Kuschel -独りと一人と寄り添うふたり-   作:小日向

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27 恋の自覚

 翌日の朝六時半過ぎ。食堂へ足を運べばソーマの姿があった。

 

「ソーマさんって実はめちゃくちゃ優しいですよね」

「寝言は寝て言え」

 

 そう言いながらもソーマは食堂へ来てくれた。目元を見れば隈は消えており、昨夜はきちんと眠れたようでミツハはほっとする。

 プレートに手を付けながら、何か話題はないものかと思案する。ソーマは基本自分から話を振らないので会話がしたければミツハから切り出さなければならない。これが六十年前であれば昨日のテレビ番組がどうだとか今日の授業がどうだとかと話題が尽きないのだが、この時代ではそうもいかず一つ話題を振るのにも考えてしまう。相手がソーマであれば特にだ。

 

「……昨日聴いた曲、どうでした?」

「悪くはなかった」

 

 思いついたのは音楽の話題だ。ソーマの返事にぱっとミツハの表情は明るくなる。

 

「私、あのバンドの曲結構持ってるんですよ。よかったらまた聴きましょう」

「そもそもどこから拾ってきてんだよ」

「え? ……こ、コネです」

「……そういや内部に住んでいたんだったな」

 

 CDを買って携帯に落としてます、などは口が裂けても言えない。適当に誤魔化せば〝富裕層〟という設定が生きたのか追及されはしなかった。

 少し前のように、口数は少ないが時々会話を交わしながら食事を終える。先に席を立つソーマを見送り、ミツハも残りの食事に手を付けていると正面二つの空席が埋まる。

 

「おはよう、ミツハ」

「おっはよー!」

 

 同期二人がプレートを持ってミツハの正面に座る。寝癖が直っていないコウタにくすくす笑いながら挨拶を返した。

 

「さっきソーマとすれ違ったんだ。ソーマ、ちゃんと食堂に来てたみたいだね」

「なんか安心したわ。最近あいつ全然出てこなかったし。ミツハ、ソーマになんか言ったの?」

「うーん、内緒」

 

 流石に他言するのは恥ずかしく、笑って誤魔化すと二人は何やらにやついた表情をする。おやおやおや? とコウタがわざとらしく声を上擦らせるその様子は恋愛話が大好きな友人を連想させた。

 

「やっぱりミツハってソーマのこと好きなの?」

 

 予想通り、話の展開は恋愛方面に向いた。興味津々といった様子のコウタは十五歳のお年頃の男の子なのだ。

 ミツハは食べる手を止めて苦笑する。予想はしていたので慌てる事はなかった。

 

「……やっぱりって何、やっぱりって」

「だってソーマの時間に合わせてわざわざ早起きして朝飯食ってんじゃん」

「この前ソーマの様子聞いた時は明らかにがっかりしてたし」

「で、そこんとこどうなんですかミツハさんっ」

 

 レポーターのようにマイクを向ける仕草をするコウタに、ミツハは笑う。流石にもう自覚はしていたが、改めて言葉にするのは初めてだ。

 

「うん、好きなんだと思うよ」

「……うええ」

 

 ミツハの答えに後方から辟易したような声が聞こえた。振り向けば席を探しているカレルがプレート片手に顔を顰めてミツハを見ていた。

 

「お前ほんっと悪趣味だよな。これは近いうち防衛班から二階級特進が出るな……」

「カレルさんはほんっと最低な事言いますよね……もう怒りを通り越して笑いが出てきます。あはははは」

 

 カレルは舌打ちを一つしてそのままミツハの隣に座る。コウタは苦手な先輩に少し萎縮した様子を見せたが、ユウは特に気にした素振りは見せずにカレルに話し掛ける。

 

「ねえカレル、ミツハって防衛班ではどんな感じ? あんまり防衛班と組む機会なくて気になるんだ」

「あ? 別に普通だ。しょっちゅう遠距離型にオラクル分ける点は褒めれるな」

「やだ照れる。カレルさんお礼にこのパッサパサしたパテあげますね」

「うわっ、要らねえ……」

「へー、俺もミツハと組んでみたいな。遠距離と相性良いの?」

「あ、うん。私の神機はあんまり敵に近づかなくても攻撃出来るから、誤射されにくいの。私よりタツミさんの方がカノンちゃんに誤射されるし」

「ショート使いの運命だからな。あとオラクル回収率良いだろ、お前の神機」

「咬刃展開……だっけ? あれ凄いよね、ショート並みに手数が増えるし」

「あー、訓練の時に見たあれか! なんかびょーんって鎌が伸びるやつ!」

「そうそうびょーんって伸びるやつ。かっこいいでしょ~、私ほんとヴァリアントサイズ選んで良かったって思うもん。誤射されにくいし」

「重要なポイントそこなの?」

「防衛班にとっては凄く重要」

「まったくだ」

 

 コウタの苦笑にミツハとカレルは力強く頷く。カノンの誤射を如何に避けるか。これが防衛班にとって最も重要な事である。

 

 朝食を終えたミツハ達は各々解散する。ユウ達はエントランスへ向かい、カレルは自室へ戻った。第二部隊は本日もアラガミ装甲壁周辺の防衛任務が入っているが、それは午後からだ。さて出撃の時間まで何をしようと考えていると携帯に一通のメールが入る。サカキからのメールだった。

 

 『定期検査、忘れてないかい?( - 3 - )』

 

 ぷんぷんと怒っている顔文字が添えられた文章を見ながら、ミツハは慌ててサカキの研究室へ足を向けた。ミツハは二週間に一度定期検査を受けており、数日前がその検査予定日だったのだがリンドウやソーマの件に気を取られすっかり忘れていたのだ。

 

 

 

「博士すみません、忘れてました!」

「うん、素直でよろしい」

 

 研究室に入って開口一番に謝れば、サカキはにっこりと笑い特に怒っている様子はなかった。そもそもサカキは常に笑顔を貼り付けており、怒った顔をミツハは見た事がなかった。

 準備が整うまで少し待っていてくれ、とサカキはパソコンのキーボードを打ち始める。見慣れた光景をソファに座りながらぼんやり見ていたが、サカキは不意に話を始める。

 

「今朝ソーマを見かけたけれど、嘘みたいに顔色が良くなっていたね。ミツハ君、彼に何かしたのかい?」

「博士もその話するんですか……内緒です!」

「おや残念」

 

 肩を竦めるサカキは笑いながら、しかし何処か陰を含みながら言葉を続ける。

 

「ソーマと仲良くしてくれているようで何よりだよ。……リンドウ君を喪ってからの彼は、正直見るに堪えなかったからね」

「……リンドウさんって、ソーマさんの初陣からの付き合いなんでしたっけ」

「よく知っているね。六年前の旧ロシア連邦領でのアラガミ一掃作戦、これがソーマの初陣だ。私は此処アナグラの屋上で彼らを見送ったよ。私がソーマと初めて会ったのもその時だ」

「六年前って事は、ソーマさんは十二歳ですか」

「ああ。あの頃のソーマはミツハ君より少し大きい程度の背丈だったね」

「……一五〇センチ代のソーマさんって想像出来ないです」

「ソーマはこの六年で随分大きくなったからねえ。喜ばしい事だよ」

「博士ってなんだか、ソーマさんのお父さんみたいですね」

 

 ミツハがそう言って笑えば、サカキはキーボードを打つ手を止めた。お父さん、か。小さく呟いたサカキは狐目をうっすら開いてミツハを見据える。突然変わった空気にミツハはどきりとした。

 

「ミツハ君。君はソーマの生い立ちについて、知りたいとは思わないかい?」

 

 え、と思わず間の抜けた音を零す。まるで時間が止まってしまったようだ。先程まで軽快に鳴っていたキーボードを打つ音も聞こえず、よく回るサカキの舌も止まって研究室はパソコンの起動音だけが響く静かな空間になった。沈黙の中、ミツハの答えを待っているようだ。

 

 ソーマの生い立ち。それはきっとソーマの〝秘密〟に関わる事だろう。昨日の訓練所でのソーマを思い出す。的外れな事を答えたミツハにソーマは僅かに安心するような表情を見せ、忘れろと言った。

 

「……知りたいとは、思います。けど、博士の口から聞いていいようなものでもないと、思います」

「……そうかい。なんとなく、君ならそう言うだろうと思ったよ」

「ソーマさんから話してくれるまで、待ちますよ」

「ならその時が来たら、君自身の秘密も話してあげるといい。君達ふたりは全く違うようで、よく似ているよ」

 

 その言葉の意味がよく分からずに首を傾げると、サカキは笑う。準備が出来たよとミツハを奥の部屋へ促してこの話は終いになった。

 

   §

 

 メディカルチェックを終え、午後からは任務に赴く。問題なく任務を終え、本日も巡回経路を拡大してリンドウの手掛かりを探すも結果はいつも通り。アナグラへ戻る事にはすっかり日が暮れていた。

 第二部隊の面々がエントランスへ向かうと待っていたのはアリサだった。久々の顔に少々目を丸くする第二部隊を前に、アリサは勢いよく頭を下げた。

 

「そのっ、この前は失礼な事を言ってすみませんでした……!」

 

 深々と下げられた頭から帽子は落ち、アリサのゆるいウェーブの掛かった白銀の髪が垂れる。とてもじゃないが高慢な態度を取り傍若無人に振舞っていた少女と同一人物には思えない素直な謝罪に、第二部隊はポカンと口を開けた。

 

「えっ……と? と、とりあえず顔上げろって」

 

 ようやく第一声を上げたのは隊長のタツミだった。落ちた帽子をミツハが拾い上げ、アリサに渡すと有難うございます、と素直に感謝の言葉が告げられた。彼女の纏う雰囲気は最後に見た時よりもずっと柔らかい。顔は上げたもののばつが悪そうに俯いたままのアリサに、第二部隊の心境をブレンダンが代弁する。

 

「突然どうしたんだ?」

「……以前の私の言動はあまりにも失礼なものでした。……防衛任務の時の件も、本当にすみません」

「あー、その事か」

 

 タツミがくしゃりと髪を掻く。アリサと共に出撃した防衛任務の際、珍しくタツミは怒りを露わにしていた。〝そんなもの〟と言い放たれた時、防衛班として日の浅いミツハでさえもカチンときたのだ。防衛班長のタツミならば尚更だっただろう。

 

 苦笑するタツミは暫く言い淀む。ミツハ達も黙ってただ二人を見つめた。やがてタツミは苦笑を消し、真面目な顔で芯の通った声で言葉を紡いだ。

 

「市民の気持ちや避難誘導を『そんなもの』と言ったのは、悪いが防衛班長としては流石に許せん。お前さんがそんなものと言ったのは、俺達防衛班の誇りだ」

「……はい、仰る通りです」

 

 分かりやすくアリサの声色が落ちる。ぎゅっとスカートを握り、もう一度すみませんと零した。その謝罪にタツミは再び苦笑する。

 

「でもな、お前さんの実力は確かだ。まだ若いのに大したもんだ。それぐらいの実力があれば助けられる人だって増えるだろう。悪いと思っているなら、戦う力がない人を守ってやってくれ。ただアラガミを倒す事だけが人を守る事じゃないんだ」

 

 タツミの声色は優しく諭すようなものだった。その言葉にアリサは頷く。はいと返事をしたその声は少しだけ震えていた。

 

「その、……有難うございます」

「おう、今後ともよろしく頼むわ」

「ああ。戦術理論は此方も改めて学ぶ部分が多い」

「あ、あの、良かったら夕食ご一緒しませんか?」

「……いいんですか?」

「もちろんですよ! ね、ミツハちゃん!」

「ね、女子会しよう女子会」

 

 アリサの手を引くと、少女は素直に此方へやって来る。嬉しそうに笑うカノンを見て不器用ながらにアリサは笑い、有難うございますともう一度感謝の言葉を口にした。

 男二人を置いて三人並んで食堂へ向かう。近寄りがたい雰囲気は面影もなく、アリサは年相応の顔を見せている。その表情を見てミツハはソーマを思い出した。昨夜のソーマも珍しく年相応な顔をしていた。

 

「ね、アリサ。もしかしてだけど、ユウと何かあった?」

「えっ!? な、なんでそう思うんですか!?」

 

 あからさまに動揺を顔に出すアリサに、ミツハはくすくすと笑う。ミツハがソーマの事を気に掛けるように、ユウはアリサの事を気に掛けていた。ミツハとソーマの間にあの屋上での出来事があったように、きっとユウとアリサの間でも何かがあったのだろう。

 

 区画移動用のエレベーターに三人で乗り込み、共同区画まで移動する。その移動のさなか、アリサは照れたように尻すぼみになりながらミツハ達に目を向ける。

 

「その、……私、同年代の同性の友達が、いなくて。……良かったらでいいんですけど、な、仲良くして頂けたら、嬉しいです……」

 

 顔を真っ赤にしながら言うので、思わずミツハとカノンも釣られて赤面してしまう。

 

「アリサさん、可愛いですね」

「ほんと。可愛いね」

「なっ、か、からかわないで下さい!」

 

 白い頬を赤く染め上げるアリサは十五歳の少女らしく、とても可愛らしかった。三人の少女は談笑しながら廊下を歩く。食堂の扉を開ければユウとコウタが夕食を先にとっており、ミツハ達三人の姿を見ると彼らは嬉しそうに笑うのだった。

 


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