ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で俺に話しかけた。
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」
「なんで?元々俺たちは被害者だぞ。言っとくけどギルドの体制で爵位のあるやつをここまでほったらかしにしたのも原因だと思うが?多分初犯じゃねーだろ。かなり手慣れていたからな。」
するとうっと苦い顔をするドット
「悪いが1日。それが限界だ。それ以降だったら俺たちは受け付けない。というよりもかなり手加減した方だ。これでも俺たちはかなり譲歩した方だと思うけどな。それが認められないんだったらブラックリストに入れてもいいさ。ギルドと敵対することとなってもな。」
その言葉にドット秘書長はかなり言葉を紡ぐ。
「……しかし。」
「しかしもクソもねぇんだよ。なんでてめぇらの都合に合わせなければならないんだよ。ほったらかしにしといて被害者が被害を受けようとして反撃した。それだけだろ。本来ならお前らも何もいう資格はないはずだ。身元の証明ならブルック支部のキャサリンって人から身分証明を見せようか?」
「……本当ですか?」
「ほらこれだ。」
代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。
そして、ハジメ達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
「それくらいなら構わない。わかった。待たせてもらうよ」
「職員に案内させます。では、後ほど」
ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。指名された職員が、ハジメ達を促す。ハジメ達がそれに従い移動しようと歩き出したところで、困惑したような、しかし、どこか期待したような声がかかった。
「あの~、私はどうすれば?」
「あ〜悪い。付き合ってくれないか?報酬は後から弾むから。ついでにここのカフェは俺たち持ちで構わないし。それと今いる客、全員の分こっちが払うよ。」
「「「「えっ?」」」」
すると全員が驚いたようにこっちを見る
「迷惑賃だ。さすがにそこの豚のせいとはいえ俺たちにも責任はあるからな。営業の迷惑行為と食事の邪魔をした分だと思ってテーブル一つに3万ルタまでは出してやる。」
「「「「「「ありがとうございます。」」」」」」
すると冒険者のお礼に手をひらひらと振る。
ハジメ達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、スバル君、ユエ君、シア君、ユキ君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、俺達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。俺たちも握手を返しながら返事をする。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質……ね。確かにブルックじゃあトラブル続きだったな。まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。ハジメの隣に座っているシアは、キャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」
「お前失礼だな。」
俺は呆れてしまう
「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」
元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。しかし、イルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」とハジメ達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメ。
イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を俺達の前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」
イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。ユエとシアも続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。
「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
「それでも断る。何度も言っているがそっちの落ち度のせいでこっちは被害を受けたんだぞ?それに本心を隠しながらの依頼なんて怪しいとしか言いようがない。とてつもなく高難易度や貴族がらみだろ?」
俺の直感が反応していることから確実にそうだと言える。
「……言っておくがこの件は元々不問にするのが当たり前なんだよ。もし、正確な手続きをするならおよそ一ヶ月くらいはかかるはずのものを不問にする。つまりそれくらいの依頼を受けさせようとしているっていうのはさすがに怪しいと言っても過言ではないと思うが。ついでに俺は嘘を見抜く技能を持っているから隠し事はできると思うなよ?」
するとイルワは苦い顔をする。
つまりそれが正論だったことを意味する
『お前容赦ないな。』
念話石で送られてくる言葉に俺は返答する
『一応交渉をこれから仕掛けようと思うからな。とりあえず依頼を受けて恩を売るぞ。』
『受けるのか?』
『シア、ユエ、ユキの冒険者カードとギルドをバックにつけること。情報の漏洩を漏らすのをなくすのが目的だしな。運が良ければシアとユキは本格的に奴隷に見られないで済む可能性もある。』
『……えげつない。』
『…あの、ハジメさん?』
『言っとくけど交渉はスバルに任せておけば大丈夫だ。こいつ、昔から容赦ないから』
『……スバルさん無茶だけはしないでくださいね。』
『分かってるさ』
と念話石で会話を終える
「だけど、それ込みでいくつか無茶なこっちの提案を受けてくれた場合俺たちはその依頼を受ける。」
「……なんだって?」
「一つ目。俺たちはほぼ確定的に教会から異端者扱いされる。その時にギルドは俺たちのバックをつくこと。二つ目。シア、ユキ、ユエのステータスプレートを発行しそれは内密とすること。3つ今後シア、ユキ、ユエに関するトラブルにギルドは一切関わりを持たないこと。以上だ。」
するとキョトンとするイルワ。
「……話を聞くじゃなくて依頼を受けるのかい?」
「それ位じゃないと信用できないだろ。悪いけど俺たちの事情を話してもいいし。俺たちは教会とほぼ確定的に対立する。というよりも俺たちのことを多分気づいているとは思うけど。……俺とハジメは王国から事故で死んだとされた勇者で。勇者よりも早くオルクス大迷宮を攻略して地上に出てきたっていえばいいか?」
するとイルワの目が変わる。
「それは本当の話かい?」
「嘘だと思うなら王国か教会に聞いてみればいい。事故で亡くなったのは剣士の飯塚昴と錬成師の南雲ハジメの二人ってな。」
するとイルワは少し溜息を吐く
「教会と敵対するのはほぼ確定なのかい?」
「あぁ。生憎この世界の秘密を知ってしまった俺とハジメはイレギュラーとして扱われるだろうからな。」
「……これ以上踏み込んだら私も危ないってことかい。」
「生憎な。知らない方がいいってこともあるぞ。知りすぎたら。教会がすぐに動き出すだろうしな。」
これ以上ない脅しに溜息を吐く。これ以上は本当にまずい話になるのでこれくらいが情報の開示を防ぐべきだろう。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「あぁ。それで十分だ。」
俺はこれが引き時だと思いそれで譲歩する。俺が目配せをするとハジメが声をかける
「んで依頼は?」
するとイルワが少しずつ話し始める
「今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「……ちょっと待ってくれ。それをなんで俺たちに頼もうと思ったのか聞いてもいいか?」
俺がそこが気になるところだった
「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう?迷宮の攻略者でもあるし。それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「!何故知って……手紙か?だが、彼女にそんな話は……」
ハジメが騒然としているが
「ごめん。お姉ちゃんがキャサリンさんに話してたよ。」
ユキの証言により明らかになる
ハジメが、シアに胡乱な眼差しを向ける。
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「……後でお仕置きな」
「!? ユ、ユエさんもいました!」
「……シア、裏切り者」
「二人共お仕置きな」
「まぁ、結果ここではその余っている素材も売ることができるから結果オーライだろ。」
俺がそういうと宝物庫の中に入れてあった素材を出す
「これ一応一部だけど迷宮の深部の素材だ。協力関係を結ぶってことで数点寄贈する。素材の状態もかなり上質なまま取れたからな。」
「いいのかい?」
「裏切らなければ有名になった時俺たちの名前を使ってくれてもいい。ギルドにも協力関係を譲ってくれた場合迷宮攻略の素材を優遇するってギルド本部に伝えておけ。」
「……君は本当に頭が回るね。」
「ギブアンドテイク。協力関係を結ぶのであれば俺たちも優遇をするのが取引の基本だと思うけどな。」
すると苦笑しイルワがお手上げだとばかりに笑う
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。」
「明日か今日そのまま出てもいいんじゃないか?俺夜間運転するから。」
「お、おう。お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
「ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しで俺達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。それもかなり脅していた人物に向けてだ。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
そんなイルワの様子を見て、俺達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「あいよ」
「了解。」
「……ん」
「はいっ」
「分かったよ。」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、俺たちは部屋を出た。
ハジメたちにジト目でずっと見つめられながら。