今回はコクヨウ視点ではなく、違う人物視点的な三人称でお届けいたします。
それと今回の話とは無関係なのですが、現在コクヨウのイラストを絵師さんに依頼中です。
早ければ今月末ごろには披露できると思われます。
そちらのイラストが仕上がってきたら、前回ツィッターでアンケートを取った美味しい御飯で目を輝かせるコクヨウ的なイラストの依頼を出す予定です。
……まさか、メスの顔的なサービスシーンよりメシの顔を求められるTS転生者になるとは予想外でした。
一羽の巨大兎こと……ハビットに牽かれた荷馬車ならぬ荷兎車が、朝日を浴びながらガタガタゴトゴトと音を立てながら街道を進む。
御者台には男が一人、時折吹き抜ける秋の暮れを告げてるかのような肌寒い風に身を震わせながら、座っている。
「今回は北方の山脈に住んでる連中に、作物を結構な値段で売りさばけたな。相棒」
もこもこした毛皮に覆われ、大きな耳を揺らしながら荷兎車を牽くハビットへ男は言葉をかけ、声をかけられた巨大兎は面倒そうにその耳だけを男へ向けて傾ける。
不愛想極まりない反応であるが男にとっては慣れたもので、むしろ今現在も荷兎車のスペースを大量に占拠している荷物が齎してくれる儲けに今から笑いが止まらないまである状態だ。
「しこたま酒宴に付き合う羽目になったけど、おかげで高品質な炭金もたっぷりだ。こりゃしばらく豪遊できるぜ!」
笑いが止まらないどころか、一人御者台で高笑いをし始める男。
そんな主人に構う事無く巨大兎は荷兎車を牽き続ける……と思いきや、のそのそとその歩みを止めた。
なお炭金というのは、雪が降りやまない北方山脈地帯から掘り出される上質な石炭を、その地に居を構えている巨人族の職人が秘伝の製法を施す事で作り出される燃料の事である。
掌大の炭金でも高い燃料効率を誇り極端に長持ちするソレは、地域や情勢……そして売り方によっては同重量の黄金並みの利益を叩き出す事で知られている。
しかし重量もまた黄金並みの為、運搬には相応の手間と労力を要する難点も抱えていた。
「お、おおお、おい!悪かったよ相棒!セントへレアについたらナッツたっぷりの上等な干し草をくれてやるさ!」
臍を曲げた相棒の様子に冷や汗を流しながら、御馳走で機嫌を取ろうとする……が、ダメ!
巨大兎は街道の真ん中で足を折り畳み、ぼふっと音を立てながら勢いよく座り込んでしまう。
「わかった相棒!メリジェの実を桶一杯だ!」
同じようにやらかした際に相棒を説得出来た切り札を男は切るも、巨大兎は動く事なく少しだけ顔を動かしてジト目を男へ向ける。
何故なら巨大兎は覚えているのだ、この前同じように言われて喜んでいたのに出されたメリジェの実があまり甘くない、質の悪いモノだったことを。
「そうか相棒、生じゃなくて干したのが良いんだな!そっちのが高いけど甘くて美味しいもんな!」
干し、という単語に耳をぴくりと浮き上がらせ若干立ち上がりかけるも、巨大兎はもう一声を言わんばかりに不機嫌そうに後ろ足を地面へ叩きつけてダンダンと音を鳴らす。
ただでさえ、碌に草も食めない万年雪が降り積もっている地方にまで荷物を運ばせられた上に今も重い物を大量に運んでいるのだ、とびっきりの御馳走でないと割が合わないとすら彼女は考えていた。
「だぁぁぁ、わかった。俺が悪かった相棒!ちゃんとセントへレアの旬採り干しメリジェを桶一杯食わせてやるよ!」
観念した様子で男が叫んだ内容を巨大兎は大きな耳を立ててしっかり聞き取ると、ようやく体を起こしその足を進め始める。
先ほどまでに比べ、気持ち速度が上がっているのは巨大兎がご機嫌になった証であった。
旬である夏を過ぎてもメリジェはそこそこ栽培されているが、やはり旬の時期のモノに比べ甘みが落ちる。
だからこそ夏に収穫されたメリジェを干したモノに大きな需要が生まれるワケだが、数に限りがある上需要が大きい以上値段が張るのもまた道理なわけで……。
「とほほ……どれだけ儲けが残る事やら……ああ、安心しろ相棒約束は果たすからよぉ!」
男の呟きに不穏な気配を感じた巨大兎が耳だけ反応させた事に、男が慌てふためいてご機嫌を取りながら手綱を握る。
行商人として独り立ちした頃からの付き合いで幾数年、ある意味でこれが彼らの日常風景なのであった。
そんなこんなで一人と一羽で進む事数時間、太陽も頂点へ差し掛かり始めた頃にようやくセントへレアの街へ到着……したのだが。
いつもはそんなに並ぶ事無く荷兎車ごと通れる門から中へ入れていたのだが、その日は妙に並んでいる同業者が多い事に男は首を傾げる。
「なんだ一体……おぉい!これは一体なんの騒ぎだ?」
「おう、今この街では大きな祭をやっててな。王都の職人御手製の装飾品や衣類を売りに来たのさ」
自分より前に並んでいる行商人の同輩へ、男が問いかけてみれば返って来たのはそんな言葉。その内容に男は首を傾げる。
何か特別な行事か吉事でもあったか、いやしかし夏の初旬ごろに旅立った時はそんな兆候はなかったよな、などと男は一人呟く。
「なんでぇお前さん知らねぇのか? この街の神殿で大規模な改革があったらしくてな、その絡みで今まで祭らしい祭が無かった事もあっておっぱじめたらしいぜ」
「最近まで俺は北方山脈にいたもんでなぁ、でもなんで祭なんてやったんだ?」
そんなのは俺も知らねぇよ、と同業者から言われ男はそれもそうだよななどと頷いて言葉を返し……そうやって話し込んでいる間に列も進み、男の順番が巡ってくる。
セントへレアの街を拠点にしている行商人でもある男は、胸元から商人組合の一員である事を示す印を衛兵へ見せて簡単な荷物検査を受けてから、門を潜った。
「ヒュゥ、こりゃまた確かに商人が集まってくるワケだ」
御者台に座ったままの男の目の前に広がっていたのは、色とりどりの飾り付けがなされた街の光景と、臨時で出されたものと思われる屋台が立ち並んでいる光景であった。
時折目につく変わった意匠の服を着てる女性達の様子に……男は商人としての観が疼くのをこらえながら、商人組合の傘下にある交易所へと荷兎車を向ける。
「ああお前さんか、丁度よい所に帰って来たな。荷物は……よくもまぁコレだけの炭金を仕入れてきたもんだな」
「おかげで道中で相棒に臍曲げられて御馳走の約束する羽目になったがな、アイツには旬採り干しメリジェを桶一杯食わせてやってくれ」
交易所の顔馴染みである受付の商人と雑談しながら、男は肩を竦めつつ飼料代として財布から金貨を数枚受付へ手渡す。
「アイツは特に力持ちだが食い意地が張っているからな、ああ飼料代の代金はこれだけでいいぜ」
「随分と気前がいいじゃないか、いつもならもっと高かっただろ?」
渡された金貨の半分ほどを受け付けは摘まんで台帳へ記述すると、残りの金貨を男へ返却する。
返却された男は驚きを隠すことなく受付へ軽口を叩く、駆け出し時代に相棒へ御馳走として同様のモノを与えようとした時は余りの金額に目玉が飛び出るかのような想いをしたのだから無理もない。
「ああ、今年は大地へ祈りを捧げる大地母神宗派の神官達に結構な余裕が出来た上に作物全体への被害も少なくてな。その影響で値下がりしてるのさ」
「なるほどなぁ、で。祭ってのは一体全体どういう祭なんだよ」
豊作でかつ、それらの被害も大幅に激減したという内容に値段の安さに男は納得し……相棒へのご褒美が思った以上に懐への打撃を与えずに済んだことに安堵の溜息を漏らす。
そして、気を取り直して街全体を包み込む浮かれた空気について問いかけてみた。
「あー、ほら。この街の神官って宗派間で若干諍いがあっただろ?」
「ああ、あったなぁ。他の国や地方の宗教争いに比べたら平和なもんだから、余り気にしてなかったが」
対立一歩手前であったが、互いの仕事について足を引っ張り合うまではいっていなかった神官達の様子を思い返しながら男は受付からの言葉に頷きながら言葉を返す。
「ソレについてのわだかまりを捨てて、二柱の女神様へ日々の感謝を捧げて未来の幸せを祈ろうっていう祭を神殿が主導して始めたのさ」
いやー、夏の中旬辺りから準備始めたけど忙しかったんだぜ?なんて肩を竦めてボヤきながら受付は苦笑いを浮かべる。
「一体どんな魔法を使ったのかね、神官様方は」
「いやー、アレはどちらかと言うと神官様って言うより……おっと悪い、次の荷が来ちまった」
河川の守護女神派の大神官と言える女傑に代表される神殿の神官達が手を尽くしていたのは男も知っていたが、ここまで劇的な手を打った手腕と人物へ男は興味が出るも。
詳細を知っていそうな受付は次の仕事に取り掛からないといけない様子の為、男はこれ以上の質問を諦めて交易所から外へと出る。
「さてどうしたもんか、思った以上に懐も温かいままだしなぁ」
一人と一羽な行商人生活が長い弊害なのか、男は腕を組んで独り言を呟きながら気の向くままに足を運び露店や屋台を色々と眺めていく中。
時折懐の貨幣を入れた袋の手ごたえを確認し、適当に視線を巡らせる男の視界で一人の少女が目に留まる。
小柄ながらご立派なモノを持っている、大きな黒く艶やかな狐の耳と尻尾を持つ長髪の美しい少女であった。
男は若干呆けながら少女を見詰めていると、視線の先で少女は護衛なのか隣に控えていたドワーフの大地母神派の神官を伴いながら一つの屋台へ足を運び、屋台の店主である男性と和やかに話しながら代金を支払って料理を受け取る。
屋台を見てみれば、焼き立ての角豚の腸詰を薄く広げ焼いたパン生地で包んだもの……まぁ珍しくも何ともない手軽な料理を売っている屋台だったのだが。
男の視線の先にいる少女は、目を輝かせながらソレに齧り付き。大きな耳と尻尾を幸せそうに動かし揺らしながらその料理を堪能していた。
人ごみの中でも目立つ美しさのその少女は、持て余している時は目のやり場に困る河川の守護女神派の女神官が良く身に纏っている法衣と……大地母神派の神官が纏う頑丈さと動き易さを重視した法衣の中間に位置するようで、街で時折目に入る変わった意匠の衣服のようでもある一際変わった法衣を身に纏っていた。
「あんな子が嫁さんだと、色々と捗るだろうなぁ」
思わずそんな事を呟いてしまえば、ふと肩に手が置かれたので男は振り向くと……そこには屈強な体格を誇る、大地母神派の神官が2人ほど輝かんばかりの目が笑っていない笑顔で立っていた。
その瞬間、男の脳裏を生き残る為の方策が駆け巡り、不信感を与えないよう素直に神官達にあの少女が美しくて思わず見詰めてしまったと白状。神官達はお気持ちは分かりますなどと優しく頷いた後。
くれぐれも、短慮な真似はしませんように。などと釘を差して人混みの中へと消えていった。
「……ありゃ間違いなく、どこかの貴族令嬢だな。家の都合か何かで神殿に預けられてるに違いない」
男が神官達に詰問されてる間に料理を食べ終わったのか、こちらに背を向けてドワーフの神官と共に人波の向こうへ行こうとしている少女を見ながら男は呟く。
男の視線の先にいる少女が身に纏っている法衣の背中には、河川の守護女神派のシンボルである尾を飲み込もうとする水龍の輪の中心に大地母神派のシンボルであるメリジェの実が刻印されていた。
そして、男が自らも空腹を満たそうと先ほどの少女が料理を買っていた屋台へ足を運び始めた頃。
セントへレア神殿の祭壇がある広間では、神殿長が賓客の応対をしていた。
「いやはや、こちらの手が届ききらず神殿長に負担を強いていた事。心から申し訳なく思います」
「その謝罪、謹んで御受け致しますわ。 領主様」
傍らにメイド服を着込んだ女性を二人、一人は美しいエルフの少女で……もう一人は少し大柄な狼耳と尻尾を生やした獣人の美しい女性。
そんな二人を侍らせている、小太りながら仕立ての良い衣服に身を包んだ中年男性が神殿長へ軽く頭を下げる。
一方下げられた神殿長は、たおやかな笑みを浮かべながらその謝罪を受け取る。
貴族である領主が軽くとはいえ頭を下げた以上、その謝罪を受け取らないという選択肢はないのである。
「しかし、今回の問題を鮮やかに解決してみせたコクヨウという少女。是非一度お会いしてみたいものですな」
「……お戯れを、領主様」
弛んだ顎を摩りながら、領主と呼ばれた男は深い笑みを浮かべながら呟き……目の前の領主の好色さを知る神殿長は、言葉少なく非礼にならない程度に釘を刺す。
しかし、そう言葉を向けられた領主は気分を害することなく、また笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。
「何、とって食おうというつもりはありませんよ。ただね、どのような知啓を持っているのか純粋に知りたいだけですとも」
クフフ、と特徴的な笑い声を上げながら答える領主の様子に。
神殿長、スェラルリーネは……遠き地からの迷い子であり神殿の救世主であるコクヨウが、目の前の男に捕捉されてしまっている事を悟るのであった。
神殿長「(コクヨウ殿は、私の進退にかけても。守護らないと……!!)」
コクヨウ「あ、あれも美味しそう!おじさーん!一つくださーい!」
ギグ「コクヨウ嬢、あんまり食べ過ぎると夕食はいらなくなるぞ」
『TIPS.ハビット(巨大兎)』
寒冷地帯が原産の、温厚かつ従順で臆病な性質を持つ全長2~3mにまで成長する巨大兎。
温暖地帯で生育されている馬に比べて最高速度は劣るが、スタミナと膂力はこちらに軍配が上がり。多少の寒さにはビクともしない為セントへレア周辺ではこちらに荷車を牽かせる事が主流となっている。
食性は草食で甘い果実等を喜んで食すため、調教する際にはそれらを餌にして調教する事が多い。
ハビットに牽かせる荷車は通称荷兎車と呼ばれるが、構造上の違いはそんなにない為単純に牽いている動物の違いを指し示すモノでしかない。
被捕食者である小動物の兎と同じルーツを持つのに対し、こちらが何故このような成長を遂げ一つの種族となったのか。
これらについて学者たちが熱い論議を日夜繰り広げているが、神学者からは単純に創造神が兎が好きだったからではないか、と身も蓋もない意見が投げかけられている。
余談であるが、創造神を信奉する一派の聖印は兎を象ったモノである。