幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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七話 秘の元の対等

 いろいろ歩き回ってようやく台所に着いた。水の匂いと朝特有のおぼろ気な光が射し込んでいるそこでは、奥さんが一人食器を洗っていた。(おけ)だらいに手を突っこみじゃぶじゃぶと音をたてている彼女の後ろ姿を見ていると、なんだか懐かしい感じがする。

 ここに水道は通っていないのだろうか、蛇口の姿がない。そういえば私が持っている皿も木と石のものであり、プラスチックは一つもない。うーん、ここは中々どうして森の中を連想させるが、その割りに地が広範であるのもまた疑問点である。今は、やはり現代ではないのだろうか。

 私が隣に立ち台の上に積み重なった茶碗類を置くと、気難しい表情をしていた婦人は()っている髪を振ってこちらを見た。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「あら、お粗末様。お口に合って嬉しいわ」

 笑顔を浮かべる彼女に、私は十年ほど前に会ったきりである母親を思い起こした。新しく小さな食器と古く一般的な大きさのそれがガラス戸に入っている。彼女は再び自らの手元に視線を戻すと、慣れた手付きでしっかりと洗い始めた。冷たい風が開け放たれた窓から木の柵を伝って室内に流れ込む。外から生活音がまばらにしてくる。

 私はジャマになるのもイヤなので部屋を出ていこうとすると、奥さんは、視線はそのままに話しかけてきた。

「あの子達は、貴方の目にはどう映ってるかしら」

 彼女の横顔には疲れと充実があった。

「どう……。とても元気で、(さと)しそうですね。まだ会ったばかりですが」

「ふふ、そうでしょ。舞ちゃんはまるで男の子みたいに元気で、里乃ちゃんはおしとやかさん。両方ともうちの自慢の娘よ。……時々イタズラもするけどねえ」

 クスクスと楽しそうに笑っている。家族、というよりも子どもを持たなかった私に彼女の心はわからなかったが、幸せそうなことは感じ取ることができた。……しかしなぜだろうか。彼女の目には強い光があるとともに、微かなニゴリを持っているようだった。それは、主人が隠していたものと同質なものなのかもしれない。

「……仲良くしてあげて下さいね」

「勿論です」

 私が応えると、奥さんはホッとしたように肩の力を緩めた。私は扉の前まで歩を進めると、一応振り返った。私の目に、最初と同じ彼女の後ろ姿が入る。手に持ったおはじきが手の内でブルブルと震えていた。

 光射し込む家中をどこへともなく歩いていると、ポカポカと気持ち良さそうな縁側が目にとまった。どうしようか。といっても当てもないため、私は少しそこで休憩することにした。縁側に行き腰かけると、目の前には狭い庭がありその先には塀、その先には家の屋根、そしてもっと遠方には太陽が見えた。

 昇り始めている赤い円は山からその欠片を出している。あそこが、私が昨日迷っていた山だろうか。おそろしく巨大であり、雲を突き抜けても違和感のない程だった。幼かった頃に見た富士山と同じくらいか、あるいはもう少し大きいか……。何にしても圧巻である。

 ぽつりぽつりと紅と黄が緑のかたまりと混じり合っていることで、私は道中で遭った神様を思い出した。彼女らは元気にしているだろうか。いや、緑山(りょくざん)が秋の色に染まっているということは正しく元気どころではなく、今も紅葉に囲まれながらはしゃぎまわっているに違いない。

 別のところにも意識を傾けてみよう。塀の向こうに見える屋根は全てが木でできている。灰色のものは一つもなく、陽光を反射してその明るい茶を全面に出している。私が目覚めたときよりも耳に入ってくる音は多くなっていた。例えばそれは荷車を押す音であったり、子どもたちの笑い声であったり、人々が歩く音であったり……。

 色々な音刺激(おんしげき)が一かたまりとなって私の鼓膜を揺らす。都会ほどの騒音でもなく、自然の中ほどの静けさでもない。実はこれくらいの中途半端な生活音はものを書くという場合には意外と向いていないものだが、しかし普通に暮らすぶんにはこれほど適したものはない。私はもはや二度と筆を取る気がなかったため、先ほどの自らの思考に苦笑してしまった。この期に(およ)んで前の自分と何かを関連付けるとは。

 庭の方に目を向けると、小さな草原が拡がっていた。岩も池もない簡素な場であり、いくつかの野良だろう花が咲いている。小さなその庭の主たちは、そよそよと風にゆらめき、日光を浴びて立っていた。全くその平和的光景を見ていると、唐突に眠くなってしまった。

 フードをキチンと顔全面を覆うようにしてゴロリと横たわる。浅黒い布越しに、左から柔らかな光が貫通してくる。ああ、本当に、日光は毒だ。ゆっくりしていると、眠気を誘引して人を無防備な状態にさせてしまう。その魔力は……全く…………(あらが)いがたい……。

 一人の老人が欲求に身を(ゆだ)ねて眠りについた

 

――祭り囃子(ばやし)が聞こえる――

 暗い。夜だろうか。私は自身の体がどこかの屋根にいることに気づいた。前の空中には扉が開いており、そこからは炎に包まれた神社が見えた。いや、神社ではない。境内に火がついているのだ。それなのに人々は外に出て楽しそうに踊ったりしている。笑ったりしている。肩を組み合っている。なぜだろうか。逃げないのだろうか。()()()()()()()()()()()()()

 私がふわふわとした思考の中そこにいると、私の座っている建物の前に誰かがいた。夜中であるのに、その者が良く見える。金髪に現代風の恰好。大学生ぐらいだろうか。

 彼女は私に背を見せて、ただジッと前を向いていた。呼びかけようとするが、どうにも口が上手く動かない。開くのだが、まるで口中がねばついた液体で満たされているように不自由だった。視界が閉じていく。それと同時に裏から光が溢れだした。

 時間がない。私は無理やり口を動かして言葉を放った。

 ――夢違(ゆめたが)え。

 光はなおさら強くなっていった。彼女は私の声に反応しこちらを振り向こうとしていた。だが、それも間に合わないだろう。私は消える。視界の端に紅い館が映った。

――光で視界が埋め尽くされる――

 

「やめない? 人の嫌がることは……」

「しっ! 起きちゃうから静かにして、里乃」

 側面から少女の声が二人分してくる。なるほど完璧に顔を(おお)って眠っていたはずなのに、隙間があってそこから光が中に射し込んでいた。いくら直射日光ではないとはいえ、寝起きではどのような光も眩しいものである。

 そして、どうやら陽光のさしこみ口は徐々に広がっているようだった。何が原因かといえば、それは私の布を掴んで上にあげている、小さな手に他ならないだろう。興味深そうにおそるおそる私の視界に入ってくる、開いたスキマから出てきた二つの目。

 これではマズいな。私はスウと息を吸い込み、背に力をかけて頭をある程度上げた。

「うわあ!」

「きゃあ!」

 私のその行動に彼女らは目を見開くと同時に視界から外れた。布を握っていた童子の手もなくなり自由のみとなった私は、あまり動かない体をゆっくりと起き上がらせた。眠気がそれほど尾を引いていないことから、長い間眠っていたということはなさそうだ。私はフードを中心として手を出さずに身なりを整えると、横を見下ろした。そこにはやはり目を丸くした二人の少女、舞さんと里乃さんが尻もちをついていた。

 危ないところだった。子どもの好奇心というものは全年代の中でもとりわけ特筆すべきものがあり、すぐに知らないことを暴こうとする。正しく彼らは胸おどらす冒険者であり勇気ある探索者となるのだが、私にとっては結構不都合なことだ。

 さて、そんな勇気ある者は視界の先にある暗い洞窟の中にいかなる表情を生み出しているのだろうか。気になるが訊くわけにもいかないので、ひとまず私は彼らのいる位置から半歩離れて、再び縁側へと腰をおろした。……それにしても良い日である。里乃さんと舞さんはそんな私を酷く不思議そうに見ていた。

「良い天気ですね。里乃さん、舞さん」

「え、はい、そうですね」

 私が何の気なしに声をかけると、里乃さんはカタコトの返事を言い、舞さんは口をパクパクとさせて反応した。

「どうしました。随分と元気がないご様子ですが」

「え、あ、う、むー」

 口をもにょもにょさせると舞さんは言葉とも取れない音を出した。その姿は私がこれまでに持った人物像とはいくぶんか解離していたため、首を傾げさせるには十分であった。

 私が持った疑問点は、里乃さんの言葉でより深まった。

「あの…………怒らないんですか?」

「怒る? なぜ」

「だってイヤなことしてたもん」

 眉根を寄せて不可解そうに言う彼女。イヤなこと……ああそうか。つまり彼女たちは幼心ながらに罪の意識を感じていたのである、主に私の顔を無許可に覗こうとしていたことに対して。当然のことだろうか? この場合であれば、謝るのは当然であり、私は怒らなければならないのか? いいや私は全くそう思わない。

 視線があちこちにさ迷っている彼女らに、私は特に向かい合うことはしなかった。

「貴方がたが気にする必要はありません。私は問題ではないと捉えていますので」

「でも」

「良いですか。秘匿とは暴かれるためにあるのです。それの裏にあるモノは真実でしかないため、人間の意識および性質からいってそれを自らの目で見ずにはいられません。そして暴かれる者と暴く者は対等でなければなりません。そこに上下はなく、種族も、年齢もない。そうであるならば、そこに残るものは自己の判断と良心より他はなく、守るも責めるも自由なのです」

「言ってることがわかんないなあ」

「つまり」

 私は言葉を切ると手の中に握っていたおはじきを取り出した。空中に浮いているかのようなそれに、少女二人はパチパチとまばたきをして私とそれを見つめていた。私はまるで超能力でも使っているかのように腕を振動させて円形のガラスを揺らしながら舞さんの目の前へと持って行き、落とした。テンテンと床を跳ねたそれは、やがておとなしくなり二人にその姿を大胆にさらけ出していた。

 私は彼女らが欲していた答えのヒントを教えた。すなわち私の本質が()()()()であり、そのために体を隠していることを。しかし二人は一向に気づく気配もない。その唖然(あぜん)とした顔は中々に面白く、描写のしがいがありそうだった。

「私は選択したのです。怒る必要がないと判断した。それだけのことです」

 私は彼女らの探究心を刺激してしまった。それ自体は私にとって不利益なことであるが、仕方ないことである。

 日差しがこうこうと照り、青空に雲が漂っている。散歩にはもってこいの気候であり、空気である。私は縁側から庭へと降り立ち、そのままに伸びをした。尻目には、こちらをジッと見ている舞さんと里乃さんがいた。

「暇があればで宜しいのですが、この里を案内してくれませんか」

 私がそう言うと、二人はボーとしたのち、会得(えとく)しきっていない面持ちながらも、小さい体を動かして地面へと立ってくれた。承知してくれたようだ。

 上を見ると鳥が一羽空の大海を旋回(せんかい)しており、下を見ると偶然ネズミが走っていた。人間が鉄砲を持ってどちらを狩るかならば、きっと前者を狙うのだろうな。私は何の気なしにふとそう思った。

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