ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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本格的に始まる領主との会談、果たしてその結果やいかに。
そして、最後の方にシナバーさん視点を少しだけ盛り込んでお届けします。


15.狸と狐の化かし合い?

 

 

 結構な衝撃を与える発言と共に参上し、ソファへと着席した領主さん。

 彼はボクのたわわなお胸への視線を遠慮なく向けつつ、にこやかな笑みを浮かべている。

 

 

「この度は貴重な時間を割いて頂き誠にありがとうございます、セントへレア神殿にて過分な扱いながら巫女として職務についているコクヨウと申します」

 

 

 ソファから立ち上がり、礼儀に則った深い礼をすると。ボクのたゆんと揺れたお胸に領主様の視線が吸い寄せられたのを如実に感じた。

 この人まごうこと無きただの助平じゃなかろうか……?

 

 しかし、ボクのそんな懸念は次の瞬間に打ち砕かれる事となる。

 

 ボクの礼を受け取った領主様は軽やかに、しかし確かな教養を感じさせる所作でソファから立ち上がると……。

 次の瞬間格式ばった姿を取り払い、にぃっと白い歯をむき出しにしてまるで町民の人みたいな人懐っこい笑みを浮かべて。

 

 

「やぁ麗しくも可憐なお嬢さん! 私の事はアルとでも呼んでくれたまえ! アルおじ様やご主人様でも構わんぞ!」

 

 

 そう自己紹介すると共に、右手をボクへと差し出してきたのだ。

 思わず呆気にとられるボク、ふと視線を傍へ控えていたエルフの侍女さんへ向けてみると……まるで悪い癖が出てる、と言わんばかりの表情をしていた。

 

 あ、この人本気で油断できない人だ。

 ボクの肩書も関係のない、真正面からの話し合いに持ち込まれた上に……侍女さんの態度にも罰したりしようとする様子が欠片も無い事から、これが彼の交渉術として当たり前という事で。

 その態度を変えてきていないという事は、言ってみればこれが領主様の普段からの交渉戦術なんだ。

 

 

 しかしともあれ、だ。差し出された手を握り返さないのは実際失礼なのは事実なので。

 にこやかな笑顔を浮かべながら、領主様の手を握り返す。

 

 

「うむ、見た目通り可憐な手だ。肌も滑らかで君というお嬢さんらしいものだな!」

 

「はひゃぅっ!?」

 

 

 徴税官さんとの話し合いの際に握られた時とは比べ物にならないぐらい、ボクの手を優しくねちっこく撫で回してくる。

 思わず耳と尻尾をピンと立て、素っ頓狂な叫び声を上げてしまえば。ボクの隣に控えていたシナバーさんがわざとらしく咳払いをしてくれた事で、何とか解放してもらうことができた。

 

 

「アルベルト卿、麗しいお嬢さんを目の前にしていつも通りなのは結構だが。少々遊びが過ぎるんじゃないのか?」

 

「おやシナバー君、君と私の仲なのにずっと静かだったからよく似た見た目の置物だと思ってしまったじゃないか」

 

 

 げんなりした様子を隠す事のないシナバーさんの物言いに、わざとらしく肩を竦めながらソファへと身を沈めるように座る領主さん。

 そんな領主さんの言葉に、本当に変わらない人だ。などと呟きつつシナバーさんもソファへと腰を下ろしたのでボクも慌ててソファへと座り直す。

 

 

「まぁ何であれ、だ。簡単な内容はスェラルリーネ殿から聞いておるが、何でも冒険者達の状況改善に奔走しているとか?」

 

「あ……はい、その通りでございます」

 

 

 先ほどの騒ぎとは打って変わり…慣れた様子でソファに身を沈めながら、深い笑みを浮かべてボクを見詰めてくる領主さん。

 主な視線の行き先は、清々しいまでにボクのお胸だ。

 

 

「その程度の働きに目くじらを立てるほど狭量ではないつもりだ、存分にやるといい……と言いたい所だが、それだけではないのだろう?」

 

「はい、ただ与えるだけでは彼らの為にならないどころか、街の方々の負担になるだけですから」

 

「だろうねぇ、むしろ君のその体や愛を求める者すら出るであろう。むしろ私が君のたわわな果実を弄びたいぐらいだがな」

 

 

 愉快そうにボクの言葉に同意を示しながら、油断なくボクへ視線を送る領主。

 そんな彼に、こちらもまた微笑みを浮かべて応じ……ナチュラルに放たれた発言に、ぎりぎりのところで笑みをこわばらせない事に成功した。

 

 

「領主様から許可を頂きたい内容というのは、食材や酒を一括購入で仕入れ……街へ複数存在する酒場へ安く卸し売りをする寄合の設立の許可です」

 

「……なるほど、確かに結構な財貨の動く話だ。だがそれだけではあるまい?」

 

「はい、その寄合で冒険者へ依頼する内容……今神殿から出している依頼も含めて出来る限りのモノをまとめ、各酒場へ分配させる予定です」

 

 

 気合を入れて耳をピンと立て、真正面から領主様を見据えて言葉を告げる。

 領主様は腕を組み、ボクの言葉に対して腕を指でトントンと叩きながら僅かな時間考え込むと。

 

 

「徴税官からも報告は上がっているが、依頼をまとめる事で冒険者へも税を課そうというのだな?」

 

「その通りでございます」

 

 

 決定事項を確認するかのような口調でボクへ問いかけ、肯定の言葉を返せば……フム、と頷いて弛みかけている顎へ領主様は手をつけて考え込み。

 悪戯を思いついたかのような顔でボクへ言葉を投げかけてくる。

 

 

「なるほど確かに合理的だ、安く仕入れられるというのなら酒場もそう文句は言うまい。しかし寄合に参加しようとしない酒場はどうする?」

 

「ソレを望むのなら、やむを得ないでしょう。今まで通りの営業を続けてもらう形になります」

 

「美しく可愛らしいお嬢さんが言うには少々苛烈だと思うがね、それは巫女と呼ばれ親しまれている君に少なからず傷となる」

 

 

 いっそ私の妻の一人になれば、いくらでも強権を振るわせてあげられるぞ?と下心丸出しとしか思えない表情で提案してくるが、無言の笑顔で拒否する。

 その上で、大きく息を吸い込み。尻尾をゆらゆらと揺らしながら微笑みを浮かべるのだ。

 

 

「己の意思で荒野へ踏み出し、急流へ漕ぎ出したモノを称賛すれども……荒野を実り豊かな地に変え、急流を穏やかなせせらぎへ変える事は理に反しております故」

 

「厳しい環境を望むなら好きにしろと言う事か、母性豊かな見た目とは裏腹に厳しいところもあるのだな」

 

 

 ボクの言葉に鷹揚に頷いて見せながら、流れるかのような勢いでセクハラ発言である。

 ああ、会談に臨む前にシナバーさんが重い口調で忠告をしてくれたのは、この事だったんだね……。

 

 ともあれ、だ。このままペースを握られっぱなしなのはとても宜しくない気がする。

 

 

「仰る通りです、その為並行して。寄合の名義で前科のない駆け出しの冒険者への資金の貸し付けを行います、返済は報酬からの天引きで賄う予定です」

 

「……ほう?」

 

 

 笑顔のまま告げたボクの言葉に、領主さんの瞳の奥の計算高い光が一瞬強くなる。

 

 

「無論踏み倒される可能性もありますが、その場合は神殿が主導して実施する奉仕活動や。土木工事の人手として体で払ってもらいます」

 

 

 ボクの言葉に、応接間に沈黙が降りる。

 この案は最後まで入れるかどうか迷ったし、神殿の人達やドグさん、商人組合の人にまで意見を仰いで盛り込んだ内容だ。

 最終的に貸し付けたお金である程度の装備を駆け出しの人達が揃えられれば、それだけ人的損害は減らせるという見込みの下ゴーサインが出たんだよね。

 

 

「随分と面白い試みだね、確かに素晴らしい。厳しいながらも実に愛に満ちた内容だ、だがその愛すらも拒絶する者達にはどう対応する?」

 

「その時は、とても厳しい神官さん。ヴァーヴルグ殿に性根を徹底的に叩き直してもらいます」

 

「ああ、彼ならば喜んで請け負うだろうね……」

 

 

 試すかのような領主さんの問いかけに、ボクはニッコリ笑顔で返すのである。

 

 神殿には時折、街の住民さんが手に焼く悪童とかが預けられるんだけど……ヴァーヴルグさんを筆頭にした、悪行を為す暇があったら体を鍛えて奉仕せよ!的な人達がそれはもう見事な新人訓練……否。

 軍隊の新兵訓練かと言わんばかりの厳しい叩き直しをやった結果、お目目がキラキラ輝く大地への感謝を捧げる信徒へと変貌させてる姿を何度か見たんだよね。

 お祭りの後預けられたやんちゃな子、すれ違いざまにボクへ助平な意思の元触れようとしたような子が……一週間で、凄い真面目な子へと変わったのを見た時は心底驚いたよ、本当にさ。

 

 そんな厳しい内容を知っているのか、領主さんの笑顔が若干引きつった。しょうがないよね。

 

 

「ふむ……まぁともあれだ、その試みを禁止する道理はない。私の名前と権限の下に正式な許可を出そうじゃないか」

 

「ありがとうございます!」

 

「お礼などいらないとも、ああ個人的にベッドの中でお礼を言いたいというなら大歓迎だがね?」

 

 

 ソレはお断りします、と笑顔のまま拒否すれば領主さんは残念だと大笑いしながら肩を竦めた。

 とりあえず、とりあえず何とかなったぞーーー!!

 

 

「さて、仕事の話は終わった事だし。もっと楽しい話をしようじゃないか……などと言いたいところだが、そろそろ昼食の時間だ」

 

 

 そんな言葉と共に領主さんがちらりと壁にかかった時計を、この世界で初めてみた時計へ視線を向けて告げた言葉に今の時刻を知る。

 朝に出発してそれほど時間がかからず到着して、気付けばお昼になっていたという事は思った以上に長い時間話し込んでいたみたいだ。

 

 折角だから昼食を食べていくといいと、嬉しい提案を領主さんがすると傍へ控えさせていたエルフの侍女さんがボクを食堂まで案内してくれる事となった。

 

 

「ああ、私は後から行くよ。久しぶりの友人と少しばかり話したい事もあるからね」

 

 

 席を立って案内される、という段階でシナバーさんも着席したままということに不思議そうに首を貸し上げてみれば、領主さんはにこやかな笑顔でそう告げてきた。

 剣呑な気配は二人の間に感じないから、まぁきっと大丈夫だよね。うん。

 あ、だけど護衛のシナバーさん抜きで本当に大丈夫だろうか……?

 

 

「そんな心配そうな顔するな、この屋敷の中ならそうそう酷い事にはならないさ。一番の危険人物は俺の目の前にいるからな」

 

「ひどい事いうね君も!」

 

 

 肩を竦め苦笑いするシナバーさんの言葉に、腹を抱えて大笑いする領主さん。

 うん、大丈夫みたいだね。

 

 そんな、謎の安心感を感じてボクはエルフの侍女さんへ案内されるがままに、応接間から退出する。

 ふと、背後で閉まった応接間の扉の音が、とても大きく感じた。

 

 

 

 

 

 

 今、俺の目の前には付近一帯を治める領主であると共に、俺が知る中で最も有能で。そして最も良心的な貴族が座っている。

 傍についていた侍女達も今は一人としてこの場には居らず、応接間に居るのは俺と領主の二人だけだ。

 

 

「本当に久しぶりだねシナバー君、五年前の事件の時は本当に助かったよ。今でも感謝してし足りないぐらいだ」

 

「止めてくれアルベルト卿、俺にも相応の下心はあって動いた結果だ」

 

「それでもだよ、君のおかげで私は愛する妻の一人と……妻の胎の中の子を失わずに済んだのだからね」

 

 

 先ほどまでコクヨウへ向けていたのと同じような笑顔で、しかし確かな柔和な気配を滲ませながらアルベルト卿はソファに座ったまま俺に深く頭を下げる。

 何故今このような事を言われているのか、何てことはない。

 

 こことは違う街で活動をしていた時に、アルベルト卿を狙った毒殺騒ぎがあり……その毒が狙われた張本人ではなく、身籠っていた卿の妻の一人に当たったのを切っ掛けに。

 自身の目的の為に味方が欲しかった俺は、持っている知識と精霊術で卿の妻が侵された毒を解毒して、あわやというところを救っただけなのだから。

 

 そこから交流が始まり、似たような原点を持つ俺達は身分違いにもほどがある、不可思議な交流を続けている。ただそれだけの話だ。

 

 

「……遠い地方の伯爵が、『汚水』を騙った暗殺者に毒殺されたと聞いた時はまさかと思ったけどね。  実際は君が成し遂げたのだろう?」

 

「……ああ」

 

「貴族としてこのような事は本当は言ってはならんのだろうけども、それでも私は言おう。よくぞ、成し遂げたと」

 

 

 『汚水』、まぁ俺の事だ。

 中々に酷い二つ名だとは思うが、狙った対象が須く苦悶の表情を浮かべ大小便を垂れ流して絶命する、などと言った結果からつけられたのだからまぁ妥当とも言えるだろう。

 今回はその名前を最大限に有効活用し、手頃なところに居たその名前を騙った人攫いを生業としてる小悪党に罪を被ってもらい、死体のまま処罰を受けてもらっただけの話だしな。

 

 

「不思議な事にあの伯爵が今までやってた悪行が盛大にばら撒かれ……唯一の跡取りだった彼の愛娘も行方不明になった結果、自慢の由緒正しい家は無惨にも取り潰しになったそうだよ」

 

「そりゃまた気の毒にな、ああそう言えば。その愛娘とやらだが案外生きてるんじゃないのか? 名前を捨てて惚れた男と一緒になったりしてな」

 

「……君の友人の一人としては、危険な河はわたってほしくなかったのだがね」

 

「さぁて、何のことかな?」

 

 

 俺の憎悪と行動原理を知っている、今となっては数少ない人物の嘆息に俺は肩をすくめてとぼける。

 この男、アルベルト卿は良くも悪くも情が深い男だ、故にこそ顔を会わせるたびに人払いをした上で俺に無茶だけはするなと言ってきてくれたものである。

 

 

「……全てを終えた君は、これからどうするつもりだ?」

 

「そうだな、今はまだぼんやりと川の流れに身を任せるままだが……とりあえず今の所は」

 

 

 

 

 あの、失くした彼女の面影が何故か離れない、食いしん坊の娘を傍で見守ってみるさ。

 

 

 




ヴァーヴルグさん「なるほど随分な悪童のようですな、さぁ体を鍛えましょうぞ!」
悪ガキ「な、なんだよ離せよオッサン!!」

ヴァーヴルグさん「さぁ、今日も農地を見回りますぞ!」
鍛えられた悪ガキ「くっそ、わかったよオッサン!逃げねぇから離せっての!」

ヴァーヴルグさん「愛を知らないならば愛しなさい、愛が足りなかったという貴方ならば愛されない苦痛もまた知っておりましょうぞ」
白くなってきた少年「俺は、俺は寂しかった。親父もおふくろも、ただ家を継げって……俺がやりたい事全部遠ざけて……!」

ヴァーヴルグさん「良くぞ頑張りました、今の貴方ならば愛を求め暴力を振りまくのではなく。人を愛し、また人の苦痛に寄り添える事でしょう」
漂白された子供「はい!今までありがとうございました!」
コクヨウ「何これ怖い」

大体こんなノリの、ヴァーヴルグブートキャンプ。


『TIPS.シナバー①』
セントへレアの街の、錬金術師の家に生まれた男。年齢は28で種族はヒューム。
10年ほど前までは、実家を継ぐべく錬金術や薬剤調合の技術を伸ばし、憎からず思っていた幼馴染の少女と日々を過ごしていた。
しかしある日、彼女へ想いを告げようとしたその日、いつもの待ち合わせの場所に彼女が現れる事は無かった。
必死に街を走り回り情報を集め、彼女が人攫いに攫われた事を知った時は既に遅く、家を継ぐことが秒読み段階となっていた男は親子喧嘩の果てに家を、そして街を飛び出し。

そして、漸く見つけたのは、汚辱された跡と傷に塗れた彼女の骸だった。

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