宜しければ、今しばらくお付き合い下さいませ。
コンピュータゲームにTRPG、システムにもよるがボードゲームやカードゲーム。
『自分自身』とは違う別の誰かになれる遊戯と言えば、幾つもこの世には溢れている。
口さがない人物はやれ現実逃避だの、そんなものに浸る暇あったら己を磨けなどと言うだろう。
だがしかし、だがしかしである。
そんな事知った事じゃねぇのだ、少なくとも僕は楽しさにあふれているソレらにどっぷりとのめり込んでいた。
しかしソレは、当然だが自身の命に直結しない娯楽であるからの楽しみであり、僕自身がそんな状況に放り込まれる事はまっぴらごめんなのである。
「一生懸命主張しているところ悪いけどね、もう決定事項だから何言っても無駄だよ」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
蛍火のような光源が飛び交う空間で、磨き抜かれた黒曜石のようなテーブルを挟んだ対面に座るダンディな髭を生やした紳士が情け容赦なく口にしたその言葉。
どう言う事なのかと言えば話は長くなるが、平たく言うと……。
「まぁ私は紳士的な悪魔だからね、理解したがらない君の為にもう一度説明してあげようじゃないか」
くるんとカールのかかった髭を指先でつまみながら、クツクツと愉快そうに喉を鳴らして嗤う悪魔を自称する紳士。
正直奇声を上げながら殴りかかってやりたいところだが、『朧げな輪郭』しか持たない僕にはソレすらも最早叶わない。
「死因はまぁどうでもいい、死んでしまった君を特別にその意識を保ったまま違う世界へ送ってやろうと言っているのだよ。私のささやかな趣味である娯楽のためにね」
「神は死んだぁぁぁぁ!!」
ガッデムと咆哮する僕、そんな僕を悪魔は愉快そうに嗤いながら眺めている。畜生。
「まぁ落ち着き給え少年だった魂よ、何も無手で全裸な状態で送り出すワケじゃないさ。君達の大好きなチートとやらも与えてあげようとも」
「……本当に?」
疑いの目を向けてみれば、本当だともなどと宣いながらヒゲを指先で摘まんでいる悪魔。
正直胡散臭い事この上ないというか、胡散臭さしか感じないが有難いのが正直な所である。
「但し望むがままに与えるというのは面白くない、そうは思わないかね」
「思いません」
「そうだろうそうだろう、だからこのような催しを考えてみたのだよ」
畜生この悪魔、人の話を聞いちゃいねぇ!!
朧げな頭を抱える僕を心底愉快そうに眺めているその様子から、その催しとやらを取りやめる気も毛頭なさそうだ。重ねて畜生。
「何……簡単な催しだよ、ここに君が生前嗜んでいた色々な遊戯で使っていた分身。その中からランダムチョイスと行こうじゃないか」
「……ちょっと待って、その前に聞きたいんだけどさ。送られる先はどんな世界なのさ?」
「おっと私とした事が大事なことを言い忘れていたね、なぁにそんな物騒な世界じゃないさ。様々な種族が日々を過ごし、多少の危険というスパイスがある剣と魔法の世界だよ」
物騒じゃないという文言と多少の危険があるという、物凄い矛盾が聞こえた気がする。
だがしかし、放射能とモヒカンが主要生産物な世界ではないだけ有難く思うべきかもしれない……いやそんな事もないか、いっそ平和な世界に送ってほしい。
「平和で安定した世界に送ってほしそうな様子だがね、そんな世界に送った魂を観察しても私が楽しくないじゃないか」
君は何を愚かな事を言っているのかね、などと言いたげに肩を竦めてこれみよがしに溜息を吐く悪魔。どこに出しても恥ずかしくないぐうの音も出ない畜生である。
状況は圧倒的に不利、こちらが拒否を示せば示すほどこの悪魔はきっとノリにノって色々とやらかしてくるだろう。
今この場において不本意極まりないが、この場の支配権は目の前の悪魔にある。なれば僕がすべきことは……。
「……わかったよ、嫌だけど。心の底から嫌だけど貴方の思惑に乗らせてもらう、どのキャラクタを選ぶのかも貴方に一任するよ」
「物分かりが良い子は好きだよ」
「ただし! 送られる先でも有効な能力を持っているキャラクタを選んでほしい、『貴方から見て、間違いなく送還先で生きていける』と判断できるキャラを」
僕の諦観に満ちた降参宣言に若干物足りなさそうにしながらも、愉悦を隠すことなくその瞳に浮かべる悪魔。
そして、その瞳の愉悦は僕が要求を突き付けた事で更に深くなる。
賭けでしかない要求だった、けども悪魔の瞳に宿る愉悦の様子から僕は賭けに勝ったことを半ば確信している。
有無を言わさず異世界とやらに放り込んで右往左往する様を見るのではなく、こうやって場を設けたと言う事は悪魔にも思惑は間違いなくあるのだ。
もしかするとソレすらも、目の前で愉快そうに喉を鳴らして笑っている悪魔の掌の上かも知れないけども……そこまでいかれたらもうお手上げなのだから。
「いいだろう、君のその無謀さとこの場で一歩踏み出した君の狂気に敬意を払い。間違いなく送った先でも活躍できるキャラクタを選出しよう」
そして、どうやら僕の要求は悪魔の眼鏡に適ったらしい。
コレで少なくとも、剣と魔法の世界で搭乗するロボットがいないパイロット、などと言う悲惨な境遇は避けられた……筈だ、多分。きっと。恐らく。
「狼狽えるばかりと思いきや中々やるじゃないか、色々と語らい合いたいところだが……」
「……勘弁してほしい、こっちは生きた心地がしないんだよ」
「もう死んでる癖に何を今更、ところで君の死因が何か知りたくないかね?」
「貴方自身がどうでも良いと切って捨てたんだろうが、知っても碌でもない事だろうし遠慮しておくよ」
飄々と宣ってくる悪魔にノーを突きつければ、賢明な判断だねなどと嘯く悪魔である。どうやら聞かなくて正解だったらしい。
気持ちジト目で目の前の悪魔を睨む僕であるが、急に視界が白くボヤケテいく。
「次に君が意識を取り戻した時、その時は新たな世界へ降り立った時だ。私の娯楽の為にも精々面白く生きてくれたまえよ?」
徹頭徹尾紳士的に人を玩具としか思ってない目の前の悪魔が、転生先でも観察してくると思うと正直気が滅入るどころの騒ぎじゃない。そう返事を返そうとするも。
最早、僕が声を発する事も叶う事……悪魔の言葉を最後に、僕の意識はまるでどこかへ吸い込まれるような……。
もしくは空間に拡散していくような、不思議な感覚と共に消失していった。
そして、ぼんやりとした意識と思考の中。
何者かがボクに語り掛けてくる声と共に、体を激しく揺すられるのを感じる。
「──おい──おい! お嬢ちゃん!」
「……ふぁ……?」
揺すられると共に、胸辺りについた重い何かがたぷんたぷんと揺れる違和感、そして聞こえる音が頭の左右ではなくその少し上から大きめに感じる感覚。
それらの違和感が絡まり合った不思議な感覚と、まるで意識と神経が急速に馴染んでいくような錯覚を感じながら、妙に重く感じる瞼を開く。
「おう、生きてたか! こんなところで寝てるとか不用心極まりねぇぞ?」
お尻の辺りに感じる、尾骶骨辺りから伸びてる何かを圧し潰してるような何とも言えない感覚にボクが戸惑っている中。
どうやら先ほどからボクを揺り起こそうとしていた、顔中髭まみれのずんぐりむっくりとした体型のおじさんが、目を開いたボクの様子にホッとした様子を見せてくる。
失礼ながらビヤ樽のような体型ながらも、その佇まいは汚らしく感じるというような事はなく。
首に下げている白銀色に輝いている何かのシンボルらしきものの印象も相まって、どこかしら清廉な印象を与えている。
「え、あ……ありがとう、ございます?」
「随分と変わったおべべ着てるけど家出か? 悪いことぁ言わねぇから、早くお家に帰るんだぞ」
ぐい、とゴツゴツとした手で白く華奢なボクの手を掴み、おじさんがボクを助け起こす。
……待って、白く、華奢な手?
おじさんに起こされながら、もう片方の手で顔の横をペタペタ触れるも。そこにあるのはさらっとした髪の感触のみで。
嫌な予感を感じながら、その手を頭の上の方へ動かしてみれば……ふさふさとした毛におおわれていると思われる、大きな耳が生えていた。
怪訝そうな様子でボクを見るおじさんに構う事無く、今度はお尻へ手を当ててみれば……そこにあったのはふかふかな尻尾で、掴んで前へ持ってくればソレはまるで黒い狐のような大きな尻尾でした。
ついでにその際の視点移動で、ボクの視点がかなり低くなっている事と……。
とても大きなお胸が、着物のような衣服の胸元を内側から押し上げているのも確認できました。
「お、おいお嬢ちゃん! お嬢ちゃーーーん!?」
そのままフラーっと意識が遠のいていくボクを案じていると思われるおじさんの叫びを他所に、ボクの目の前は真っ暗になっていくのであった。
あの悪魔、やりやがった。やらかしやがった。
ああ認めるよ、確かにこのキャラクタはどこに行っても生きていけるしやっていけるという自負もあるよ。
だけども、初見の異世界で魅力特化交渉特化のキャラクタ、それも男だったボクに女性キャラクタ宛がうとかバッカじゃねぇの!?
『TIPS.悪魔さん』
人間のサブカルチャーかぶれであり、己の権能を濫用して適当に目についた人間を異世界へ放り込んでは……。
コーラとポップコーンを手に、被害者が奮闘する姿を見てゲラゲラ笑う事が趣味というぐう畜。
この悪魔のタチの悪いところは、送り込む先の世界の神様への心付けを欠かさないという所にある為。
悪魔さんは趣味でにっこり、送られた先の神様も世界に新たな風が吹いてにっこり。
送られた転生者だけゲッソリという構図を作り出しているところである。
見た目は紳士風なカール髭ダンディ、なおこの姿は擬態であり真名も真の姿も不明。