そんな第四話です、宜しければお付き合い下さいませ。
異世界転生二日目、初日からハイパー濃厚でしたが二日目もハードなスタートです。
なんせ、この街の神殿を取り仕切ってる神殿長直々のご対面な上……。
「遠き地からの迷い子コクヨウよ、貴方に試練を申し渡します」
荘厳な空気が可視化してるかのような、重たい空気の中で下半身が蛇のように長くうねっている神殿長から試練を申し渡されてるのですから。
せめてもの救いは、この場にいるのがボクと神殿長のみならず。ギグさんも居てくれてる事でしょうか、別名地獄への道連れとも言います。
「悲しき事に今、この地で二つの信仰を携えている者達が諍いを起こしております。その諍いを収めて見せなさい」
隣で一緒に片膝ついてるギグさんからマジかよ、と言わんばかりの雰囲気を感じます。
この諍いってどう考えても、この神殿へ足を踏み入れて案内してもらってる時に見かけた……ヴァーヴルグさんとアクセリアさんのアレだと思うんだけども。
念の為確認だ、目標を明確に確認しないと確実に事故る。
「幾つか質問しても、宜しいですか?」
「ええ、どうぞ」
伏せていた頭を上げ、気合を入れるべく耳をピコピコと動かしつつ。
しっかりと神殿長さんこと、スェラルリーネさんを見据えて口を開く。
「諍いと言うのは、大地母神様を信じる一派と河川の守護女神様を信じる一派の意見のぶつかり合い。と言う認識であっておりますか?」
「ええ、その通りです。私の不徳により……この地にて農作物や家畜を育て日々の糧としてる者達の側に立つ者達と、河川の恵みを受け日々の生活を営む方を補助する者達とで意見がぶつかり合っております」
ボクの確認の言葉に、スェラルリーネさんが悲しそうに目を伏せて簡単な事情を教えてくれる。
今の言葉に昨日のあの二人の言い争いの様子、情報は断片的でしかないけども多少なりとも状況が見えてくる。
「河川の守護女神様の一派の方のお仕事は、日々の営みで生まれる汚水の処理。ないし処理をする施設の管理といったところですか?」
「ええ、河川の守護女神様を奉る者達の仕事の一つとして。下水に流れ込んだ汚水を母なる河へ流す前に、処理層で浄化する仕事をしてもらっております」
言ってみれば生活インフラの大事なところを担当している人たちか、だからこその神殿の立派な入浴施設だったんだなぁと納得する。
臭いや汚れはどうしてもつくから、それらを除去する職につく者達への福利厚生でもあったんだね。
「汚水の処理手法はどのような手順で、負担はいかほどのものでしょうか?」
「洗浄衣……ああ、汚れを落とし易い専用の法衣を纏った者達が処理層のある地下階層へ赴き、河川女神様の助力を頂いている浄化の魔術で処理をしております」
割とマンパワーでぶん回してた、しかしこの街は外から見ても結構大きかったし……日々生じる汚水等も馬鹿にならない筈だ。
心身の負担も馬鹿にならない筈、そりゃアクセリアさんのヴァーヴルグさんへの刺々しい態度にも納得がいくというモノである。
ともあれ、取り急ぎ河川の守護女神様一派について確認したい事は聞けたと思うので、次は別方向から質問をしよう。
「ありがとうございます。続けて……大地母神様の一派についての質問よろしいですか?」
「ええ、勿論ですとも」
早朝とはいえ、スェラルリーネさんにも抱えてる仕事があるだろうから、簡潔かつ重要な質問を選択していかないといけないなぁ。
ともあれ、軽く深呼吸して今度は大地母神様派の人達について確認をしてみるのだ。
「大地母神様の一派の方のお仕事は、農地や牧場の管理であっていますか?」
「はい、日々流入する農夫の方々の登録に収穫される作物や畜産物の買い上げをし、悪意のある商人の方々に買い叩かれないよう仲介もしてもらっております」
めちゃくちゃ重要な仕事じゃないか!こっちはこっちで絶対死ぬほど忙しいよ!?
識字率とかはまた足で調べないといけないけど、流入するって言い方から計算や読み書きに不得手な人達のフォローもしてるって考えると……うわぁ、地獄業務だぁ。
「あ、あの……仲介『も』と言う事は、他にも……?」
「……ええ、農場を荒らし農夫の方には対処が難しい害獣や魔物の駆除。疲弊した大地への祈祷を捧げて頂く事による、農地の回復も担っております」
やっぱり地獄業務じゃないかー!!
そりゃヴァーヴルグさんはヴァーヴルグさんで、生活用水や汚水処理を担当してる人達にチクりと言いたくもなるよ!
いやまぁ、じゃぁどうすれば良かったって言うのを解決するのがボクの仕事なんだけどさ……。
そんなボクの苦悩を感じ取ったのか、スェラルリーネさんは申し訳なさそうに目を伏せて口を開く。
「私からも幾度か双方には矛を収めるようお願いをしたのですけども、その時しか収まらない上に……どうしても、河川の守護女神様の一派へ肩入れしてしまうのです」
スェラルリーネさんの心から申し訳なさそうな言葉に、ボクも尻尾をしょんもりさせて項垂れるしかなくなる。
彼女の首から提げられているシンボルは河川の守護女神であるヘレアルディーネ様のマーク、この地における宗教の一派のトップとしてはある意味当然の行為と言えるのだ。
むしろ、隣で今も片膝ついているギグさんが申し訳なさそうにしてる辺り、大地母神様派への配慮も欠かしていないんだろうと推測できる。
でも同時に、拗れかけている今ならまだ早く動けば手立てはありそうです。
コレがもっと時代を下って、対立が決定的になってしまったら本格的に血を見ないと止まらなくなっていた恐れもあるからね。
「ありがとうございます、後は色々と現地で話を聞いたり状況を確認したいのですが。よろしいですか?」
「ええ、こちらからお願いしたいくらいです……そうですね、貴方にこちらを預けたく思います」
片膝をついたまま礼をし、現場調査のお伺いを立ててみればスェラルリーネさんは微笑みと共に了承してくれた上に。
首から提げていた自身のシンボルマークを、ボクへ貸し出してくれた。
チャリ、という音と共に受け取ったソレはズシリとした質感をボクの手に伝え……。
よく見ると、アクセリアさんの提げていたシンボルマークに幾つかの装飾を加えたようなデザインとなっている。
「し、神殿長!よろしいのですか?!」
「構いませんよ神官ギグ。彼女は私の不徳で陥ったこの事態を打破する為に動いてくれるのです、このぐらいせねば道理が通りませぬよ」
スェラルリーネさんの行動にギグさんが驚愕の余り思わず叫ぶ勢いで問いかけ、そんなギグさんの剣幕にも彼女はたおやかに微笑んで……掌の上のシンボルマークを見詰めるボクの手に、その柔らかな手を重ねてくる。
その手はボクよりも少しひんやりとしていたが、見た目以上に何かしらの労働を積み重ねてきたのか小さな傷があるのをボクの手に感触で伝えてきた。
「そのシンボルを見せれば、情報開示に躊躇する者も色々と教えてくれるでしょう。どうか、どうかお願い致します」
「……承りました」
参ったなぁ、正直しんどいにもほどがある状況だけどもさ。
こんな風に筋を通されて、懇願されたら断れないじゃないか。
大体聞きたい事、確認事項も今の所はなくなったので場をギグさんと共に辞して、広間の外にて意見交換を行う。
「まさか神殿長が聖印まで預けるとはなぁ……よっぽど心を痛めてたのか」
「みたいですねぇ……ギグさん、街の歴史がまとめられた書庫を見たり。昔の事で詳しい人に話を聞く際のアテはありますか?」
「ん?ああ、書庫ならこっちだ案内するぜ。詳しい人物はなぁ……隠居してる爺様がこの街に住んでるから、後で案内するぜ」
似たような背丈同士で神殿の中を進み、水気から少し離れた部屋まで案内されて扉を開いてみると。
ぼんやりとした灯りに照らされた、書物を読むのに不自由しない程度の明るさに包まれている本棚が並ぶ部屋へと通された。
「歴史となるとこの辺りだな」
「ありがとうございます、少々拝見しますね」
何冊かの分厚い、外装からして年季の入っている書物を重ねてもってきたギグさんにお礼を言い、部屋の中にある椅子に腰かけて書物を開く。
感触から外装は皮張り、中のコレは……分厚くて頑丈な紙か。どうやら製紙技術もこの世界そこそこ発達してるらしい。
そして問題の中身は、見た事もない文章なのに苦も無く読み取る事が出来た。恐らくぐう畜悪魔のおかげだろう、感謝するのは業腹だが今は有難い。
「……なぁ、コクヨウ嬢。そのままの姿勢でいいんだけどよぉ」
「? 何、ギグさん」
街の興りから、どのようなトラブルが起きては解決していったのか。若干著者の主観も入り混じっている書籍を読み解きつつギグさんの言葉に返答する。
「今回の件、解決策ってあるのか……?」
「んー……幾つかはあるよ、今すぐ実行できそうな案もあるといえばあるね」
「本当か?!」
ボクの言葉に机を勢いよく叩きながらギグさんが、そのずんぐりむっくりした体を乗り出す。
思わず大きな声に耳をピコーンと立ててびっくりしながら、ボクは本から視線を上げてギグさんへ向きあうのだ。
「今日から三日間ほど、大地母神様の一派の人達と河川の守護女神の一派の人達の仕事を。強制的に停止すればいい」
「ば、バッカ野郎!お前そんな事したらエライ事になるぞ!?」
「うん、間違いなくなるし互いの仕事にも大きな爪痕を残すよ。だけども互いの仕事の重要性を再認識出来るから、小競り合いは表向きは減ると思う」
ボクの言葉に目を見開き、凄い剣幕で怒鳴るギグさん。
この街を愛しており自分の仕事に誇りを持っているからこその怒りだから、凄くよくわかる。
だけども、今回の件は恐らく。恐らくだけども、長い間上手い事やれてきた事による相互理解の欠如が根底にあると思うんだ。
「だけどもコレは下策中の下策で最後の手段だよ、こんな事やったら信じて託してくれたスェラルリーネさんにも申し訳ないからね」
「……じゃあ、どうすんだよ」
「ソレを今から探すんだよ、草案はあるけどもまだ材料が足りないからね」
ボクの言葉に、そうか。とだけ呟いて椅子に乱暴に座り直すギグさん、ちょっと悪い事したかなぁ。
そんな風に若干気まずい思いを抱きつつ本を読み進める事しばし、2冊目の歴史書へ手を伸ばした時にギグさんが声をかけてくる。
「なぁコクヨウ嬢、結構手慣れた様子だが……この手の事は経験あるのか?」
「え?あ、うん。故郷にいる時にちょっと色々と揉め事仲裁したり、色々してたよ」
コクヨウというキャラクタを使ったセッションで、幾度も仲裁したり人をやりくりしたりして解決したのは事実だから嘘は言ってないのだ。
まぁともあれ、幸いにして情報を集める権限はもらえたしがっつり動くには更に材料を揃えないといけない。
目指すは双方が納得できる落としどころと、諍いの着地点の設定に仲裁。目的がはっきりしてる分やりようはいくらでもあるからね。
ここでしっかりとお仕事をこなせば、安全安心のお風呂付でご飯も美味しい場所を確保できるのだ。頑張らないとね!
ギグ「(この娘、世間知らずな割に妙に交渉事になれてやがるし情報の整理が上手い。やっぱ結構な上流階級の出で……間違いねぇな)」
そんな事をギグさんが思ったかどうかは不明。
『TIPS.獣人種の体格と地域の関連性』
一般的に、寒冷気候の出身の獣人種は男女問わず大柄に育ち耳は小さくなる傾向にある。
一方、温暖な気候の出身である獣人種は体格は小柄になり、耳は大きくなる。
その影響による感知能力の差は若干あるが、それでもヒューム(人間)よりかは段違いで優れている為、それほど彼らは気にしていないのが実情である。
また、全身の被毛についても出身地域の影響が色濃く出る事が特徴で、寒冷地帯の獣人達は全体的に毛深く、中には両親祖先の影響か全身毛むくじゃらとなるモノもいる。
だがそもそも獣人種は色々な区分をひっくるめて獣人と総称されているため、明確な区切りを行うことが不毛ではないかとの議論も根強い、被毛の話題だけに。