大鎌を振り翳す。いくつもの小さな刃が肉を抉り、怪物は悲鳴を上げてのたうち回る。その隙を見逃さず、大量のオラクルが撃ち込まれた。
「撃破だ」
「これで全部かな……? 小型だけだとラクでいいねー」
「何処がだ。報酬が不味過ぎる……」
カレルが忌々しそうに舌打ちをする。相変わらずの悪人面だなあとミツハは苦笑した。
ノヴァによる終末捕喰の危機は去ったが、アラガミが消えていなくなるわけではない。まるで何事も無かったかのようにアラガミは今日も地上を闊歩し、神を喰らう者達は今日も神機を握っている。
「此方ミツハとカレル。こっちのアラガミ倒せたよー」
『了解。みんな倒せたみたいだし、帰投ポイントに集合で!』
「はーい」
ユウと繋がった通信を切る。ミツハは今し方倒したオウガテイル堕天種のコアを回収し、カレルと共に帰投ポイントへ向かった。
「ったく、アーク計画が実行されてりゃ、こんな小銭稼ぎともおさらばだったのに」
「み、耳が痛いからそういう事言うのやめてくれないかなあ……」
「フン。
第一部隊によってアーク計画が阻止され、搭乗者は普段の日常へ返された。エイジス防衛の必要が無くなった第三部隊は、第一・第二部隊の支援が主な仕事になり、報酬重視のカレルは眉間のシワをなかなか崩そうとはしなかった。
「近々本部の連中が査察に来るらしいからな。目立って腕を買われ、本部直属の神機使いになれりゃ儲かるかもな」
「私はなるべく目立たないようにしよ……」
「事件の当事者だもんなあ?」
「それ以外にも色々あるし〜……」
苦い顔をしながら荒れた道を歩く。帰投ポイントへ近づくと、先に到着していた他の第一部隊の仲間達の姿が見えた。その中には当然、フードを目深に被った男も居る。ミツハがそれまでの苦い顔を一転させると、隣のカレルが馬鹿にするように鼻で笑った。
何事も無かったかのような、日常だ。
突如出現したアラガミ〝アルダノーヴァ〟の急襲により、旧日本近海に建設中だったエイジス島は半壊。同日、エイジス計画を推進していた極東支部前支部長、ヨハネス・フォン・シックザールがエイジスの崩落事故により死亡――
表向きの事件の顛末はそういった形で知らされるそうだ。サカキとツバキが隠蔽処理の大量の書類に忙殺されながら、アーク計画は粛々と闇に葬られた。
アーク計画を知らぬ大半の人々はエイジス島という希望が打ち砕かれ、アラガミの襲撃に怯える以前と変わりない生活を強いられている。そしてアーク計画を知る神機使い達もまた、以前と変わらず神を喰らいを続けている。
以前のような日常を――ほんの少しずつ、変化をもたらしながら。
§
「あ」
夜。冷たい風が吹く屋上に出ると、夜空を見上げている男が目に入った。
いつも目で追っている、ネイビーブルーのダスキーモッズを着た男。普段目深に被っているフードは脱いでおり、白金の髪が外灯と月明かりに照らされていた。
「ソーマさんっ!」
浮かれた声で名前を呼ぶ。今日は特に何もない、いつも通りの一日であった。まさかこの時間、この場所でソーマに会えるとは思ってもおらず、ミツハはステップでも踏みそうな軽やかな足取りで駆け寄った。
ソーマはゆっくりと振り向く。その顔に驚きはない。いつかのように、ミツハが来ると分かっていたような顔をしていた。
「……やっぱり来たな」
「えっ、やっぱりって何ですか」
「来ると思っていた」
隣に並ぶ。ミツハがソーマを見上げると、ソーマは夜空を再び見上げた。
「……撮りに来るだろうと、思った」
ソーマの言葉通り、ミツハの手にはカメラが握られている。空には満月を過ぎて欠けた月と、満天の星々。ソーマの言葉通り、今夜の夜空は綺麗だった。
空が綺麗だから、撮る。写真好きなミツハが取りそうな分かりやすい行動だ。
だが、そう言われるとまるで――
「……わ、私が来ると思って、ソーマさんも来たんですか?」
「……さあな」
ソーマは顔を上げたまま、此方を見ない。顔が見たかった――頬を赤らめながらミツハはそう思った。ミツハの自惚れが正しければ、きっとソーマも同じように照れていたに違いない。
少し残念に思いながら、カメラの電源を入れてミツハも空を見上げる。半分近く隠れた月。カメラの液晶画面に映るその月は、地球のような青い色をしていた。
〝月の
シオが月に旅立ってからと言うものの、月はそれまでの白色ではなく地球と同じような青い衛星へと変わった。
サカキ曰く、月で終末捕喰――生命の再分配が起き、岩だらけだった月に生命が生まれたそうだ。海と植物だけの、何億年も遥か昔の地球のような星が、今の月だ。
そんな月に、シオが居る。
「……やっぱりコンデジじゃなくて、一眼欲しいなー……。望遠レンズも欲しい」
「贅沢だな」
「だって、綺麗に撮りたいじゃないですか」
シャッターを押し、夜空を撮る。肉眼で見るよりいくらか輝きを失った月と星の写真に、ミツハは口を尖らせた。
ミツハはカメラを構えたまま、レンズを夜空ではなくソーマに向ける。顔を背けたソーマの先へ回り込み、シャッターを切る。
「……おい」
「えへへ」
「笑いながら撮り続けるな」
呆れたようにソーマは眉を寄せ、背を向けて空を見上げる。顔が見えなくなってしまったが、ミツハは構わず撮り続けた。
「……そのカメラ、間違っても防衛班の奴らに渡すなよ」
「だ、大丈夫ですよぅ」
「どうだかな」
ミツハのカメラには六十年前の写真だけでなく、シオの写真も沢山残っている。なかなか重要機密が詰まったカメラになってしまった。
暫く好きに撮っていたのだが、ソーマがふと月からミツハへ顔を向けた。シャッターチャンスを見逃さずに撮ろうとしたのだが、伸ばされた手によって阻まれてしまう。
「あっ、ソーマさーん!」
「貸せ」
「け、消しますよね!?」
「消さん。……撮ってやるって言ってんだ」
ミツハの手からカメラを奪う。取り返そうとしてみるも、カメラを持つ手を頭上に伸ばされてしまってはミツハが届く筈もない。背伸びをするミツハをソーマが見下ろした。
「撮るばかりじゃなくて、お前の写真もあいつに見せてやれよ」
そう言って、ソーマはカメラのレンズをミツハに向ける。液晶画面にソーマを見上げるミツハが映り、その頬はみるみるうちに紅潮していった。そして、狼狽えるように後退る。
「う、だ、誰かと一緒に撮るのなら全然良いんですけど、私単体で撮られるってなかなか無くて……ええ、き、緊張しますね!?」
「お前がいつもやってる事だろうが」
「そ、そうですけど〜……! ちゃ、ちゃんと撮ってくださいね!? 半目とか嫌ですからね! あ、光源がこっちにあるのでもうちょっとあっち側で撮って欲しいです! あと暗いからってフラッシュは焚かないで、あとあと、居住区の外灯があるのでそれをぼかして……」
「注文が多い……」
もう適当に撮るぞ、とソーマはぶっきらぼうにカメラを構えた。ソーマの顔はカメラに隠れてしまってよく見えない。それでも、カメラ越しに目と目があっているのは確かだ。
「下手でも怒るなよ」
シャッターを切る直前、ソーマが言い訳のように言葉を紡ぐ。
「誰かを撮るなんざ、お前が初めてなんだからな」
シャッターを切る。パシャリと軽快な音が夜の屋上に響く。
ミツハは笑った。笑うミツハを見て、つられてソーマも小さな笑みを零した。
そんなふたりに混じるように――頭上の
Kuschel 無印編はこれにて完結となります。
無印編以降のお話が完結しましたら、また同じように1話ずつ投稿していけたらいいなと思います。
もしよかったら、感想を書いて頂けると本当に嬉しいです…!
ここまでのお付き合い、有難うございました!