幻想童子祭~Two girls who behind a door~   作:文章崩壊

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八話 小さき案内人

 人々が行き()う道。そういった場は得てして携帯機器に依存した者たちが集まり、自然の怒りによって不都合が起きているものだが、今の私――あるいは大人一人と子ども二人――が歩いている場はそうではなかった。

 皆多くが和服を身に付け、隣のものと笑い合い、開放的な商店が至るところにある。そこに私の住んでいた科学世紀(かがくせいき)の空気はみじんもなく、造られた自然ではなくそのままの環境に人間が人工物を確立している。夜に通ったときはこれほど感慨深いものはなかったが、光に満ちた今では心の中にほがらかな火が点灯しているのを感じた。

 このように思うのは、私の見ている景色が、まだ幼少の頃に展開されていたそれと酷似しているからなのだろう。私はそのころ山奥の地区にいたのだが、それよりも古く感じるとは一体いかようなものか。やはり現代ではないのだろうか……。

 作られた自然の中にねじ込まれた科学的なものに囲まれ生きていくという点では、私の生前では田舎であれ都会であれ同じだった。前者では人工樹林が立ち並び道の大部分が舗装され、後者は言わずもがなである。

 そうしてみると、このまるで資料の中から明治時代が飛び出してきたような町並みと雰囲気は私にとって新鮮だった。

「それで、あれが霧雨さんの――」

 先導する舞さんと里乃さんが、時折キチンとした里の説明を私に放ってくる。といってもそれらは大抵がぶつぎりであり、私の理解を飛び飛びにしてしまっていた。

 なぜなら彼女らは好奇心の刺激する良さそうなものに説明途中で飛びつき、案内を打ち切ってしまうからである。例えばそれは歩いていた犬であったり、おいしそうな甘味(かんみ)であったり、知り合いと思しき人であったり。童子二人はそういったものを見つけると、目をキラキラとさせて夢中になってしまうのだった。幼子であるため仕方ないし、私も一緒になって興味引かれて里乃さんや舞さんと同じく先ほどまでのことを忘れて物珍しいものに熱中してしまうのではあるが。

 また、私達は興味を持たなくてもあちらから関心を持ってきて説明が流れるということも多々あった。そして、どうやら今回はそのパターンであったらしい。

 霧雨道具店という所謂(いわゆる)雑貨店について舞さんと里乃さんが補い合うように語り、私がそれを聞いていると、ふと一人の男が我々に話しかけてきた。

「よう、里、舞乃。お師匠さんは元気でやってるか?」

「あ、こんにちはー。元気でやってますよ、ビックリするぐらい。あと私は里乃で、舞は舞です」

「おおそうだったすまない」

 そう言うとガタイの良い男はワハワハと笑った。よほど顔が広いのだろうか、夫婦二人関係のものだろう人々がこれまでにも多く話しかけており、それは目の前の二人の関係者だろうも交じっていた。そして彼らは一通りなごやかな会話をした後、私を見て肩をピクリと震わし貼りついたような笑みを浮かべるのである。

 「こんにちは」「ええこんにちは」このように素っ気ない会話をして、微妙な目を向ける二童子に手を振り、その場を立ち去るのだ。しかし一部、特に年配の女性であればまるでマシンガンのように質問を浴びせてきて非常に困ったものであった。そういった場合二人は面白そうに声を出さずに笑っているか、どこかへ行くのみであった。薄情な。

 さて、今度の男性はどのようなものだろうか。

「それでよお、もうかみさんがマジでひでえよ。お前昨夜はどこに行ってたって夜中――」

「ごめんなさい。今はお客さんを案内してるから、その話はまた今度でお願いします」

「お、そうだったのか、それはすまない。よーし、舞乃里乃も厳しいだろうけどちゃんと修行頑張るんだぞ」

「舞だけど……。ま、一日も早くお父さんに追いつけるようにやっていくよ」

「そうか、そうだろうな。……えー、それであんたが」

 男がこちらを向いた。どこかで見たことのある顔だとは思ったが、なるほど()()()()()()()()()()()()()()()()の一人だった。今は物々しい恰好をしておらず、あの時は暗かったが間違いないだろう。その証拠に、彼は私の姿を確認するやいなやまぶたが裏返るほどに目を大きく見開いた。

 舞さんが突然固まった男の腰を不思議そうに叩いているが、全く応じる気配はなく、ただその瞳に黒い男のみを映していた。奇縁(きえん)だろうか。ふうむ、いや、十分予想できることだろう。

 私が微動だにしていないと、男は突如しゃがみこんで二人に顔を近づけた。

「あいつは……! なんでお前らと一緒にいるんだ!」

 内緒話をしているつもりなのだろうが、元の声量が大きいからか丸聞こえだ。対して二人は特に潜めることもなく普通に対応した。

「それは、まあ、案内してるし」

「まさか、一緒に暮らしているのか! ありえん。いくら師匠といえど寝込みを襲われたら、それにお前達も……。ああクソが!」

 彼はオーバーな身振りで頭を抱えると、目をパチパチさせている彼女らから離れてズカズカと私の元に歩み出た。好奇の視線が四方からする。男は顔を真っ赤にして私を見下ろしてきた。私は愛想笑いを浮かべたが、わかるはずもない。殺すまではいかないにしても、今にも殴りかかってきそうな気勢である。

「良いか、一家に手を出したらこの俺が容赦せんぞ! 我流奥義(がりゅうおうぎ)夢想浮遊で貴様を跡形もなく」

「何、ついに霊撃(れいげき)できるようになったの? 見せてみせてー」

「……粉砕する予定だ。俺は大器晩成型だし、あと一年くらいしたら妖精すらも圧倒できるぞ。そうすれば後はトントン拍子に進むはず、覚悟しておけよ!」

 彼は後方からの(はや)すような言葉で一転して、なんとも情けない顔になり、また復活して私に人差し指を向けるとどこへともなくズカズカと走っていった。肩を怒らす男の後ろ姿は、しかし図体の割りにチッポケであった。

 話途中で出てきた単語に私は興味を引かれていた。霊撃。不思議パワーの一種だろうか。こういった言葉は少年時代に流行っていたゲームの記憶を思い起こさせる。

 しばし立ち止まっていると、私はこちらを見ている二つの視線に気づいた。

「気にすることないよ。怪しいし」

 私がショックを受けていると思ったのだろう、舞さんが励ましの言葉だろうを山なりに投げてきた。隣の少女も同じように頷いている。……邪気の無い発言だ。気にしても仕方が無い。私はとりあえず彼女達の心配りを丁重に受け流して、代わりに今気になっていることを訊ねた。

「もし宜しければ、先ほど言った霊撃というものの意味を教えてくれませんか」

「へ? 霊撃は霊撃だよ、ほら」

 そう言うと舞さんは唐突に両手を、何かを包み込むように丸めた。里乃さんは黙って見ている。何だ何だ。私が目を凝らしても、全く彼女の手にはなにも無い。だというのに行き交う人々は、彼女の行動というよりもその結果に驚いているかのように立ち止まる。中には感心の声をあげる者もいる。

 何かが起きているのか? しかし、私の目には誇らしげな表情をしている舞さんと、おにぎりでも作っているかのような形の手のみがあった。

「あの……非常に申し上げにくいのですが、何が起こっているんですか?」

「え。いやいやほら、溜めてるでしょ」

 すっとんきょうな声を出して両手を近づけてくれる舞さん。しかし、私には何も見えず、ただ遊んでいるようにしかとることができない。

「わかりません」

「え、えええ! あ、あれえ? 里乃、僕ちゃんと霊力溜めてるよね」

「うん、後は発散すれば一部的な霊撃だけど。……ねえ、本当に何も感じないの?」

 里乃さんがビックリした様子でこちらを凝視している。会話内容が聞こえていたのだろうか近場の人もざわついている。勿論私は何も感じないし、雰囲気の変化もわからない。仙人様のときのようなカンも働かない。

 これはひょっとして、二人は私にドッキリを仕掛けているのではないか。幼子ではあるがある程度の教養は備えているようであり、しからば他人をだまくらかすなど(えき)であることだろう。……いやいや、流石にそれはないと信じたい。このような意味のないことをするなどと。いや、奥さんは、二人はイタズラ好きであると言っていたではないか。子どもとはやんちゃであり、私が見知らぬものであることを考慮しても、前の行動を鑑みるに十分ありえる線ではないか? いかん、判断不可能である。

 私が真実に頷くと、二人は目を合わせた。それは今私がしているものと同じ、信じられないというものだった。

「これって珍しいのでしょうか」

「えー、今までにも力を少ししか感じなかったという人はいたらしいけど」

「一切感覚がない、っていうのは聞いたことがありませんね。よほど幻想に関ってこなかったか、うーん」

 首を傾げている二人に、しかし私は何も言えなかった。真に不可解そうにしているその表情からは全く演技の一かけらも見出すことができない。

 私が異常なのか……。生前は、私は一般市民として暮らしていたが、やはり勝手が違うようである。隠れることは、一人間となって空気に溶け込むか、強大な力を有して固有の空間を作りそこを根城(ねじろ)にするかのどちらかだが、私は前者より選択の余地はない。自らの中に力があるかわからない程に実力不足だからである。

 しかしながら現実はどうだ。幼子にすら感覚は届かず、人々の中で外見は異質というより他はない。

 これはいかん。

 ぜひとも解決しなければならない案件ではあるが、その糸口はまるでない。このままでは秘となせず、それどころか目立ってしまうではないか。太陽の光がこうこうと道を照らし、そこに人々がいる。彼らの視線の一部は里乃さんと舞さんにあったが、大部分は私に向けられていた。そこにあるのは好奇の他に愛国者がする排他の色であり、またオドロオドロしいものを見たときの――ダメだ。

 どうにも私は被害妄想のごとくになっていた。冷静になれ、冷静になれ。彼らは私になぞ興味はない。目に見えない想像の怪物を気に留めているのだ。私はなんとか降って湧いてきた情動(じょうどう)を抑えつけようとしたが、しかしそれは間に合わず、無意識のうちにアクションを起こしてしまった。

 原因がわからないのであれば、それに触れればいい。一瞬で思い浮かんだこの短絡的かつ愚直な思考は私の腕を動かした。その布の棒の先にあるのは、キョトンとした顔の舞さんと私に対する自己否定の原因である丸められた両手。黒衣の男にいきなり近づかれた少女は、驚き顔から一転、酷く怯えた様相になった。――マズい。

「きゃあ!」

「ああ! ちょっと舞!」

 私が自我を取り戻したときには、その前には目をつむり顔を背け、手を何かを放つようにしてこちらに向ける少女の姿があった。それと全く同時に私の体を衝撃が打った。おお、遥か遠くに太陽がさんさんと輝いている。里乃さんとまた誰かの焦り声が耳に入りながら、私は余りにも突然であると痛みを感じないのだと知り、仰向けに空中に飛ばされて、そして頭から地面にぶつかった。ゴツン。

 頭に音が反響し、光が失われていく最中、私は理解できない力の恐ろしさを身をもって刻み込まれたのだった。

 

 

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