本来はこの章の内容が一章だったのですが、色々と考えた結果神殿編が最初に来ることになったという。
なお、それに伴いコクヨウを取り巻く状況にもアップデートがかかったため、彼女の身の危険や難易度も上がっております。
これには鑑賞している悪魔さんもにっこりです。
後半、コクヨウとは違う人物の視点が入ります。
日々、神殿の総務的お仕事をしつつ美味しい御飯に舌鼓を打ち、交渉とかで頑張りながら時々アクセリアさんやヴァーヴルグさんに魔法のお勉強を過ごしている内に……。
秋も通りすぎてしまい、雪が降り始めて本格的に寒くなってきました今日この頃です。
「今の所問題等はないか、良かった良かった」
「人員の負担も減りましたし薬の備蓄もありますからね、よほどの大怪我をしない限りは何とか出来ると思います」
なんか凄い製法で作られたらしい炭金……を加工した際に出る粉や欠片を練り練りして作られる、豆炭金を燃料として熱量を放つストーブに当たりながら雑談する診療所の神官さんとボクなのです。
炭金そのものだと熱量が上がり過ぎるのと単価が結構な金額しちゃうらしいので、ご家庭での運用やちょっとした普段使い用に職人さん達が作っては売って小遣い稼ぎしてるそうな。
ドグさんから聞いた話によると、窯の温度を自身が作った豆炭金で保つ事が見習い職人さんの試験の一つにあるんだとか……いやぁ、職人社会も大変そうです。
事件が起きたのは……互いに暖かいお茶を啜り、次の部署の様子を見に行こうとボクが椅子から立ち上がったその時でした。
「悪い!急患だ!」
ドタドタという慌ただしい足音と共に診療所の扉を乱暴に、蹴り破りかねない勢いで開けたのはギグさん。
彼の両腕の中に抱かれていたのは、まだ少年と言える風貌のボロボロになったけど真新しい様相を見せる革鎧を身に纏った男の子でした。
何故新品のようなのにボロボロになっているのか、その原因は火を見るより明らかです。
ギグさんの体すらも鮮血に染めるほどの血が、彼の体にべったりと張りついてしまっていました。
「治療の初期対応は?!」
「俺が出来る限り治癒の奇跡は使った、だけど血が圧倒的に足りねぇ!」
「なるほど……コクヨウ殿! 大至急休憩中の神官達を呼んできて、今すぐ!」
怒鳴り合う勢いで先ほどまでボクと歓談していた神官さんが、ギグさんと一緒に彼に抱き抱えられていた男の子を清潔なベッドへと寝かす。
白いシーツに包まれていたベッドはすぐに、彼の体にこびりついた血で紅く染まっていくも……ギグさんが治療を施したという言葉に嘘偽りはないのか、彼の体から血が染み出流れ出る様子は見えない。
茫然とその光景を見ているだけだったボクに、神官さんから激が飛ばされ。ハっとしたボクは肯定の返事を吐き出すと。
お昼の食事を終えて少し経った今の時間帯なら、急いで休憩中の神官さんが集まっているであろう食堂へ駆けだす。
その後はあっという間でした、食堂へ駆け込むと同時に大怪我をした人が担ぎ込まれたとボクが叫ぶや否や、談笑していた神官さん達は表情を引き締めて席を立って一斉に駆け出して診療所へ向かい。
皆さんの尽力で、幸いにもあの冒険者の男の子は一命をとりとめる事が出来ました。
血塗れになった法衣を脱ぎ、軽く身を清めて着替えたギグさんに話を聞いたところ。
「あの坊主の怪我の原因か? ハビット牧場を襲いに来た害獣を駆除していた時に、横から大熊が突っ込んできやがってな……」
その時に、不幸にも一番大熊に近い位置にいた冒険者のあの男の子が、振るわれた鉤爪を咄嗟に避けたモノの避けきれず胴を思いきり切り裂かれてしまったそうだ。
内臓への損傷は言うに及ばず、外傷も酷い有様に陥ったけど……不幸中の幸いで、近くを自発的に見回りしていたヴァーヴルグさんが駆け付けて緊急治療を奇跡で行い、ぎりぎりで命を繋いだ彼をギグさんが出来る限りの治療を施して全速力で診療所へと運び込んだらしいです。
ちなみに彼が大怪我をする原因となった大熊は、後ろ足で立つと二階建ての建物にすら届くような巨大なモノだったそうですけど……。
ヴァーヴルグさん怒りの真空飛び膝蹴りで、脳天ごとその命を散らしたそうです。
「あの男の子、ボクと同じというよりもっと若く見えたんですけど、あのぐらいで冒険者になるというのは当たり前なんですか?」
「この街の農家出身ってならそんなに多くねぇけど、少し離れた小さな農村とかだとありえない話じゃねぇな」
閉鎖的な村で一生を終える事を嫌った次男坊三男坊が、僅かなお金を握りしめて家を飛び出して近隣で一番大きなこの街で一旗揚げようとする。そんな事は珍しい話じゃないらしい。
そして、今回のようなケースや不意の事故で命を落とす冒険者の人の大半が、そういう人達だそうだ。
「今回のアイツは磨けば光りそうだし実際大熊の攻撃にも反応して見せたから、生き残って研鑽すれば一端の実力者になれそうなもんだが……」
遣る瀬無さそうにギグさんは溜息を漏らす。
いっそこの街のでかい農家に働きに出てくれれば、食うには困らねぇのによぉ。と呟く辺りからしても、お世辞にも荒事等に向いてない人達も多いらしい。
「仮に向いてないにしても、他に手段を知らないからそこから這い上がりようがない。かぁ」
「読み書きが出来ないヤツも多い、それに農村で暮らすのが嫌だから飛び出したのにまた農家に働きに出ると言う事を拒否する若いのが多いからなぁ」
その結果、意固地になって無理をして命を散らす若者が増える……と。
最近は神殿から定期的に出される見回りのお仕事や、農地の用水工事のお仕事の関係で生活の為に無謀な依頼を受けては散っていくなんていう人も減ってきてるらしいけど……。
「落伍者が路地裏で固まって悪さする原因にもなってるから、何とかしたい問題ではあるけどな」
中々うまくいかんもんだよ、と嘆息を残してギグさんは席を立つと仕事へと向かっていく。
何かしら出来ないモノかなぁ、命を落とす人達を減らしてかつ健全な活動に向かわせられればソレだけ神殿の人達も楽になるし……。
「おお、コクヨウ殿。こちらにいらっしゃいましたか」
「あ、ヴァーヴルグさん。お疲れ様です」
耳をペタンと倒し、腕を組んで地味に重たいお胸を腕で支えて楽をしつつ考え込んでいると、背後から声をかけられたので振り返れば其処に居たのはヴァーヴルグさん。
彼もいつもの重り兼装甲を担っている鉄板入り法衣ではなく、別の法衣を身に纏っている様子からいつもの法衣は返り血塗れになった様子です。
「神殿長が呼んでおられます、こちらへ」
「わかりました」
ヴァーヴルグさんに先導され、神殿長が待っているらしい広間へと向かえばそこに待っていたのは神殿長ともう一人、アクセリアさんでした。
どうやら、何かしらの重たい話がある雰囲気です。
「巫女であるコクヨウ殿、突然呼び立ててしまい申し訳ありません」
「いえ、気になさらないで下さい神殿長。 ……新たな、試練ですね?」
申し訳なさそうに目を伏せ告げられた神殿長の言葉に、薄々察していた質問をぶつけてみればゆっくりと首肯を返されました。
「大地母神ファーメリジェ様より神託が下されました。鬱屈とした日々を打破しようともがき、そして散っていく子達が明日を願い生きれるよう手助けをしてほしい……というモノです」
前回は河川の守護女神であるヘレアルディーネ様からの神託で、今回は大地母神様からの神託のようです。
内容的にも、この二柱は教典にも載ってるように慈悲深い神様のようだ……修羅の国出身と思える戦神とかの信仰が強い街にお世話にならずに済んで正直ほっとしてるのは内緒です。
「その命、拝領致します。出来る限り尽力する所存です」
「また頼りにするようで申し訳ないのですが、どうかお願いします。勿論我々も貴方の動きを全面的に支援させて頂きますから……」
深くボクへ頭を下げるスェラルリーネさん、ちなみにこの前の神託の時に預かった神殿長の聖印は既に返却済みです。
巫女として立場を得た事と、双方に顔が利くお仕事をやってる関係で神殿では重宝されてる状態なのだ……ただこう、たまにお菓子を渡されるのはなんでだろう。
ともあれ、広間を辞してまず動くのは冒険者の人が集まるあちこちの酒場、ではなくまずはボク達の仕事場であるお部屋なのです。
改めて冒険者の人達の仕事状況やお仕事で生じた負傷等を軽く洗い出して、特に冒険者の人の負担が大きい酒場にまずは様子を聞きに行くのだ。
そんな事を考えつつ、ボクはいつもの部屋の扉を開けて中でお仕事をしていた神官さん達に声をかける。
おっといけないいけない、扉は忘れず締めないとね。暖かい空気が逃げちゃうや。
10年程前に人攫いに攫われた彼女を探し救い出す為に飛び出した故郷、セントへレアの街の門を潜り中へと足を運ぶ。
衛兵からは、祭とやらが終わった今の時期になんでまたなどと訝しがられたが、里帰りだと言えば素直に通してくれたな。
「様変わりしてるようで、してないものだね。どこもかしこも」
白い吐息と共に呟きながら足を向けるのは実家である錬金術師の店……ではなく、昔よく通った屋台のある通りだ。
故郷を飛び出す時には衝動のままに二度と帰る気はないと啖呵を切ったし、俺自身が実家に対して未練が無い事を内心で驚きながら……雪が降る街中をのんびりと道を歩く。
結論から言えば……飛び出してそんなに時間をかける事無く彼女……否。瞳から光を喪い無惨な姿で動かなくなった……彼女だったモノを見つけ出す事は出来た。
だけれども、救い出す事は叶わなかった。
彼女を攫い売り飛ばした連中には末端に至るまで全てその罪を命で贖ってもらったし、彼女を買い上げた末に弄んでいたぶり死へ至らしめた貴族にもまた応報を受けてもらった。
そこまで至るのに随分と色々と回り道をしたものだが、達成の瞬間こそ高揚したものだが……完全に終えてしまうと、何をしたら良いのかわからないものだな。
「……しかしあの親父さんの屋台、まさかまだ残っていたとはねぇ」
目的の屋台を見つけて思わず呟いたのがそんな一言だから我ながら酷い話であるが、記憶の中に残る親父さんと比べて年月を感じさせる老い方はしていたものの、客へ威勢よく声を張り上げて串焼きを売り込んでいる姿は変わっていなかった。
今も、代金を支払い串焼きが焼きあがるのを尻尾を振りながら待っている、南方出身とみられる大きな狐耳の少女と談笑している様子は……彼女と一緒に屋台で串焼きを買っていた頃を思い返させる。
「あの背中の刻印、あんなものを背負っているとは神殿にとって重要な人物なのは間違いないんだろうな……ん?」
傍らに護衛と思しき神官を控えさせているあの少女に、人混みの中から足音を忍ばせて忍び寄ろうとしている連中が何人かいるな。
神官連中もそれなりに訓練は積んでるようだが、それ以上にアイツらの方が上手らしく気付いてる様子もない。
仇共に近づくために、仕事とはいえ何人も手にかけたのだから、義憤などあるわけないのだが……。
何故か、あの少女があの日攫われた彼女と重なって見えた。
そう感じた瞬間、考えるよりも先に。体が動いていた。
空気中に漂う精霊達に念じて口に出す事なく……空気中に漂う本来は無害な微量の物質を精霊の力で毒へと変じて生成して、袖の内側に仕込んでいた針の先へ纏わせると共に。
少女達に迫ろうとしていた連中の一人の首を、相手に気付かれる前に針で突き刺した。
この毒は精霊術で本来作ろうとしたら詠唱やら何やらを必要とする面倒な代物だし、錬金術の設備で作ろうとしても同様。
しかし、物質を作り出す設計図と言うべきか、それを精霊の力で少し変えてしまえば簡単に作り出せる便利な毒だ……一歩間違うと薬になるモノだが、数えるのも馬鹿らしいぐらいやってきた事だ。
瞬きする間に作る事など、最早造作もない。
「なっ、おい。何やっている……!?」
ぐるんと瞳を回転させ、膝から崩れ落ちて石畳へ倒れ込む。
効果が短い代わりに即効性で検出もし辛い毒、ましてや一刺ししただけだから倒れた男の仲間は気付いている様子もない。
「お、おっとと。兄さん危ないな、大丈夫かい?」
「チッ、こんな大事な時に……おい、どけ!」
何食わぬ顔で倒れた男の傍にしゃがみ、呼びかけながら白目を向いて痙攣している男の頬を叩きつつ同僚と思しき男へ声をかける。
まぁ早々起き上がれるワケもないのだが、呑気に男へ声をかけている俺を仲間と思しき男が突き飛ばし、倒れた仲間を担ぎ上げて野次馬へ怒鳴りながら人混みの中へと消えていった。
やーれやれ、ありゃ使い捨ての下っ端か。はたまた端金で雇ったチンピラか何かかな。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん? ああ突き飛ばされただけだからな、大した怪我もしてないよ」
敢えて抵抗することなく突き飛ばされ、尻もちをついていた俺をさっきまで串焼きを買っていた狐耳の少女が心配そうにのぞき込んでくる。
見れば見るほど彼女には似ていない、なのに何故俺はこの少女に彼女を重ねたんだろうな。
「シナバーじゃねぇか、久しぶりだな……目的は果たせたか?」
「ああ親父さん、半分達成の半分失敗といったところだよ」
注目を集める形になった俺に気付いた串焼き屋台の親父さんが、俺の顔を見て驚きの声を上げた後……故郷を飛び出した経緯を知ってる当時の人間からか、問いかけてくる。
その言葉に俺は立ち上がりながら、歪にならないよう意識しながら苦笑いを浮かべ肩を竦めて見せれば。親父さんは沈痛そうに俯き、無言で串焼きを一本差し出してきた。
「俺の奢りだ、食え」
「……ありがとよ、親父さん」
串焼きを受け取り齧り付いてみれば、適当に切り分けて塩を振っただけの焼いた肉の味が舌に広がる。
もう彼女と共に食べた時の味は思い出せないが、こんな味だったような気がする。
そんな事を考えながら、ついさっきまで地味に危機一髪な状況下にあった狐耳のお嬢ちゃん一行へ視線を向けてみれば。
何やら冒険者の酒場への情報収集だとか何とか聞こえてきた、その割に買い食いしてたようだが……どうやら随分と食い意地の張ったお嬢様らしい。
「なぁシナバー、あの娘っ子の手伝いしてやれるか?」
「なんだよ藪から棒に、今はもうやる事もないし暇だから構わないけどさ」
串焼きを食べ終えた俺に、親父さんが神妙な顔して話し掛けてくるから何かと思えば、面識も何もないお嬢ちゃんへの助力要請と来たから驚きだ。
しかし、まぁ、あの様子だと似たような状況に巻き込まれるのは想像に難くないし……彼女と一瞬とはいえ重なった少女を、一度助けたから後は知らんと放り出すのもまた忍びない。
はてさて、不審がられない程度に自然に話を持ち掛けるとしようかね。
悪魔さん「おや、あの人間の男は……くくく、随分と血と怨嗟に身を浸してきたようだな」
悪魔さん「はてさて、どのような展開を呼び込むか。楽しみでしょうがないよ全く」
ポップコーンを貪り食いながら、そんな事を悪魔さんはほざいてたようです。
『TIPS.魔法とは② 精霊術』
魔法の大系の一つであり、奇跡とよく似た形式で発動するが発動手順としては魔術と奇跡の中間に位置している。
どこにでも居り、どこにも居ない精霊に助力を願うという関係上、物質と精霊の繋がりを把握する必要がある魔法である。
火種や焚火があれば、熱線を放つ精霊術は容易に発動できるが。火も何もない状況では熱線の精霊術は発動できない。
しかし、火を熾す原理を術者が把握しており、その動作を含めて精霊へ働きかければ火が無くても熱線の精霊術は発動できるのだ。
中には感覚と伝承だけで精霊への働きかけを十全に使いこなすエルフと言う種族もいるが、彼らはその身自体が精霊との親和性が高い為出来る芸当である。