ゲーム的にいうと、チュートリアルクエスト的な状態かもしれない。
アレからも黙々と書籍を読み漁り、大体の歴史や事件の把握は出来たと思われます。
また、この街が穀倉地帯として付近の地域一帯の食糧事情にも大きく貢献しており、農産物の売買が大事な産業として成り立ってるという面も読み取れました。
大地母神様一派の人達が、生活インフラの管理維持に注力してる事を愚痴るような記述もあったから、うん……昔から微妙に燻ってたと言えば燻っていたっぽいね、コレ。
そんな具合に思った以上に根深い事に思わずため息を吐いたところで、大きな鐘の音がボクの大きな耳に届いてきました。
「お、飯の時間だな。そっちも区切りがついたみたいだし行くぞ」
「あ、わかりました。そう言えば御飯の時間ってお昼前と夜の二回なんですか?」
「おう。神殿で保護されてるガキや病人には朝に軽食与える事もあるけどな」
書物を元の場所へ戻して書庫から足を踏み出せば、窓から差し込む日差しは朝見た時より高い所から降り注いでる様子で、気になってた疑問をギグさんへぶつけてみればそんな回答。
なるほどなー、なんて思いつつお腹も割と空いてきてた事に気付き、尻尾をパタパタ振りながら今日も御飯に期待を膨らませるのです。
昨晩のご飯の様子からも間違いなく美味しいに決まってます、そりゃ鼻歌交じりのルンルン気分にもなるってものです。
ごめんなさい嘘です、無自覚に鼻歌唄ってたらギグさんにはしたないぞ、なんて言われて初めて気が付いた有様です。恥ずかしい……!
そんなこんなで昨晩のお食事を頂いた広い食堂へ足を踏み入れれば、既に皆さん集まって思い思いに食事を摂ってました。
朝の職務で多忙な神官さんも多い為、夜みたいに全員揃って……ではなく思い思いに祈りを捧げてから食事している状態らしいです。ギグさん曰く。
それなら、昨晩は配膳されていたのに今回はバイキング……と言うより給食みたいな感じで皆さんが器を持って並んでる光景にも納得がいきます。
しかしこうやってみてみると、昨晩は気付かなかったけども河川の守護女神派の人達と大地母神派の人達で割と分かれてるのに気付いちゃうね、中には一緒に食事してるグループも見えるけど。
「ど、どうぞ!」
「ありがとうございます」
神官見習いと思しき男の子が、ボクが差し出した木の器を受け取ってシチューを注ぐと、頬を赤らめながら手渡してくれました。
ちなみに今のボクの服装は、この世界に来た時の着物っぽい服装です。この格好楽なんですけど、その……胸元がちょっと開いてるんですよね。
今の目の前の子の視線がボクの胸元にチラチラと注がれてるのを感じますが、気にしないのです。気にしないのです!
余談ですが、神官の人達の法衣って割と宗派によってがっつり違うみたいです。
ギグさんやヴァーヴルグさんに代表される大地母神派の人達は、羽織るタイプの頑丈な法衣の下に作業着めいた革服を着用していて……。
アクセリアさんやスェラルリーネさんに代表される河川の守護女神派の人達は、ひらひらした着脱が容易そうな法衣を纏ってます。その下も薄着です。
「ギグさん、あそこに座ろうよ」
「ん?お、おう」
シチューと思しき汁物に何かの肉のソテー、それに浅漬けっぽい何かの加工がされたお野菜が盛られた器を載せたトレーを両手で持ったまま、尻尾で空いてる席を示す。
そこは丁度、双方の宗派が集まってる席の中間地点で。まるでこう何かの緩衝地点じみた場所でした、見てみるとその辺りに双方の宗派が入り混じって座ってるグループも集まってます。
大地母神派のギグさんには申し訳ないけども、今も注目を集めまくってるボクが今後動くためにもその場所に座るのはある意味必須事項なのだ。
どちらにも肩入れしない、そういう立ち位置を明確にするという意味でね……もう一個のプランではギグさんを伴って、河川の守護女神派の人が集まってる場所に座るという脳内プランもあったけどさ。
さすがにそれは、色々と世話を焼いてくれてるギグさんに申し訳ないので無しにしたのです。
「ん、今日も美味しい……神殿の食事って誰が用意してるの?」
「ああ、浄化の職務が割り当てられてない。非番の河川の守護女神の一派の神官達だな、そいつらが見習いに指導しながら用意してくれてるぞ」
更に病人や怪我人も診てくれてるな、なんて呟きながらギグさんは器に直接口を付け、ズゾゾゾと音を立ててシチューを啜ってる。
周囲の様子から、割とギグさんの食べ方はマナー違反らしい。遠目にチラと見えたヴァーヴルグさんの目付きが鋭くなったの、見逃さなかったぞ。
いやまぁ、美味しくて尻尾を振ってるボクが行儀良いかって言われたら甚だ疑問なんだけどね、だってしょうがないじゃない。敏感になってる感覚が全力で美味だって伝えてくるんだもん。
若干持ち手が歪んでる、しかし綺麗に磨かれた鉄製の先割れスプーンでシチューの中に浸かっていた芋っぽいモノを掬い、口に運んでみればホロホロと口の中で蕩けていく。
色んな旨味が凝縮されたシチューの汁を芳醇に含んだそれは、ボクの体に喜びの味覚を齎して……いや待てさすがにおかしいぞ。間違いなく美味しいんだけどここまで、なんでボクの体悦んでるの。
この体、というかキャラクタは近未来サイバーパンクな世界で変異した結果耳尻尾が生えて、なんやかんやあって交渉人としての道を歩き始めたってキャラだった……ん?
そういえばあの世界って食事事情が、よっぽどの大富豪じゃない限り合成食品オンリーだったような……あー、なるほどなるほど。この体の味覚もソレ基準になってるんだ。
そりゃ、天然100%素材なシチューで大悦びですわ、お口の中悦んじゃうのぉぉぉぉ。とかはしないけど、味覚がアヘ顔Wピースになるのも納得です。
「……昨日も思ったが、美味しそうに食うなぁコクヨウ嬢は」
「だって美味しいからね!」
がっつかないように自制しつつ、しかし尻尾は最早自重を忘れてブンブン振りながらも御飯を堪能するボクなのである、あぁこのソテーも美味しいのぉぉぉ。
使い込まれてるっぽいテーブルナイフを手に取って刃を入れれば、簡単に切り分けられるソテーは幸せの味でした。
多分仄かに感じる甘みはこれメリジェのソースか何か使ってる、それで下味つけて焼き上げてるからかお肉もジューシーで幸せぇぇぇ。
「コクヨウ嬢、コクヨウ嬢。さすがに顔がだらしないぞ」
「はっ!」
耳もぺたんと倒して幸せを噛み締めてたら届いたギグさんの言葉に、思わず周囲を見回してみれば。
微笑ましそうな、一心不乱にモグモグする小動物を見るかのような目でボクへ視線を向けてた神官の人達が、一斉に顔を背けた。ぬわぁぁぁ恥ずかしぃぃぃぃ!?
と、ともあれ完食なのです。割と量あった気がするけど綺麗に平らげました。
食事中は多幸感全開だったけども、満腹になってくると今の食事だけでも色々と見えてくる。
朝読んだ書籍からでも色々と、味と収穫量を上げる努力がこの街でされてきたのは読み解けていたんだけどもさ。
知識として持ってる前世の中世のお野菜はもっとえぐみがあったらしいし、芋も芋臭さ的なものが強かったそうだけども……思考が違和感を感じる事なく美味しく平らげる事が出来た。
コレがどう言う事かというと、この世界……もしかするとこの地だけかもしれないけども、それでもこの地の品種改良は前世における中世の遥か先をいく品種改良がされているんだ。
ソレに合わせて、感覚が鋭敏なのに合成食品に慣れてたっぽい貧乏舌へのこの衝撃。そりゃぁみっともない姿を晒してもしょうがないよね、はい論破ぁ!
「なぁコクヨウ嬢、お前さん故郷でどんなもの食ってたんだ?」
「え? えーっと……お豆を粉状にしたのを固めて、色んな味をつけたモノとか食べてたよ。色んな味付けされてたんだー」
「そうか、そうか……たんと食えよ」
ギグさんの問いかけに、この体が送って来たであろう食生活を話してみれば、不思議な事にギグさんは手で目頭を覆いそんな言葉をかけてきました。
もうお腹一杯だと言えば心配そうにされたけど、ボクの二倍ぐらいありそうな大きな器でシチュー平らげたギグさんから見たら小食なだけだと思います。
「この後ギグさんのお爺さんかヴァーヴルグさんに話を聞きたいんだけど、どっちの方が今の時間都合が良いかな?」
「あ、ああ、そうだな……爺様は夕方まで鍛冶場の監督やってるから、今の時間ならヴァーヴルグ殿の方が良いだろうよ」
使い終わった食器を返しつつギグさんに確認を取り、この後の行動スケジュールを立てていく。
しかしなんだろう、気のせいか神官さん達の目線が凄い優しかった気がするんだけど、なんでだろうね?
「おお、コクヨウ殿に神官ギグではないですか。どうされました?」
「ご多忙な所申し訳ありませんヴァーヴルグ様、少しお尋ねしたい事がありまして……」
「ええ構いませんよ、急ぎの仕事は朝の内に終わらせてありますからね」
そんなこんなでやってきたのは、ヴァーヴルグさんのお部屋。
色々な資料と思しき紙束や書籍が綺麗に整理整頓されており、掃除も行き届いている様子から彼の几帳面さと真面目さが垣間見えます。
「実は神殿長から、双方の諍いについての対策を取る事を神託からの試練で授かりまして、その関係で大地母神様の一派の方達のお仕事を聞きたいのです」
「なるほど……神殿長には普段からご心労をかけておりますからな、申し訳なくは思っておるのですが……ええ、構いませんよ」
ボクが真正面から切り込んだ様子に、隣で控えてるギグさんが声に出すことなく驚いてる様子を感じます。
昨日の言い争いの様子にこのお部屋の状況、それらからの推測ですがこの手の人は変に隠し立てするより真正面から当たったほうが良さそうだと思ったのです。失敗したらその時はその時です。
しかし、ヴァーヴルグさんもまた諍いが神殿長を悩ませてると言う事には気付いてはいた様子、それでも止められない事に問題の根深さを感じます。
「まず我々、大地母神様を信奉する者達は夜明けと共に。武力に長けた者達を中心に編成した部隊で農地を見回っております」
「害獣等を駆除してるとはお聞きしましたが、今のお言葉から察するに不届き者への牽制も兼ねた警備も兼ねてでしょうか?」
「ええ、その通りです。貧しさや際限のない欲から賊へと身を堕とした者達に対する備えでもあります」
自警団兼猟友会と言った感じみたいです。
更に、夜の内に何か問題がなかったかの相談事にも乗ったりしてるとか……コレ、使命に燃えた人達じゃないと辛くない?
「それだけでもかなりのご負担かと思うのですが……領主から派遣されてる衛兵さん達での対処は難しいのですか?」
「勿論彼らにも協力は頂いておりますよ、ただ。彼らは決して数が多いとは言えない上に街の方の秩序を守ってくれておりますから、我々が出来る事は我々がしないといけません」
ボクの問いかけに、若干言い淀みつつも応えてくれるヴァーヴルグさん。
彼の言葉に嘘はなさそうだけども、同時に指揮系統の違いからの混乱も嫌ってるように見えます。
そう言えば、歴史書の中に派遣された衛兵が守る代わりに不当に利益を農夫達から巻き上げていた事が処罰された記述があったような……。
……あ、コレ。言葉には出さないけども、そっちへの不信感もあるんだ。
「なるほど……疲弊した農地への祈りを捧げるのは、巡回神官さん達とは別の部隊ですか?」
「はい、勿論巡回部隊で余力があるものが居た時は彼らも行っておりますが、熱意のある見習い達にも手伝ってもらって何とか回しております」
もうこの時点で、割と大地母神派の人達がいっぱいいっぱいなのが見て取れるのですが……。
見習い神官は書籍からの情報と神殿内での様子から、言ってみれば軍隊で言う訓練兵なわけだから。
訓練も兼ねているとはいえ、それらを全力で回さないと職務が回らないという現実が見えてきます。
「人手を増やしても解決するという問題ではない、何故なら相応に訓練を積まないといけないから……ですね?」
「仰る通りです、神の奇跡を行使できる人員にも限りがありますからな。無論我々の中で手が空いてる者を動員し、農地や牧場の汚水を処理できる水路の工事は行っておるのですけどもね」
警備兵+農地回復+土木工事、うーん並べるだけで地獄が垣間見えるこの状況。
ともあれ、聞きたい事は大体……いや、聞かないといけない事があったや。
「最後の質問なのですが、河川の守護女神の一派の方達への正直なお気持ちをお聞かせください」
「ソレは……いえ、神殿長の聖印の下に告解しましょう。我々はこの街の食と安全、そして産業に貢献しているという自負があります。故にこそ彼らには街の中の職務だけではなく、こちらにも理解を示してくれれば……などとは思ってしまいますな」
私もまだまだ修行が足りないようです、などと少し薄い頭をかきながら苦笑いを浮かべるヴァーヴルグさん。
彼もまた彼なりに職務に誇りをもっており、だからこその姿勢となっているのだと思います。
ましてこの人は大地母神の一派のまとめ役とも言えるポジション、下からも色々と言われているのかもしれません。
「そうですか……率直なお言葉、ありがとうございます。それでは」
「いえいえ、また何かあれば気軽に。そうだコクヨウ殿、こちらをどうぞ」
一礼をし、退室しようとするボクへ声をかけてくるヴァーヴルグさん。
なんぞ、と思い振り返ってみればリボンで口が縛られた布袋が差し出されました。
「色々とご苦労されておったようですな、簡単な焼き菓子ですが宜しければご賞味下さい」
受け取った感触から袋の中身はクッキー的なお菓子のようです。
ボクにコレを渡してくれたヴァーヴルグさんの顔には善意しかなく、一体彼の中でボクはどんな存在になってるのか疑問なのですが満面の笑みでお礼を言うのです。
後でコレをお茶請けにして休憩しよっと!
ヴァーヴルグ「(……昨晩の夕食の様子から、彼女の食生活は酷いモノだったのだろうな)」
ヴァーヴルグ「(そうだ、農夫の親方殿の奥方が焼いた焼き菓子があったな。私も少し摘まんだが実に美味だった、彼女に与えてあげよう)」
ヴァーヴルグ「……子供が食に事欠き泣くなどという光景は、もう二度と見たくないからな」
『TIPS.ヴァーヴルグ』
セントへレア神殿の大地母神派まとめ役の大柄な壮年男性。種族はヒューム(人間)
立場としては神の奇跡を行使する神官達の上役であり、大神官と呼ばれる事もある。
幼き頃はこの地方とは異なる村に貧農の子として産まれ、食料が足りず飢え死にする知り合いや弟妹を何度も見送ってきた。
その原風景から餓えて苦しむ者を一人でも減らしたいという強い使命感を持っており、その一心で己の心身を鍛え上げた男。
農地を荒らす者には悪鬼羅刹のごとき態度を見せるが、改心し大地を耕すようになったものには聖人のごとき態度を見せる人物でもある。
闘いのスタイルは、己の肉体に神の奇跡による強化を施した拳闘がメインで、時には己よりも遥かに大きい魔物の顔面を、飛び膝蹴りで爆砕した逸話を持っている。
なお伴侶は居らず、その身は清らかである。