そんな彼女は今どんな具合かと言うと……。
夏の時期にボクはこの世界へ降り立ち、色々な問題が絡み合った諍いを秋のお祭りである程度解決できました。
勿論そこに至るまでに、新たに農地見回りを依頼でお願いする形になった冒険者の人達との連携不足や、発足したばかりの新規部署では足並みがそろわない事も正直あった。
だけども、それらを乗り越えて、今では最初に感じた双方の宗派の間にあった溝も埋まってきていると感じます。
そんなこんなでお祭りも終わった秋の下旬。
冬の足音も聞こえてきた今も、最初に交わした神殿長ことスェラルリーネさんとの約束に則ってボクは今も神殿にお世話になっておるのですが……。
「巫女殿、こちらの処理はどのように致しましょうか?」
「そだねー、こちらの冒険者さんには厳重注意の後それでも依頼遂行の態度に問題があるようなら。心を入れ替えるまでは神殿からの依頼受注禁止だね」
「巫女さまー!流民の人の名簿仕上がりましたー!」
「ありがとう、お疲れ様。どれどれ……うん、前に報告で聞いた人数性別と一致してるね。不自由ないように差配してあげて」
「コクヨウ様!また商人組合から、宴への出席のお願いが来ております。商人組合の重役の名前ですけど筆跡からその人本人ではなさそうです」
「申し訳ないけど断っておいてー、どうせ重役の人の息子さんがお父さんの名義でボクを呼び出そうとしてるだけだろうし」
ボクの案で発足した、双方の宗派でそれぞれやってた折衝事や取引を一括して対応する総務的部署のまとめ役を任じられた結果、神殿の部屋の一つを事務室にしてお仕事をしております。
いやね、案を出して動き出したのは良かったけどもね、ヴァーヴルグさんもアクセリアさんも大神官のお仕事があるから、お願いするのは難しかったんです。
それならば、双方に顔が利くギグさんを宛がえば……と思ったものの、彼はその手の事務仕事をやるより現場で動き回りたい派なので謹んで断られるという、想定外の事態が発生。
じゃあ誰がやるのか、って話になった結果。言い出しっぺの法則というのか、ボクが部署の長として着任する事となりました。
なお、巫女というのは神殿内でのボクの役職的なものです。
神託を受けて問題を解決した乙女、と言う事からスェラルリーネさんから授けられました。なんかこそばゆい呼ばれ方です。
「あの人も困ったモノだよ……ソレに、色んな人からお誘い来るしさぁ」
「コクヨウ様は麗しい御姿ですから、殿方も吸い寄せられるというものですわ」
トイレや少しの休憩に席を立ったことを除けば、朝からずっと座りっぱなしだったのもあってコった体をぐぐーっと伸ばしながら、ボヤくボクである。
その際にふるんっと、法衣に包まれたボクの大きなお胸が揺れてるけども、ボク自身がソレに慣れたのかもう何も感じない状態です。
ちなみに今ボクが着ている法衣は、職人さん達の会心の出来という謳い文句と共にボクへ無料で提供されたモノで……大地母神様派の法衣と河川の守護女神様派の法衣を混ぜて、そこにボクが着ていた着物っぽい意匠が施されたデザインになってます。
コレがまた暖かい上に着やすいのでお気に入りの一品になってます、法衣の背中に刻印された二柱の女神の聖印がこう、ボクが背負っていいものか若干悩む事がないとは言わないけどね。
「街の経済や神殿の状況が良くなるなら出ても良いけどさ、その手の話を全部抜きに口説かれ続けるのって結構しんどいよ?」
仕事が一段落しちゃったのもあり、休憩モードな気分になりながらも心は晴れません。
心からげんなりし、耳をぺたんと倒し尻尾もだらんと垂れ下らせながらボヤくボクの姿に部署の一同苦笑いです。
あの人ら、スケベな視線隠そうとしない上にべたべた触れてくるんだもん、さすがにそう言うのはちょっと遠慮したいなぁ……なんて思っていたら、お昼の時間を告げる鐘がなりました。
とりあえず御飯にしよう、そうしよう。お腹が減ってるから気が滅入ってきちゃうのだ。
気持ちスキップ気味に、耳をピコピコ尻尾をパタパタ振りながら食堂へと軽やかな足取りで向かうボクを、皆が微笑ましそうに見てくるのはきっと気のせいに違いない。
「さてさて、今日のご飯は……お芋入りスープにパイの包み焼きかな? 凄い美味しそう!」
「コクヨウ嬢、お前どんなメニューでも美味しそうって言ってねぇか?」
「あ、ギグさんお疲れ様。農地の水路敷設の進捗はどう?」
香ばしい匂いが満ちた食堂の、ボクの席に着いてみれば配膳済みのホカホカと湯気を立てるお料理にボクのテンションは跳ね上がります。尻尾はブンブン振られてます。
そんなボクに呆れたように声をかけてきたのは、少し遅れて入ってきて席に着いたギグさんです。しょうがないじゃない美味しそうだもの。
ともあれ、そんなボクの内心を誤魔化すわけじゃないですが、ギグさんが現在担当している工事の進捗を尋ねてみます。
「とりあえず順調だな、商人組合からも冒険者に依頼を出してくれたおかげで暇してる連中が人足としてやってきてるからな」
楽じゃねぇ仕事だけどやり甲斐もあるぜ、と豪快に笑うギグさんの言葉に相槌を打ち……そうしてる間にスェラルリーネさんも食堂へ現れ。
食堂全体を見回した後、全員が揃っている事ににっこりと笑みを浮かべ、糧を頂く前の祈りの言葉を口にするとともに祈り始め。
彼女に続くように、ボクも含めて食堂に居る人全員が祈りを捧げる。
祈りを捧げる対象は二柱の女神様に、食料を奉納してくれる農夫の方や漁師の人達、そして糧となった動植物達なのです。
平たく言っちゃえば、前世でいう『いただきます』を凄く厳粛にやってる感じだね。
やがて祈りの時間は終わり、食事の時間が始まるのです。
ボクは逸る気持ちを抑えながら、先割れスプーンの先端をパイにそっと通してみれば……サク、パリという音と共にパイ生地が割れて中からは香ばしい匂いと共に湯気が立ち上ります。
な、なんという事だ。コレはパイの包み焼きじゃない、クリーム煮をパイで包み焼き上げたお料理だ!中には白くどろりとしたクリームに、鮭と思しきお魚のゴロっとした切り身が入っている。
生唾を飲み込みつつ、先ほど割ったパイをクリームへ浸し……鮭の切り身を先割れスプーンで掬うように割ると、ソレとパイの欠片にクリームを掬い取って口へと運ぶ。
「うん、おいしぃ」
じっくりコトコトと煮込まれたであろうクリームを巣込んだパイ、そして鮭はボクの口の中で混ざり合って蕩け、気が付けばあっという間に喉を通り過ぎてしまう。
今までは神殿の食事担当の人が持ち回りで忙しい中やってたんだけども、組織改革の影響で食事の準備や掃除洗濯に専念出来てるおかげか……最近色々と技巧を凝らした料理が出てくるようになって、ボクとても幸せです。
「次はこのスープを……ん、美味しいなぁ」
尻尾をパタパタ振りながら食事を続け、スプーンでスープを掬い口に含んでみればじんわりと体が暖まると共に、野菜の旨味が溶け出した味が舌を悦ばせてくれます。
あ、振り過ぎて後ろの背中合わせに座ってる人に尻尾当たっちゃった、ごめんなさい……え?ありがとうございます?え、ええとこちらこそどうも。
気のせいかもしれないんだけど、ボクの背中側の席の人ってちょくちょく変わってる気がするんだよねぇ。なんでだろ?
まぁいいや、今は御飯だ御飯。
「ほふー、美味しかったぁ」
そんなこんなで今日も綺麗に完食です。
いつもなら食休みの後はまたお仕事なのですが、部屋に戻ってみんなに確認してみたところ……今日のお仕事はお昼前に大体片付いちゃったのでどうしたものかな状態です。
「あらぁ、コクヨウちゃんどうしたのぉ?」
「あ、アクセリアさん。いやぁ、実は今日の分のお仕事大体片付いちゃって」
中庭で休憩するにもさすがに寒いしなぁ、なんて思いながら書庫へ足を運ぼうとぶらぶら歩いていたら、ばったりアクセリアさんと遭遇です。
ともあれ、のんびりと話してみればアクセリアさんは何か考え込んだ後、良い事を閃いたとばかりに手を打ちました。
「それならぁ、コクヨウちゃん。奇跡のお勉強とかぁ、してみない?」
「奇跡、ですか……願ったり叶ったりですけど。いいのですか?」
「ええ、私も今日はぁ時間あるのよねぇ」
そして出てきた奇跡、神殿の人達が日常や職務で行使している……言ってみれば魔法のお勉強のお誘いです。
正直凄く興味があったのは事実なので、一も二もなく飛びつくのだ。
というわけで、アクセリアさんと二人で書庫へ向かう事になりました。
途中話を聞いてみると、アクセリアさんは神官見習いの子への教育も時々やってるそうで……さすがというか何というか、と言った感じです。
「じゃあ早速だけどぉ、コクヨウちゃんは奇跡ってどんなモノだと思ってるぅ?」
「そうですね、神様への祈りと信仰を捧げる事で与えられる神様からの恩寵。でしょうか」
「あらぁ、見習いの子への教育用の教典通りねぇ。もしかしてぇ、コクヨウちゃん自習とかしてたのかしらぁ?」
書庫の片隅で、互いに椅子に座りながら始まった個人授業。
そこで問いかけられたアクセリアさんの言葉に答えてみたら、クスクス微笑まれながらそんな事言われました。仰る通りです。
やはり自分でも使ってみたかったので、書庫にある経典とかを時間がある時にちょくちょく読んでいたりします。
「はい、その……凄く興味深かったので」
「とても良い事だわぁ。でもね、コクヨウちゃんだからぁ教えちゃうんだけどねぇ? お祈りとぉ、信仰心だけじゃぁ奇跡は使えないのよぉ」
「え? そうなんですか?」
「そうよぉ? 奇跡を願うにはその二つは必須事項なんだけどぉ、神様によってぇ得手不得手な事があるわぁ」
自習していたボクの頭を、大きな狐耳ごとよしよしとアクセリアさんが撫で……彼女のほっそりとした指が、ボクの耳をコチョコチョと弄るくすぐったい感触をこらえつつ。
彼女の発言に驚きを返すと、アクセリアさんが含みのある言い方で教えてくれた。
神様によって得手不得手……あ、なるほど。そう言う事か。
「大地母神様に周囲を明るく照らす奇跡を願ったり、河川の守護女神様に暖かい火を熾す奇跡を願っても。願った結果にならないと言う事ですね?」
「ええ、その通りよぉ。強く強く願えば神様も応えては下さるけどぉ、それでもぉ限度があるしぃ、それに神様の加護が無い場所に行けば行くほどぉ奇跡の力も弱くなっちゃうのよぉ」
この世界では神がどこに居るかはともかく実在し、そして人々を見守っている。
だけども、それぞれの権能が及ぶ範囲には限度があるって事だね…………あ。
「もしかしてですけど、神様の事を識る事。ソレが一番大事なのですか?」
ボクの言葉に、微笑んでいたアクセリアさんのにっこり笑顔が深くなる。
神様への信仰と祈りは重要、しかしただ盲信するのではなく神様の領分をしっかり把握した上で、その領分で願いたい事を願う事で奇跡は成立すると言う事だね。
「神様達を信じるのも大事だけどぉ、何でも神様に頼ったら神様も困っちゃうしねぇ?」
「確かに、その通りですね」
ボクを撫でてた手を離し、クスクスと口元へ手を当てて微笑むアクセリアさんにつられるようにボクもまた微笑む。
正に、天は自ら助くる者を助く。そんな世界なんだなぁ……。
自己で研鑽し、己を律し、それでも手が届かない。己では成し遂げられない事を信じる神へ願う、だからこそ神様は手助けしてくれるのかもしれないね。
河川の守護女神ことヘレアルディーネ「あ、この子凄い困ってる!頑張ったのにどうにもならないなんて大変だし、お手伝いするよ!」
大地母神ことファーメリジェ「あらあら、こんなに土地がやせては可愛い子供達が餓えてしまうわ。力を貸してあげましょう」
大体こんな感じの女神様達です、頑張る子供が大好きな善良系女神様。
なお、とにかく厳しく試練を与えまくってそれでも乗り越える勇者や英雄が大好きな、ドS系戦神もいる世界です。
『TIPS.魔法とは①』
この世界では、一般的な魔法は大きく三つに分けられる。
個人の意思と力のある言葉で事象を起こし、変化を与える『魔術』
信仰と祈りを捧げ、神へ力の行使を願う『奇跡』
万象に宿る精霊へ語り掛け、助力を願う『精霊術』
無論他にも、種族独自の魔法は複数存在するが……知識体系として区分されているのはこれらが代表的なものとされている。
それぞれに一長一短があり、また使用可能となる為の研鑽もある為どれが最も優れている、と言う事は甲乙つけ難いのが実情であるも。