ねごしえーたー!   作:社畜のきなこ餅

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前回から引き続きの展開です。
少し残酷な描写が入るので、ご注意下さいませ。


30.想いの果て

 

 

 セントヘレア神殿の中庭を一陣の風が吹き抜け、二人の男女の髪を優しく揺らす。

 少女は大きな尻尾を緩やかにふりながら、慈しむように抱き抱えた青年の頭を優しく撫で続ける。

 青年は、肩を震わせながらもまるで己にその資格はないと言いたいがかのように振り解こうとするも、その動きは途中で止まった事から激しい葛藤が垣間見える。

 

 

「ねえ、シナバーさん。貴方はどんな苦しみを抱いてきたの?」

 

 

 鈴を転がしたかのような透明感のある可憐な声で、少女は頑なな青年の心を解きほぐすかのように問いかけた。

 語り掛けられた青年は、己の頭を抱き締めてくる少女の腕の中で苦渋に満ちた貌を浮かべる。

 

 青年の心に蘇るのは、己が血塗れの道を歩く理由となった……青年の原点とも言える、憎悪と絶望の記憶で。

 余りにも血生臭すぎるソレを、己を便ってくれる『彼女』の面影を持つ少女に見せたくない、そう思っていた。

 

 

「離してくれ」

 

「嫌だよ、だって逃げちゃうでしょ?」

 

 

 青年は今も己を抱き締めてくれる少女に、暖かな陽だまりで笑っていてほしいと願っていた。

 例えその想いが、かつて護れなかった事への代償行為だとしても。

 

 そして、故にこそ今のこの状況は己が受けてはいけない、そう思い込むと共に。

 だから、青年は己が嫌悪されてでも、少女が自身から離れてくれるのならばそれで良いと思考する。

 

 

「逃げないし、話すから、離してくれないか?」

 

 

 少女の暖かさと柔らかさ、そして全身で訴え伝えてくる少女の愛が、青年には辛かった。

 そして、今も胸に残っている『彼女』への想いを、少女への想いにすり替えてしまいそうな己が赦せなかった。

 

 青年の言葉に少女は逡巡し、一際強く抱きしめた後に残り香を残して離れ、青年の隣へ腰掛ける。

 その位置は、まるで青年を許すかのように柔らかい体温を感じる位置だった

 

 

「何から、話したものか……」

 

 

 深くベンチに腰掛け、青年は記憶の糸を辿り始める。

 

 

「俺はこの街で、互いに思い合っていた幼馴染の女と一緒になり、そして外に出る事なくこの街で生を終えると思っていた。無邪気にそれが当然のように叶うって信じていた」

 

 

 記憶を辿り、かつての想いを青年は反芻する。

 考えてみれば『彼女』もまた、青年の都合は二の次にして振り回すタイプの快活な女性で、そして。

 この街を愛し、困っている人は放っておけない、そんな女性だった。

 

 

「だけどな、あの時はアルベルト卿の父親が亡くなったばかりなのもあって、この街に色んな連中が入り込み……そいつらが治安を悪くしていたんだ」

 

 

 中央の政治事情からは距離が離れている事もあり殆ど関係が無いとは言え、一大穀倉地帯な上に重要な燃料物資でもある炭金を北方山脈から仕入れる為の窓口。

 強欲な人間の欲を刺激するには、十分すぎる餌だった。

 

 

「なぁコクヨウ。外から入ってくる根無し草連中の小遣い稼ぎの種が何か知っているか?」

 

「うんん、知らない……けど、ボクが狙われた事にも関係あるんだよね、きっと」

 

「ああ、平たく言えばな、人攫いが根無し草連中のちょっとした小遣い稼ぎとして、当時は成立してしまっていたのさ」

 

 

 青年がまだ、少年だった頃。

 『彼女』が家に帰ってこない。そう聞かされた青年は街中を駆けずり回り、時にごろつきに小突き回されたりしながら攫われたという事実を掴んだ時には。

 もう、全てが遅すぎた。

 

 

「アルベルト卿が動いたりしたおかげで今は法律で禁止されてるが、当時はやりたい放題でな……何のことはない。俺の想い人もまたクソみたいな連中の小遣い稼ぎの為に攫われ、売り飛ばされたのさ」

 

 

 青年は、ふと己の両手へと視線を落とす。

 何一つ汚れが着いていない筈なのに、その手は今も血と汚泥に塗れ吐き気を催す臭いを放っている気がした。

 

 少女は悲しそうな瞳で青年を見守りながら、そっと手を重ねた

 ただ、それでも口を挟もうとはせず、視線も逸らさずに視線で青年の言葉の先をねだる。

 

 

「その後は、研鑽を積み、精霊の力すら借りて『彼女』を攫った連中を突き留めて……徹底的に拷問して情報を聞き出して殺したモノだ」

 

 

 脳裏に蘇るのは、『彼女』を攫い売り飛ばした金で真っ当に生きようとしていたごろつき達。

 その時は憎悪の炎に焼かれるまま、拷問した末に情報を聞き出し、一人残らずあの世へと送ってやった。

 

 結果から言えばそこで漸く、『彼女』が売られた先を聞き出せたのだから青年に後悔はなかった。

 だが同時に、憎い敵であったとはいえ……あの幸せを己に壊す権利があったのか、ソレだけは未だに結論を出せていない。

 

 

「そうして漸くとある貴族に買われたという情報を得て向かって、そこで見つけたのは…………」

 

 

 右腕で己の胸元を強く握り、今でも消えない激情と憎悪を堪えながら、青年は言葉を吐き出す。

 

 

「屋敷のゴミ捨て場に放り出された、両手両足を失い汚濁に塗れた、『彼女』の亡骸だった」

 

 

 青年はあの瞬間、確かに聞こえた気がした。辛うじて踏み止まっていた自身……僕という人格が、音を立てて砕け散った音を。

 そこから、『彼女』の無念を晴らす為に、己の憎悪と憤怒を晴らす為に取り繕い、ただ怨敵達を討ち滅ぼす為に生きる事を誓ったのだ。

 

 もし、また同じような光景を見た時己は耐えられない。そう本能で理解していたからこそ、代償行為と知りながらも面影のある少女……コクヨウを守って来たのだ。

 思考し瞑目する青年の、膝の上に置かれたままの左手にそっと温かく、優しいぬくもりに触れらていることに気が付く。

 

 少女の優しさに縋る己の醜悪さに、青年は溜息を吐き、懺悔にも似た独白を締めくくるべく言葉を紡いだ。

 

 

「後は、無駄に位が高くて陰謀が得意なその貴族を殺す為に動き、そして仇を討った。それだけの話さ」

 

 

 だから、お前さんは俺の事を気にする必要なんてないんだ、そう言葉を続けようとして青年は少女の顔を見ると。

 少女……コクヨウはその瞳から、ほろほろと涙を流していた。

 

 

「すまない、辛気臭くて怖い話を聞かせたな」

 

「違う、違うの、そうじゃない」

 

 

 嗚咽をこらえつつ、鼻声交じりで少女は言葉を続ける。

 

 

 

「殺しは罪だ、だけど、だけど、それじゃぁそれじゃぁ」

 

 

 色んな揉め事に立ち会い、相談に乗り、対応してきた矜持があるからこそ少女は。

 神殿の巫女として、これだけは譲れないでも、でもと自問自答しながら。

 

 

「彼女と、シナバーさんが……救われないじゃない」

 

 

 悪徳を放置せず、奪われた命への想いの為に行動を為した青年へ、少女は想いを伝えようと。

 青年の左手に重ねられていた少女の手が、しっかりと強く握りしめられる。

 

 

「どう取り繕っても、俺は自分の怒りで惨たらしく殺してきたし、その後も目的の為に殺し続けてきた男だぞ」

 

「大事な人を奪われて、取り戻す為に頑張って、それで救われない、なんてあっちゃいけないよ!」

 

 

 少女の嗚咽交りの声に、青年の動きが止まる。

 なんでそんな酷い事をとか、人殺しなどと罵倒される事は想定していた、しかし……。

 ここまで、己の為した行動を肯定される事は、青年は想定していなかったのだ。

 

 

「そう、か……」

 

 

 否定される為に、懺悔じみた過去を告白したのに肯定され。

 しかし、思惑と外れた状況であるというのに青年の心は、どこか救われたような気がした。

 

 自身の手を優しく握り嗚咽を漏らし続ける少女へ、青年は強迫観念じみた義務感とも違う確かな想いを感じていた。

 

 

「なぁ、コクヨウ」

 

「ぐすっ……何?」

 

 

 青年は、少女の手を振り解くことなく、己の手を重ねる。

 

 

「暗殺者として、『汚水』と呼ばれるほどに汚れ切った俺は、救われても……いいのか?」

 

 

 

 縋るように、問いかけられた青年の言葉。

 その言葉に、優しく青年の手を握っていた少女はそっと指を解き、青年の前に立つと涙を目に浮かべながら両手を広げ。

 先ほどよりも強く、少女は想いの丈をぶつけるかのように青年の頭を抱き締めた。

 

 

「……救われてください、ボクを助けてください。ボクのために救われてください」

 

 

 少女の行動、そして言葉に青年は目を見開く。

 

 

「そうか、そう、か……」

 

 

 少女の言葉に青年は、張り詰めてきた糸が緩やかに解けたような錯覚を感じると共に。

 先ほどまで己の胸元を握りしめていた手をほどき、ゆっくりと両手を少女の背中へ回して、懺悔するかのように縋りついて声にならない嗚咽を漏らし始める。

 

 

 

 青年の両目からは『彼女』を喪ったあの日から、一度たりとも零していなかった涙がとめどなく零れ落ちていた。

 まるで、今まで抱えていた悲しみと後悔を全て、洗い流すかのように。 

 

 




ヴァーヴルグ「ん? むぅ、中庭であの二人は何を……」
アクセリア「しー、離れて見てなさい」

次回エピローグ&二人の弄られ回、お楽しみに。
シナバーさんは割といっぱいいっぱい状態だったので、周囲への警戒がルーズになってたそうです。



『TIPS.領主代替わり騒動』
王都から離れた地の領主が不慮の事故で他界、急遽息子が跡を継いだのは良い物の。
政治的な根回しで先手を打たれた事もあり、膝元であるセントヘレアの街が荒らされかけた騒動の事を指す。
この事件で攫われた市民も存在し、それらの反省から衛兵や街の治安は大幅に改善された。

それなりの時間が経過した事もあり、余所者に対しての態度も軟化していたが……最近の事件によって、また警戒が強くなりつつある。


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