「ケホッ……ケホッ……」
小さく咳き込む声で私は目が覚めた。寝返り打って聞こえた方を見ると、
「あ……お、起こしてゴメンね」
あっぶな、時間見たら仕事の開始近かった。あとショウが口元を抑えてた。ここで働かされてるちびっ子AGEの一人で、ちょっと病気がちな男の子だ。
「いや、ちょうどいい時に起きれた。ありがとねショウ。背中痛くて懲罰房で寝れなかったからさ」
「あんなところで寝る余裕あるんだ……?」
余裕あるどころか、よくサボりのために忍び込んでます。あそこ人来ねーからうってつけなんだわ。
よっこら、しょうたろう。
起きて周りを見ると、子どもたちしかいなかった。ユウゴとジークはどうしたのかな。確か懲罰房から戻った時には、ジークは……いたにはいたけど、そん時寝てたから聞けなかったっけ。
「ジークはさっき出て行ってね、ユウゴがまだ戻ってきてないんだ。昨日なにかやったらしくて……看守が怒ってた」
「ふーん?」
ショウの声を背中で聞きながら、目線を部屋の出入り口に立ってる看守に向ける。
アイツなんか知ってそうだな、仕事行くついでに訊いてみようか。
「ヘイ!そこの社畜ゥ。ここ一週間そこに立ちっぱなしらしいけど懐と下半身潤ってるゥ?」
「喧嘩売ってるのか貴様」
あ~これは溜まってるヤツだわ。立ちっぱなしな上起ちっぱなしなんだな。今度賄賂として秘蔵本置いたろ。
「ユウゴ、いやハウンド2が帰ってきてないみたいなんだけど、なんかやからしたの?」
「お前たちに話す義務は無い、さっさと仕事に出ろ」
「妻帯者であるにも関わらず違う女性と連絡を取り合ってる姿が目撃されているようですが何か言い分は──」
「別働隊に不必要な接触を行ったとして契約違反で懲罰房にいる!」
なるほど、私と入れ替わる形で懲罰房に行ってたのね。こっそり食べてたお菓子の食べカスに気づきませんように。
んー……で、別働隊ってのは多分、囮にされたチームのことなんだろな。やっぱり赤字から立ち直りつつあるのか。そんでユウゴのことだから、そいつら助けちゃったんだな~。
……つーことは?今日、私一人で、仕事?だっる。
この子ら連れっても問題ないけど、あんまり長く留まれないし……。行くなら『あそこ』がいいけど、人数が心許ない。
「はぁーあ、誰か丁度よくここに放り込まれるヤツいないかな」
「はぁ~終わった終わった……ずっと座って作業してたせいで体バッキバキ……。今日はもう寝てよっと」
「看守、仕事行くから全員出して」
「いや勘弁してくんないかな先輩!?」
ハッハッハッハ!このタイミングで戻ってきた己を恨めぇ!
~移動中~
旧市街地は繁華街、の、外れにやってきました。
そこにはでっかい窪地があって、そこを探索地として目指しているわけです。で、今降りてる途中。
「ほら頑張ってキースー、ショウたちもう降りてきてるよー?」
「無茶言うなって!こんなとこ降りれるの先輩しかいないじゃん!てかショウたちは先輩が抱えてたから降りられたんじゃん!俺にも頼むよ!」
「いや、体なまってる人に情けはかけない主義だから私」
「鬼畜にも程がある!!」
こんなところで時間を食うわけにもいかなかったので、キースも運んで降ろしてあげた。10メートルとちょいくらいの高さだから、いけると思ったんだけどなぁ、ダメだったか。
窪地の端から中心に向かって歩いて行くと……おーいたいた。ここの住人共だ。多いね。
「ッ……アラガミ……」
ちびっ子AGE、リルが私の後ろにしがみついてくる。マールとショウも、キースの後ろに隠れた。
私らの目の前にいるのは──アラガミの群れ。
主にオウガテイルと、最近増えだしたアックスレイダーって種類。打たれ強くて突進がウザい。ぶっちゃけ死すべし。
「ちょ、ちょっと先輩……!何やってんの、早く神機……!」
「あー、心配しないで。ここのアラガミは特殊でね」
そう言って一番近くにいるオウガテイルに歩み寄ってみる。その時離れたリルが小さく声を上げたけど、オウガテイルは何もしてこない。
こちらに気づいて顔を向けるくらいはしたが、襲ってくる様子はない。
でも、みんなまだ怖がってたから、今度は触ってみた。きゃー!ってちびっ子たちは悲鳴を上げたけど、私は別に何ともない。それどころか、オウガテイルはさわりどころがよかったのか、もっとやってくれ、と言わんばかりに、少し私に体を寄せてきた。
安心してください、襲ってきませんよ!とメッセージを込めて、キースたちに向かって親指を立ててウインクをしてみせた。
「は……?え……?せんぱっ……これ、どういうこと……?」
……まぁそうなりますわな。人類の天敵とさえ謳われるアラガミが、こんなんだもの。誰だってそーなる。私だってそーなる。てか来た当初そーなった。
数分後、別のところにいたアックスレイダーに恐る恐る近づいて、指先でちょんってをつついてみたキースに続き、マール、ショウ、最後にリルがアラガミに触れてみる。私がやって見せた時と同じく、本当に何もしてこないと安心したちびっ子たちは、今アラガミたちと戯れている。とりあえず私は「ほどほどにね」と注意して、少し離れたところで見守ってます。
キースはすぐそこで休んでるよ。本人曰く驚くのに疲れたらしい。
「で?ここって一体なんなのさ。えらくアラガミが大人しいけど」
「……もぐもぐ……ゴミ漁りをしてたら、迷い込んで落っこちちゃって……もぐもぐ、アラガミいっぱいいたけど、一匹も襲ってこなくて。ごきゅっ……それから何度か来て調べてみたら、みんな同じモノしか喰ってないことがわかって。ゲッフ、あ、失礼」
「うん。遠足気分でここに来てるよね先輩」
「ここの至る所に、ゴミ山があるのがわかるでしょ?」
「うん。まずよくこんなところでご飯食べる気になれるね先輩」
自前の弁当を貪りながら、お箸でそれらのある場所を指した。
生活で出てくる家庭ゴミの類い、廃棄された機械類、医療器具類、その他訳わからんものが入り混じって、所々で山積みなっている。それらは決まって、この窪地の端に出来ていた。しかもこれ、最初来た時より少しずつ増えていってるんだよね。
「この辺りのミナトから出たゴミが、みんなここに捨てられてるみたいなのよ。不法投棄場ってワケ。で、たまたまここにいたアラガミたちは、そのゴミを喰って生きてる。でもゴミは喰われて減るどころか、徐々に増えていって、それに伴って他のアラガミを捕食するアラガミが減っていって……」
「あぁ……なるほど、つまり、エサが文字通り腐るほどあるから、凶暴性が無くなったってことか……」
ゴミ処理って割りとお金がかかるもので、どこぞの島国だと、年間で二兆というとんでもない額を叩き出していたらしい。それは灰域に囲まれたミナトであっても例外ではなく、費用をケチって溜め込むと虫が湧いたり、悪臭が立ちこめたりする。かといって灰域にでも埋め立てようものなら、今度はアラガミが湧き始めるし、「グレイプニル」がそれを許すわけが無い。
それで、こういう人目につかず、目立ちにくい場所に、みんなこっそり捨ててるわけです。廃棄目的でわざわざ灰域踏破船を使って来た連中もいたくらいだから、ホントに深刻な問題なんです、が。
「しかし皮肉だねぇ、何よりも金をかけて作ったはずのゴッドイーターや神機はアラガミを倒しきれないことが多いのに、何よりも金がかからずに生産できるゴミで飼い慣らしてほぼ無害化出来てることに誰も気づかないとか。この閉鎖環境があってこそ実現しているとはいえ、人類の端くれとしては苦笑いせざるを得ないなwあっはははwwウwケwるwwww」
「いや思いっきり満面の笑みで笑ってるじゃん!てか苦笑どころか笑えないからねこれ!」
あー腹いてー……w
さて、昼休憩も終わったことだし、お仕事始めますか。
「はーいみんなしゅーごー、ここでの作業時間は短いよー急いでー」
「? ここアラガミも襲ってこないし、ミナトからそんなに離れてないし、別に急がなくても……」
「いや、ここ中型以上のアラガミの餌場だからさ、長居してると高確率で出るんだよね」
「それ先に言ってェェェェェ!?思わずのんびり過ごしちゃったじゃんかァァァァァ!」
キースくん、私が言ったのは、「ここのアラガミは襲ってこない」ってことのみ。安全とは言ってないよ?
ちびっ子たちを集めて向かったのは、破棄された機械類に囲まれた所の、何度か訪れてちびちび作った作業場。まだ使えそうな道具や工具、部品を集めて、『あるもの』を組み立てるためにこしらえた所だけど、それ以外に直せそうなガラクタとか、状態の良いなんかのパーツとか、売れば金になるものを集めて置いている。
『あるもの』以外に知識が無かったから置きっぱなしになってたけど、キースならなんとかできそう。
で、ちびっ子たち全員連れだして何をさせたかったのかというと──
「壊れた端末。これを探して欲しいの」
「……? ミナトで見てるものと違うね」
私が見せたのは、ヒビの入った手のひらサイズの携帯端末。軽くて持ち運びに優れて、あらゆる機能を搭載している便利な代物だったけど、今や時代遅れとなった悲しき機械である。
「これは古い機種だからねー、この辺りは容赦なく古いものが捨てられてるんだわ」
「これを集めて何するの?」
「このままでもいいけどね、中に入ってるものが特に売れるんだよ」
そう言って私はラジオペンチを二つ用意して、見せた携帯端末を割ってみせ──みせ……み……みせオリャア!
割りと力が要った……。で、割れた断面から露出した基板を抜き取ってみせた。
「──これを買いとる輩がいてね、これには今じゃ採取が難しい金属が微量ながら含まれてる。そういうものがこういうゴミ山に多く存在することから、昔は『都市鉱山』なんて呼んでたらしいよ」
「すっげぇ!じゃあここ、宝の山ってことじゃん!」
マールがはしゃいで飛び跳ねる。でもなー、そう甘い話でもないんだよなー。
そんなマールにキースは肩を寄せて囁いた。
「気をつけてマール……先輩のことだから絶対うまい話じゃないと思うよ……」
「勘が良いな、キースくん。その通りだよ」
「ついさっき思い知らされたばかりだからね!」
はい、と言って大きめの箱をちびっ子たちの前に置いた。既に私が集めた基板が数十個入ってるけど、これじゃ全然足りない。
「これを満杯にするくらいじゃないと買いとって貰えないらしくてね」
「満……!?」
「端末600個くらいあれば足りると思うんだけど」
「そんなに見つけられるか!」
キースが叫ぶのに次いで、ちびっ子たちもふるふると顔を横に振った。
あー、やっぱ無理かー……手分けして探せばすぐ集まると思ったんだけどなー……え?見通しが甘いって?いーじゃん別に。
「はぁ、いつものゴミ漁りよりかは、難易度低いと思ってたんだけどなー」
「比較対象が悪すぎるよ先輩……。てかさ、そんなに基板欲しいなら、端末に絞る必要ないよ」
「え?」
ほら、とキースが持ってきたのは、壊れた電子レンジ。ネジを外して分解していくと、出てきたのは大きめの基板だった。
「よく機械修理とかやらされてるからわかるんだよねー、しっかし頭いいなー!こんなものから希少な鉱物を取り出そうだなんてさ!再利用ってやつかな?とにかくこの類いの機械なら端末より見つけやすいし、基板も大きいからこっちの方が売れると思うよ!中には基板が複数使われてるものも多いからね!複雑な作りをしてるものほどたくさん取り付けられていて……」
──全く以て盲点を突かれ、その上より効率的なやり方まで考案された私は、やり場のない遺憾に精神をゴリゴリに削られながら、自意識をキースの声でかき消すように、考えるのをやめた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「うんしょ……っと」
いつもとおなじゴミ漁りでも、今日はなんだか楽しく思えた。やってることは変わらないけど、みんなの顔がいきいきしてる。こんなの初めて。
キースはラインの集めたガラクタを楽しそうにいじってる。仕事でやってるのより、やりがいっていうのがあるみたい。
マールは、ここのアラガミとすっかり仲良しになってる。マールが餌のゴミをあげると、必ず背中に乗せてくれるの。えづけ?っていうんだって。重いものも一緒に乗せてくれるから、運ぶのがとっても楽ちんだよ。ショウは無理して自分で運ぼうとするから、ショウも乗せてもらってるよ。
ラインは……ラインはちょっと泣きながら、集めたゴミから「きばん」を取り出してる。「お仕事つらいの?」って聞いたら「自分のアホさがつらい」って言ってた。……正直、何を言ってるのかよくわからなかった。
「先輩、機嫌直してってばー、発想自体は良かったんだから。それが役立ったって思えばさー」
「……あっちゃならないんだよ……私の提案が、踏み台になるようなことなんて……」
「さらっとヒドい言い方するなぁ……」
「聞きかじった程度で……もっと、もっと調べとけば……およよ……」
「どんだけ自分の手柄にしたかったんだよ……」
…………やっぱりよくわからないや。ていうか、これはわかったらいけない気がする。
「みんな~、作業中断~。一休みしようか~」
『は~い』
一休みって言われたけど、何もしてないと、なんだかむずむずする……。何とか誤魔化せないかなって、ゴミの山を眺めながら歩いてみた。
そしたら──
「……?」
パリパリって、何かが割れる音が聞こえてきた。少し耳を澄ましてみる。
「──!」
また聞こえた。ゴミの山の方から……?ちょっと怖い、けど、このまま離れるのもなんだか怖い……。
少しずつ近づいて、大きなガラクタに隠れながら、そーっと様子を見てみた。
そこにいたのは、横たわってる一匹のオウガテイルと──白くて、丸いもの。それが動いてる音だった。
白いものにはヒビが入っていて、動くたびに割れていく。
「……もしかして……『たまご』……?」
ラインから聞いたことある。
「どう料理してもだいたい美味しく食べられる便利な食材」
「ご飯にかけると三食それでいける」
「目玉焼きの黄身を潰すやつは滅べ」
「ちくわ大明神」
「有精卵は温めると子どもが生まれる」……
……じゃあこれは、ゆーせーらんなんだね。
それでこの子は──お母さん?お父さん?──に見守られながら、生まれようと頑張ってるんだ……。
「──ピィ!」
「……!」
出てきた……!頭に殻が乗ったままになってる……かわいい……。
……こんなの見てると、アラガミが違う風に見えちゃいそう。あんなに怖くても、こうやって生まれてくるんだね。アラガミがみんな、こんなだったら、怖くないし、怖がられることもないのに……。
ラインはこの子たちのこと、特別って言ってた。ずっとこの中で生きてるから、とっても大人しいんだって。
「……生まれ方も、生き方も同じなのに、生まれた場所が違うから特別なんてこと、ありえるのかな……」
私には、それがなんだが、不思議に思えて──
『──GAAAAAAAーーーーーーーー!!!』
「えっ!?何!?」
大きな叫び声が聞こえてきたと思ったら、近くのゴミの山が爆発した。
私は驚いて、耳を塞いでしゃがむ。オウガテイルのお母さんは、立ち上がって、爆発した方を睨んだ。
──もくもくと上がる煙の中から、大きな影が現れた。
赤く燃える火の玉が、上に二つ、下に一つ見える。
煙が晴れていくと、そこに、鳥の顔がついた、宙に浮く者がいた。
「ぁ──アラ、ガミ……!!」
逃げなきゃ、でも、あしに、ちから、が、は、はいら──。
『グルルルル……!!』
へ……?おかあ、さん……?
『ガアァッ!!』
『GI──?』
だめ、にげなきゃ、たべられちゃうよ。
『ガアァァ──!!』
だめ、待って────!
『GIIII──!!』
──オウガテイルのお母さんは、鳥の顔のアラガミに飛びかかったけれど、いとも簡単にはね除けられた──。
思ったより長くなっちまったぜ……。
今回の話ゴッドイーターの世界観ガン無視してるかもですが、ぶっちゃけ「こんなことありえてもいいよね」って感覚で書いてます。自分はきっとありえるって思って書いてましたが。