ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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あけましておめでとうございます(遅)
改めて、本作の更新再開させていただきます!

遅くなって申し訳ありません(震え声)


28.運命の歯車

 

 

 セントヘレア神殿からほど近い場所にある、様々な飲食品を扱い提供する店が集まっている通りは、この街近辺で採れた新鮮かつ上等な作物を用いた料理を提供する事から街の住人のみならず。

 遠く離れた街からやってきた旅人や、商人達、更には冒険者に至るまで幅広く人々が訪れる、この街の名所とも言える場所であった。

 

 街の象徴である神殿が近い事も相まって、暴力とは無縁である筈のその場所、しかし今は。

 最近、不自然なほどに街の外からやってきていたごろつき同然の冒険者達と、街の衛兵と冒険者が入り乱れての大乱戦を繰り広げていた。

 

 

「てめぇら、やりたい放題やりやがって!」

 

「はっ、田舎者のヒヨッコが生意気な!」

 

 

 髪の毛を逆立てた……未だ少年と言える風貌の背中に大地母神の刻印が刻まれたコートを羽織った冒険者が、暴れ回るごろつきめがけて踏み込みと共に敬愛する歴戦の神官に教え込まれた拳を叩き込む。

 しかし、顔に傷のある男は体捌きだけで少年冒険者の突進じみた拳をいなし、手に持った片手斧を少年へと躊躇う事無く叩きつける。

 

 カウンターじみたその攻撃に、少年冒険者は辛うじて体を逸らして頭を叩き割られる事だけは避けるも、その肩口に男の斧が深く刺さり、少年冒険者が苦悶の叫びを上げる……。

 男は鮮血に塗れた片手斧を乱暴に引き抜くと、トドメとばかりに大きく振りかぶった。

 

 少年冒険者の仲間である神官の少女が悲鳴を上げ、仲間の竜人戦士は救援に入ろうと動くも他のごろつきに阻まれ、斥候の獣人少年が焦りながら放った矢は男に刺さる事なく、別のごろつきに刺さる。

 万事休す。少年の頭部が情け容赦なく叩き割られると思われた、次の瞬間。

 

 別動隊のごろつき達が舌なめずりしながら踏み込んだ、とある飲食店の二階の窓が内側から、けたたましい音を立てて破られる。

 

 

「ちょっと失礼」

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 

 その音と共に、両腕で狐耳尻尾の麗しい少女を抱き抱えた糸目の青年が、今まさに少年冒険者の脳天を斧で砕こうとしていた、顔に傷のある男をまるで足場にするかのように踏み砕く。

 そのままの勢いで、風を纏いながら通りを挟んだ反対側の二階建ての建物の屋根へと飛び移っていく。

 

 突然の光景に、水を打ったように鎮まった。大混戦だった通りの戦いが一瞬静まり、ごろつき達が目の色が欲望に染まった。

 ごろつき達は一様に、その顔を醜悪に歪めながら……あの娘を手に入れれば一生遊んで暮らせるぞ、などと騒ぎだす。

 

 こんな輩に自分達の街が騒動に巻き込まれていると理解した衛兵と冒険者達は怒りを目に宿し、少女を抱き抱えた青年へ追い縋ろうと動き始めたごろつき達へ、激しく攻撃を加え始める。

 混迷を極めるセントヘレアの街、そのような状況下において、今の状況を愉悦を持って眺める一団が存在した。

 

 

「クハハハ!見てみろ、あの愚図は道化の才能に溢れていたようだぞ!」

 

「こっちからしてみたら、予定していた動きを全部台無しにしてくれたから……生きたまま八つ裂きにしても物足りないぐらいですがね」

 

 

 街の中でも高所に位置する、上流階級向けの宿の窓からオペラグラスで騒動を覗いていた偉丈夫が、心の底から楽しそうに喝采を上げる。

 一方で、傍に控えている狼の獣人は吐き捨てるかのように、今も偉丈夫が言う愚図がいるであろう飲食店を睨みつけていた。

 

 

「で、どうですダンナ? 新しく拵えた遠見の魔道具の具合は」

 

「素晴らしいの一言に尽きるな、お前の望む褒美を与えよう……おお、娘を抱えたままあの男。乱れ飛んでくる矢や火球をくぐりぬけているぞ」

 

「アイツら、あの娘に傷付けたらどうなるかわかってる筈なんですがねぇ。やっぱりごろつき同然の冒険者はダメですわ」

 

 

 偉丈夫が覗くオペラグラスの先では、糸目を開いた青年が少女を横抱きで抱えたまま、速度を落とす事なく屋根の上を一直線に神殿めがけて疾走している。

 彼らを屋根から落とすべく、ごろつき達が好き放題に矢や魔術を放っては、青年たちを傷付ける事無く屋根に着弾していく。

 

 

「どうだ、お前ならあの男を仕留められるか?」

 

「どうですかねぇ。今アイツが出してるのが全てなら確実に殺れますが……見た所俺と同類っぽいし、正直わかんねーですわ」

 

「ふむ、まぁあの愚図とは別に出してた草も根こそぎ刈り取られてたようだしな」

 

「しかも、死体まで念入りに始末してましたわ。下手に草に情報渡してたら多分こっち仕留めにきてましたね」

 

 

 今も、飛びかかって来た翼人の女戦士の突進をかわし、すれ違いざまに女戦士の首を刎ねた青年を眺める偉丈夫と狼の獣人。

 はっきりと見える狐耳尻尾の少女の目が固く閉じられてる様子から、偉丈夫は青年が少女に何かしら声をかけたのだろうと推察する。

 

 

「ふむ、血飛沫が不自然に逸れてるな。魔術の形跡は見えるか?」

 

「いや、ないですね。恐らく精霊術ですね……あの一瞬で使ったとすると、練度も相当かと」

 

「なるほどな。しかし、随分とあの男は巫女に執心してるらしい。いじらしい程に巫女を最優先にしているぞ?」

 

「時折やり辛そうな動き見えますからね。あいつの本業は間違いなく殺しでしょうよ」

 

 

 偉丈夫は青年の大立ち回りを眺めながら、あそこまで精霊術に長けた腕利きの暗殺者がいただろうか、などと思考を巡らせる。

 ふと、傍に控えている狼の獣人が報告してきた、一つの言葉を思い出す。

 

 

「そう言えば、草が始末された現場で刺激臭を微かに感じたとか言っていたな?」

 

「ええ、殆ど消えてましたけどね。アレは体の自由を奪う麻痺毒の匂いでしたわ」

 

「なるほどな……ククク、やはり生きていたか。『汚水』」

 

 

 偉丈夫の中で幾つかの単語が重なり、一つの答えに辿り着く。

 同業者どころか上位貴族ですらその顔を知るモノは居らず、しかしソレらの間で知らぬものは誰一人居なかった毒を専門に扱う暗殺者。

 その暗殺者は男か女かも判らない上に依頼を選ぶ暗殺者でもあったが……。

 一度受諾した依頼は完遂する事から半ば伝説と化していたソレを目の当たりにした愉悦に、偉丈夫は喉を鳴らして愉悦に浸る。

 

 

「少々飛躍しすぎじゃないですかね、旦那?」

 

「あの毒を知り扱えるモノなど、神医と呼ばれる医者くらいだぞ? そんなものを扱えるモノなど、それこそ『汚水』でもなければあり得んのさ」

 

「そんな大層な代物なんですなぁ」

 

「お前も殺しを生業にするなら、少しは勉学に励むが良い」

 

 

 俺は魔術と付与術式の専門なもんで、などと悪びれる事なく言い放つ傍仕えに偉丈夫は苦笑いを浮かべ、青年の立ち回りを観続ける。

 ある日突然、『汚水』を名乗る暗殺者の死体が見つかったと聞かされた時は驚いたものだが、やはり死んでいなかったかと偉丈夫は一人呟く。

 

 

「しかし、旦那の言い分が当たってたとして実は生きてた『汚水』が、なんでまたあの娘を護るのに躍起になってるんでしょうな」

 

「さてな、当人に直接聞いてみるのも楽しそうだ」

 

「勘弁して下さい旦那。『汚水』が相手だとしたら、護衛が何人いても毒で皆殺しにされますぜ」

 

 

 それもそうだな、と狼の獣人の言葉に偉丈夫は同意を示すと共に、少女を抱えた青年が神殿へ飛び込んだところでオペラグラスを下ろす。

 

 

「もう見物はよろしいので?」

 

「神殿に居る竜姫の護衛についてた『貪竜』が出てきていたしな。あの程度の連中では、相手にもならんだろう」

 

「あー……アイツ、修行の旅とか称してあっちこっちで逸話作ってましたもんね」

 

 

 己が治める領地に出てきた凶悪な魔獣を退治してくれただけに、その実力を識っている偉丈夫はこの後の顛末など見る価値もないとばかりに、今も続いている騒動から視線を外した。

 

 

「さて、あの娘はこの混乱をどう治めるだろうかね」

 

「どうですかねー。ところで旦那……今回は一旦見逃す方針で?」

 

「ここの領主は無駄に善良だが厄介だからな。神殿に籠った娘を引きずり出すには準備も足りん」

 

 

 まぁ、怯えて閉じこもるだけの娘なら愛でる価値こそあれども、少々物足りないがななどとうそぶく偉丈夫に。

 狼の獣人は、旦那も性格が悪いなどと苦笑いを浮かべ、肩を竦めるのみであった。

 

 

 

 

 

 しかし翌日、『汚水』と神官を絶えず傍に控えさせながらも、自身が精力的に動く事で街と冒険者たちの混乱を収めて見せた巫女の活躍に、偉丈夫は口角を吊り上げて獰猛に笑う事となる。

 守られるしかない身でありながらも、しかし己の身の安全を躊躇う事無く掛け金にして見せた巫女。その活動の方に偉丈夫は呟く。

 

 

「存外、あの娘は久しぶりにベッドの外でも遊べる女になるかもしれんな?」

 

「まーた、旦那の悪い癖が出てますぜ」

 

 




Q.シナバーさんって本気出すと目が開くの?
A.開きます、切れ長の鋭い目付きです。


『TIPS.暗殺者『汚水』』
貌も年齢も種族も、そして性別すらも不明の暗殺者。
地下深くに隠れようと、百人の護衛に守られようと、魔術を用いた結界を活用していようとも狙われたターゲットは、須くその命を尊厳諸共刈り取られている。
特徴として、護衛や目撃者は一瞬のうちにその意識を喪失し、目覚めた時にはターゲットだった人物は汚水を垂れ流し恐怖の表情で絶命している所にある。
老若何女、貴族であろうと悪党であろうと等しく情けも容赦もなく始末する殺し方、そして手腕から……。
畏怖と嫌悪を込めて『汚水』と呼ばれていた。
だが同時に扱いにくい暗殺者としても有名であり、酷く依頼を選ぶ人物としても有名であった。

ある日突然、『汚水』とされる人物の死体が見つかり、その死体が『汚水』である証拠を幾つも持っていた事から、一般的には死亡したとされている。

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