黒の剣士に憧れし者 連載中止   作:孤独なバカ

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豊穣の女神

「ハジメこっち終わったぞ。」

「こっちも丁度終わったところだ。」

 

 町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。

当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。先生だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。

 避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。

 

「飯塚くん準備はどうですか?」

 

するとハジメと話していた先生がこっちを見る

 

「ん。少し飯だけ食っときたいけど他は大丈夫だ。」

「ご飯ですか?」

「今まで炊き出しで俺はずっと飯作っていたんだぞ。さすがに少し腹は減るだろ。」

「あぁ。そういえば。おにぎりくらいしかないですが。」

「もらっていいか?ちょっと俺は最後捕まえに行かないとまずいから。」

 

俺は先生から5つほど受け取るとすると今度はティオが前に出る

 

「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ! お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「? …………………………………………………………ティオか」

「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったんじゃ……はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな……」

 

そういえばいたなこいつ

 

「んっ、んっ! えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「ああ、そうだ」

「うむ、頼みというのはそれでな……妾も同行させてほし…」

「断る」

「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……コホンッ! もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうzy」

「帰れ。むしろ土に還れ」

 

両手を広げ、恍惚の表情でハジメの奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。それにまたゾクゾクしたように体を震わせるティオ。頬が薔薇色に染まっている。どこからどう見ても変態だった。

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに……責任とって欲しいのじゃ!」

 

 全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。流石に、とんでもない濡れ衣を着せられそうなのに放置する訳にもいかず、きっちり向き直ると青筋を浮かべながらティオを睨むハジメ。どういうことかと視線で問う。

 

「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾強いじゃろ?」

「まぁ強かったね。」

 

それに異論がないと俺も頷く

 

「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」

 

 近くにティオが竜人族と知らない護衛騎士達がいるので、その辺りを省略してポツポツと語るティオ。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

「……悪いお代わりもらえないか?」

「えっ。ってもう全部食べ終わったんですか?」

「っていうかよくこんな状況で食べられるね。」

 

呆れたような声に苦笑してしまう。結構ガチでお腹が減っていたのもあり食が進む

 

「……つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

「……きめぇ」

 

ハジメの本心からの罵倒にはぁはぁしているティオ

 

「それにのう……」

 

 ティオが、突然、今までの変態じみた様子とは異なり、両手をムッチリした自分のお尻に当てて恥じらうようにモジモジし始める。

 

「……妾の初めても奪われてしもうたし」

 

その言葉に、全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられた。ハジメは頬を引き攣らせながら「そんな事していない」と首を振る。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁に行けないのじゃ……じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」

 

すると俺もシアもユエもユキまでもあれはちょっとと思い事の真相を知っているにもかかわらず目を逸らす

 

「お、お前、色々やる事あるだろ? その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか」

 

 ユエ達にまで視線を逸らされてしまい、苦し紛れに〝竜人族の調査〟とやらはどうしたと返すハジメ。

 

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ……ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ」

「……八重樫今度あったらパーティーに誘おうかなぁ。これ以上リーダー張れる自信ないんだけど。」

 

とふざけたような話をしていると

 

「! ……来たか」

 

 ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼石〟には無人偵察機からの映像がはっきりと見えているのだろう

 

「数は?」

「五万から予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ」

「それならなんとかなるか。残弾はちょっと気になるけど。鉱石まだ残っているか?」

「問題ねぇよ。今回の作戦お前とユキがかなり大切になってくるからな。」

「了解。」

「任せてよ。」

 

と俺はロケランを。ユキはスナイパーレーダーと呼ばれるものを取り出す

 

「あ、あの。……君たちをここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」

 

俺は軽く手を振る

ハジメ達以外には、ウィルとティオだけだ。

 

 ウィルは、ティオに何かを語りかけると、ハジメに頭を下げて愛子達を追いかけていった。疑問顔を向けるハジメにティオが苦笑いしながら答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、ハジメは無言で魔晶石の指輪を投げてよこした。疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると大きく目を見開き、ハジメに震える声と潤む瞳を向けた。

 

「ご主人様……戦いの前にプロポーズとは……妾、もちろん、返事は……」

「ちげぇよ。貸してやるから、せいぜい砲台の役目を果たせって意味だ。あとで絶対に返せよ。ってか今の、どっかの誰かさんとボケが被ってなかったか?」

「……なるほど、これが黒歴史」

「それを二度も俺は目の前で見たんだけどな。てかその雰囲気で渡すの嫌なんだけどユキ。」

 

俺は指輪を一つ投げる

 

「これは?」

「俺の氷結を使える用にした指輪。攻撃魔法を使えなかったけど、この魔法陣の指輪なら使えるようになるはずだ。ハジメで実験したら普通にできたしな。」

 

魔法の属性が全くないハジメでもできたのでユキでも範囲攻撃を覚えるのはかなり有効打になり得る

 

「……悪いな。せっかくの一族のことが一旦落ち着いたにも関わらずお前を争いに出してしまって。」

 

するとユキはキョトンとして俺の方を見る。俺はずっと気にしていたんだよなぁ。

正直ユキは俺が連れてきたことになっている

だから本当は俺はユキに正直戦闘に出したくないのだ。

そして何を言いたいのか分かったのだろう。

 

「……良いですよ。ぼくはただあなたの側に立っていたいだけなんですから。それに、ぼくもちゃんと香織さんにスバルさんがちゃんとけりをつけたんなら。……ちゃんと参戦しますから。」

「…覚悟しておくよ。ちゃんと答えも出す。待たせているのも悪いと思っているしな。」

 

そうして俺は少し笑う。多分俺は最低だ。自覚はしている

自覚はしているし、多分ハジメみたいに一人の人を好きでいられる自信はすでにない。

 

「……ありがとうな。」

 

俺は少し苦笑しユキの頭を撫でる

 

「……いちゃつくなよ。」

「別にいいだろ。……てかお前にだけは言われたくない。」

 

俺は少しため息吐きそして気を引き締める

 

遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。〝壁際〟に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

「んじゃやるか。」

 

それを見て、俺とハジメは前に出る。錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。そして俺は剣を持ち上げ全員の視線が自分に集またことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

 いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。俺は、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたように俺を見る

ハジメの台本を思い出しながら俺は声をさらに大きくはっきりと出し

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!我らは、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これらが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

俺はそして放物庫から大型のレーダー銃を、取り出し地上の第一隊に、ハジメは虚空にシュラーゲンを取り出し、銃身からアンカーを地面に打ち込んで固定した。そして膝立ちになって構えると、町の人々が注目する中、些か先行しているプテラノドンモドキの魔物に照準を合わせ……引き金を引いた。

俺のレーダーは白い熱線いわゆる超強力型バーナーと言ってもいいだろう、熱線に触れた魔物はチリ一つ残らず焼け落ちる

紅いスパークを放っていたシュラーゲンから、極大の閃光が撃ち手の殺意と共に一瞬で空を駆け抜け、数キロ離れたプテラノドンモドキの一体を木っ端微塵に撃ち砕き、余波だけで周囲の数体の翼を粉砕して地へと堕とした。

そして一通り終えると俺は最後の締めに取り掛かる

 

「愛子様、万歳!」

 

 俺が、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ先生を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、先生が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐ俺に向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

俺はそれをガン無視するとユキの方を向き

 

「……まぁこれくらいでいいか。ユキ地面凍らせて進行スピード落とすぞ。」

「うん。了解。」

 

「「氷結」」

 

俺が唱えるとするとおよそ数キロ範囲で地面が一斉に氷に覆われる。

そして貼り終えると俺はハジメと目が合い剣を上げる

 

「攻撃開始。」

 

俺が剣を振り下ろすと開戦の火蓋が切られたのだった。


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