幻想童子祭~Two girls who behind a door~ 作:文章崩壊
慎重に一歩一歩坂を降りていき、そして私は門と思われる所に辿り着いた。大きく三角屋根の乗ったそれは来訪者を固く拒むように口を閉じている。遠方ではそれほどでもなかったが、いざ近くに立つとこれまた
そして門であるが、勝手に開けるのも気が引けるので私がジッと柱のように立ち
すぐにロウソクを持った老人と、脇で武装した二人の若い男が門から現れた。脇の二人は眠そうに目を半開きにしていたが、真ん中に立つ者は全く一分のスキすらもなく私を見据えていた。灯りのおかげで、うっすらとではあるが彼らの後ろにも複数の人がおり、弓の輪郭を描く物を持っていることが
「旅のお方よ。こんな
ロウを持った男が柔和に私に話しかけてきた。初老のその者は、顔のしわをさらに深めていたが、しかし目は一切笑っていなかった。私だけでなく風景全体を見ている。彼は闇に何かうごめくものはないか確認しており、もちろん私の一挙一動を見逃さぬぞという気風が感じられた。
近くに何も通らないことを祈りながら、私は頭を包むフード状の布を少し深く調節した。
「私は人間です。気がついたら森の中におり、一心不乱に歩いていたところ、偶然にこの里にたどり着きました。願わくば、中に入れて貰えないでしょうか」
「人間だあ? だったらどうやってあの木々のなかを抜けてきた。妖怪どもから一切を逃れてきたとでも言うのか」
槍を持った右の若人が嘲笑しながら私を見下ろしてきた。全くと言っていいほどに信用されていないのは、まあ当然だろう。このような夜更けに体を隠した一人のゆえも知れない誰か。この人物を警戒しない者はいないに違いない。
誤解をとくにはどうするか。このような状況で偽りを述べたとしてもそれは下策だろう。私はこの世界に対してあまりに無知すぎるためである。ボロを見せて一層怪しまれるくらいなら、最初からボロを見せても良い。
「その通りです。途中で
「ああ? そんなことがあるわけないだろ。お前、嘘を――」
「黙れ。ふうむ、どうやら旅のお方。貴方は、嘘は言ってないようだな。真に通常なら信じられぬが、今なら、ふうむ……」
調子づいた男の言葉をロウソクの男がピシャリと遮ると、続いて自らの顎を撫でブツブツと呟き出した。何とも不思議な空気になってしまった。老人が呟きを止めると私を見つめ始めた。その黒く小さい瞳には、昔をなぞっている年老いた者特有の懐古の念があった。……どうして私をそんな眼で見ているのだ。疑問は全く疑問のまま終わってしまった。
厳しさは残っているが、本当に少しだけだが空気が和らいだ気がした。かといって状況が好転したわけではなく、このままでは詰みであることには変わりはない。そう、もし顔を見せろなどと言われたならば私はどうすることもできないからだ。
何も無い状態をさらすわけにはいかない。すれば必ず、私の体には矢かあるいは槍の鉄製の部分が刺さるだろう。感覚はあるため絶命は必至である。
さて、次はどのような言葉を投げかけてくるか。なにが来たとしても、あの手この手で切り抜けるより他はない。私が己の中に決意を固めたとき、まるでそれを見透かしていたように男は静かに声を放ってきた。
「良いだろう。入りなさい旅の人よ」
「……何?」
今、この御人はいったい何と言った? 付きの者が困惑しているのをよそに、彼は先ほどまでとは違いカラリとした笑顔を浮かべた。それは、正しく同種に接するときの表情に違いはなかった。どういうことだ。あまりにも開けっぴろげすぎやしないか。都合が良すぎる。この里は
思考はグルグルと回るが結局答えを見つけ出せない。すると、いつの間にか
「どうした、早くせんと門を閉めるぞ。それとも寒門の方がお好きかな?」
途中で意地悪そうに笑った彼に私はハッとしてボサッとしていた二人の男とともにその者の元へ急いだ。門の前にもはやこの四人以外の人影はない。そして、それらすらも少しばかり開いたスキマに吸い込まれて、消えた。
暗闇に浮かび上がる無数の家屋に、路の脇に何本か植えられた
あの後、私は老人から泊まるところはあるかと訊かれてかぶりを振ると、印の付いた地図を貰った。何でもそこなら宿泊が可能でありこの時間帯でも開いているため、そこに寄ると良いと言われた私は、眠そうな仏頂面の若者二人と男に別れを告げ地図上に示されている場所を目指している。
里の内に入った後に目的ができたのは幸運だった。かの者には感謝してもしつくせないだろう。……彼は門の見張りをしていたのだろう。私と同年代だろうにこのような夜中まで若さに気劣りすることなく、むしろ追い越しているのは中々凄まじいものがあった。私も心は若いつもりではあるが……いやはや。
閑話休題。静けさに呑まれている家々の窓はただ黒のみを映しており、眠っていると表現するのが適している。明かりのついているのもしばしば見受けられるが、それでもほんの僅かな光源でありそれこそ私の今所持しているロウソクと似たようなものだろう。
さあさあと水の流れる音と私の歩行音しかしない。……今なら踊ったとしても誰にも咎められることはないに違いない。もちろんしないが。
気を取り直して地図を照らす。西に十四区画、北に五区画。印は、そこの前に間違いはない。私は他の家と何ら変わりのない――待てよ。良く良く見ればその家には他と違い玄関の先に明かりが確認できた。家の者は起きているのだろうか。夜もどっぷりと更けているのだが……。
とにかく目的地に着いたのだ。私は道と家の境界を乗り越えて、暗い敷地内を灯りを頼りに進んだ。私のそれと前方のそれが線で繋がっている。
扉の前につき、控え目に戸を叩くと全く間隔をおかずに応じる声が向こうからした。少し待つと扉が開き、そこには質素は身なりをした老女が立っていた。
「こんばんは。主人から話は聞いていますよ。ささ、お上がんなさい」
彼女は薄明かりのなか微笑を浮かべると家の内へと引っ込んだ。話を聞いている? 私はここまで直線に道を歩いてきた。最短ルートだ。だというのにもう情報が伝わっているのは、早すぎやしないか。
私はしばし謎に対して熟考したかったが、家の者に迷惑をかけたくないのとだいぶ体が疲れているのもあって複雑な思考を停止し、彼女に続いた。
玄関は雑多であり、長いロウソクが棚の上に置かれて周囲を照らしている。私は背を向ける女性に付き従いすぐそこにあった襖をくぐった。部屋から部屋を二つほど通り抜け、私はある一室に案内された。こぢんまりとしたそこは、丁寧に布団が敷かれておりおおよそ四畳半の広さであった。かろうじて外形が見えるそこで私が目を凝らしていると、女性は再び笑って私のフードの内を見た。
「こんな夜分に疲れたでしょう。ここが貴方の部屋です。それではおやすみなさい」
寝巻き姿の彼女はウニャウニャと眠そうに言うと、私の脇を通り抜けてどこかへと行ってしまった。その場に取り残されてしまった私は、ただポツネンと置かれた敷き布団を凝視していた。もともと空き部屋だったのだろうそれ以外に特に目立った物はない。
それにしても話が旨いものだ。これも生前なにか善いことをしたからなのだろうか。それとも……。
私は当てもない思考を振り払いとにかく今は自らの欲求を満たそうとそのままの格好で布団に潜った。薄いが、しっかりと私は何かに包まれている。その心地よさを感じるとともに、私の意識は
扉の向こうから覗く二人の小さな先住民に気づかずに。
一人の老人と男が門に立っていた。先ほどまで共にいた一人は、門の向こうを監視するために低い物見台に座しており、その首はコクリコクリと上下に動いていた。夜に包まれるなか、不満げな視線を老人は軽く流していた。
「あの、本当に通して大丈夫だったんですか? あんな見るからに怪しいやつを……」
もごもごと口を動かす若人が言うと、男はそちらを見ず小さく笑っていた。その様子に眠気のそれなど微塵も感じられず、若い者は本当にこれが老体かと思った。
「ふん、動くより能のない者はこれだから困る。学び舎ができても良い頃かもしれんな」
「へ、へえ」
「私が
「こないだは二百体って言ってたじゃあないですか」
「ふん、どっちも変わらんな。ちっぽけな男だ」
呆れた視線を送ってくる彼に、口を真一文字に結ぶと何とも若者は情けない顔をした。一緒に見張りをしてくる旨を伝えるとそそくさと離れた男に、老人は溜め息をこぼした。布をまとった、年を食った異様な男が去っていった道を見る。そこには、誰もおらず風が吹いているのみだった。
彼が上を見上げると、星空がどこまでも続いていた。月は巨大な
「奇縁か。のう、師匠よ。祭ばやしが聞こえるわい」
老人の呟きは彼自身しか聞かず、夜はいっそう更けていった。