しかし、三者三様なコクヨウっぱいがあってもいい。自由とはそういうものだ……。
というワケで、《不滅》の《貪竜》ことドゥールさんに案内されてやってきたのは、里の中でも一際大きい宮殿のような建物。
山壁をくり抜くように、そして形を崩す事なく白く磨かれた建材で建てられたソレは、女王が住まうのに相応しい威容を誇っている。
「女王は寛大な御方であるからなー、意図的に侮辱したりしない限りは怒らないから安心するであるよー」
「むしろこの局面で侮辱するのが居たら、それはよほどの命知らずかただのアホだと思うんだ」
兎車から下りたボクは、傍らでシナバーさんに控えてもらいながらドゥールさん先導の下宮殿の中を進む。
宮殿の中の装飾は、セントへレア神殿やアルベルトさんのお屋敷ともまた違う意匠の彫刻があちこちに彫られており、優美さよりも豪胆さと力強さを訴えかけてくる。
そして、その中に幾つか気になるモノが目に入って来た。
「ドゥールさん、この両脇に並んでる竜人さんの彫刻は一体?」
「あー?これなー、歴代の称号持ちを象った彫刻なのであるよ」
言われてみれば、それぞれの彫刻の竜人が思い思いのポーズをとっており、台座には竜人の言葉であろう文字で何かが刻み込まれている。
やはり多いのは武具を手に持った武人っぽい竜人達の彫刻なんだけど、その中にも幾つかノミとコテを持った竜人や竪琴を持った竜人の彫刻もあるのが目を引く。
……ところで、あのねじり鉢巻きらしきものを頭に巻いて釣り竿持ってる竜人は一体どんな功績を上げたんだろう、ものすごく気になる。
正直、それぞれの歴史や逸話と一緒に色々と教えてもらいたくなる素材ばっかりで、堪え切れない好奇心を代弁するかのようにボクの尻尾が大きく揺れる。
「とんでもねぇ出来だな、今にも動き出しそうだぜ」
「当代の最高の腕を持つ彫刻師が作る作品であるからなー、更に言えば称号持ちの彫像を掘る事は彫刻師にとって最高の名誉なのであるよ」
そうやって話してる間に、全身に甲冑を着用し盾と槍を携えた竜人が歩哨をしている立派な扉の前にまで辿り着く。
彼らはボク達へ視線を向けた後ドゥールさんへ視線を向け、ドゥールさんが言葉もなく頷くとゆっくりと扉を開き始めた。
ゆっくりと通された扉の先は、とても広い空間になっており。床は照明として灯されている揺らめく炎を反射するほどに磨き抜かれた大理石が敷き詰められている。
そして、一段高くなっている広間の奥には、豪奢な玉座に座り冠を被った……背に生えている大きな翼に玉座から床へ垂らされている尻尾、冠の合間から見える角から竜人と思われる女性が座っていた。
玉座の両脇には、広間の入口に控えていたのと同じような重装備に身を固めた屈強な竜人がそれぞれ控えている。
敵意は感じないけれども、それでも油断も慢心もなくボク達を見据えているのが逆に怖いくらいだ。
「愛しき我が子である《不滅》の《貪竜》よ、そちらの女子がセントへレアの街の難題を解決したという巫女で間違いないかの?」
「はっ、その通りであります。我らが女王よ」
女王と思しき竜人の女性からの問いかけに、ドゥールさんが傅き先ほどまでの飄々とした物言いからは想像できないほどにハッキリとした物言いで応じる。
その女性は、宝石があしらわれた生地の薄いドレスに身を包んでおり、ボクを見詰める切れ長の目には見定めようとするかのような雰囲気を感じる。
ともあれ、案内人であるドゥールさんが傅いたのでボクも倣って傅こうとしたんだけど……。
「楽にするが良い、呼び立てしたのは妾であるしの」
傅こうとしたボクを止めるかのように、女王は微笑みを浮かべて軽く手を振って来た。
何だろう、女王の様子から何かしらの悩み事の雰囲気は感じるんだけど、それが何か現時点で検討もつかない。
道中ドゥールさんにも尋ねたんだけども、口止めされているから言えないの一点張りだったしなぁ。
「此度は遠路遥々足を運んでくれた事を、《女王》ディーヴァより感謝するのじゃよ」
「感謝の言葉、謹んで受け取らせて頂きます。ボクはコクヨウ……若輩ながらセントへレア神殿にて巫女の任を請けております」
玉座に腰かけたまま微笑む女王の言葉に、軽く頭を下げてボクはその言葉を受け取り……名乗りを返す。
実際彼女の臣下でもないボクであるけども、竜人の里の最高権力者がこちらを明確に歓迎する意思があるというのはとても有難い。
「今回お主に来てもらった理由なのじゃがな、妾の末娘である姫の癇癪と我儘を収める知恵を貸してもらいんじゃよ」
「……はい? っ、失礼。仔細をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」
失礼ながら、思わず耳をペタンと倒し間抜けな反応を返してしまった。
しかし口に出したモノは取り戻せないので、即座に失言をお詫びした上で女王様へ問い返す。
反応は……愉快そうに笑みを浮かべているだけ、とりあえずセーフなのだろうか?
「うむ。じゃが、事態を話すにはまずは妾らのしきたりを教える必要があるのじゃよ。 巫女コクヨウや、竜人の男子が名誉を求める理由は知っておるかの?」
「はい、功績を立て。その……子を、残す権利を得る為と聞いております」
「その通りじゃ。更に言えば、切っ掛けはどのようなものであれ、女子の方から求められるという事は最上位の栄誉とされておる」
妖艶に微笑みながら、女王ディーヴァさんはボクの回答に補足を入れてくれた。
どうやら、思った以上に自由恋愛という概念からは遠く離れていたけども、それでも女子から男子を見初めるという事もあるにはあるらしい。
「もし、名誉を上げ称号を得た男性が権利を得たとした場合……想い人がいる女性が別の男性にだ、抱かれるという事はあるのですか?」
「大半は妾を求めてくるが……無論そういう事もある、じゃがそれが仕来りじゃから女子は受け入れておるの」
なるほど、文化が違う!だけどもその中でも功績を上げれる程の、言ってみれば優秀な男性の子供を遺すようにする事で種族としての強さを保っているのかもしれない。
そうなると血の濃さの問題とか出てくるだろうし、近親的な問題もあると思うんだけど……さすがにそこまで突っ込んで聞くのは失礼かもしれない、必要そうなら改めて聞くとしよう。
「まぁ、件の末娘に関して言えば例外という状態になっておるんじゃがの……」
大きく女王が溜息を吐き、切れ長な目で傅いたままのドゥールさんへ視線を送る。
つられてボクもそちらを見てみれば、豪放磊落という言葉が似合うドゥールさんが非常に気まずい雰囲気を醸し出していた。
ちなみに今も話しているこの時も、ギグさんとシナバーさんは傍で控えているけども、状況が状況だけに口出しできないようだ。
「……まぁソレはまた後で話すとしての。末娘は何を血迷ったのか、外からやってきたヒュームの行商人に惚れ込んでしまってのう」
「は、はぁ……」
「幼きが故に甘やかした妾の落ち度でもあるが、まだ男を知らぬが故かその行商人に自らの鱗を……わざわざ巨人の細工師に頼んでまで加工させたお守りを渡してしもうてのう」
その美貌を苦々しげに歪めながら、重苦しい溜息を吐く女王。
何だかこう、ものすごい厄介事の雰囲気を感じる。
「……コクヨウ嬢、竜人の女性にとって己の角や鱗を使った細工を異性に送るってのはな。相手の子を産みたいって言う最上級の愛の告白なんだよ」
嫌な予感を感じていたボクに、ぼそぼそと詳細を教えてくれるギグさん。
うん、控えめに言っても中々な大事だよね!?
「な、なるほど……女王としては、反対なのですか?」
「可愛い娘の頼みじゃ、親としては認めてやりたくもあるがのう。しかし、ヒューム達と妾らは男女の睦事に対して意識が違い過ぎる。不幸にしかならない愛は憎まれてでも止めてやるべきだと思っておる」
ギグさんの補足と女王の様子から問いかけてみれば、返って来たのは母親としてのディーヴァさんとしての回答と女王としての回答、その両方が返ってくる。
女王は女王なりに娘さんである幼姫を気にかけているけども、しかし同時にヒュームの下へただ嫁に出すという事だけは断固として認められない様子だ。
かといって、竜人族の文化仕様で考えて……仮にその行商人の人との愛を認めて更にその人が愛を受け入れたとしても……。
他の男性に、愛を受け入れた相手が抱かれるという状況を快く思えるかと言えば、まぁ特殊な性癖持ってない限りは良い気はしないよねぇ……。
その辺りを含めての、女王からの不幸にしかならない愛という言葉になるんだろうね。
「あの、もしかしてですけども。炭金の出荷が減っているというのは……?」
「……また炭金の仕入れに行商人が来るかもしれないから、という末娘の嘆願によるモノじゃよ。遠くない内に元に戻す予定であったが、内容が内容故に伝えられんでのう」
嫌な予感を感じながら問いかけてみれば、目を伏せた女王から飛び出てきたとんでも回答。
いや、うん。なんとなく察していたけども、竜人族というのは究極的に自分達に直接かかわらない事は、大雑把なんだね。
その中でも、不審に感じる程度の……それでも生活や産業に支障をきたさない程度にバランスを取れたのはむしろ女王の能力によるものだろうね。
まさか戦争の危機か、なんて右往左往していたボク達の苦悩と混乱を返してくれコンチクショー!と叫びたい気持ちもあるけど、我慢の子だ。
「ボクも女です、末姫様のお気持ちも理解できないとは言いません。ですが……突然の事でありましたのも事実、せめて一言ぐらいは伝えていただければ……」
「お主の言葉も、また道理じゃ。セントへレアの街は大事な取引相手でもあるしの、相応の迷惑料は出させてもらおうぞ」
よし言質とった!まぁ何を出してもらうかとか、そういうのは神殿長と領主のアルベルトさんに丸投げしちゃおう。
だけども、炭金の問題が解決したと言えばしたとは言え。そもそもボクがドゥールさん経由で呼ばれた問題の解決には一切なってない悲しみ。
「失礼しました、問題が解決していないというのにこちらの事情ばかり優先してしまい……」
「構わぬ、許す。元をただせばこちらの不始末が事の発端じゃからの」
気を取り直して深く頭を下げて非礼をお詫びすれば、女王さんは苦笑しながら許してくれた。
しかし、苦笑いにしても今も時折足を組み替えたりしてるけど、それらの動きが絵になる人だなぁ……。
「今のお話だけでは、力不足ではありますが解決策を見出せません。不都合なければ、末姫様とお話させて頂いてもよろしいですか?」
ボクの言葉に、一瞬身じろぎして反応を見せる女王の傍に控えていた護衛さん二人。
思わず耳をビクゥっと動かしちゃったけども、真正面から女王様の顔を見るのだ。
「ふむ…………」
ボクの言葉に、瞑目し指先で腕をトントンと叩きながら女王さんは長考する。
女王さんにしてみたら、これ以上娘の思考や思想をかき回しかねない外の人物に会わせるのは悩ましい、そんな所だろう。
だけれども、今までの会話の流れから決して愚鈍ではない……情に甘すぎる所はあるかもしれないけども、それでも頭は切れる方の人だと思う。
「……良いじゃろう。但し、そちらの護衛も抜きで。巫女コクヨウ、お主だけならば許可しようぞ」
「ありがとうございます」
長考の果てに女王さんは目を開くと、両手を叩いて人を呼びつけ。
ボクを末姫さんがいる場所へと案内されるべく移動しようとした瞬間、傅いたままのドゥールさんがひっそりとボクにだけ聞こえる声で囁いてきた。
「苦労をかけて本当にすまないのである。どうか、我輩の娘をよろしく頼むのであるよ」
言葉の内容に思わずドゥールさんへ振り返るも、素知らぬ顔で傅いていた。
しかしまぁ、ドゥールさんがボク達を案内する為の人員としてやってきた理由がようやく判明したので、何となく腑に落ちた感じだね。
竜人族にとっての侍女服なのであろう独特な衣服に身を包んだ女性に案内されるボクを、シナバーさんが心配そうに見ていたので、目配せと尻尾ふりふりで大丈夫だと伝えてボクは往くのだ。
そして、辿り着いた末姫様のお部屋でまっていた娘はどんな娘だったかというと。
「貴方は……誰……?」
人間で言うと6~7歳かと思われる、中々にロリィで儚い印象の竜人族のお姫様でした。
待って、さすがにコレは想定外。
悪魔さん「いやぁ、一体全体どこの炭金を大量に仕入れられた行商人君なのだろうね?お姫様に見初められた幸運な行商人とは」
悪魔さん「そう言えば彼、何も考えずに善意で渡しちゃってたが……まぁ、あんな言い方で渡されたらしょうがない気もするかな? 嫁が欲しいという割に自分でフラグへし折ってる様は見てて痛快だけど」
悪魔さん「彼が何て言い方で渡されたかって? それは次のお話までのお楽しみってヤツだよ」
『TIPS.竜人族の貞操観念』
竜人族の貞操観念は、番が基準となる他種族からは大きく離れたモノとなっている。
まず、彼らに夫婦という概念そのものが存在しない。
親や実の子と言った存在への敬意や愛情は間違いなく存在するのだが、そもそもが大半が兄弟と言える環境の為兄弟=ライバルであったりもする。
その関係から、女性からとある男性へ贈り物をして愛を捧げ……互いに子づくりをしたとしても。
ソレはソレ、これはコレと言わんばかりにその女性が別の男性と子作りする事もままある社会なのだ。
そんな事をされた男性がどんあ気持ちかと言えば、面白くない感情を持つのは事実だとは言えソレを理由に相手の男性や女性を断崖するという事もない。
それが、彼らにとって当たり前なのだ。
一方、他種族と婚姻する変わり者の竜人はその辺りの独占感情が強い事が特徴として挙げられる。