まぁなんであれ、今日出来る事はやったし女王様に話を持ち掛けるにしても……あの人も政務やら何やらで忙しいのか、また後日の会談となってしまった。
じゃあ少し逗留する場所へ向かって食事でも摂るか、という話になったわけなんだけども。
「《女王》様より、お客様方を歓迎する宴へ案内するよう仰せつかっております。こちらへどうぞ」
はらぺこなお腹を押さえつつ、何を食べようかなーなんて考えてたらお部屋に控えてた侍女さんからそんな言葉が飛び出し。
とりあえず断るのも失礼なので案内されてみたら……。
中々に広い、前世で言う囲炉裏のような感じで蓋がされたお鍋があちこちにあるお部屋に通される。
部屋の中では、既にそのお鍋の周りにある座椅子に様々な恰好、体格の竜人さん達が待っていました。
「……あー、ここにいる連中。皆何かしらの称号持ちであるな。《女王》も中々に巫女殿を歓迎する気に溢れてるみたいである」
お部屋に通されたボク達に、一斉に向けられる竜人さん達の視線に思わず気圧されたボクに、小声で教えてくれるドゥールさん。
同じ飯を食う、人数的に厳しいならば同じ部屋で食事を楽しみ歓迎して友好を深めるのである。とも情報を付け足してくれた。
とりあえず、案内されるままに少し高くなってる場所へ立ち、部屋に集まっていた竜人さんの視線がボクに集中する。
視線や雰囲気から感じるのは、警戒し探っているような様子を感じる。
ならば……。
「この度は皆さまの宴にお招き頂きありがとうございます、噂に名高い竜人族の料理。心から楽しませて頂きたいと思います」
笑みを浮かべながら、しっかりと述べて頭を下げると、波を引くように警戒の視線が和らぎ好意的な視線を感じるようになる。
自分達の食文化を心から楽しみにされ、お礼を述べてくる相手を悪しざまに言わないであろうという、今までの情報から組み立てた推測だけども合っていたようだ。
もしかすると、実際に楽しみでぶんぶん振ってしまっている尻尾に、暖かい視線を向けられているのかもしれないけどそこは気にしないのだ。
そんなわけで、改めてペコリと頭を下げた後ボク達に宛がわれた鍋の周りにある座椅子で、シナバーさんの隣に座る。
蓋がされている大きな鍋からは、ぐつぐつと煮立っている音がボクの耳に届いており……。
部屋の中に充満している、香辛料の匂いからするに火吹き鍋っぽい。匂いの時点で辛さがなんとなく察しが付く案件だ。
「おお、中々に上等な材料使ってるであるな」
侍女さんが蓋を開ければ、湯気と共に現れたのは紅い色に染まった茸や肉、更に何かの葉物でした。
その中身を一目見たドゥールさんが、若干弾んだ口調で感想を述べる、どうやら上等なお鍋らしい。
「……この茸とか、セントへレアまで持っていったら結構な高級食材だぞ」
「日持ちしないであるからなー。成長も早ければ採れる量も多いし、むしろ食べ飽きるぐらいである」
シナバーさんの呟きを耳にしながら、侍女さんが盛ってくれた器を受け取ると、ピンセットを大きくしたような、食材を挟んで持ち上げるタイプの食器で味が沁み込んでいるっぽい茸を摘まむ。
元が結構な大きさであろう茸をスライスしたであろうソレを、軽くふーふーしてから口へ放り込んでみた。
まず最初に感じたのは熱さ。その次に感じたのは辛さでした。
「~~~~~~~!?」
「ああ、やっぱり巫女殿には辛かったであるか」
か、からっ!からいっ!?
けど、後からやってくる美味しさがずるい!汗を大量にかきながら、今度は何かの肉を摘まんで口へ放り込み……口の中で解れていくほどに煮込まれたお肉を味わう。けども、辛い!
「か、からひ……!」
「大丈夫か?コクヨウ」
糸目のまま、しかし汗をかきながら器の中身を食していたシナバーさんが心配そうに見てくる。
舌がヒリヒリする。汗も止まらない。だけど美味しいからもっと食べたい……!
欲望と舌の状況の板挟みにあっていると、侍女さんが何か白いものが入っている器を差し出してきた。
「巫女殿、山羊の乳のチーズである。ソレを入れると辛さが落ち着くであるよー」
「この辛さがいいんだけどなぁ」
ドゥールさんのアドバイスのまま、白い山羊チーズを摘まんで手持ちの器へ移し、ぐるぐるとかき混ぜて口へ運ぶ。
あ、辛さがかなり落ち着いた上にまろやかになってる、凄い美味しい。
ギグさん、多分貴方酒飲みだから平気なんだと思います、ボクの隣のシナバーさんもさりげなくチーズ入れてるし。
「ほふほふ……これは病みつきになるね」
「気に入ってもらえて何よりなのであるよ」
既に3杯目に突入しているドゥールさんが笑みを浮かべている。
いやほんとに、具材から沁み出ている味と味付けに使用している香辛料の味が、凄い良い味を出している。
毎日食べ続けると慣れそうだけど、でも毎日食べるには胃袋と舌がきつそうだけどね。
そんな具合で、和気藹々と談笑をしながらお食事が進む事暫く。
途中、余りにも良い飲みっぷりからギグさんが他の竜人のグループに拉致られていったけども、今も元気に飲み比べやってるから問題なさそう。
「ああそうだ巫女殿、鍋のシメはどっちがいいであるか?」
「シメ?」
「うむ。鍋に残った汁を最後まで食すにあたって、卵か蒸した穀物入れて食べるのが通例なのであるよ」
何それ、どっちも絶対美味しいヤツじゃん。
この辛くて癖になる鍋の残り汁に、卵を落としてつつっと平らげるのもよさそうだし……お汁を吸った穀物で〆るのも良さそう。
「客人、卵がオススメです」
耳をピコピコ、尻尾パタパタと動かし悩むボクにそっと囁くのは、いつのまにか至近距離に着ていた……ええっと、影爪って呼ばれていたトンネル入り口で出会った竜人さん。
「いやいや、最後まで辛さを味わえる穀物が至高じゃぞ。客人」
一方、ついさっきまでギグさんと肩を組みながら酒盛りしていた立派な髭を顎から垂らしている竜人さんが、当然だと言わんばかりにアドバイスをしてくる。
思わず、ドゥールさんへ視線で助けを求めてみれば。
「我輩のオススメは卵と穀物両方入れるヤツであるな、腹が膨れてなおかつ美味なのである」
これが一番なのである、と言い切ったドゥールさんに影爪さんと年配の竜人さんが声を揃えて、この異端者め!とか言い出す。
どうやら、竜人の中で卵〆派と穀物〆派がいるらしい。
ギグさんへ視線を向ける、気まずそうに目を逸らされる。
シナバーさんへ視線を向ける、苦笑いを返される。
どうしよう、うーーーーん……。
「全パターン試させてもらってもいいですか?」
悩んだのなら全部試してみよう、お腹一杯気味だけどもう少しならイケるしね!
何だろう、隣のシナバーさんから呆れてるような気配を感じる。
結論から先に言うと、ボクの好みとして辛さと旨味のバランスが丁度よい感じの卵〆が良い感じでした。
ちなみにシナバーさんも同じ意見みたい、辛いのちょっと苦手みたいだしね。だけどちょっと嬉しい。
「いやぁ、小さいながらに中々の健啖家じゃのぅ。客人」
「美味しいからついつい食べ過ぎちゃいました」
食後の談話時間に、長いあごひげをゴツゴツした手でしごきながら穀物派の年配竜人さんが話し掛けてきたので、少し照れながら応じる。
けども食べ過ぎ気味でちょっと苦しいので、シナバーさんに寄りかからせてもらっているのだ。
「外から来た客人は最初の一杯のみで満足する人物が多いが、気に入ってもらえて嬉しいのう。ところで……」
年配竜人さんの言葉に、少し照れ尻尾をぱたぱたと振ってしまう。寄りかかってるシナバーさんがくすぐったそうに身じろぎしてるのが、若干申し訳ないかも。
「お主等は番か何かなのかの?」
「にゃっ?!」
首を傾げ、興味深そうにボクとシナバーさんへ視線を向けて問いかけてきた年配竜人さんの言葉に耳をピンと立ててしまう。
「な、なんで、そう思ったんですか?」
「いやじゃってのう、お主等時折互いに器へよそったりよそわれたりしておったじゃろ」
何を言っておるんじゃこの娘っ子は、と言わんばかりの年配竜人さんの様子。
い、いや確かにしたけども。それはボク以上の健啖家なドゥールさんやギグさんのお代わりに侍女さんが手一杯な様子だったから、他に呼びつけるのも悪いしそれぞれでやってただけなんだけどもさ!
そんな気持ちは欠片もないんだけども、そう言われると、なんだかこう、もやもやする!
「いやご老人、言葉を遮って申し訳ないが違うぞ」
「むぅそうじゃったか。その割にはそちらの客人の娘は随分と甲斐甲斐しかったがのう」
儂の勘違いじゃったか、すまんのう。などと呑気に言いながら年配竜人さんはのっしのっしと離れていく。
え、ええと、いや違うんだよ?辛いの苦手そうなシナバーさんに、そんなに辛く感じなかった具材とかを考えてよそったりはしたけどもそんな気持ちはないわけであるわけで。
少し互いにきまずいというか、妙に意識しちゃったりしつつその後は流れで解散になったんだけど、ギグさんとドゥールさんはそのまま酒盛りに突入していた。
ボクとシナバーさんは、宮殿の中の客間に通されたんだけども。
「…………ベッドが、一つしかないね」
「そうだな。しかも妙に大きいな」
ごゆっくり、なんて侍女さんに言われつつ退室されて、ボクとシナバーさん二人きりな部屋の中。思わず二人でベッドの前で立ちすくむ。
い、いかん。さっきの年配竜人さんの発言もあって、なんだか妙にきまずい……!
と、とりあえず部屋の中を少し見て回ってみよう。そうすればその内、このきまずい不思議な空気もうやむやになるはず!
「兎車の中の、俺達の荷物は運びこまれてるようだな」
「そ、そうみたいだね……あ、凄い。部屋の中にお風呂場あるよ、シナバーさん」
さり気なく運び込まれてた荷物をシナバーさんが確認してる中、通された部屋の中にあった引き戸をあけてみると……。
脱衣場のような部屋があり、その奥にはさらに引き戸が見えたのでそちらも開いて確認したところ。
湯気が扉の隙間からもうもうと漏れ、中を確認するとそこは竜人の男性でも不自由なく入れそうな湯船がありました
何かの獣の頭部を象ったらしき、見事な彫刻が施された物の口からは湯気を立てるお湯が湯船へと注ぎこまれている。
注がれっぱなしになっているお湯は湯船から絶えず溢れ出ており、それが排水溝へと流し込まれていた。
湯気の臭いから感じる微かな刺激臭からすると、どうやらこれは温泉らしい。
しかし、客間に誂えられたお風呂場に温泉を引くとか……地味に凄い贅沢な事やってる気がするのは、気のせいだろうか。
「……至れり尽くせり、だなぁ」
「まぁ、それだけコクヨウに女王が期待しているという事だろうな。もしくは、家庭の事情に巻き込み呼びつけた詫びも含んでいるのか」
ふと、さっきの食事で結構汗をかいちゃったのもあり、自分の臭いが妙に気になりだす。
いやうん、ここまでくる旅路の間で宿ではお風呂に入れなかったんだけども、それでも体はしっかりと拭いていたしそんなに臭くは無いとは思うんだけどさ!
「お、お風呂入るね!」
荷物の確認とかをしているシナバーさんの返事を待つことなく、部屋へ戻って自分の荷物から着替えを取り出すとそそくさと脱衣場へ飛び込む。
何故だろう、顔が熱い。いや違う、これはさっきの鍋のせいだそうにちがいない。
衣擦れの音を立てながら、法衣を脱ぎその下に纏っていた下着も外す。
最近はセントへレアの街の縫製職人さん達も技術が上がっているのか、良い感じのブラとパンツも手に入るようになって……いや違うそうじゃない。
ともあれ、たゆゆんと揺れるお胸を左手で押さえながら、お風呂場へと足を踏み入れる。
なんでだろう、神殿のお風呂に入る時は何も気にすることなくお風呂を楽しんでいるんだけど。
今はこう、何だか不思議な気分だ。いや違うきっと気のせいだそうに違いない。
お風呂に備え付けられていた桶で軽く体にお湯をかけ、底が深めな湯船へと体全体を浸からせる。
中で座るとボクの目元ぐらいまで水面がくるので、少し浅く座るようにして大きなお胸をプカリと湯船に浮かべながら、お湯の暖かさが全身にしみ込んでいくのを堪能する。
「……シナバーさんは、ボクをどんな目で見てるんだろ?」
お風呂に浸かりながらぽつりと呟く……いや待てボクは何を言っている?!
コレはそう言うのじゃないから!ただこう頼りになるお兄さん的な存在で、共犯者な人からの評価が気になってるだけだから!!
でも……時々だけど、シナバーさんはボクを通じて違う誰かを見ているのを感じるんだよね……。
その人は一体どんな人なんだろう?シナバーさんの大事な人なのかな?
恋人とか、そういう人の代わりだから面倒を見ているのかなぁ……。
何故かわからないけども、胸の奥がチクリとした。
「……なんだか、やだな。ソレ……」
口元を湯船につけ、お行儀が悪いけどぶくぶくと泡を立てながら呟く。
言葉にできないんだけど何だかもやもやする。
嫌われてるって事は多分ないと思う。いや、ないと思いたい。
そのまましばらく湯船の中で考え込み、のぼせそうになったのでお風呂から上がって体を備え付けの石鹸で洗い、髪の毛と耳尻尾も綺麗に洗って。
脱衣場で水気をしっかりとってから、荷物から取り出しておいた綺麗な下着を身に着け……寝巻に袖を通す。
「シナバーさん、お風呂あがったよー」
「ん?ああ、わかった」
もやもやしつつも、なるべく表に出さないよう努力しながらシナバーさんに声をかけ、ボクと入れ替わりになる形でシナバーさんが脱衣場へと入っていく。
その背中を見送って、ふとお風呂に入る前はなかった床に広げられた寝袋にボクは気付く。
そう言えば、さっきまでここでシナバーさん何か広げたりしてたような……。
そのままもやもやと考えながら、ベッドの上に座って髪や尻尾を櫛で梳く事暫し。
ボクの耳と尻尾がふんわりと乾いた頃、シナバーさんが脱衣場から出てきた。
「まだ起きてたのか、俺は床で寝るから気にせずベッドを使えばいいよ」
「でも床結構硬いし、寝袋だと寝づらくない?」
ボクの言葉に、野営よりはマシさと手をヒラヒラ振りながら返してくるシナバーさん。
彼のその様子に、ボクは普段は決して絶対言わないであろう言葉を、無意識レベルで呟いていた。
「一緒にベッドで寝ようよ。大きいんだし」
「……お前さんは本当に、警戒心と言うモノが無さすぎるぞ」
ボクの言葉に大きく溜息を吐きながら、いつもの調子で返事をしてくるシナバーさん。
うん、貴方ならそう言うよね。
「シナバーさんなら変な事しないでしょ? だったら大丈夫だよ」
「…………わかった、わかったよ。まったく……」
のそのそとベッドにもぐりこむボクに背を向けるように、ベッドへ入るシナバーさん。
こう見ると、背中が大きいのを感じる。ここに来た時に隠れた時も感じたけどさ。
その夜は特に何事もなく、翌朝を迎えた。
何だろう、凄い、もやもやする。恋愛感情とかない筈なんだけど、凄いもやもやする。
悪魔さん「いやぁ、中々に心と体の不整合に悩んでくれて。実に愉悦愉悦」
悪魔さん「女への意識の変化が早い?大丈夫、こっちは何もしていないよ、本当さ」
悪魔さん「まぁ何のかんの言って一年に満たないけども、彼女がこの世界に降りて。仕事抜きでの遊び歩きや相談込みで付き合いの長い異性になるからねぇ」
悪魔さん「いやぁ、どうなるか今から楽しみだよ。ククク」
ギグさんはどちらかと言うと、保護者枠的な扱いです。コクヨウの中では。
ついでにギグさんも、コクヨウは親戚の姪とかそんな感じです。彼はドワーフ体型じゃないと恋愛対象にならないのだ。
『TIPS.セントへレア神殿巫女に恋人誕生疑惑』
旅人の宿にて、二人部屋に巫女と協力者として良く一緒に歩いていた男性が泊まったという情報は、瞬く間に旅人からセントへレアの街に噂として齎された。
その噂を聞いた街の独り身の男性陣、一部の既婚者男性陣は恋人疑惑が立ち上がった男への憎しみに咆哮を上げたらしい。
中にはアクセリア神官に、巫女が男と付き合ってよいのかと聞いた猛者もいたらしいが……。
あの子が幸せなら私は何も言わないわぁ、不幸にしたら後悔させるけどぉ。とニコニコ笑顔で回答したそうな。