幻想童子祭~Two girls who behind a door~ 作:文章崩壊
目が覚めると、屋根があった。横から
朝ごはんを食べ、うたたねをし、二人に里を案内してもらって、舞さんに吹きとばされた……。あれは夢だったのだろうか。いや、頭を動かすとグワングワンと揺れる感覚がした。どうやら頭を打ったのは間違いないようだった。
とりあえず布団を押しのけ、頭の他に何も異状がないことを確認してから部屋を出た。夕焼けにより紅く染まった畳や壁、その他生活用品はただそこにあって私を受容していた。
ミシミシと音をたてながら和風の床を歩いていくと、前に朝ごはんを食したちゃぶ台の前に主人が座っていた。彼は腕を組み目をつぶっていたが、私の足音を聞いたのかゆっくりと開眼し、こちらへと手を上げた。
「やあ、調子はどうだね。応急処置はしておいたが、十分だったか」
「ええ、まだ少し痛みますが、少しです。重大ではありません」
「そうか、それは良かった。
そう言うと男はハッハと笑った。
「舞と里乃や周りの者から事情は聴いた。不用心なことは慎んでくれ。全く君は良く道理を判っている人間だと思っていたのだが」
「返す言葉もございません。娘さんを不当に怖がらせてしまったことをここに深く反省します」
「まあ興味を持つことは悪いことじゃあない。好奇心は抑えられぬものだしな、ハッハッハ……」主人は膝を手に立ち上がると、外をジッと見つめていた。「私は期待しているのだ。君と、そして二人に。それを努々忘れぬようにな」
寂しそうに言うと、主人は部屋を出て行ってしまった。私の耳に彼の笑い声が
ボーと変わりない光景を打ち眺めていると、ふと私は足音を聞いた。忍び足のつもりなのだろう異様に小さいが、聞き取れないほどではない。ためらっているのだろう、数歩近づき、音が止まり、少し下がって、また近づく音が周期的にしている。
私がゆっくりと振り返ると、そこにはやはりソロリソロリと近寄っていた、そしてギョッと顔を
「あ、あの、えー、そのー」
「すみませんでした」
舞さんは何かを言いよどんでいたが、彼女が来たということは紛れも無き好機である。私は頭を下げて謝罪の旨を述べた。
一通りの
「あれ、そっちが謝るの? 僕が、その、吹きとばしちゃったのに」
「そうですね。結果はどうであれ事の発端は私です。私には謝る、そして舞さん、貴方には怒る権利があります」
「えーそうなのかなあ。本当に?」
「昼、貴方達に私は怒るということをしませんでした。これは私の選択だからです。今回の件、その権利は貴方にあります。貴方は自由。何であれ自らのままに」
「そうなのかなあ、それじゃあ……」
言葉の後、彼女は胸を張ると、尊大に私を見下ろしてきた。映る陰が天井の一歩手前まで伸びる。深緑の髪に赤色光が反射して、その様はまるで燃える海草のようであり、その下には楽しそうに口角を上げている童子がいた
「許そう! ここに君の罪は洗われた。堂々とするがいい」
「ありがとうございます、小さな裁判官よ。貴方のその寛大な処置、私には胸が詰まるばかりでございます」
床に手をつき、平身低頭によって彼女の言葉に応える。
幼児の前に土下座をする大の男。はたから見ると奇妙な図だろうが、しかし私はそこまで心配る余裕はない。ただ全力で謝るのみである。カラカラと輪を回す音がする。視界は畳で埋め尽くされているため私は前にいるであろう舞さんがどのようなアクションをしてくるのかはまるでわからない。
やがて、前方からトコトコと歩を進める音――おそらく里乃さんのそれだろう――がした。
「もー舞ったら調子に乗っちゃって。貴方にも非はあるんだからちゃんと謝らなきゃ」
「……まあそうだよね。ごめんなさいおじさん。頭、大丈夫だった?」
「今はもう大丈夫です」
先の舞さんの言葉は二重の意味にも取れたが、流石にそこまで皮肉を効かしてはこないだろう。
私の言葉に二人はホッと息を吐き、少し遠い所でエヘヘと笑っていた。
信用とは得るのは難しいが失うのは簡単であり、下手を打つとマイナスまでいってしまう。しかし彼女らはどうやら素晴らしい人であるらしく、軽蔑した様子はない。良い子たちである。このような者たちと、私が正常な関わりを持つことができるのだろうか。朱に交われば赤くなるという諺があるが、
夜が過ぎ朝食後、前と同じほどの
聞くところによると昨日さりげなく頼んでみたところ了承を貰ったらしい。何でもその本屋では夫婦二人、二人三脚で経営していたのだが、このごろ本が良く入荷し始めたためその整理に追われて接客がままならなくなったという本末転倒な事態になってしまったらしく、丁度求人をしていたのだとか。
素性の知れない者を
そんなわけで私は今、昨日のように二人の案内人に連れられて、一軒の店の前に立っていた。看板には
「おじゃましまーす」
感慨に
不用心なことに店の中には先の童子二人以外は誰もおらず、カウンターと思しきポツンとある作業台にも、店員の姿はない。先に入った二人はそんなことなど気にも留めずにぎゅうぎゅうに敷き詰められた本の数々を物色している。楽しそうに言葉を交わしながら読む本を選んでいるその光景は中々和やかなものであるがこのまま待っていても仕様がないのでまだ見ぬ誰かに対して大声で呼びかけると、はたして奥からバタバタと音がするとともに、一人の平々凡々な男が走って現れた。彼は息を切らしているが、肩を払うと気さくに私に話しかけてきた。
「こんにちは。貴方が新人さんですか? 話は伺っております」
「はい、これから宜しくお願いいたします」
「うーん、思っていたよりも変な恰好……。ああいや、気にしないでください。えーと、それでは早速で悪いのですが、接客をお願いします。内容としては、まあ気楽にしてくれればいいです。お客さんに対応して、表を見て金額のやり取りをして、暇な時間は本でも読んでいてください。他には何か」
「ちょっとーあなたー。これはどこにどうすれば良いのー?」
「あー、ちょっと待ってくれー! ……すみません、本の整理をしているもので。私、
奥の声に応えて早口で説明すると、本居さんはセカセカと奥へ戻って行ってしまった。世知辛いものであるが、彼の表情に苦というものは一つもなかった。本に囲まれて幸せなのだろう、全く変な男である。
さて、ズイブンとざっくり仕事の説明を受けたが、しかしもてなす客はいない。ならば気を紛らすために、男の言った通りに本でも読むか。そう思い立ち、本棚に目を向けたところで私はビックリしてしまった。なんと、知っている背表紙が遠目に見ても五六冊ほどしかないのである。それも約百冊中、だ。
これは、おかしい。
私は同職によりも比較的本を読まない方であったが、それにしても有名どころは一応知識のみ知っているつもりだったのだが。ここは……ひょっとして地球ではないのか? いやいや、それだったらなぜ記憶にある本が存在しているのだ。試しに一冊手に取ってみる。妖怪八頭伝記。うむ、知らない。この他にもチェックしてみたが、さっぱりであった。そして、そのことに少なからずショックを受けている自分がいた。私は、もしかして小説家に向いていなかったのではないか。いや、今の状況でもう何も書かないと決めているので、どうでもいいことではあるのだが……。
「ねえ、おじさん。そこの黒い本取って」
私が立ち呆けているといつの間にか下にいた舞さんが見上げていた。彼女は眉を寄せている。ちなみに里乃さんはソファに座って、年の割に分厚い書物を開き黙々と読んでいた。
黒い本……。私が前に目を向けると、確かにあった。彼女の背ではまあ届かない位置にある。それを手に取って渡すと、舞さんは頭を下げて応えてくれた。表紙には、飛という一文字が書かれているのが見えたが、正確にはわからなかった。
「中々難しそうな本を読むのですね」
私がそう言うと、本を胸に抱き持ち背を向けようとしていた舞さんは振り返り、その大きな黒緑の目を向けてきた。
「それほどでもないよ」
「本を読むのは面白いですか?」
「面白い? 興味はあるけど、楽しくはないかな」
彼女は微小に笑うと里乃さんの方へ歩いて行った。舞さんにとって書物は、先の発言から取るに娯楽ではなく学ぶための物であるようだ。おそらくそれはもう一人の少女も同様だろう。何を学んでいるのかはわからない。昨日の男が言っていた霊撃と関係があるのだろうか。
なんにしてもこの空間にいる三人の内二人は手段のために本を使用している。ならば均衡を取るためにもう一人は、娯楽のためにそれを読もうか。前にある本を一つ抜き出す。パサパサと繊維が出るそれの