幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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四話 導きを示す闇

 ふくろうの鳴き声が林の中を通り抜ける。周りは暗黒に包まれており、上からは月の光が降ってきている。あれからかなりの時間が()ちとうとう夜になってしまった。私自身の土を踏む音が、不気味に辺りに行き渡っていく。秋の始まりといってもやはり蒸し暑く、えてして不快になってしまうものであり、それが植物に囲まれた場ならなおさらである。

 どうしたことだろうか。もう随分歩いたはずなのだが、道一つ見えてこない。人々が居るのではないのか。……もしかしてだが、よもや仙人様の嘘だったのだろうか。貰って体をくまなく被った布が、不可視の体と擦れる。

 格好は大丈夫だろう。手も足も見せず顔のある部分には陰が降りるような風にしたため、私の実態を知ることはいかなる者でもできないに違いない。だというのに、その努力がこうも長くのあいだ無下(むげ)にされるとは何事か。イライラとした気持ちが時につれ増していき、それと同時に空しくなってきた。

 私はなぜ歩いているのだ。足は棒になり、もはや自分と別の部位であるかのようにカチカチと機械的に動いている。一寸先が見えないということはギリギリないが、しかし先がわからないということは、私にある種のストレスを与えていた。

 これを緩和するにはやはり情報があれば良いのだろうが、しかしそれも(かんば)しくなかった。ここいらに来るまでに多くの魑魅魍魎(ちみもうりょう)に遭ったのだが、私が声をかけても無視するか、反応した場合であっても私が人間であるという素性(すじょう)を明かすと、一瞬目の色を変えてから思い出したように首を振り、酷く決まりが悪そうにトボトボと去っていったのだった。

 呼び止めても振り向かず、忌々しく舌打ちをしてから彼らは一様にして木々の闇へと帰っていってしまう。この世界では人間とそれ以外には何か確執があるのだろうか。フーム……。

 少しでも気をまぎらわすために無理矢理考え事をしていると、私はある違和感に気づいた。はて、周りはこんなにも暗かっただろうか。いくら夜とはいえ、ここまで黒塗り一色であるのは月が出ている限りあり得ないだろう。ではなんだ。また不思議現象か。

 私が予想しているのもかくや、いきなり前方に現れた細長い何かにぶつかった。体前面に鈍い痛みが走り、衝撃で思わず尻もちをつく。凄まじくイタイ。

 木の臭いが鼻にこびりついていることで、私は今しがた衝突した物体が木の幹であることを悟った。ふつふつと心が煮えくり返る。木の姿は相変わらずない。視界も完全に何も映していない。変化があったにも関わらず足を止めなかった私も悪くはあるが、それにしても理不尽ではないか。

 私は自らに溜まっていた怒気(どき)を放とうと口を開き――

「んあ? なに今の音、そこに誰か――いった!」

 突如発生した少女の声と悲鳴に閉口せざるをえなかった。ドシンと前から衝突音がして、頭におそらく葉がハラハラと落ちてくる。

 その瞬間、闇が取り払われて薄ぼんやりとした巨木が私の前に顕現(けんげん)した。……よもやこれが先ほどの声を出したのか? 何はともあれぶつかったならば謝罪であろう。胸に去来していた憤怒の気は、いつの間にか消えてしまっていた。

「ああ、すみません。ぶつかってしまいました」

「え? えええ、しゃ、しゃべった!」

 話すのは当たり前だろう。ああいや、今の私は服しか見えていないため、ひょっとすると服が飛んできて衝突したと思ったのかもしれない。

 それにしても、どうやらぶつかって悲鳴をあげた主はどうやら非常に信じがたいことだがこの木であるようだ。……タイミングが違っていたような気もするが、植物が喋ることに比べれば些細なことだろう。

 私は目の前に、立派に直立する大木を見上げて、これがあのような童女の声を出すものかとしばし感慨にふけった。

「お怪我は……見たところ大丈夫そうですね」

「あ、ありがと。それにしても、ええー……。貴方、名前は? 私はルーミア」

 木であるのに名前があるのか。もう少しで出かかった失礼な物言いを私は何とか引っ込めた。名前、名前……。私にとってもはや手から離れたモノコトに囲まれた名を使うことは、幾分かのためらいの感情を引き出した。私にそのようなものは要らず、またこの先も必要ないだろう。

「私に名はありません」

「ふーん、まあそうでしょうね」

 納得したような言葉に、私はカチンときた。しかし、それと同時に気づいた。これは……情報を得るチャンスではないか? 

 少なくとも、おそらく彼女は、雄大にでんと構えてそこに生えている。これまでの者たちと違いどこかへ行くといったことはなさそうだ。ならば、試してみようという心持ちに私はなった。

「ところでルーミアさん。つかぬことをお()きしますが、この先に人はいますか?」

「貴方がそれを知ってどうするのさ。……人? それなら私の後ろをまっすぐ行くとうじゃうじゃいるよ」

「へえ! そうですか」

 思わず声が昂ってしまう。捨てる神があれば拾う大樹様がいるものだ。彼女は私の上がり調子になった言葉尻に、苦笑を漏らしていた。相変わらずの無表情をさらしているが、私はそれに対しても安心感を得ていた。

「ありがとうございました。ルーミアさん」

「どーも。それじゃ元気でね。枯れないように」

 うん、枯れる……? ああ、彼女自身の立場から言えば(まさ)しくそれは『お大事に』と言っているに等しいのだろう。周りは無間(むけん)の暗闇に覆われており、ここだけが私の視界で隔絶(かくぜつ)されている。しかし、目的地まではあと少しだ。

 私は自らをひっそりと鼓舞すると、精神の救済者にお辞儀をして歩きだした。木様の向こう、そのさらに奥へと向かう。

 側面まで来ると、いきなり木の裏から一人の浮遊した少女が視界に入った。彼女は少し楽しげに顔を綻ばせながらこちらを進行方向として飛んでおり、私には気づいていないようだった。……それにしても見えづらいが金髪である。頭に付けた赤いリボンは普通であるが、ここいらの住人には少々日本風でない奇特な髪色が多い。

 そんなことを考えながら双方近づいていくと、少女は私に気づいたかほんの少し目を見開き、続いて社交的で幼い笑みを浮かべた。

「こんばんは。良い夜を」

「ええ、こんばんは」

 少女の挨拶に返答し、会釈をする。……はて、先の声はどこか、しかもつい最近聞いたような気がするのだが、上手く思い出せない。

 彼女は不思議そうに私を見ていたが、それも一瞬であり、すぐに興味を失うとハミングをしながら進み続けていた。有益な情報は横の者から与えられ私も特に彼女に興味はなかったため、互いに何も言わず通り過ぎた。

 心に余裕を持って、上を見る。前の方にはより空の隙間ができており、そこにはパラパラと星が散りばめられていた。一部しか見えていないが、どれ私の元星座は……。星が多すぎて何が何だかわからない。

 眼をゆるめると様々な点が遥か遠くから私に光を運んでくるが、それがとても線を(つむ)いでいるように私には見えなかった。ウーン、ウーン。どうにも知っている星の集まりが見つからない。

 こうして歩きながらも何か目下の課題以外で悩んでいることは心に余裕を持てたということの確認となるので良いことなのだが、やはり苦悩は心の病気である。何とかして解決しなければ。

 しかし、探せど探せど一向に私の知識と照らし合わせられるモノがない。困ったな。今にも雲がその体を動かして空を黒一色にしてしまうのではと私は気が気ではなかった。

 バカバカしいことだが、なぜか意固地になってしまっている自分がいた。解決策は、解決策は――おお、そうだ!

 私は立ち止まると足を痛めないようにおもむろにしゃがみ、二つの丸い小石を拾った。どれどれ、これを……よし。

 私は手を思いっきり伸ばすと小石をまるで空中に浮いているかのように見せた。両方の手に一つずつ。すると、ほぼ一直線上に四つ並んだ星と少し上に離れた一つの間に、先ほどの二つを置く。ものの見事なひしゃく型。できた。私でも知っている星座、北斗七星の完成である!

 空中に留まる七つの星々は、私の目に焼きつき、サッと溶けてしまいそうに感じた。私は、初めて自らの透明な体に感謝した。この姿が見えないために、自らの知るものを作り上げることができたことに。

 

 

 その後、急に襲ってきた眠気を制しながら間隔の大きくなっていく林の中を私は歩いていた。時間にして十分ほどだろうか。私は、ついに木々のない空間を先に見た。

 足取りが自然と速くなってしまう。その自らの無意識的行動に私は人知れず笑い、あっと思うと歩行速度を何とかゆるめた。危ない危ない。また先は崖かもしれないのだ。二度目はないかもしれないため、繰り返しは避けたいものだ。

 虫の鳴き声が私を落ち着かせる。そっと最後の木まで着くと、そこから顔を出した。どうやら先は丘になっているようであり、ひらけた場に薄い暗闇があった。意を決して草本(そうほん)のひしめく地面へと踏み出す。

 小高い丘陵となっていたその眼下には、月の光に照らされている家々があった。

 木造なのだろうか、ほとんどが三角屋根のそれらは整然と並んでおり、大きな道が遠くに見える。かなり広い土地にそれを囲む塀に、敷き詰められた家、遠目に見える川のようなもの、道、木……。この規模は、かなり大きな里といったところだろうか。

 私はそれを目の前にして足の力が抜けていくのを感じた。本当に、本当にあったのだ。数時間歩き続け、闇をかき分け、ついに辿り着いたのだ。

 私は地面に崩れ落ちそうになって、すんでのところで何とか体を支えた。喉の奥から声にならない笑い声が出た。赤子のように眠る人里の、私が今まで見てきた夜光に包まれる街に比べてなんとも未熟なことか。無機質なそれらより、なんと愛らしいことか。

 遥か昔の童子(どうじ)の頃、迷子になりようやく帰りついたときに(いだ)いたものと全く同じ情動を私は実感していた。現代の人工物に彩られた子ども達にこの景色を見せてあげたい。私は何の前ぶりもなく、ふとそう思った。

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