ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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前回のエピローグから少し時間を遡り。
春になる前、コクヨウが色々と奔走していた時の冬の一時です。


17.冬の合間の一時

 

 

 領主さんからの許可も出、本格的に動き始めた冬の最中。

 利益の調整に根回しにと、神殿の巫女とか呼ばれてるボクことコクヨウが奔走してた時期。

 

 これは、そんな時期に働き過ぎだから少しは休めと、神殿の人達や組合の人達から申し渡された日の事である。

 

 

「そんなワケでさシナバーさん、街の人って暇なときって主に何してるの?」

 

「相談したい事があるなんて言われたから何事かと思ったら、そんな事か」

 

 

 ボク達がいつも情報交換や計画について話し合う事に使用しており……半ばボク達の専用個室化している、居眠り狐亭の個室にて。

 尻尾と耳をぴこぴこと揺らしながら首をかしげて尋ねるボクに、いつもの糸目なシナバーさんが溜息と共に言葉を吐き出す。

 ちなみに、色々と相談したり傍についてもらったりしてる間に、気が付いたらシナバーさんへの敬語がなくなってたりする。

 前まではため口になる度にごめんなさいしてたけど、むしろそっちの方がこっちも楽だとシナバーさんに言われてからはこんな感じなんだよね。

 

 ちなみに今は護衛の神官さんはついてきておりません。

 待ち合わせが神殿の入口になった事と、神官さん達もシナバーさんなら大丈夫だろうと監視じみた護衛がなくなったのだ。

 

 

「いやだってさぁ、本当に暇なんだよ。日向ぼっこしたりするにしても寒いしさ」

 

「お前さんは隠居したばかりの仕事一筋な職人か何かかね」

 

 

 二人か三人で密談する為なのか、いつも使用している狭い部屋に置かれたテーブルもまた相応に小さく。

 そんなテーブルに突っ伏し、むにゅりとお胸がつぶれ変形するのも構わず耳と尻尾をぺたんと倒してぐでーんとなるボクである。

 

 

「しかしなぁ、俺も言うほど遊んでねぇしなぁ。暇なときにやる遊びと言えば博打だが、そんなに詳しくもないしな」

 

「いやさすがに博打なんてやらないけどさー、何か卓上でやったりする平和的な遊びとか知らない?」

 

 

 テーブルに突っ伏し耳をペタンと倒した姿勢のまま、顔だけシナバーさんへ向けて期待を込めて尻尾をふりふりしながら聞いてみる。

 だがしかし、現実は無常なもので。

 

 

「アルベルト卿のような貴族にもなれば、駒を使った遊びとかはやってるだろうが。そんな洒落たモノやってるのなんて早々いないぞ? 強いて言えば出まわってる冒険譚とか読むぐらいだろうな」

 

「そんなー……じゃあ皆、碌に出歩けもしない冬に何してるのさー」

 

「……さぁ、何してんだろうな」

 

 

 書庫の本は大体読んじゃったし、見直すにしても書庫にいたらついつい職務の事に思考や行動がずれていっちゃうから、神殿の人達に止められてるんだよぉ。

 ……だけど、今のシナバーさんの様子に何か引っかかりを感じる、何だかこう。知ってるけどはぐらかしてる、そんな気がする。

 

 

「何か隠してない?」

 

「隠してないぞ」

 

「本当に本当?」

 

「本当だぞ」

 

 

 テーブルに両手をつき、ずいっと身を乗り出してシナバーさんの糸目から真意を探ろうと至近距離で見つめる。

 しかしシナバーさんは中々手ごわく、糸目のまますっとぼける。

 今のボクは暇で暇でしょうがないのだ、故にこそ黙秘は許さないのだ。

 そんな決意を込めて見つめ続けるも、シナバーさんは認めな……あ、今冷や汗流した!

 

 

「嘘、ついたね?」

 

「……やり難いったらありゃしないな、本当に」

 

 

 ボクの指摘にシナバーさんの口元が引きつる、どうやら大当たりしたらしい。

 シナバーさんは大きく溜息をつくと、至近距離にあったボクの顔から離れるようにのけぞりつつ。軽く両手を上げて降参の意を示した。

 

 

「……家に籠って出歩けないなら、夫婦や恋人同士は仲良くよろしくやるし。独り者は娼館へ行く、そんだけだよ」

 

「え、あ……あ、そういう、事なんだね」

 

 

 夫婦や恋人同士、とどめに娼館とくれば流石のボクでも気付く。

 特にこう、感受性が高くなったと感じる今のボクには何故かそれが凄く刺激的な事に聞こえて、頬が猛烈に熱くなるのを感じながらいそいそと席に座り直す。

 

 口の中が妙に乾き、部屋に入ってから一口もつけていなかった飲み物に口をつけ。シナバーさんと言えばどこか座りが悪い様子で、無言でナッツを噛み砕いている。

 き、きまずい……!

 

 

「あー……コクヨウ、お前さんの故郷ではどんな遊びが流行っていたんだ?」

 

「え?え、ええとね……絵と文字が一つのコマに並んだ架空の物語を記した読み物や、色んな卓上遊戯があったよ」

 

 

 そんな気まずい空気を何とか打破しようとしたのか、シナバーさんから話題が提供されたので。

 身も蓋もない言い方をすればマンガの事や、かつてハマり倒していた卓上遊戯についてボクは語る。

 

 

「絵本のようなものか? しかし卓上遊戯ねぇ、どんなモノがあったんだ?」

 

「うん、物語を取り仕切る語り手さんがいて。その人が構成した物語を、冒険者とかになり切って遊んだりしてたんだ」

 

 

 好きな趣味の事には饒舌になる人種である自覚を持つボクな為、なるべく専門用語とかを使わないよう配慮しつつ……シナバーさんの疑問に答えていく。

 

 

「随分と変わった遊びだな……しかし、冒険者になり切って遊ぶにしても。言ったもの勝ちになるだろうに」

 

「うん、まぁそう言う作りをしていたものもあったけど。大体は鍵開けやふった剣が相手に当たったかをダイスを振って、それで決めてたよ」

 

「なるほどなぁ。ダイスと言えば博打の道具だがそういう使い方もあるんだな」

 

 

 ボクの説明にシナバーさんは合点がいったような様子で相槌を打ち、彼の様子にどうやらこの手の遊び……TRPG的なモノは無さそうだということにボクは気付く。

 これはもしかして、もしかすると何かの交渉事に使えるんじゃなかろうか?

 

 

「おーいコクヨウ、職務の事考えてるだろ?」

 

「はっ、そんな事ないよ? ルールとかしっかり作って本にまとめたら売れそうだなー、とか考えてないよ?」

 

「語るに落ちてるじゃねぇか」

 

 

 し、しまった!

 しかし、ボクのうっかりにシナバーさんはしょうのない娘だと言わんばかりに苦笑いを浮かべると席を立ち、ボクに手を差し出してくる。

 

 

「まぁお前さんが気に入るかどうかは知らんが、俺が子供だった頃の知り合いが気に入ってた場所に案内してやるさ」

 

 

 一瞬、何かを懐かしむかのような気配をシナバーさんは滲ませていたが、暇で暇でしょうがないボクがその申し出を断る道理もないわけで。

 素直に彼の手を握り返し、個室から出るのだ。

 

 手を握ったまま個室から出たところを店主さんに見られ、からかわれたりしたけど別に恥ずかしくなんてないのだ。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで、多少のハプニングはあれども雪が降り積もる中案内されたのは……。

 街の中央を流れる河の南側、門を抜けた先にある牧場なのであった。

 

 

「やっぱり雪が凄いねー」

 

「まぁどうしてもこの時期はな、しかしこの時期ならではの見れるモノもあるものさ」

 

 

 そう言って、慣れた様子で雪をかき分けて進むシナバーさんに遅れないようちょこちょこと小走りで追いかけ。

 彼が立ち止まったのは、牧場の管理小屋と思しき小屋の前。そこで彼は扉を叩いて中へ呼びかけてみれば、中から出てきたのは厚着したおじさんでした。

 

 

「おんやぁ、こんな雪が降る中に。どうしたのかね?」

 

「突然申し訳ない、厩舎の中で休んでいるハビット達を見せてもらいたいのだが……良いかね?」

 

「んん? ああ、なるほどなぁ。あいつらを脅かしたりしないのなら構わんよ、鍵も今開けるさ」

 

 

 ハビット、ていうとあのでかい兎達だよね。という事はここはハビットの牧場なのかな?

 そんな風に考えつつ、時折尻尾につく雪をばさばさと尻尾を振る事で払いのけつつ、ボクはシナバーさんの後をとことことついていく。

 

 そして、案内された厩舎の中は……。

 

 

「ふわぁ…………」

 

 

 兎さん天国でした。

 

 

 うわ何あの子達、お母さんと思われるハビットによりそってもこもこしてるし。あっちの子はお腹を丸出しにするように横倒しになりながら、足を投げ出してだらしなく寝てる。

 決して暖かいとは言えないんだけども、それでも風が吹き抜ける事はない厩舎の中は、きっとふかふか毛皮のハビットにとっては何てことの無いのんびり過ごせるお部屋なんだね……。

 厩舎とかで感じる独特な臭いももちろんあるんだけども、綺麗にお手入れされているのか不快に感じるほどじゃないのも関係してるかもしれない。

 

 

「お嬢ちゃん、目をキラキラさせて尻尾ばたばた振ってもうて。まぁ」

 

「すれ違うハビットに視線が釘付けになってたから気に入るとは思っていたが、ここまで気に入るとはな……」

 

 

 管理人のおじさんとシナバーさんの声を、ボクのお耳が拾うけど気にならないのだ。

 むしろ、鼻をぴすぴす鳴らしながら垂れ耳気味の子ハビットが一羽、のそのそとボクへ近寄ってきてくれてる事の方が大事なのだ。

 

 

「随分と警戒心が無いが、大丈夫なのか?」

 

「ああ、あいつは誰にでもあんな風なんでさぁ。見慣れない物があるとホイホイ近づいちまうもんだから心配でなぁ」

 

 

 厩舎の中の、飛び越えようと思えば飛び越えられそうな高さの柵に、子ハビットが後ろ足で立ち上がり……前足をかけた姿勢で、ぢぃっとそのつぶらなお目目をボクへ向けてくる。

 撫でたい、凄く撫でたい。もふもふわしゃわしゃしたい。

 

 

「こっちと子ハビットをこれでもかというぐらい、忙しなく見てるな。アレ撫でたくて仕方なさそうだ……」

 

「だなぁ、おぉい嬢ちゃん。撫でてやっても構わねーけど口の前には手ぇ出すなよぅ、噛まれて泣いても知らねぇかんなー」

 

 

 腕を組み、糸目のまま微笑ましそうにボクを眺めるシナバーさんの視線にこそばゆさを感じながらも。

 おじさんからの嬉しい許可に、ボクは軽く深呼吸すると。尻尾を制御不能なぐらいばさばさ振りながら、ぢーと見詰めてくる子ハビットの頭をそっと撫でる。

 

 

「ふわぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 さらさらふかふかもこもこ、さらさらふかふかもこもこだ!

 撫でられた子は、もっともっとと言わんばかりにぐいぐいとその頭をボクの手へ押し付けてくるので、これでもかというぐらいに両手を使って子ハビットの頭やほっぽを撫で回し……。

 そっとその長いお耳に触れても嫌がらなかったので、不快に思わせないよう注意しながら頭やほっぺとはまた少し違う質感の、長いお耳を毛を透くようにしながら優しく撫でる。

 

 可愛いよう、凄く可愛いよう。

 その後ボクは、シナバーさんから声をかけられるまで、ひたすら子ハビットを撫で回す事を堪能するのであった。

 何が一番幸せだったって、おじさんが人懐こい子ハビットを抱えて柵から出してくれて……。

 

 ボクの目の前でごろんと寝転がった子ハビットの、もちもちしながらもしっかり発達してるふかふかお腹も堪能させてもらえたことだね!

 

 

 

「シナバーさん」

 

「おう?」

 

「今のボクならきっと、どんな無理難題も解決できると思う」

 

「お、おう」




シナバー「(まさかここまで気に入るのはさすがに予想外だった)」
シナバー「……そう言えば彼女も、ハビット牧場がお気に入りだったな」
シナバー「(……我ながら、女々しいにも程がある感傷か)」

そんな事を帰路で考え呟いてたシナバーさん、一方コクヨウはもふり倒した喜びで気付いてなかったそうです。

『TIPS.ハビット牧場』
セントへレアの街を含め、寒冷地帯ではそこそこ多くみられる牧場である。
主な生産物は、長毛種のハビットから刈り取られる毛に、乳製品。そして荷駄動物としてのハビットの出荷となる。
また、食肉用動物として生産され、出荷されるハビットももちろん存在する。

生きる事、糧を得るという事は過酷なのだ。

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