ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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ワスレナグサの花言葉って、『真実の愛』と『私を忘れないで』って意味らしいですね。


29.勿忘草

 

 

 商人組合の重鎮の人と会談し、そこで彼の息子が嗾けてきたごろつき達との大立ち回りを繰り広げたんだけども、まぁ当然街は大混乱になるわけで。

 神殿におとなしく籠っているべきだと懇々と説いてくるシナバーさんに頼み込み、神殿の勢力や冒険者寄合や商人組合にも協力してもらい、混乱自体はなんとか収められた。

 

 あのごろつきや、重鎮の人の息子の口ぶりからするに彼らの目的はボクの身柄だったのは、まぁ想像に難くないんだよね。

 申し訳なさから、神殿長スェラルリーネさんにも謝りに来たんだけどもさ。

 

 

「巫女コクヨウ、この度の騒動は確かに貴方が起因とされるやもしれませぬが、その責任を貴方が感じる必要はないのですよ?」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 

 あの騒動で、お店の奥へ踏み込もうとしたごろつきを止めようとした店員さんが、ごろつきに害されて命を落としてしまっている。

 冒険者の人達の協力もあって、捕縛できたごろつきから衛兵の人達が聞き出した話によると、ボクを攫えば後先かんがえる必要がなくなる程度の金貨が手に入る、という話だった。

 

 問題は、彼らを雇いこの街へ誘い込んだ重鎮さんの息子が……衛兵達に監視されていた筈なのに、目を離した一瞬の間に牢屋の中で息絶えていたと言うところだ。

 

 

「今回の騒動では貴方の尽力で、被害は最小限に抑えられたと思います……今はゆっくりとお休みなさい」

 

「はい、失礼します……」

 

 

 怪しい、と思える心当たりは何というか一人だけいる、だけども決定打と言える証拠がない。

 更に言えば、あの門でゴネ倒してた貴族は侯爵らしいとくれば、多少証拠があっても対応されてそこで終了だろう。

 

 身も蓋もない事を言ってしまえば、ここでボクが凹んでいても意味はないし、現状で対抗できる手段なんて……。

 ……いや、うん、あるにはあるんだよ。

 

 

 

 ボクが領主のアルベルトさんの愛人になり、ここら一帯の権力者であるあの人からの庇護を強く受ける身になってしまえばいい。

 

 

 

「……だけど、それはヤダなぁ」

 

 

 この体とボクの見た目を駆使するという意味では、恐らく最適解に近いのかもしれないんだけども。

 それだけは、したくない。

 

 だけどもこの『したくない』という感情は、自分自身でもうまく定義できていないのが現状だから片手落ちだよね。

 この世界に『コクヨウ』として降りて、もう少しで一年が過ぎる身だけども、気が付けばアクセリアさんとかを筆頭とした美女と一緒にお風呂入っても動じなくなっていて。

 

 自身が男だったという自意識など、とうに無くなっているに等しい状態。そんなボクが男性に対してなりふり構わないアプローチをかけたのが、この前の発情期によるシナバーさんへのアプローチだった。

 あの時は大混乱で叫ぶだけだったけども、ボク自身の体はもう女性そのものであり、アクセリアさんからの話によると発情期が……言ってみれば獣人の女子が母になれる合図だと言われれば。

 もう、心身共に女子へと変わって言っているのだと、露骨に突きつけられてるも同然なのだ。

 

 

「ああいけない、思考がまとまらないなぁ」

 

 

 神殿の中庭のベンチに腰掛け、空を仰ぎながらぼんやりと呟く。

 思考を、整理しよう。

 

 今回は凌げたけども根本的解決に至れてはいないから、また同じようにボクを狙った騒動が起きるのは想像に難くない。

 冒険者寄合や衛兵の人達も、外から入り込む人間への警戒を強めてくれると言っていたけども、恐らく相手は同じ手は早々打ってこないと思う。

 もしも、神殿の人達や領主さんでも庇い切れない方向性で来られたら、その時が真の『詰み』だ。

 

 

「だからこそ、ボクは味方を増やす必要が、ある」

 

 

 そして、その為の一番楽で堅実な手が、領主さんの愛人になる事……だけど、ボクはその手は取りたくない。

 元男性だから同じ男性に身を委ねる嫌悪感がある? 無いとは言わないけども違う。むしろ発情期でアレだけやらかしといて何を今更だと我ながら思う。

 ともあれ、この案は使えないとなると……。

 

 

「随分と悩んでるようだが、大丈夫か?」

 

「あ、シナバーさん」

 

 

 尻尾をへたれさせ、頭を抱えてるボクに声をかけてきたのはこの前の騒動でも、八面六臂の活躍を見せてくれたシナバーさんだった。

 口と目を閉じていろ、と言われたと思ったらお姫様抱っこされた時はビックリしたけども……その時の逞しい腕と感じた熱を思い出し、ボクの頬が熱くなるのを感じて慌てて顔をブンブンと振る。

 アクセリアさんに今日も発情期を抑える奇跡をかけてもらったのに、顔が暑い、気のせいだ気のせいに違いない。

 

 

「だ、大丈夫だよ!」

 

「……本当に大丈夫か?」

 

 

 いつもの糸目のまま苦笑いを浮かべてボクを観つつ、ちょっと失礼などと言いながらボクの隣に腰かけてきた。

 半人分ほどの隙間を空けて座ってるのが少し物足りな……くない!

 

 

「うん、だ、大丈夫だよ」

 

「それならいいけどなぁ」

 

 

 軽く深呼吸し、笑みを浮かべてボクは大丈夫だと答える。

 そんなボクの様子に、シナバーさんは頬を掻いて苦笑いを浮かべ。

 

 

「しかし、まぁ、お前さんアレからいつも通り俺に接してるワケだが、警戒や恐怖はないのか?」

 

「なんで? だってシナバーさんはボクを害したりしないでしょ?」

 

 

 ボクを腕に抱きながら神殿へと駆け抜けてくれた時も、誰かの断末魔の声がボクの耳には届いていた。

 そして、混乱を収める為にシナバーさんに付き添ってもらいながら街に出た時も、シナバーさんが初めて聞くような声を出しながらごろつきを何人か叩きのめした所も見た。

 

 だけれども、ボクは目の前に居る男の人がボクを害するとは何故か思えなくて、そして害する事のない人を怖がる必要もないと思っているだけなのだ。

 顔を知ってる店員さんが命を落としたと聞いた時は落ち込んだけども、悪さをする人が死んだと聞かされても何とも思わなくなってるんだよね……我ながらちょっと冷酷だと思う。

 

 

「……お前さんは本当に、警戒心というモノがだなぁ」

 

「シナバーさんがその分警戒してくれるでしょ?」

 

「俺に丸投げする気かよこの巫女様」

 

 

 重い溜息を吐いたシナバーさんをからかうようにそんな事を宣ってみれば、彼は苦笑いしながらボクの頭を若干乱暴な手つきで優しく撫でてくる。

 気持ちよくて目を細め、耳がピコピコ動いちゃうけどもコレはしょうがないよね。

 

 

「で、なんぞ悩んでたようだが、それはこっちで手伝える事か?」

 

「んー……」

 

 

 そんな事を言いながらも、特に見返りを求める事無くボクへの助力を申し出てくれるシナバーさん。

 その声や表情からボクを心配してくれているのは間違いないと思う、だけども……やっぱりどこか違う誰かを見ているようにも思える。

 

 

「今回の騒動ってさ、根本的解決をしようとしたら何が必要だと思う?」

 

「随分とざっくりとした問いかけだが、そうだな……ほとぼりが冷めるまで、どこかでおとなしくするというのも手だと思うがな」

 

 

 思った以上に消極的な意見、だけれども対抗する事ばかり考えていたボクには新しい発想だ。

 ……なんでボク、真正面から立ち向かう事考えてたんだろうね。

 

 

「その手があったか……」

 

「ちなみに、お前さんはどんな案で悩んでたんだ?」

 

「んー……何とか味方を増やして、今回の黒幕を牽制できるようにしないとなぁって悩んでた、ボクこの街が好きだし」

 

 

 さっき思考で破棄した、領主さんの愛人になるっていうプランは言わない事にした。

 何となくだけど、根拠のない勘何だけど……これだけは言っちゃいけない気がした。

 

 

「そうか、だがお前さんはまだ若いし無理に背負う必要はないんだぞ?」

 

「子ども扱いしないでよ!」

 

「何でも背負おうとするのが子供だって言ってるのさ」

 

 

 優しく撫で続けるシナバーさんの手を止めようとボクの手を添えたその時。

 一瞬、ほんの一瞬だけどシナバーさんの目に隠し切れない悔恨と懺悔の色が見えた。

 

 

「むぅ……でも、なんでシナバーさんはボクにここまで手助けしてくれるの?」

 

「放っておくのも寝覚めが悪いだけさ」

 

「シナバーさんは、誰かを守れなかったの?」

 

 

 ボクの問いかけをいつもの笑みではぐらかそうとする彼に、ボクはずっと抱いていた疑問をぶつけ。

 そして、その行為を次の瞬間心の底から後悔する。

 

 彼の笑顔は凍り付き、その糸目が見開かれて見えた瞳には、深く昏い感情が見えた。

 ボクはその瞳から見える感情、そして彼が守れなかったのであろう誰かに対して抱えている愛情と悔恨を、己が持つ能力全てで理解してしまう。

 

 まるで他者の情事を覗き見るかのような不作法な行為で、だけどもシナバーさんの心の奥底がやっと見れた事に。

 自身でも目を逸らしていた、ボクの本能が悦びを感じてしまう

 

 あまりにも恥知らずなその感情をボクは押し殺し、踏み込むべきじゃなかったかもしれないと思いながらも。

 ボクは、彼の瞳を見詰めてボク自身の気持ちを彼へぶつける。

 

 

「……ごめんなさい。だけども、誰かの代わりにボクを守るなんてしないで。それで傷付いてくシナバーさんをボクは見たくない」

 

「違う、違うんだコクヨウ、俺は決してそんなつもりじゃ……」

 

「じゃあなんで、シナバーさんは泣きそうな顔をしているの?」

 

 

 ボクの言葉に、撫でていた手を放して自身の手で顔を覆うように掴み、いつもの笑顔の仮面がはがれた表情をシナバーさんは戻そうとする。

 もしかしなくても、シナバーさんの心はとっくの昔に限界を迎えていたのかもしれない、そして崩れ落ちるきっかけを作ってしまったボクは……。

 ベンチから立ち上がり、震えるシナバーさんに頭を抱き抱えるように抱き締める。

 

 ボクは今、とても酷い事をしているんだと思う。

 シナバーさんがずっと、心の底に押し込めて……ボクを守る事で満たしていたであろう、守れなかった誰かへの想いを上書きするかのような行為をしている。

 

 

「ごめんなさい、シナバーさん。ボクはずっと……貴方の優しさに甘えていたんだね」

 

「違う、そうじゃない、俺は、僕は……」

 

 

 いつも、彼がボクにしてくれているように、震えるシナバーさんの頭を小さなボクの手で撫でる。

 頼りになる、いつも守ってくれている人、そして……認めよう、ボクの大好きな人。

 シナバーさんがどんな道を辿った末にここに居るのか、ボクは知らないし、知ろうとしなさ過ぎた。

 

 今こうしてる間もボクを取り巻く問題は解決してないし、早く手を打たないといけないかもしれない。

 でも、それでも、ボクはボクと言う異物を受け入れてくれたこの街と神殿が大好きで、そして出会ってから今まで傍で守ってくれてきていたシナバーさんから離れたくない。

 ……ああ、そうか。だから領主さんの愛人になるというのが、嫌だと感じたんだね、ボク。

 

 

 

 だから、ボクは貴方の事が知りたい。

 そして、貴方と一緒に歩いていきたい。

 

 そう思ったこの瞬間、僕は心の奥底から理解した。

 ボクの体と心は漸く、綺麗に収まった。収まってしまったような気がした。

 

 




悪魔さん、血のように紅いワインを注いだグラスを片手に満面の愉悦スマイル。



『TIPS.重要参考人獄死についての報告書抜粋』
昨日、セントヘレア神殿所属の巫女コクヨウを攫う為にごろつきを街へ誘い込み、騒動を起こした重要参考人が牢の中で獄死した。
捕縛され老へ収監されるまでは、己の財力を誇示して投獄を逃れようとしていた男だが……。
投獄された直後から、狂乱状態へ陥り言動が支離滅裂なモノへと変化。
その後、体内からはじけ飛ぶかのようにその肉体が四散した。

後の調査から、何かしらの条件で発動する付与魔術が施されていた事が判明するも、術式の損壊が激しく調査は難航。
領主様からの、深入りは危険だという忠告もあり、重要参考人獄死についての調査は打ち切りとなった。

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