。貴方のような半端者が入ったところで一瞬で(むくろ)をさらすことになるわ。わかったら元居た場所へと引き返しなさい」

 早口で(まく)し立てると彼女は油断なく私を見てきた。言葉から察するに、この先に人々がいるようだ。なるほど有益な情報だがそれにしても彼女は何者だろうか。彼女は私でも人間でもなく、人と何かの関係の変容を危惧しているようだった。とすると、まず人ではない。人ではないということは人外であり、異種である。

 しかしながら話しかけてきたということは、少なくとも暴力に身を任せる獣ではないということで、しからば礼節を尊んでいるのだろう。そう結論付けると、私はまずこちらも礼を示すべく腰を折った。頭を下げているのは見えないとは思うが、服の動きで理解できるだろう。

「こんにちは。貴方は?」

「へ? あ、ええ。こんにちは。仙人です」

「通っても宜しいでしょうか」

「え、ああどうぞ。お気をつけて――違う!」

 仙人と名乗る少女から許可が降りた。さて、これから同胞のいる地だと意気こんだところで、急に通せんぼをしていた仙人様が叫んだ。何だとそちらを向くと、そこには鬼がいた。正確ではない。鬼のごとき形相をした者がいた。とてもこわい。

 私が泡を食っているのを感じ取ってくれたのか少女は一つ咳を払うと、落ち着いた様子になった。上空で何かが飛び回る音や、地上の周辺で何かが動き回る音が聞こえる。

「貴方、私がさっき言ったこと聞いた?」

「私が先へ行くことは奨励されないようですね」

「そう。だから森へ戻りなさい」

 彼女は腕を組み、厳然(げんぜん)たる面持ちで私の前に立ちはだかった。風が吹きピンク色の髪が揺れる。……参った。彼女からは断固とした決意しか感じとることができない。これはつまり、私は障害により前以外の道を行かなければならないことになるが、横も後ろも行く価値がない。

 フーム。今、彼女はありとあらゆる感覚をもって私を認識している。それは、少し戻ってしぶしぶ裸体となり横を通り抜けることも叶わないことを意味している。するつもりもないが。

 となると解決策は一つだろう。すなわち、この者の考えの変化である。説得だ。そうしなければ私はまたしても緑の迷路をさまよい、持っている神の恵みさえも消費してしまうに違いない。生きる目的はないが、生きるという目標は持っている。

「通していただきたい」

 沈黙。

「私は争いを好まぬ元来の平和主義者的牧歌人です。春は茶をすすり、夏は蒸気に蒸され、秋は(みの)りに感謝し、冬は冷風に身を振るわせている、ただのインドア派なのです。そのようなものがいかようにして何かの火種となることがありましょうか?」

 沈黙。

「私は人間です」

「……貴方のような透明な人間がどこにいるのよ」

 私が諦め半分に放った言葉を、しかし少女は先と違い受け止めた。バカモノを見る目を向ける彼女に対面している私にとって、これはチャンスであるように思えた。取っ掛かりは小さいが、こうなればクレイジーになるより他はない。自らを口から産まれた者と信じ込むのだ。

「本当ですとも。ただ少し外面が違うだけで、本質は同じです」

「人間だっていう証拠は?」

「ありません。私がそう思っているだけかもしれません」

「随分と、正直者ね」

「私は一切自らを偽りたくないのでございますゆえ。秘は虚ではありません」

 私がそう言うと、仙人様はまたしても黙りこくってしまった。しかし、それは今までの様子と幾分か違っていた。彼女は喉元まで出かかっている何かの言を放つまいと我慢しているように見えた。自我の放出は自らの否定となっているのだろうか、(さか)しい彼女は深呼吸をすると右腕を自らに引き寄せた。

 ジッと見てくる彼女に私はニッコリと笑うと、見えていないだろうに溜め息をつかれた。何がどうしてどの言葉が心に伝わったかはわからないが、少なくとも私と少女の双方の間にあった堅固な空気は和らいでいた。

「貴方の姿はわからないけど、心の有り様は把握したわ。問題を起こすことはないでしょう……多分」

「それならば」

「理解した。貴方は人間、そういうことにしてあげる」

 一ヶ所気になるところがあったが、概ね私に対する嫌疑はなくなったようだ。やれやれ、とんだ道草を食ってしまった。生来話すことに慣れていないためか、これまでの道程よりも多少疲労を感じた。

 話し合いを終え、意気揚々と目の前の道とも言えないみちを歩こうと踏み出し、またしても呼び止められた。

「ちょっと。まさかその格好で行くつもりじゃないわよね」

 私が億劫げに振り返ると、そこには少しばかり驚いた様子の仙人様がいた。そうか、再三(さいさん)思うことではあるが、今の私は透明ではないか。もしこのままで行ったならば、人々に混乱を招き、通報されるか、石を投げられるか……。

 考えただけでもげんなりするが、それを回避することができない私は、ただ彼女にわざとらしく空いた手で自らの服をつまみ、続いて肩をすくめることしかできなかった。

「この服は私の唯一の持ち物……あ、いやリンゴも含めれば二つカッキリの持ち物です。仕方ありません。為すがままに」

「任せたら服どころか肉体、はどうとしても魂も消えてしまいますよ。しょうがない。本当はこのような協力めいたことはしたくないのだけれど」

 彼女は包帯を巻いていない片腕を真っ直ぐ横に伸ばすと、何事かを呟いた。……なるほど。何か術でも使うのだな? 私が()()()をつけると、それは果たして予想した通りであり、彼女の手先が煙で包まれる。そして晴れるとそこにはいつの間にか立派な鳥類がいた。

 彼、あるいは彼女は全く私のことなど眼中にないのだろう主人に対して浅黒い布を突き出しており、仙人様はくちばしに摘ままれたそれをスルリと受け取っていた。

 鷲だろうか、鷹だろうか……。私が頭を悩ませていると、ふと頭上にて先ほどまで聞こえていた羽ばたき音が完全に消え失せていることにおくらばせながら気づいた。動物を従えるという全く仙人然とした少女は、ごわごわした皺だらけの布を手中で丁寧に折り畳むと私に素っ気なく差し出した。

「はい。まあ無いよりはマシでしょう」

「おお……。やはり人々に尊敬される仙人様は違いますな。私、彼らの気持ちが今わかったような気がします」

「はいはい。見返りは……。そうだ、それと取り換えましょう。ちょうどお昼から数刻経ったし」

 私が丁重に布を貰うと、今度は仙人様が空中に浮いていたリンゴを取った。少し早い秋の恵みを前に、少女は物珍しげにそれを舐めるように見て、すぐには食べずにクルクルと指先で回し始めた。

 布一枚と果実一個。私にとっては過ぎた物品交換であり元々誰かからの貰い物であっただけに何だか申し訳ない気持ちになったが、これも神の恩恵と割りきることにした。彼女は私がそちらを見ているのに気づいたのかこちらを向くと、わざとらしく控え目に笑った。

 私は、やはり罰が悪かった。

「それでは気をつけて。見えない面を付けた人間よ」

「感謝します。かすみ(まと)う仙人よ」

 突如地面にあった多量の落ち葉が巻き上がる。私が一瞬そちらに意識を傾けると、もはやそこには仙人と鳥の姿はなかった。幾本かの羽が地面に落ちている。遠くで羽ばたき音と鳴き声がして私は軽く笑い声をあげた。

 人と会わずに人外の者らと連続して遭う。なんと奇妙な日だろうか。なんと不思議な世界だろうか。貰った布をはためかせ羽織(はお)り服にする。

 小説のネタがいくらでも湧いてきたが、しかし仮に紙があったとしても、どうにも私はそれを白紙の上に写そうという気にはなれなかった。それはきっとこの世界を出たとして、もとの世界に戻れたとして、また同じことだろう。

 自分の中のチッポケな心が物書きとしての信念を穏やかに押さえつけていることに、この程度であったのかと職への熱意に失望する一方で、それ以上になぜだか無性(むしょう)に嬉しかった。

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