「…お〜い。できたぞ。」
「今日も何も見るからなかったね。」
ため息を吐く。もう街を出てから5日経っており谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達はその日の野営の準備をしていた。
「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」
洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。
「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」
「まぁ、そうなんだけどな……」
「ん……でも魔物が鬱陶しい」
「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」
「ぼくは自分にかけるには問題ないけどね。」
「俺の空間把握もオルクスの時も外からは分からなかったから多分生成魔法で隠蔽はつけているだろうしなぁ。」
「だろうな。」
そんなこと言いながら俺たちは雑談を続け就寝の時間になる。最初は俺とハジメが見張りの時間だ。
その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシアとユキ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。
「どうした?」
「ちょっと、お花摘みに」
「谷底に花はないぞ?」
「ハ・ジ・メ・さ~ん!」
デリカシーのない発言にシアがすまし顔を崩しキッとハジメを睨みつける。ハジメはもちろん意味がわかっているので「悪い悪い」と全く悪く思ってなさそうな顔で苦笑いする。ぷんすかと怒りながらテントの外に出て行き、しばらくすると……
「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん!スバルさ〜ん ユキ!!大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」
と、シアが、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのように大声を上げた。
……なんだ?と思い全員が眠気をこらえシアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。
「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」
「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化全開じゃねぇか。興奮しすぎだろ」
「……うるさい」
「……どうしたんだよ。」
「うぅ眠いよ。
はしゃぎながらハジメとユエの手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。
〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟
「「「「は?」」」」
四人の声が重なる
「……なんじゃこりゃ」
「……なにこれ」
二人がそう思うのも無理はないだろう。シアだけが興奮したようにしている
「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」
能天気なシアの声が響く中、俺何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。
「……ユエ、スバル。マジだと思うか?」
「嘘だと思いたいけど本物だろうな。」
「…………………………ん」
「根拠は?」
「「ミレディ。」
〝ミレディ〟その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。
「何でこんなチャラいんだよ……」
そう言う理由である。オルクス大迷宮の内での数々の死闘を思い返し、きっと他の迷宮も一筋縄では行かないだろうと想像していただけに、この軽さは否応なく脱力させるものだった。
「でも難易度は結構高そうだぞ。空間把握が捉えたけど。これマッピング不可だ。迷宮が少しずつ変化している。」
「何?」
「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」
「おい。バカそこは。」
ガコンッ!
「ふきゃ!?」
〝入口になっている〟そう言おうとしたら、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。
「まるで昔のスバルの屋敷みたいだな。」
「忍者の家系なんだからしかたないだろ?……こりゃ物理トラップの線だろうな。」
「……魔力は分解されるから?」
「だろうな。」
「とりあえず行こうよ。お姉ちゃんが心配だし。」
一度、顔を見合わせて溜息を吐くと、シアと同じように回転扉に手をかけた。
扉の仕掛けが作用して、全員を同時に送る。すると
ヒュヒュヒュ!
無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中を何かが飛来してきたのを俺とユキは躱す。夜目〟はその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。
俺は剣を抜き飛来する漆黒の矢の尽くを叩き落とした。
〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟
「「「「……」」」」
全員の内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。
ハジメもユエも、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そして、ふと、ユエが思い出したように呟いた。
「……シアは?」
「あ」
ユエの呟きでハジメも思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。俺は回転扉を作動させると
シアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。
「うぅ、ぐすっ、ハジメざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」
何というか実に哀れを誘う姿だった。索敵能力で何とか躱したのだろうでも
「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって……」
「ありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」
「……お姉ちゃん。」
さすがに漏らしてしまったシアに引くユキ。でも
「……手強いな。」
俺の言葉にみんなが頷く。そしてシアの着替えが終わり石版をみてシアがきれるといった騒ぎを見て
「ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」
「……激しく同意」
「面白そうだけどな。」
ライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。