その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力を纏っているようだ。
川に一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だろうとは思っていたが、実際に目の前の竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三段は上を行くと認識を改めた。奈落の魔物で言えば、ヒュドラには遠く及ばないが、黒竜は九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じるほどだ。
ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。
キュゥワァアアア!!
不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。
「ッ! 退避しろ!」
ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。ユエやシアも付いて来ている。だが、そんなハジメの警告に反応できない者が多数、いや、この場合ほぼ全員と言っていいだろう。
「アタッカーはシアとスバル。ユエとユキは防御に回れ。」
「了解。」
ハジメの指示に俺たちは前に出る
ブレスを吐く竜が一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬でハジメが出した大盾に到達したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし大盾の周囲の地面を融解させていく。
その隙に俺は高速で移動するとがら空きの上空から自分に重力魔法をかけ落下を加速させて思い切り拳を叩きつける
「グゥルァアアア!?」
元々攻撃を止めるために使ったのでブレスをやめさせることが目的だった。その目論見は成功って言っていいだろう。
「スバルさん、飛んでください!」
俺はその言葉に思いっきり飛ぶとその後ろからシアが追撃を加えるところだった。
地面に磔にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。が、直後、天からウサミミなびかせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。
ドォガァアアア!!!
「ヤバ、シア飛べ!」
「えっ?」
地面にめり込むドリュッケンを紙一重のところで躱している黒竜の姿があった。直撃の瞬間、竜特有の膂力で何とか回避したらしい。黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけた。
「あっぐぅ!!」
間一髪、シアはドリュッケンを盾にしつつ自ら跳ぶことで衝撃を殺すことに成功するが、同時に大きく吹き飛ばされてしまい、木々の向こう側へと消えていってしまった。
「マジかよ。」
と思ったところだった。
一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリと俺たち素通りして背後のウィルを睨みつけた。
まるで強制概念があるかのように
「……闇魔法か?この竜ウィルを殺すような洗脳を受けていやがる。」
「それ本当か?」
「あぁ。てか普通俺にタグ向くだろ。明らかにウィルだけを狙っていやがる。このまま狙わせてその間に強力な攻撃を食らわせるか。」
キュゥワァアアア!!
「ブレス来るぞ!」
「禍天」
その魔法名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。
「ナイスユエ。」
俺は高速旋回しそして宝物庫から連続式のロケットランチャーを取り出す
「派手に逝け。」
俺がトリガーを引くとひれ伏している竜にミサイルが飛び回り大きな爆発を起こすとすぐさま二丁のドンナーを取り出し引き金を引く
定期的に起こる銃声が高速旋回をしている中で響きわたっているのを聞くに
ハジメもレールガンを連射しているのであろう雷光を纏う射線が見えた。
「ユエ、ユキ!ウィルの守りに専念しろ。こいつは俺らがやる。」
「ん。任せて!」
「わかった。」
ユエとユキがいる以上、ウィルの安全は確保されたと信じて攻撃に集中する。黒竜は空中に上がり、未だユエが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。しかし、火炎弾では、防壁を突破できないと悟ったのか再び仰け反り、口元に魔力を集束し始めた。
「はっ、ここまで無視されたのは初めてだ……なら、どうあっても無視できないようにしてやるよ!」
ハジメはドンナーをホルスターにしまうと、〝宝物庫〟からシュラーゲンを虚空に取り出した。即座に〝纏雷〟を発動し、三メートル近い凶悪なフォルムの兵器が紅いスパークを迸らせる。黒竜は流石に、ハジメの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をハジメに向けた。ハジメの思惑通り、無視出来なかったようだ。
「はい残念。禍天」
俺はニヤリと笑い、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。
すると虹色の極光が走り、黒竜の頭部が突然弾かれた様に仰け反る。しかし、致命傷には程遠かった。ブレスの威力に軌道が捻じ曲げられたようで、鋭い牙を数本蒸発させながら、頭部の側面ギリギリを通過し、背後ではためく片翼を吹き飛ばすに止まった。
「グルァアアア!!」
痛みを感じているのか悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。ハジメは、ブレスを回避するために〝空力〟で空中に退避していたのを幸いに、更に空中で逆さまになって〝空力〟〝縮地〟を発動。超速を以て急降下し、仰向けになっている黒竜の腹に〝豪脚〟を叩き込んだ。
「飯塚流剣術水月。」
すると二刀の剣が直撃する。もはやリンチである
斬って殴ってを同じところに加えていく耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元からはダラダラと血が流れ出している。心なしか、唸り声も弱ってきているようだ。
黒竜は、俺を脅威と認識したのか、ウィルから目を離し俺たちに向けて顎門を開いて火炎弾を連射した。さながら対空砲火のように空中へ乱れ飛ぶ火炎弾。しかし、その炎はただの一撃も俺たちに当たることはなかった。〝空力〟と〝縮地〟を併用し、縦横無尽に空を駆ける俺たちは、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。
「クルゥ、グワッン!」
若干、いや、確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。
「てか耐久力高すぎるんだろ。」
「俺がとどめを刺す。スバルも離れてろ」
軽く悪態を付くとハジメはバイルバンカーを取り出す。アンカーを射出し、アームで黒竜を固定する。そして、〝纏雷〟を発動した。
内蔵されたアザンチウムコーティングの杭が激しく回転し始め、パイルバンカーが紅いスパークを放つ。このまま行けば、重さ四トンの杭が容赦なく黒竜を貫き絶命させるだろう。
だが、〝窮鼠猫を噛む〟という諺があるように、獣は手負いの時こそが一番注意しなければならない。それは黒竜も同じだった。
「グゥガァアアアア!!!」
黒竜の咆哮と共に、全方位に向けて凄絶な爆風が発生した。純粋な魔力のみの爆発だ。さらに、一瞬にして最大級の身体強化を行ったようで唯でさえ強靭な筋肉が爆発的な力を生み、パイルバンカーを固定するアンカーを地面ごと引き抜き、同時に盛り上がった筋肉がアームをこじ開けた。そして、ハジメを振り落とすように一瞬で反転する。
「ユキ、シア。」
「任せて。」
「は、はいですぅ」
シアは、その意図を悟って、築かれた氷の城壁を足場に大きく上空へ跳躍すると、今度こそ外さないと気合を入れ直し、自由落下と、ショットシェルの激発の反動を利用して隕石のごとく黒竜へと落下した。
ユキはその横で火力不足なのでハジメに作ってもらったアサルトで追撃する
シアの、大上段に振りかぶった超重量のドリュッケンが、さらに魔力を注がれて重量を爆発的に増加させる。そして、狙い違わず黒竜の脳天に轟音を立てながら直撃した。
黒竜は、頭部を地面にめり込ませ、突進の勢いそのままに半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。
「やっと終わったか。」
「でも完全に死んだわけじゃないな。黒竜の頭部は表面が砕け散り、大きくヒビが入っているものの、完全には砕けてない。」
「うげ。どんだけ頑丈だよこいつ。」
俺は苦笑いするとどうするか迷うところだった
ハジメが、黒竜の背後から近寄ってくる。とどめをさすことに決めたようだ。ちょうど、上空に飛ばされたパイルバンカー用の杭がハジメと黒竜の間に突き立った。
ハジメは、地面に深々と突き刺さる杭を〝豪腕〟も利用して引き抜くと肩に担いで黒竜の尻尾の付け根の前に陣取った。そして、まるでやり投げの選手のような構えを取る。手には当然、パイルバンカーの杭だ。
「お前まさか。」
俺は冷や汗を垂らす
全員が、ハジメのしようとしていることを察し、頬を引き攣らせた。鱗を割るのが面倒だからといって、そこから突き刺すのはダメだろうと。ハジメの容赦のなさにユエとシア以外の者達が戦慄の表情を浮かべているが、ハジメはどこ吹く風だ。
そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の〝ピッー〟にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、
〝アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〟
くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。本当なら、半分ほどめり込んだ杭に、更に鉄拳をかましてぶち抜いてやろうと考えていたハジメだが、明らかに黒竜が発したと思われる悲鳴に、流石に驚愕し、思わず握った拳を解いてしまった。
〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟
黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。
どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。