ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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お待たせして大変申し訳ありません。
北方山脈騒動のエピローグ、ようやく仕上がりました。

それと、ツィッターでアンケートを取ったところ。
『ぴっちりレオタ衣装』と『姫騎士風コクヨウ』の二つが同率首位でした。
なので、神殿巫女仕様コクヨウを依頼してる絵師さんとは別の方に、この二つを依頼しました。
ふへへ、絵師さんに貢の楽しいんじゃぁぁぁ。


25.日溜まりと暗闇の狭間

 

 ガタゴトと、一羽のハビットに牽かれた荷兎車が街道を進む。

 空には小鳥が飛び交い、時折吹き抜ける風は麗らかな陽気を含んでいた。

 

 

「いやぁ、手頃な護衛が見つからなくて困ってたけど。助かったぜ旦那」

 

「僕も丁度そっち方面に用事があったからね、丁度よかったのさ」

 

 

 荷台に座った行商人が和気藹々と語り掛けているのは、ヒュームにしては少し大柄な体格をした青年。

 しかしその青年がヒュームと違うのは、背中から外套の隙間から飛び出すように大きな翼が生えており……上着で隠すようにしている臀部からは、大きな鱗に包まれた尻尾が生えていた。

 

 

「しかし旦那みたいな竜人の男も珍しいな。普通はもっとごっついよな」

 

「僕は片親がヒュームだったからね。おかげで、里だと何時まで経っても半人前扱いだったよ」

 

 

 酷い話だよねと、青年はケタケタ笑いながらも、足早に荷兎車を牽くハビットに遅れる事無く、その歩みを進める。

 話しながら歩いている間も青年の体幹がブレる様子はなく、緊急時には動き出せるようにしており、青年が旅慣れている事を如実に示していた。

 

 

「なるほどなぁ。そう言えば竜人と言えば……ちょっと聞いてもらいたい話あるんだが、いいか?」

 

「勿論。無言で歩き続けるより遥かに有意義だからね。構わないよ」

 

 

 行商人達の様子を茂みから窺っていた狼に、視線だけで青年は圧をかけて追い払いつつ。

 青年は行商人の言葉に耳を傾ける。

 

 

「実はさ、ヒュームでいうと5歳か6歳ぐらいにしか見えないお姫様から求愛受けたんだけどよ……どうしたらいいかね?」

 

「あーー……竜人としての意見と、旅人としての意見どっちがいい?」

 

 

 若干、行商人は言い淀みつつ、気まずそうに話を切り出す。なお彼の相棒たるハビットは我関せずとばかりに歩みを進めていた。

 竜人的には割と重い話を振られた青年の方はと言えば、考え込んだ後に指を二本立てつつ言葉を返すと、行商人は両方の意見を求めた。

 

 

「そうだねぇ。竜人としては名誉この上ない事だから、素直に受けておけとしか言いようないけども。まぁ世間を見てきた身からすると、お茶を濁して相手の頭が冷えるまで顔を合わせないのが一番だと思うなぁ」

 

「だよなぁ……それにさ、お姫様の鱗を加工したメダリオンまで貰ったんだけどよ、その……四六時中監視されてる気がしてならなくてな。手放したんだよ」

 

「中々に豪快な事するね、貴方も。操を立ててる相手でもいるのかい?」

 

「いや、特にいねぇけどよ。さすがにあんな幼い娘と夜を共にする趣味はねぇよ」

 

 

 俺はもっとボインバインな女の子が好きなんだよ。などと、続けてそう豪語する行商人の言葉に、青年は鱗に包まれた尻尾をゆらゆらと揺らしながら、苦笑いを浮かべて言葉を飲み込む。

 よほど強く情念と想いをつぎ込んだとしたら、ある程度所持している人物の状況を『察する』呪具にもなりうるから、まぁ気持ちはわからんでもないかなぁ。などと思考する。

 なお青年はそこまで教える気も無いようだ。既に手放している状況で脅かすようなことを言う必要もないと思ったからである。

 

 

「まぁ、うん。強く生きるといいよ」

 

「待って、なんでそんなに慈しむような目で見てくるの?」

 

 

 しかしまぁ、この依頼人は十中八九、大変な目に遭うだろうなぁ、という感情もまた青年にはあるわけで。

 自然と、青年が行商人を見る目にそこはかとない慈悲の感情が溢れ出るのは、ご愛敬と言ったところだろうか。

 

 

「まぁまぁ、生きてりゃその内なんとかなるさ。それに目的地も近づいてきたみたいだよ」

 

「だから、不安になるような事言うなよ……おいおい相棒、急ぐな急ぐな。慌てなくても今回もたんまりご褒美やるからよ」

 

 

 気が付けば荷兎車は広大な穀倉地帯へと差し掛かっており、畑には様々な種族がせっせと農作業に勤しむ姿が見える。

 そう、ソレはセントへレアの街が近づいてきた証である。

 

 

「街についたら報酬支払うぜ、旦那。 それにこの街だと最近冒険者への色んな便宜図るようになってるから、酒場覗いてみるといいぞ」

 

「へぇ、それは楽しみだ。早速酒場覗いてみるよ」

 

 

 数十年前に行ったっきりのあの酒場、まだあるかなぁ。などと呑気に呟く青年の言葉に行商人は、やっぱり竜人の時間概念は独特だわと内心溜息を吐く。

 

 

「だけどもまずは、メリジェたっぷりのパイを食べたいなぁ。あちらこちら行ったけど、セントへレアで食べたのが一番美味しいと思ったからね」

 

「ここのメリジェは絶品だからな。まぁ他の作物も美味いけど」

 

 

 二人は呑気に談笑しながら、門の列に並ぶ。

 そして待つ事暫し、中々列は前に進まない。

 

 

「随分と手間取ってんな。また祭か何かやってんのか?」

 

「そんな平和な空気じゃなさそうだけどね。そこな商人さんや、一体何が起きてるんだい?」

 

 

 多少門番が手間取ってるにしては列の進みが遅いどころか、全く進まない事に行商人は苛立ちを感じつつぼやくも、明らかに平和的じゃない空気が漂ってる事に青年は気付く。

 そこで、自分達よりも先に列に並んでいた商人へ、詳細を確認し始める。

 

 

「あー……中央から行楽に来たお貴族様がゴネ倒してるのさ」

 

「ゴネるって言っても通行料とかねーだろ、貴族様は」

 

「そんなんじゃなくて、神殿の巫女様に出迎えさせろって言ってんだよ。あの威張り腐った貴族様は」

 

 

 同じ色ボケでも領主様見習えってんだよクソが、と門から遠いのを良い事に青年が話を聞いた商人は吐き捨てるように悪態を吐く。

 そんな事情を聞かされた行商人と青年は、隠すことなくげんなりとした表情を浮かべた。

 

 

「ちらりと風の噂で、件の巫女様の有能さと美貌は聞いていたけど。だからと言って中央から足を延ばすなんてねぇ」

 

「そいつの領民が哀れだなぁ。ここの領主様もスケベだけど、仕事はきっちりやるしな」

 

 

 二人そろって重い溜息を吐き、暫くの間無為の時間を過ごしてからようやく列は動き始める。

 どうやら、とりあえず解決したみたいだねぇ。と呑気に青年は呟き、行商人もまたうんざりとした顔で頷く。

 荷兎車を牽いているハビットはご褒美が無駄にお預けされた事実に、頻繁にスタンピングをする事で苛立ちを表明していた。

 

 ゆっくりと列は進み、やがて二人の順番が来れば滞りなく門を通る事が許可され……。

 門を潜った瞬間、青年と行商人は二人合わせて目を見開く羽目となった。

 

 

「おーーーー、久しいな。元気であったかー?」

 

「……お待ちしておりました、この時を」

 

 

 一際目立つ大柄な体躯の竜人が、いつも通りの呑気な口調で青年へ大きく手を振りながら声をかけてきた。

 手を振る竜人を含めた数人の竜人に護衛されていると思しき、幼いながらも儚い美貌を持つ角と翼……そして尻尾を持つ幼女が、花開いたかのような笑顔で行商人へと語りかけてきたのだから。

 

 

 その後色々と一悶着の一騒動があったが、とりあえず行商人と幼い竜姫の関係はお友達から始めるということろに一旦着地したようだ。

 幼い竜姫曰く、巫女の方から押してダメなら引いてみろという、スバラシイ教えを受けましたから……との事らしい。

 

 

 

 

 

 

 光があれば影がある。そして、影があればそこに蠢く闇がある。

 セントへレアの街に幾つも存在する宿の中でも、特に懐が豊かな客人向けの宿の一等客室には、まさに暗き影と呼ぶべき闇が広がっていた。

 

 

「それで、貴様に便宜を図っていた件のささやかなお返しとやらは、進んでいない。と?」

 

「は、はい。申し訳ございません……!」

 

 

 気怠そうに椅子の手すりに肘をついて頬杖をつきながら、ランプの光によってその偉丈夫と言うべき顔を照らされた男は、不機嫌そうに視線の先に立つ若い男を見据える。

 見据えられた男は、普段は商人組合主催の夜会でも婦人の引く手数多な顔を恐怖に歪めながら、震える声で床に手を突く勢いで目の前に立つ男に謝罪をする。

 

 男は人望に溢れ、今もこの街の商人組合の代表者を務め、人格者と呼ばれている父に深く昏い劣等感を抱いていた。

 自分ならばもっと稼げる、もっと販路を広げられる、信頼など金を稼げば後からついてくる。そう考えて父に訴えかけるも彼の父はただ我が子である男の訴えを却下し、まるで幼子に言い聞かせるように諭すのみだった。

 其の事が男の高いプライドを著しく傷つけ燻っていた時、目の前に立つ偉丈夫からの申し出を受けて、自分だけの販路と人脈を築いてきた。

 故にこそ、偉丈夫からの指示であれば男は領主が厳しく禁じている人身売買に手を出してでも、女を差し出して機嫌を取る事に終始していた。

 

 

「私は愚図は嫌いだ。このままでは貴様を見限らざるを得ないんだがな?」

 

「申し訳ございません!あの娘も警戒心が強く、中々呼び出せなくて……!」

 

 

 金をチラつかせて甘い言葉を囁けば、すぐに靡いて体を委ねてくる女達。それは、男の高いプライドを歪めるには、十分すぎる毒であった。

 自身の誘いを頑なに拒否し続ける神殿の巫女、コクヨウに昏い感情を抱かせる程に。

 

 

「弁解は罪悪と知れ。貴様がやるべき事はただ一つだ。理解出来たのならばさっさと動け」

 

「は、はい!失礼します!」

 

 

 話は終わりだと言わんばかりに、偉丈夫は男を追い払うように手を振れば……叱責を受けていた男は弾かれるように部屋から飛び出し、宿の一室から離れていく。

 

 

「さて、あの愚図もそろそろ切り捨て時か」

 

「わざわざアナタ様が来る必要ありましたかね?リスクとリターンが釣り合ってないように見えますが」

 

 

 ふん、と先ほどまで話していた男を切り捨てる算段を偉丈夫が立てていた所に、何もなかった筈の部屋の隅から声が響く。

 偉丈夫が声をかけることなく目だけをそちらへ向けると、全身を毛皮に包まれた直立する狼のような獣人がそこに立っていた。

 

 

「勿論あったとも。ただ美しいだけならば、愛でられそうならば手を出す程度であったが……あの娘はこんな片田舎に置いておくには勿体ない逸材だ」

 

「はて、そんな大層な娘には見えませんでしたがねぇ」

 

 

 無理矢理引きずり出すべく、名を落とす事を引き換えに門に噂の巫女……コクヨウと呼ばれる少女を呼び出した偉丈夫はその時の事と、彼女と言葉を交わした時のことを目を細めて思い出す。

 

 

「アレの愛らしさも男を誘うかのような体も、その全てが相手の懐に潜り込み油断させた上で……己の要求を通す事に特化している。あの娘を作り出した一族はよほどの良い趣味をしているぞ」

 

「へぇ…………」

 

 

 故にこそ、偉丈夫は渇望した。この娘を我が物とし、己の色に染め上げた上で己自身の栄光の為にその力を使わせたいと。

 本拠地から遠く離れたこの街では取れる手管は限られているが……偉丈夫は己の欲望と野望を諦める気は微塵もなかった。

 

 

「あの愚図が短絡的手段に出たら、それに乗じろ。不可能そうなら己の裁量で動け……ああ、私が手を出す前にあの娘を穢すような無粋な真似はするなよ?」

 

「了解しましたよっと、いつも通りですな。わかってますぜ」

 

 

 決して楽に確保する事は叶わないだろうと、偉丈夫は思考する。

 しかし、だからこそ偉丈夫はこうも考えていた。

 

 

 

 障害を越えて花を手折る事にこそ、その意義があると。




コクヨウ「…………あの人、凄い。怖かった」

領主よりも高い地位の貴族の為、誰にも言えず一人自室に戻った時に呟き怯えたように呟くコクヨウがいたらしい。


『TIPS.中央貴族』
セントへレアの街がある地方は、かの街がある国の外れにあたるのだが……。
中央の方まで行けば、また規模の違う都市が幾つも点在している。
そして、その近隣を治める貴族は必然的に、王室に近い地位と権力を持つ事となる。

ある意味で貴族の蟲毒とも言える領域に至っては、もはや魔境の様相を呈している。

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