100年ほど前、この世界は戦火の中にあった。
始まりは、魔法を崇拝する国と科学を推進している国との、小さな衝突だった。
しかし、小さな衝突は、やがて大きく広がっていき、世界のすべてを巻き込む大きな大戦となった。
長きに亘る戦いの末、多くの死者を出した2つの国は、国家を維持できなくなり、統一という形でこの争いに終止符が打たれたのだった……。
「ふぅ…」
パタンっと本を閉じた、夕未諒は深いため息をつくと、天井の模様を見ながら、考え事に耽っていた。
……大戦が終了した後、魔法と科学はお互いの長所を融合し、魔法科学、略して、魔科学という新技術が世界の主流となっていた。
しかし、その技術が生み出したもの、それが今、人々に被害を出している。だとしたら……
そんな、意味もないことを考えていると、背後から誰かの足音が聞こえてくる。
「おいっ、こんなところで何をしている、任務だ、行くぞ」
振り返ると、そこには、上司である角谷康之(すみや やすゆき)が眉間にしわを寄せながら、こちらを睨んでいた。
「……すみません、角谷上官」
「分かればいいんだ、まったく…行くぞ、また抜け殻の事件だ。」
抜け殻…それは、魔法と科学が生み出した新たな人類の形。詳しいことは機密とされている為、どういう技術なのかわからないが、科学的に云えば、クローン人間という概念に近いだろう。
そして、人は、その新たな器に魂を移し、日々を生きている。だが、人に寿命がある様に、器にも寿命があり、それは人の1000分の1にも満たないと言われている。
そのため、多くの人々は、器が崩壊する直前に、元の体に戻り、器はそのまま朽ち果てる。そのはずなのだ、が、まれに器が再び自我を宿し、人々に危害を加えることがあるのだ。我々はこれを抜け殻と呼んでいる。
「おいっ、ボーっとしてないで早く行くぞ。」
考え事をしながら歩いていると、どうやら、建物の外に出たらしく、正面を見るとすでに、角谷が、転移魔法の詠唱を始めていた。
角谷の詠唱が終わると同時に、視界が光に包まれる。妙な浮遊感に襲われるが、それもつかの間であり、やがて、光は治まり、周囲を見回すと、見えてくるのは、苔が生え草臥れたイスや机、さらに天井には光を遮断している布があり、そこは、まるで都市部の周辺にある、スラムのようだった。
「角谷上官、ここは?」
スラムというにはあまりに大きく、そこは、多くの人々が住んでいたような痕跡が見えてくることに、違和感を覚えた夕未は、まっすぐ突き進んでいく角谷を呼びとめた。
「そうか、君は知らないんだな」
足を止めた角谷はこちらに振り返ると、淡々とした口調で話し始めた。
「ここは、一昔前に首都として、栄えていたみたいでな。今はこんな感じだけど、人自体はいるみたいだから、抜け殻が潜んでいても不思議ではないはずだ。」
それだけ言うと、角谷は再び歩き出し、その姿は、底なしの暗闇の中に消えていった。
一人取り残された夕未に、強い風が吹き抜けた。その風が、天井の布を揺らし、この薄暗い空間に一瞬だけだが、太陽の光が差し込んだ。
「誰だっ!」
光が差し込んだ部分に一瞬影が映ったことに気づいた夕未は、意識を集中させ、銃を出現させた。
―シェルリーパー―
どこからともなく声が聞こえた。
「治安維持局だ、撃たれたくなかったら出て来い」
シェルリーパー… 治安維持局特別部隊、通称…KGT にだけ所持及び携帯が許された特殊拳銃、使用者の魔力を弾として装填することもでき、別で実弾も装備できるという優れ物である。
「……出てこないなら、強行手段に出るぞ」
夕未はシェルリーパーを構えながら、辺りを捜索する。
瞬間、背後でガサッという物音がし、夕未は反射的に振り返る。が、そこには誰もおらず。
「こっちよ!」
正反対の方向から、何者かが飛び出してくる。
「なっ…」
夕未は身体をひねりながら、振り返るが、すでにナイフが首元に突き立てられていた。
「…っ」
思わず息を呑む、首に微かに当たっているチクッとした痛みに似た感触が、自分が今、危機的状況に陥っているということをはっきりと理解させた。
このままじゃ…
そう思った夕未は、シェルリーパーを握る手に力を込める。
「おっと、余計なことはしないでよ?」
夕未の動作を不振に思ったのか、目の前にいる、黒いローブを羽織った声質から考えておそらくは女だろう、この謎の人物は、ナイフを夕未の首に少しだけ突き刺した。
「……ぁ」
首元に少し、熱い感覚があった。それと同時に、恐怖が沸き上がる。
「あらっ?怖い?でも、仕方ないよね、あなたはその銃で私の仲間たちを一杯殺してきたもんね、だから今度は、あなたの番よ…」
ローブの女はそう言いながら笑みを浮かべ、夕未の握っているシェルリーパーに手を添えてこう付け足した。
―あなたは、どんな輝きをみせてくれるのかしら?―
何を言っている?とそう思った時だった、
「夕未さんから離れてください」
背後から声が聞こえた、そして、女が夕未ごと振り返ると、そこには、2か月前にKGTに入ってきた、後輩である、夢現 明日葉(むげん あすは)がシェルリーパーを向けながら険しい形相で立っていた。
「いいのかしら?お嬢さん?あなたがそれを降ろさないなら私はこの男を殺すわよ?」
女の脅しに夢現は動揺することなく、先ほどの角谷と同じような淡々とした口調でこういった。
「構いませんよ?そのあとで私があなたを撃ち殺しますので」
夢現の返答が予想外だったのか、先ほどまであった余裕の表情は、消え、苦笑いを浮かべていた。
「なっ、なによっ、どうせ、口先だけでしょ、本当は打てないのは知ってるからね」
そう言っている女は、あくまで平然を装っているのだろうが、明らかにその口調から、焦りの色が感じられた。
しかし、依然として夕未の首にはナイフが向けられており、下手に動くことができずにいた。
「夕未、大丈夫か!」
声は、シェルリーパーを構える夢現とは、逆方向から聞こえた。
「夢現、シェルリーパーを下げろ」
「しかし、それでは…」
角谷の命令に驚いているのか、素直にシェルリーパーを降ろそうとしない、そんな夢現の様子を見て、
「あ~あ~さすがに3人相手はきついわね、仕方ない、あれをやるしかないみたいだわ…」
そう言うと女は、夕未の首からナイフを離し、ナイフを握っていた手とは逆の手で、夕未の首を鷲掴みにした。
「あがっ!?」
情けない声と共に、地面に押し倒された夕未は、体を起こそうと上体に力を込める、が、それ以上に、女の力は強く、動くことすら許さず、夕未の首を絞め続けていた。
「それ以上はやらせません。」
夢現がドスの効いた声を発すると同時に、シェルリーパーから、大きなエネルギーの塊が、発射される。
「ちっ」
女はそれでも、絞める力を緩めることなく、レーザーにも似たエネルギーの塊は、一瞬のうちにその距離を縮め、女に衝突した。
「なっ…」
瞬間、この場にいた、3人の捜査官は驚愕した。
「そんな、シェルリーパーが…」
女と衝突したはずのエネルギーは気が付くと、この場から影も形も残さず消えていたのだ、しかも、当たったはずの女は傷一つなく、先ほどと同じ体勢のまま、なにも変わっていなかった。
「危なかったわ、もう少しで死ぬところだったじゃない」
「夕未っ!?」
「あらっ?来ちゃだめよ?ここから面白くなるのだから」
角谷が駆け寄ろうとすると同時に、首を鷲掴んでいる、女の手の甲が青白い光を放ち始める。
「あははははははははははははははははははは」
女の首を絞める力が強くなるとともに、不思議な形の刻印が浮かび上がる。
その瞬間、光がより一層強くなり、視界が真っ白に包まれた時だった。
「うぐっ…あぁ…ああああああああああ」
光の中心から、うめき声が聞こえた。
「夕未っ!?どうした!?何があった!?」
角谷がそう叫ぶが既に夕未の声は聞こえず、光が治まっていく。
「「…っ!?」」
視界が回復してきた角谷と夢現は目の前の出来事を理解できずにいた。
「夕未…」
先に口を開いたのは角谷だった、そしてその足で、夕未に駆け寄った。
「…上官」
既に先程の女の姿は無く、夕未だけがその場に伏していた。
夕未は一度顔を上げると、バタリと倒れ、そのまま目を閉じた。そして、女が占めていたところには呪詛のような文字が刻まれていた。
「角谷上官、どうやら、あの女は逃げたようです、魔法で痕跡を確認しましたが見つけられませんでした…」
「そうか…夢現、夕未をすぐ運ぶぞ」
「はい…」
そうして、夢現と角谷は夕未を背負い、その場を後にした…